長野誠
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長野 誠(ながの まこと、1972年3月30日 - )は、TBS『SASUKE』のSASUKEオールスターズの1人。株式会社タカスイ勤務の漁師。「第50金比羅丸」船長。SASUKE2人目の完全制覇者。宮崎県延岡市出身。身長162cm、体重64kg(2012年12月時点)。体脂肪率は5.7%(2003年時点)。
人物[編集]
1年の300日以上を海の上で過ごす漁師。番組側からは「史上最強の漁師」というキャッチフレーズをつけられている。
職場の仲間が見せてくれたビデオによってSASUKEの存在を知り、山田勝己に憧れ、SASUKE出場を決心。応募は冗談半分だったという[1]。漁船の自室に家族の写真と並べて山田の写真を貼り、山田同様失敗したエリアのセットを自宅に作って練習したことから、「第2の山田」と呼ばれた。当初はSASUKE出場を家族が反対しており、これも山田と共通していた。
SASUKEには2001年春の第7回大会に初出場(当時29歳)。船の高所で命綱もつけずに逆立ち、腹筋、人間こいのぼりをするという衝撃的な内容の応募ビデオがスタッフの目に留まっての出場となった。その後は第11-13回まで3大会連続でFINALに進出するなど驚異的な記録を残し、2006年秋の第17回に史上2人目の完全制覇を達成。
SASUKE出場を続けているうちに自身も大きく出世し、2004年に「第28金比羅丸」船長となる。2012年からは「第50金比羅丸」船長となっている。
スポーツ経験は特になかったというが、『黄金筋肉』の番組内の企画である「基礎体力測定」の結果、オリンピックアスリート並の身体能力を持っていることが判明(後述の「黄金筋肉(基礎体力測定)」も参照)。
番組が世界に広がるに連れてその立役者でもある長野の名前も世界に知れ渡り、彼に憧れてSASUKEの世界に足を踏み入れるものも後を絶たない。そのため、各所で「レジェンド」、「生ける伝説」などとも呼ばれる。
SASUKEでの戦歴[編集]
大会ごとの戦歴[編集]
第7回大会〜第10回大会[編集]
初出場は第7回。特に手こずる様子はなく全体的にスムーズなペースで進んでいたがそり立つ壁でタイムアップ(ゼッケン87)。放送では全カット[2]。
第8回は同大会に出場した選手の中で、最速ペースの40秒以上を残してそり立つ壁まで進出するも、壁を登れずまたしてもタイムアップ(ゼッケン41)。
大会終了後、自宅にそり立つ壁のセット設立。これは『筋肉番付』でも取り上げられ、出場を決意するきっかけとなった山田勝己の姿と重なるものがあったため、「第2の山田」と呼ばれて注目を集めた。
第9回から挑戦時に黒のタンクトップに黒のズボンという服装が定着した。今大会はそり立つ壁を一発でクリアし、1stを22.85秒残しという最速タイムで突破[3]。2ndも突破し、リニューアルされた3rdのトップバッターとなる。新設されたランブリングダイス、ランプグラスパーを突破し、最終エリア・パイプスライダーまで到達。惜しくも着地を失敗させたものの、3rd初挑戦にして大会最優秀成績者となった(ゼッケン61)。
第10回大会には前大会の3rd挑戦終了後、最優秀成績者となり、山田に成長を認められ、握手を求められた一面が放送された事もあってか正式にSASUKEオールスターズの仲間入りとなり、ゼッケン番号も999番(99番と同様扱い)と大きな躍進となった。今大会は前回リタイヤしてしまったパイプスライダーを自作して練習を積んだことがVTRでも明かされたが、前に登場したオールスターズが3人連続で1stでリタイヤしており、長野も負の連鎖を断ち切ることができず、今大会で失敗が多発していた1stジャンプハングでトランポリンの踏み切り加減を誤ってしまい網を掴んだものの、もんどり打つような形で一回転して落水し、リタイアとなった(ゼッケン999)。
第11回大会〜第13回大会[編集]
第11回は前回よりも緊張していなかったこともあり、全体的に特に危なげなく3rdまで進出。第9回で失敗しているパイプスライダーも両足着地で成功させ、初のFINAL進出を果たす。スパイダークライムから綱への移行で手間取ってしまったことが原因となり、残り約3mでタイムアップ。その後のインタビューでスタッフから「(家族が反対している)SASUKE挑戦を続けるのか?」と聞かれ、「そこが分からないんです」と答えた(ゼッケン96)。
第12回は初のゼッケン100番となった。ゼッケン95番から5人連続1stクリアという状況であったものの、1stを15.82秒残しの最速タイムで突破。2ndも14.6秒残しの最速で突破し、1st、2nd同時最速タイムを達成。3rdも難なく突破し、再びFINALに進出。快調なペースで進み、タイムアップギリギリの所でボタンを押したものの、わずか0秒11の差で完全制覇を逃す。後のインタビューで長野は、ボタンを押す直前に風でロープが揺られたことが原因だと語っている。タイムアップギリギリであったためスタート地点に戻されることはなく、この時に初めてファイナルの頂上へ登った。放送で はエンディング直前、カメラスタッフから「下(ファイナル頂上からのみ眺めなれる景色)、見ますか?」と質問され、長野は「また、いつか来た時に」と微笑みながら語り、上からの景色を見下ろすことなく、その場を後にした(ゼッケン100)。また長野のFINALの試技は第1回から実況を務めてきた古舘伊知郎のSASUKE最後の実況となった。
なお、今大会の完全制覇を逃したシーンは『サスケマニア』で募集された「SASUKE名場面BEST10」の第7位に選出された。
その後は第13回大会前に行われた完全実力主義をテーマとしたSASUKEトライアル(事実上の予選会で内容は第11回大会の1stと同じエリア構成で制限時間80秒)に参加。1回目の挑戦はダイジェスト扱いでターザンロープからロープクライムへの移行で滑り降ちてリタイア。落下した際の残り時間は約33秒であった。2回目の挑戦で26.55秒という第2位のタイム(1位は竹田敏浩の28.82秒)を叩き出し、汚名を返上した。
大会前には「第28金比羅丸」船長となり、練習量の減少が不安視された。
第13回は1stを29.03秒残し[4]、2ndを18.77秒残し、SASUKE史上初の2大会連続の1st、2nd同時最速タイムを達成。3rdパイプスライダーに至っては僅か一振りでバーを後退した状態にも関わらず見事に両足着地を成功させ、3大会連続のFINAL進出[5]。快調なペースで登り、最後はゴール地点まで手が届いたものの、またしてもタイムアップ(ゼッケン100)。
第14回大会〜第16回大会[編集]
第14回は1stを竹田敏浩(32.44秒)に次ぐ30.00秒残してクリア。3rd最後の挑戦者となるが、新設されたジャンピングバーの3つ目の飛び移りで掴んだ直後に落下。後のインタビューでは「ちょっと(滑り止めの)粉をつけすぎて滑った感じだった」アナウンサーからはその分(ファイナルへの切符を逃して)悔しいんではないですか?と問われると「まぁ、楽しめたから(それで)いいですよ。」と終始笑顔で語った(ゼッケン100)。尚、今大会の100人全滅を機に秋山和彦の完全制覇以降、述べ1000人の挑戦者が敗れた事がナレーションで流れ、「今日の屈辱が明日の栄光への礎となる」というナレーションに長野自身が3rdで落ちた直後でも笑顔を見せた映像と共にエンディングが締めくくられた。
第15回は1stを23.5秒残しの最速タイムで通過。2ndでは前に挑戦した6人全員がクリアしていたが、挑戦前に「飛び移りが怖い」と危惧していたメタルスピンを掴み逃し、初の2nd脱落となる(ゼッケン100)。このリタイヤをきっかけにメタルスピンのロープが伸び縮みする仕様に変更された他、以後27回大会の漆原裕治の2度の完全制覇するまでの間、導入された。
第16回は1stそり立つ壁で一回ミスをする場面があったものの、8.99秒残して突破。前回リタイアした2ndメタルスピンも無事にクリアし、2大会振りの3rdに進出。デビルブランコまで到達したものの、デビルブランコのワイヤーそのものが後ろの休憩所に絡まってしまうというメカニカルアクシデント。更にパイプスライダーのバーも掴み損ねた反動でジャンプしても届かない位置にまで移動してしまい、飛びつきにいったがそのまま転落した。挑戦終了後のインタビューでは「あそこでさえ、つまずかなければ行けていたと思います」と語っていて、エンディング中にもオースルターズの竹田も同様の意見を述べていた(ゼッケン100)。
第17回大会[編集]
第17回は大会前に白鳥文平宅で竹田敏浩、秋山和彦と共に家族交流も含めた「SASUKE合宿」を行った他、VTRでは波で揺れている船の足場を使って海の真上で六段飛びを行ったり、かつての応募ビデオでやった船のマストを使った「人間こいのぼり」をする等といった命がけのトレーニングを始め、過去最高の仕上がりになったことがVTRで明かされ、今大会は山田に100番を譲ったこともあり、久々にゼッケン99番での挑戦。1stは出番直前に緊張が襲ったものの、山田がマッサージと恒例のタオルを使った気合入れを行い、リラックスした状態に戻り、ターザンロープを数秒で登るパフォーマンスを見せて見事クリア。ボタンを押した直後は他のオールスター達も1stをクリアしており、山田のおかげでリラックスして臨めたこともあってか「山田さん着いて来てー!」とゴール場で声援を送った。2ndは全体的にスムーズに進み、スパイダーウォークでは滑り止めをつけたものの、僅か5秒弱で突破し実況の小笠原アナウンサーからも実況中にも関わらず「なんだなんだー!」と驚きの声が上がっただけではなく、バランスタンクをよそ見をしつつ、完全にあやしながら進むなど驚異のポテンシャル発揮しながら余裕のクリア。3rdは他のオールスターズが全滅する中、当時トランポリン指定強化選手の長崎峻侑が先にFINAL進出を決めたのを見届けての挑戦となった。前回リタイアしたデビルブランコも落ち着いて対処し、パイプスライダーまで到達。バーが後退する状態の中で飛び移り、初めて着地時に手をついた。本人も「危なかった。移動中もちょっと滑った」とつぶやくが、無事に4度目のFINAL進出を決める。快調なペースで登りきり、2.56秒残して史上2人目の完全制覇を成し遂げた。
長野は直後のインタビューで実況の初田啓介に「(頂上には)何がありましたか?」と聞かれ、「ここには本当は何もないです。ただ、俺はSASUKEが好きで、オールスターズみんなとSASUKEをやることが凄く楽しくて、いつもそれだけで頑張ってます」と、涙を流しながら答えた(ゼッケン99)。
第17回放送の翌週にドキュメンタリー番組「SASUKEに生きる男たち」が放送され、第17回大会の放送日にオールスターズの秋山から祝福の声が届く様子が流された。初代完全制覇者の秋山は「もうSASUKEのチャンピオンは僕じゃなくて、長野誠です」というコメントを残し、かつて長野が憧れた山田は「道のりは長かったね。だからすごい感動できる」というコメントを残している。その後、今大会共にファイナルに挑戦した長崎とオールスターズに胴上げされ、最後まで濡れない事ゆえか、3rdの池に投げられ改めて完全制覇の祝福を受けた。
長野は第18回が大リニューアルすることに対して「SASUKEの進化は楽しみ。逆に俺を落としてくれというような気持ちもある」と語っている。
なお、今大会の完全制覇を達成した『サスケマニア』で募集された「SASUKE名場面BEST10」で最も多くの票を集め、第1位に選出された。
第18回大会〜第20回大会[編集]
全面リニューアルが施された第18回はゼッケン争奪マラソンで「90番〜99番あたりのゼッケンを取りたい。100番は緊張するから」と発言し、宣言通り90番以上で唯一残っていた96番を取った。今大会はゼッケン96番の長野の挑戦前までクリア者3人という状況であった。
長野は1stバンジーブリッジをただ一人一切バランスを崩さずに二足歩行でクリアしてみせ、23.25秒残しの最速タイムで突破。二足歩行に至っては後日放送されたサスケマニアックでも応援に来ていた会社の社長や仲間、果ては大会に参加していたオールスターズ達からも良い意味で「頭がおかしい」と言われ一同皆が舌を巻いていたシーンが未公開映像として放送される程だった。2ndはスタートエリアのダウンヒルジャンプでロープが途中停止するトラブルが発生。勢い余って着地時に転落しそうになったものの、3人が脱落しているサーモンラダーに到達。長野はバーが傾いた後、下の位置にある方を強引に持ち上げる手法を取り[6]、初の2ndクリア者となる。3rdは新クリフハンガー2本目から3本目に飛び移る際、左手で上の支柱を掴んでしまうというアクシデント。その際長野は「ダメです!ダメ!」と叫び、自らファールを申告してコースアウト失格(ファール)となり競技を終了した。長崎峻侑・髙橋賢次と並んで最優秀成績タイとなった(ゼッケン96)。
第19回大会は3大会振りのゼッケン100番での出場。同大会はここまで2人しかクリアしていない状況であったが、快調なペースでフライングシュートまで到達。しかしジャンプの高さが足りず、ロープを手で掴んでしまったことによって勢いあまって転落。1st連続クリアの記録は8で止まった。 尚、今大会の1stは同氏の完全制覇を受け、難易度が例年より意図的に高く設定されていたものの、挑戦終了後のインタビューで何が足りなかったですか?と問われると「気持ちですね」と率直に答えた(ゼッケン100)。
第20回前に内臓の疾患で入院。当時の宮崎県知事である東国原英夫の激励も受けた。
第20回は述べ2000人目の挑戦者としてゼッケン2000番をつけての出場。常連の有力選手を始め、他のオールスターズが全滅する中、1stは前回同様2人しかクリアしていない状況でメンタル面でも出番直前まで緊張が襲っている中、前述の内臓疾患の治療直後により過去最悪のコンディションでの挑戦であったが、ハーフパイプアタックまでのエリアを1分以内の驚異的なスピードで突破して、そり立つ壁を1発で攻略して、前回リタイヤしたフライングシュートもタイムのロスなく見事攻略して8.43秒を残して1stをクリアした。続く2ndはスタートエリア・ダウンヒルジャンプでバランスを崩しながらロープを掴んだ直後に落下した。第18回大会の時は大跳躍をして逆にマットの着地に失敗しかけたエリアだけに「苦手意識が働いて、スタート前から落ちると思った」と述懐している[7](ゼッケン2000)。
第21回大会〜第23回大会[編集]
第21回は危なげなく1st、2ndをクリア。前回脱落したダウンヒルジャンプはソリを購入し、人工スキーを使って練習したという[8]。3rdは新クリフハンガーをクリアし、最終エリア・グライディングリングに進出。その際、公式・挑戦中、共にメカニカルトラブル扱いにはなってはいないが、事実上のメカニカルトラブルで一行に滑らないリングを腕の力だけで最終地点まで進めたものの、ジャンプ前には力尽きて落下した。後に長野は「リングが思ったより滑らず、最終地点にたどり着くまでに腕がパンパンになってしまった」と述懐している。運営は大会終了後、この事実を踏まえてグライディングリングの滑りを修正した。[8](ゼッケン100)。
2009年1月に結婚した。
第22回は第17回大会同様、出番直前にはかなり緊張が襲うこともあり、1stの新エリア・スライダージャンプではエリアの作りがパイプスライダーと似ていたこともあり、慣れない新エリアを慣れた手つきの順手・逆手で握る作戦で行ったことが仇となり、ネットを掴むまでの距離が足りずに転落した(ゼッケン100)。
第23回は前回失敗したスライダージャンプを自作して練習では確実に攻略できる程だったが、同中のスライダージャンプで落下。しかし、落下した直後にロープがひっかかった事を伝えた結果、VTRのリプレイ上からでも明らかにパイプに繋がっているロープがセットの鉄骨に絡まるというメカニカルトラブルが判明し、このリタイヤについてはノーコンテストの判定が下されて、最初の挑戦から43分後、竹田敏浩のタンクトップを借りての1st再挑戦となった。直後の出来事でスタミナ上の公平性や収録上のペースの問題上で周囲から再チャレンジは不可能では?とざわついてるいる中、2回目の再挑戦では1回目より驚異的なハイスピードで攻略をしていき全く余裕の15.79秒残して1stをクリア。2nd、3rdも問題なく突破し、自身5度目のFINAL進出。FINALは頂上付近で惜しくもタイムアップ[9]となり、自身8度目の最優秀成績者となる(ゼッケン100)。
第24回大会〜第26回大会[編集]
第24回はジャンピングスパイダーのスパイダーウォークを本人曰く※普段どおりのスピード(※歴代選手の中でも最速クラスで平均数秒辺りで攻略)で進むものの1stジャンピングスパイダーの終盤付近で着地直後に体がはみ出てしまい、そのまま転落して無念のリタイヤ。挑戦後のインタビューでは急ぎすぎるがあまり着地の処理を慌ててギリギリの所で着地したことがミスの原因だと語った。[10](ゼッケン100)。
第25回は抽選によりゼッケンが決められていたものの、完全制覇の3人はシードとしてそれぞれ100(漆原裕治)、98(秋山和彦)が与えられ、長野は第17回以来となるゼッケン99番での挑戦。スタートエリアのドームステップスはエリアの構造上、~段飛び系のエリアは山田共に非常に得意ではあるものの、着地が危なっかしい一面もあったが、道中は60秒を残しながらそり立つ壁を一発で決めたところまでは順調だったが、挑戦前に「ここが不安」と語っていたサークルスライダーの踏み切りでヒザが少しだけ曲がり、攻略に必要な高さが出せず、そのまま水の中に転落。自身2度目となる2大会連続の1stリタイアとなった(ゼッケン99)。
第26回前にはトランポリンの練習に励んだ。本番前にはやや緊張しており、第26回は1stのジャンピングスパイダーの張り付きに失敗して転落しそのままリタイア。これは自身初の3大会連続1stリタイアとなる(ゼッケン99)。
第27回大会〜第31回大会[編集]
第27回は、3大会ぶりにゼッケン100番での挑戦。大会前は父が死去し、今回は「父のために2度目の完全制覇をする」と意気込んだ。今大会の放送直前の短編特集では完全制覇した後でも船を使った綱登りを始め、テトラポットの上をハイスピードで軽やかに駆け抜けるなど、漁師ならではのトレーニングを怠らずに取り組んでいることも放送された。1stはジャイアントスイングに至っては長野のみロイター板を一切踏み込まずにクリアするなど問題なくクリアし、2ndは全体的にゆっくりとしたペースで攻略をし1.65秒残してのクリア。4大会振りの挑戦となった3rdは初挑戦のアルティメットクリフハンガーの4→5本目で落下した。インタビュー前、後、挑戦中のクリフハンガー前の休憩ポイントでの仲間の会話含めて「ここが山場になるだろうとは思っていた」と語り、今大会が着水での最後のリタイアとなった(ゼッケン100)。
40代になって初めての挑戦となった第28回は、大会前にこれまでの「第28金比羅丸」から、新しく製造された「第50金比羅丸」の船長となり、ゼッケン100番での挑戦。オールスターズ4人の脱落を見届けた後の挑戦となったものの、1stの2連そり立つ壁の2つ目の壁を登れずタイムアップとなる。同エリアでの脱落は第8回以来となった(ゼッケン100)。
第29回は、日本代表予選の大トリを飾る意味合いもありゼッケン100番での挑戦。1stの新スタートエリアであるロングジャンプの飛び加減を挑戦前、後のインタビューでは迷っていたと語り本番では迷った末、最大スピードで自身の出来る最大限の大跳躍をした結果、距離自体は余裕でクリアしたものの着地直後に右太腿を痛めるアクシデント。足を抑えながら先へと進むも、怪我のせいで踏ん張りがきかず登れなかったため、前回同様2連そり立つ壁の2つ目の壁でタイムアップとなった(ゼッケン100)。
第30回は、限界説が言われる中「塊王(長男)も理解できる年齢になったので、良いところを見せたやりたい」という思いを胸にゼッケン2999番で登場。前回負傷したロングジャンプは、両足着地に成功。2連そり立つ壁も1発でクリアし、3大会ぶり&40代になって初の1stをクリア。しかし2ndスワップサーモンラダーの3段目から4段目の移動にでバーの片側が下の段にはまって脱線した事により、当時のルールの安全上の規定による失格扱いでリタイア。挑戦後のインタビューでは「バックストリームまでたどり着いてどれくらい(自分だとどれくらい疲れるのか)見てみたい(試したい)」と語った(ゼッケン2999)。
第31回は、ゼッケン争奪マラソンで決まった第18回を除き、第11回のゼッケン96番以来、約12年振りとなる99番、100番(記念大会での特別な番号は通常の番号に変換した場合)ではないゼッケンとなる98番をつけて出場したが、1stのタックルで脚力を大きく消耗。その影響で、そり立つ壁を登ることが出来ずタイムアップとなった。リタイア後のインタビューでは(SASUKEを続けるかどうかは)「コンディション次第ですね」と語った(ゼッケン98)。
第32回大会[編集]
第32回、大会前に長野は前回の挑戦で体力の限界を感じ取り、SASUKEからの引退を決意した。ゼッケンは(記念大会である20回大会を含めて)最多15回目となる100番。第21回同様、1stクリア者が8人の中での挑戦となった。今大会リタイヤの多かった難所、新エリアのダブルペンダラムではバーからの飛び移りの前に足を使って一瞬で間合いを測るだけでなく、飛び移りに至っては全盛期のパイプスライダー跳躍時並の飛距離を出して見事に攻略した。前回リタイアしたそり立つ壁も2度目の挑戦で見事攻略。警告音がなる中、高さ6mあるランバージャッククライムを5秒弱の驚異的なスピードで登り切ったものの、あと僅かのところで惜しくもタイムアップとなった。しかし、44歳という年齢を全く感じさせないパフォーマンスに日置将士や朝一眞などを始めとする現役選手から多くの者達まで「全然いける」との声も多数挙がった。最後の勇姿を見届けた新世代組や山本進悟、妻の目には涙が浮かんでおり、かつて「長野と一蓮托生」と言われたオールスターズの竹田敏浩も「よく頑張ったよ、よく頑張った」と長野の15年間の戦いの結末を労った。妻はこの時、「最後の結果はどうあれ、今まで十分SASUKEに貢献してきた1人だと私は思っているので、そんな旦那を持てて私はとても誇りに思います」と語った。
挑戦終了後、引退セレモニーが行われ、オールスターズ・新世代・総合演出の乾雅人の寄せ書きが記されたペナントとステージクリアボタンがプレゼントされた[11] 。スピーチでは「このSASUKEを通して、今の若い子や子供たちが私の16年間を見て、夢や希望、そして目標を持ってくれたら、ここまで頑張った人に対して、喜びを感じて悔いなく引退できると思う。本当に今日までありがとうございました。」と語った。最後は仲間たちによって胴上げされ、1stの池に落とされた(ゼッケン100)。
第33回大会〜第36回大会[編集]
SASUKE「20周年記念大会」である第33回、第34回では解説者として番組に登場した。また、長野が勤務するタカスイの社長の息子である、高須清輝(第33回ゼッケン52、第34回ゼッケン46、第35回ゼッケン63)が出場し、第33~34回では2ndサーモンラダーまで、第35回では1stドラゴングライダーまで進出している。
第35回大会は、解説者としては登場してないが、出場選手たちにアドバイスをしたり、SASUKEオールスターズの仲間たちを応援したりしていた。
第36回大会も、収録会場に応援者として登場。また、初となる横浜赤レンガ倉庫でのFINAL生放送の現場にゲストとして招待された。
大会別成績[編集]
| 大会 | ゼッケン | STAGE | 記録 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 第7回大会 | 87 | 1st | そり立つ壁 | タイムアップ、全カット |
| 第8回大会 | 41 | 1st | そり立つ壁 | タイムアップ |
| 第9回大会 | 61 | 3rd | パイプスライダー | 着地失敗、最優秀成績 |
| 第10回大会 | 999 | 1st | ジャンプハング | 掴み失敗 |
| 第11回大会 | 96 | FINAL | 10m綱登り | 残り約3m、最優秀成績 |
| 第12回大会 | 100 | FINAL | 10m綱登り | ゴール地点、最優秀成績 |
| 第13回大会 | 100 | FINAL | 10m綱登り | ゴール付近、最優秀成績 |
| 第14回大会 | 100 | 3rd | ジャンピングバー | 3→4本目、掴み失敗 |
| 第15回大会 | 100 | 2nd | メタルスピン | 掴み失敗 |
| 第16回大会 | 100 | 3rd | デビルブランコ | 突き放したパイプに届かず落下 |
| 第17回大会 | 99 | FINAL | 完全制覇 | SASUKE史上2人目、最優秀成績 |
| 第18回大会 | ※96 | 3rd | 新クリフハンガー | 下り段差、コースアウトにより失格、最優秀成績 |
| 第19回大会 | 100 | 1st | フライングシュート | 掴み失敗 |
| 第20回大会 | 2000 | 2nd | ダウンヒルジャンプ | 掴み失敗 |
| 第21回大会 | 100 | 3rd | グライディングリング | 最終地点、最優秀成績 |
| 第22回大会 | 100 | 1st | スライダージャンプ | 掴み失敗 |
| 第23回大会 | 100 | FINAL | Gロープ | ゴール付近、1stはセット不備で2回挑戦、最優秀成績 |
| 第24回大会 | 100 | 1st | ジャンピングスパイダー | 対岸付近、移動ミス |
| 第25回大会 | 99 | 1st | サークルスライダー | 掴み失敗 |
| 第26回大会 | 99 | 1st | ジャンピングスパイダー | 張り付き失敗 |
| 第27回大会 | 100 | 3rd | アルティメットクリフハンガー | 4→5本目 |
| 第28回大会 | 100 | 1st | 2連そり立つ壁 | 2つ目、タイムアップ |
| 第29回大会 | 100 | 1st | 2連そり立つ壁 | 2つ目、タイムアップ |
| 第30回大会 | 2999 | 2nd | スワップサーモンラダー | 失格 |
| 第31回大会 | 98 | 1st | そり立つ壁 | タイムアップ |
| 第32回大会 | 100 | 1st | ランバージャッククライム | ボタン前でタイムアップ |
- ※第18回大会はゼッケン争奪マラソンによってゼッケンが決定
通算成績[編集]
| 出場数 | 2nd進出 | 3rd進出 | FINAL進出 | 最優秀成績 |
|---|---|---|---|---|
| 26回 | 14回 | 11回 | 5回 | 8回 |
- 2016年 第32回大会終了時
- 太字は最高記録
SASUKEトライアル(2004年)[編集]
| 種目 | 挑戦回数 | STAGE | 制限時間 | 記録 | 順位 | クリア人数 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| SASUKEトライアル | 1回目 | 1st | 80秒 | ターザンロープ | なし | 15人 | ロープクライムへの移行失敗 |
| SASUKEトライアル | 2回目 | 1st | 80秒 | 26.55秒 | 2位 | 15人 |
最速タイム[編集]
| 大会 | STAGE | 制限時間 | 残りタイム | クリア人数 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 第9回大会 | 1st | 77秒 | 22.85秒 | 7人 | |
| 第12回大会 | 1st | 85秒 | 15.82秒 | 11人 | 2秒前後置いてから押している |
| 第12回大会 | 2nd | 70秒 | 14.6秒 | 10人 | |
| 第13回大会 | 1st | 80秒 | 29.03秒 | 10人 | 史上初の2大会連続最速タイム |
| 第13回大会 | 2nd | 70秒 | 18.77秒 | 5人 | 同上 |
| 第15回大会 | 1st | 95秒 | 23.59秒 | 7人 | |
| 第18回大会 | 1st | 130秒 | 23.25秒 | 6人 |
テーマ曲[編集]
専用のBGMがテーマソングとして存在する。
| 曲名 | 出典 | 初使用回 | 備考 |
|---|---|---|---|
| Last Battle | X | 9回 |
特筆[編集]
過去7回の最速タイムを経験している。1stでは過去5回(SASUKEトライアル含む)20秒台のタイムを残しており、30秒台も一度経験している。第18回以降最速タイムから遠ざかっているが、長野は「以前より体が動かなくなったのもあるが、エリアを確実にクリアするため、あえてスピードを落としている」と語っている[8]。
過去3rdでは、クリフハンガー前で落ちた経験がなく、高確率で最終エリアまで進出している。また、出場者の多くが苦手としているパイプスライダーのジャンプは過去5回中4回成功している。第18回以降でも3rdの適性の高さを保ち、第21回には初めて最終エリアまでたどり着いた。 第18回から第24回の7大会中4大会1stクリア、3回3rd進出は1位タイ。
3rdを始めとする腕力系のエリアは山田、秋山同様、得意だが跳躍系エリアが苦手で、落下こそ免れてはいるが、第17回のサークススライダーや第29回のジャンプハング改は踏みそこねでギリギリでクリアするなど、これまでに第10回のジャンプハング、第15回のメタルスピン、第25回のサークルスライダー、第26回のジャンピングスパイダーで跳躍時のミスにより落下している
14度(第20回記念大会での2000番を含めると15度)のゼッケン100番、8度の最優秀記録、5度のファイナル進出、31回のSTAGEクリア総回数はいずれも史上最多(第33回、34回の竹田の1stクリアによってSTAGEクリア総回数は更新されてしまった。竹田のSTAGEクリア総回数は、32回となった)。1stを8大会連続クリアした経験もある。2nd進出回数は14回は竹田、山本に続き史上3位、3rd進出回数は11回で竹田に続き山本と並んで史上2位タイ。 オールスターズで唯一、全カットの経験がある。
最終エリア到達数は史上最多の7回。失敗したのは初の3rd進出となった第9回と、リニューアル後初の到達者となった第21回。 7回全てで最優秀成績となっている。
引退後の第33回大会では、解説者として出演[12]。
仲間達の挑戦時は応援に人一倍力が入り、不甲斐ないミスをした際には時に厳しい言葉を投げ掛ける事もある。第33回大会から解説を務めるようになってからも、時折解説席を飛び出して声を枯らす程の応援をする姿が窺える。
筋肉番付シリーズでの活躍[編集]
黄金筋肉(基礎体力測定)[編集]
2003年の第13回終了後、黄金筋肉内の企画として鹿児島県鹿屋体育大学で「基礎体力測定」が行われた。体脂肪率はマラソン選手に匹敵する5.7%を記録。長野は基礎トレーニングの経験が皆無であったにも関わらず、オリンピックアスリート級の数値を記録した。前田明助教授は「普段全くトレーニングしていない人がこの値を出すのは驚きです。」というコメントを残している。その反面、自他共に認めるほど柔軟性に乏しく、前屈で手が届かないほどである[7]。
| 種目 | 長野誠(32歳) | 男性31歳平均 |
|---|---|---|
| 比握力 | 84% | 77% |
| 比背筋力 | 230% | 223% |
| 垂直跳び | 56cm | 54.2cm |
| 全身反応時間 | 0.248秒 | 0.364秒 |
| 腹筋(30秒) | 32回 | 20.3回 |
| 反復横跳び(20秒) | 63回 | 45回 |
| 種目 | 長野誠 | プロ選手(野球、サッカー、五輪代表など) |
|---|---|---|
| 脚筋力発電量 | 2165w | 2000w |
| 全身反応時間 | 0.248秒 | 0.250秒 |
海筋肉王(バイキング)[編集]
フジテレビの「海筋肉王」にも2005年4月から10月にかけて過去2回出場。
個人戦第2弾に初参戦。長野は1stの計算エリア・バーレイで不安を抱えつつも、SASUKEオールスターズで唯一の1stクリア。FINALまで進出し、バーティカル・ロープで残り約50cm及ばず完全制覇を逃す。初挑戦にして最優秀成績となる。
個人戦第3弾に参加したが、本人が最も苦手とする1stの計算エリア・バーレイで落下。
| 大会 | ゼッケン | STAGE | 記録 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 個人戦第2弾 | 90 | FINAL | バーティカルロープ | 残り約50cmタイムアップ、最優秀成績 |
| 個人戦第3弾 | 99 | 1st | バーレイ |
スポーツマンNo.1決定戦(モンスターボックス公認記録会)[編集]
2010年1月7日のスポーツマンNo.1決定戦「モンスターボックス(跳び箱)公認記録会」に、山本進悟、竹田敏浩と共に参加。14段を記録した。
本大会以外での出来事[編集]
- 実の姉がKUNOICHIに出場したことがある。第5回に初出場し、1stの八艘跳でリタイア。第6回はスタートエリア浮遊走でリタイア。長野は姉と共に練習もした。第8回には、長野の新妻が挑戦。2ndの円柱乗まで進出した。
- アイドリング!!!の酒井瞳とは同郷であり、KUNOICHI第8回大会で対面している。
- 完全制覇後、長野の所属する株式会社 タカスイが完全制覇記念の祝賀会を行った。会場には長野の家族や姉の姿もあった。タカスイの社長は、長野のSASUKE挑戦の度に緑山へ足を運んで応援をしていた。長野が1st、2ndで落ちた時は他の漁師や仲間に仕事の合間をぬって応援してくれ、何一つ嫌な顔せず送り出してくれる皆に会わせる顔がなく、何度もSASUKEをやめたくなったことを社長に話していたという。しかし、SASUKEは今しか出来ないということ、若いうちにしか出来ないということなどを言って励ましていたという。祝賀会では長野のスピーチが終えた後、社長からは「改めて、誠も男になった」と褒め、ファイナルステージを模したケーキの横で胴上げをし完全制覇を祝った。この模様は第17回大会の翌週日に完全ドキュメント「SASUKEに生きる男たち」で放送された。
- 2006年12月13日。お台場のマッスルパーク報道イベントに参加。その中には山田勝己、秋山和彦の顔もあった。長野はマッスルパークの各アトラクションでトップスコアも残す(苦手と言っていた頭脳系エリアの結果も悪くなかったという)。16日一般公開の日には、開園記念ゲストとして再び招かれ、子供達の前でサスケ3rdステージのセットに挑戦した。
- 2007年4月29日マグロフェスタに参加。同じ日に白鳥文平・竹田敏浩・秋山和彦も参加している。
- 2007年10月16日〈「サスケ」に挑戦しよう 春日モリモリまつり〉に参加。同じ日に、竹田敏浩・山田勝己も参加している。
- 2007年11月3日ウキウキフェスタに参加。
- 2008年4月26日マグロフェスタに参加。同じ日に山田勝己・竹田敏浩・秋山和彦も参加している。
- 2008年4月27日マグロフェスタに参加。同じ日に山田勝己・竹田敏浩・秋山和彦・山本進悟も参加している。
- 2008年7月26日に宮崎県宮崎市で“冒険ビーチ・ビーチスポーツみやざきNo.1選手権”に実況のゲストとして、参加している。同じ日に竹田敏浩も参加している。第23回ではそのイベントの優勝者である伊藤圭紀が出場し、2ndの第2エリア、サーモンラダーまで進出した。
- 2008年11月16日宮崎県延岡市の「むかばき青少年自然の家 まつり」というイベントに参加をしている。
- 2009年1月、結婚。
- 2009年6月、長男誕生。
- 2010年8月、アメリカ版SASUKE、「Ninja warrior」のSASUKE予選会に、漆原裕治、奥山義行と共にゲスト出場。トランポリンを使いバーに飛びつくエリアで落下。この模様は第26回の直前特番で放送された。
- 2010年12月30日、「男達の魂」というタイトルでCDデビューを果たした。
- 2011年4月マグロフェスタに参加。同じ日に山田勝己・竹田敏浩・山本進悟も参加している。
出演[編集]
テレビ[編集]
- 筋肉番付(TBS)
- SASUKE(2001年 - TBS)
- ZONE(TBS)
- 体育王国(TBS)
- 黄金筋肉(TBS)
- 海筋肉王(フジテレビ)
- KUNOICHI(TBS、2006年第5回大会、2009年第8回大会)
- BODY(TBS)
- サスケマニア(TBS)
- 3分限定チャレンジ 3minutes‼(2009年3月4日、TBS、山田勝己と共に出演)
- スポーツマンNo.1決定戦(2010年1月7日、TBS、山本進悟、竹田敏浩と共に出演)
- いきなり!黄金伝説(2010年6月10日、テレビ朝日)
- 時空を超えた大実験!(2010年10月30日、TBS、山本進悟、秋山和彦、高橋賢次と共に出演)
ウェブテレビ[編集]
ラジオ[編集]
DVD[編集]
- 『SASUKE』30回記念DVD 〜SASUKEヒストリー&2014スペシャルエディション〜
脚注[編集]
- ^ よだらじ 第90回
- ^ 第7回放送後の『ZONE』で放送された
- ^ 1stがリニューアルした第5回以降の20秒残しは史上初。
- ^ 2位のタイムは山本進悟の13.71秒残しであり、1位と2位のタイム差15.32秒はSASUKE最高記録。
- ^ 3大会連続FINAL進出という記録は、大森晃(第1回〜第3回)と並んで歴代1位タイ。
- ^ 落ちていった3人は、いずれもバーがどちらかに傾いたときにバーを下げていた。
- ^ a b よだらじ 第106回
- ^ a b c よだらじ 第131回
- ^ 前回大会から制限時間が5秒減らされていた。
- ^ オールスターズで最も劣った成績となるのは第10回以来2度目
- ^ 100007571357904の投稿(1736456696616692) - Facebook
- ^ sasuke_tbsのツイート(844104592790966272)
- ^ “ボブ・サップも参戦!武井壮プロデュースのアスリート頂上決戦『5種競技HAOOO5!』AbemaTVで10・22放送”. TVLIFE web (2017年10月3日). 2017年11月26日閲覧。
外部リンク[編集]
- 長野誠オフィシャルHP
- 長野誠 (@D5Ng9Tbgn1NTffu) - Twitter
- 長野誠 - Facebook
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