森本裕介

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森本 裕介(もりもと ゆうすけ、1991年[1]12月21日 - )は、IDEC株式会社のシステムエンジニアTBSSASUKE』の4人目の完全制覇者である。身長162cm、体重58kg。高知県土佐市出身。ニックネームは「サスケ君」。

人物[編集]

7歳の頃に初めて見たSASUKEの第3回大会に心を奪われ、以来SASUKE出場を熱望。中学校・高校時代は部活に入らずSASUKEの練習一筋でトレーニングを続けてきた。15歳でSASUKE第18回大会に初出場して以降9回の出場(2017年3月現在)。学生時代はクライミングジムでアルバイトをしており、そのジムの常連から「サスケ君」というニックネームをつけられた。高知大学大学院卒業。うんてい日本記録保持者でもある(425m)。

SASUKEでの戦歴[編集]

大会ごとの戦歴[編集]

第18回大会~第20回大会[編集]

当時中学3年生(同大会最年少)。ゼッケン争奪マラソンで91番を取るが、1stステージのジャンピングスパイダーでジャンプの高さが足りずに落下してリタイア。同大会に森本が着ていたTシャツに書かれていた文字「修行中」は以降、1stを初めてクリアする第27回大会までの森本のキャッチコピーのようなものになっていた。

第19回では高校1年生となり「まだ修行中」と書かれたTシャツを着て挑戦。前回リタイアとなった1stジャンピングスパイダーのトレーニングに励んだ今大会は、ポールメイズで50秒ほど時間をロスしたもののジャンピングスパイダーを攻略。しかしながら、ハーフパイプアタックで2歩目の足が滑り、ロープを掴めずに落下してリタイア(ゼッケン71)。終了後のインタビューでは、「前回よりは、先へ進んだんですけど。まだまだ先輩方についていくには、練習が足りないと思います。」と話している。

第20回は足の骨折のため欠場。

第21回大会~第27回大会[編集]

第21回では1年ぶりに出場。前回出場時に攻略した1stジャンピングスパイダーでリタイア(ゼッケン52、全カット)。第22回は以前にリタイアしたジャンピングスパイダー・ハーフパイプアタックをそれぞれクリアするも、1stそり立つ壁でタイムアップ(ゼッケン27、全カット)。

第23回から第26回までは出場していない。

第27回では2年半ぶりに出場。自身初となる1stステージクリアを達成するも、2ndステージのメタルスピンでリタイア(ゼッケン84、ダイジェスト)。

第28回大会~第30回大会[編集]

第28回は欠場。

第29回はSASUKE開催前に行われた予選会を7位で勝ち上がり2年ぶりの出場。同大会ではまず1stステージを危なげなくクリア。続く2ndステージでは極端に上昇した難易度により森本の前に挑戦した10名全員がリタイアという絶望的な状況の中、残り時間ギリギリのところで何とかクリア。3rdステージに初めて進出し、まだこのとき誰も成功者のいなかったクレイジークリフハンガーに初めて挑んで、初めてのクリア者となる。その後最終エリアパイプスライダーの着地点まで進むも、ゴールのステージにしがみつくことができず落下(ゼッケン79)。しかし、今大会の最優秀成績者となり、SASUKE ASEAN OPEN CUP 2013(後に2014に変更)の日本代表に選ばれた。

第30回記念大会では前回の成績を踏まえてゼッケン3000番をつけての挑戦。1stステージは難なくクリアしたものの、続く2ndステージでは復活エリアのウォールリフティングの3枚目の壁で挟まれてタイムアップ。前回大会の2ndステージ最終エリアはパッシングウォール(2枚目が横開き)だったのが今回はウォールリフティングに戻ったため、同エリアが苦手な森本にとっては大幅にタイムロスが増える形となってしまった。

第31回大会[編集]

第31回は就職活動中の合間を縫っての出場。初出場時と同じゼッケン91番をつけての挑戦となり、スタート前には「初心に戻って挑みたい」と語った。1stステージを難なくクリアし、2ndステージへと駒を進める。前回苦汁を飲まされた2ndステージ後半を重点的に対策しており、その練習の成果もあって、2ndステージを初の最速タイムで突破。迎えた3rdステージでは「祖父に対して完全制覇を見せたい」という思いを告白。今大会も最難関クレイジークリフハンガーをあっさりと突破。バーティカルリミットで苦しそうな表情を見せる局面こそあったものの、前々回にリタイアしたパイプスライダーを克服して3rdステージをクリアし、自身初のファイナルステージ進出を果たす。前回ファイナルに進出した又地諒のアドバイスをもとに最初のスパイダークライムを驚異的なタイムで上り、そのスピードのまま綱登りを上り切り、2.59秒残しで完全制覇を成し遂げる。ゴール後のインタビューでは「おじいちゃんに完全制覇したところを見せられてよかったです。」と語った。彼はすぐさま家族のところへ行き「これ(完全制覇)だけはやっておきたかったから、もう何も…」と感無量の面持ちで話した。番組中では最後まで笑顔のままだった森本だが、制覇後に又地諒を見た途端に涙を流したという。史上6人目となる2度目の最優秀成績者となる。

第32回大会~[編集]

2016年春にIDEC株式会社にソフトエンジニアとして就職。第32回の収録を行った5月は研修中のため欠場。

2大会ぶりの出場となった第33回では、2度目のゼッケン100番をつけての挑戦となった。1stステージではタイファイター前の足場で転倒したり、新エリアのフィッシュボーンでは最後にバランスを崩したが、なんとか対岸にしがみつき踏みとどまる場面が見られたが、その後は立て直して1stを突破。続く2ndではバックストリーム・リバースコンベアのコンボを物ともせずに唯一10秒以上を残す最速タイムでクリア。3rdステージまで進出するも、フライングバーでリタイア。

第34回は、前回フィッシュボーンでリタイアしそうになった事を踏まえ、4個のビニールひもを足場に見立て渡り方の研究を行い対策。1st、2nd共に危なげなくクリアし、3rdへ進出。前回リタイアしたフラインクバーをクリアし、ウルトラクレイジークリフハンガーに初挑戦。ここを見事にクリアするが、直後のバーティカルリミット改で指が限界に達し、転落。3度目の最優秀成績者となる。

大会別成績[編集]

大会 ゼッケン STAGE 記録 備考
第18回大会 91 1st ジャンピングスパイダー 高さが足りず、足を突っ張ることができなかった。
第19回大会 71 1st ハーフパイプアタック 2歩目の足を滑らせた。
第21回大会 52 1st ジャンピングスパイダー 全カット
第22回大会 27 1st そり立つ壁 全カット
第27回大会 84 2nd メタルスピン 手を滑らせ落下、ダイジェスト
第29回大会 79 3rd パイプスライダー 着地失敗
第30回大会 3000 2nd ウォールリフティング 3枚目の壁
第31回大会 91 FINAL 完全制覇 2.59秒残し
第33回大会 100 3rd フライングバー 1回目
第34回大会 100 3rd バーティカルリミット改 1段目 中盤
  • ※第18回大会はゼッケン争奪マラソンによってゼッケンが決定

通算成績[編集]

出場数 2nd進出 3rd進出 FINAL進出 最優秀成績
10回 6回 4回 1回 3回
  • 2017年 第34回大会終了時

テーマ曲[編集]

専用のBGMがテーマソングとして存在する。

曲名 出典 初使用回  備考
A Bug's Life Suite バグズ・ライフ 29回

特筆[編集]

  • 現時点でSASUKE完全制覇は第31回の森本も含め、第4回の秋山和彦、第17回の長野誠、第24回の漆原裕治の4名が達成しているが、そのうちファイナルステージ初挑戦で制覇したのは秋山と森本の2名だけである(長野は4回目、漆原は2回目のファイナル挑戦で制覇)。
  • SASUKE完全制覇者の中では唯一初の1stクリアがダイジェスト扱いである。
  • ステージクリア後には笑顔でピースをすることが多い。

本大会以外での出来事[編集]

  • 2014年に行われたSASUKE ASEAN OPEN CUP 2014の日本代表メンバーとして参加。団体戦銀メダルに貢献した。また個人種目においても3rdステージにて第2位に輝いている。
  • 2014年、ラスベガスで行われたAmerican Ninja warriorのUSA vs The Worldに日本代表として出場。
  • 2015年、ラスベガスで行われたAmerican Ninja warriorのUSA vs The Worldに日本代表として出場。

脚注[編集]

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