長くつ下のピッピ

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長くつ下のピッピ』(ながくつしたのピッピ、原題:Pippi Långstrump)は、スウェーデンアストリッド・リンドグレーン童話である。1945年に第1巻が刊行された。本作、「ピッピ 船に乗る」「ピッピ 南の島へ」の三部作。その他に、数冊の絵本と短編集がある(日本語へは未翻訳)。

ストーリー[編集]

トミーとアンニカのセッターグレン兄妹は退屈な毎日に飽き飽きしていた。ある日、町外れの「ごたごた荘」(訳によっては「きまぐれ荘」などとも、尾崎義訳では「ビッレクッラ」)に女の子がやって来た。赤毛ツインテールそばかすだらけの顔、そして長靴下を穿いている9歳の少女“ピッピ”である。スクーナー船「ホッペトッサ号」の船長だった父エフライムが嵐で落水し行方不明になり、父の言葉に従って別荘であるごたごた荘へとやってきたのだった。ピッピと出会ってすぐさま意気投合し仲良しになったトミーとアンニカたちは、楽しい冒険の日々を送る。

ピッピの本名は原語と翻訳によって異なる。

  • 原語 - ピピロッタ・ヴィクトゥアリア・ルルガーディナ・クルスミュンタ・エフライムスドッテル・ロングストルンプ(Pippilotta Viktualia Rullgardina Krusmynta Efraimsdotter Långstrump
  • 大塚勇三訳(岩波書店) - ピッピロッタ・タベルシナジナ・カーテンアケタ・ヤマノハッカ・エフライムノムスメ・ナガクツシタ
  • 下村隆一訳(偕成社) - ピピロッタ=ビクトリア=ルルカーテン=クルスミュンタ=エフライムスドッテル=ナガクツシタ[1]
  • 冨原眞弓訳(角川つばさ文庫) - ピッピロッタ・タベモノドッサリ・ブラインドカーテン・カーリーミント・エフライムノムスメ・ナガクツシタ[2]
  • ピッピロッタ・ナンテゴチソウ・マドノユキ・サバオリミント・エフレムノムスメ・ナガクツシタ[3]

書籍版[編集]

長くつ下のピッピ
ピッピがセッテルグレーン一家の住む街にある自宅「ごたごた荘」(実写版では「つぎはぎ荘」)に、ペットチンパンジー「ニルソン氏」、飼っている馬と共に帰って来る。トミーやアンニカと出会う。船を自宅に海育ち、その怪力ぶりとホラ吹きが得意な天衣無縫の自然児である故、いわゆる"お行儀のいい子"でないピッピに振り回される周囲。しかしサーカスを見に行って狼藉者を懲らしめたり、火事の高層アパートから逃げ遅れた子を助け出したりなどの活躍を見せ、根はいい子である事が周囲に理解されるようになる。
ピッピ 船に乗る
「長くつ下―」から数々のエピソードが続く。
ある日、指揮していたスクーナー船『ホッペトッサ号』から嵐のため落水、消息不明になっていた父・エフライム船長が五体満足の姿で現れる。ある南方の島に流れ着き、島民の族長を務めていたが、帰国の為にヨットで出航したところ、偶然にホッペトッサ号と出逢って帰って来られたのだという。ピッピとの別れを予感し悲しみに胸が塞ぐトミーとアンニカ。しかし船が出ようとしたその時、“自分の為に悲しむ人がいるのは耐えられない”とピッピは父との同行を撤回し町に残る事を表明。何もかもがいつも通りになる。
ピッピ 南の島へ
冬、はしかを患い2週間寝込んで衰弱したトミーとアンニカ。ピッピは二人の転地療養をセッテルグレーン夫妻に申し出、認められる。行き先はエフライム船長が族長を務める南の島。寄航した船長の船に乗り、一ヶ月の予定で大旅行。クリスマスを過ぎた1月始めに帰国する。

テレビ版[編集]

1969年のテレビシリーズで「ピッピの家」として使われた「Villa Villekulla」。スウェーデンゴットランド

1961年版[編集]

アメリカの子供番組『シャーリー・テンプルのお話本英語版』の中で放映。

1966年版[編集]

日本NHKで、1月1日から3日にかけて全3回放送された。舞台上演を想定せず撮り下ろされた人形劇。NHKにはテープは一話も保存されていなかったが、2018年に人形操作を担当した大阪の人形劇団「クラルテ」から全3話のフィルム(テロップ無し)と音声テープ2本が提供された[4]。フィルムの保存状態は良好だったが、音声テープは一本が劣化のため再生できず、残る一本(第二話)のみ再生できた。

1969年版[編集]

Pippi Longstocking

スウェーデンで放映されたテレビシリーズ。全13回。制作はスウェーデンと(西)ドイツの共同制作。監督はオル・ヘルボム、ピッピ役はインゲル・ニルッセン。(西)ドイツでは本作を再編集した映画版(全2本、後述)も作られ、テレビシリーズの放映以前にこちらが劇場公開された。この映画版は多くの国で公開され、非常に好評で大ヒットした。このため、実写版と言えばインゲル・ニルッセン版を指すことが多い。映画版はこの好評を受け、さらに続編も作られた(全2本)。また、(西)ドイツではこの2本の映画を再編集した物もテレビで続けて放送された(このためドイツ版は全21回)アメリカでは翌年に渡り、4篇に再編集されて放映された。日本ではNHKの少年ドラマシリーズで、放送(日本語吹き替え版、ピッピ役の吹き替えはキャロライン洋子。主題歌も日本語で彼女が歌っている)。何故か全12回。ドイツ版の後半に当たる部分も、続編として、「長くつ下のピッピ~冒険旅行~」・「長くつ下のピッピ~海賊退治~」のタイトルで放送された(全4回、全4回)。このテレビ版の日本語版は、NHKには現存しておらず基本的には、観ることは出来ない。

1982年版[編集]

Пеппи Длинныйчулок(Peppi Dlinnyychulok)』

ソ連で制作されたテレビシリーズ。

1985年版[編集]

『長くつ下のピッピ』

アメリカの子供番組枠『ABC週末スペシャル英語版』で放映。30分。

1997年[編集]

Pippi Longstocking(長くつ下のピッピ)』

カナダのアニメ制作会社「ネルバナ」によるテレビアニメシリーズ。アメリカ、カナダで放映された。

2001年版[編集]

Pippi Examples

スウェーデン制作のテレビシリーズ。

映画版[編集]

1949年版[編集]

Pippi Longstocking(長くつ下のピッピ)』。

スウェーデン制作、ペル・グンバル監督。

1969年版[編集]

スウェーデン西ドイツの共同制作。1969年のテレビシリーズを再編集した物。
スウェーデン西ドイツの共同制作。1969年のテレビシリーズのスタッフ、キャストで2本制作された。

公開順は国により異なる。全作、日本でも劇場公開されたが、日本では、「長くつ下のピッピ」、「続・長くつ下のピッピ」、「ピッピの新しい冒険」、「ピッピ船にのる」の順で公開された。全作、DVD化(日本語吹き替え版。ピッピ役の吹き替えはテレビ版とは異なり岸田今日子。「ピッピの宝島」のみテレビ版と同じキャロライン洋子)されているが、ややこしいことにタイトルが劇場公開時と一部異なる。このため、一部混乱が生じており、紹介記事やサイトではしばしば両者を混同して全5作などと書かれていることがあるが、上記のようにタイトルに異同があるだけで全4作が正しい。

1988年版[編集]

The New Adventures of Pippi Longstocking(長くつ下のピッピの新冒険)』

日本版題:『長くつ下ピッピの冒険物語』

イギリスアメリカ合衆国の共同制作。

役名 俳優 日本語吹き替え
ピッピ タミー・エリン 岡本麻弥
トミー・セティグレン デヴィッド・シーマン 田中真弓
アニカ・セティグレン コーリー・クロウ 高田由美
セティグレン氏 デニス・デューガン 堀勝之祐
セティグレン夫人 ダイアン・ハル 一城みゆ希
バニスター アイリーン・ブレナン 京田尚子
ブラックハート ジョージ・ディセンゾ 村松康雄
グレッグ ディック・ヴァン・パタン 緒方賢一
ジェイク クラーク・ニーダージョン 納谷六朗
エフライム船長 ジョン・シャック 筈見純

1997年版[編集]

Pippi Long Stocking(長くつ下のピッピ)』

カナダのアニメ映画。ネルバナ制作。

  • キャスト
役名 俳優 日本語吹き替え
ピッピ エリン・ラーソン 笹本優子
トミー・セティグレン マックス・ヴァレル 永田亮子
アニカ・セティグレン ヤスミン・ヘイクラ 武藤寿美
ブリップ夫人 此島愛子
エイブラハム船長 ボルゲ・アールステット 辻親八
センダーカールソン 緒方賢一
ブルーム 千葉繁
セッターグレン氏 二又一成
セッターグレン夫人 冬馬由美
先生 高乃麗
クリン&クラン 亀山助清
クリン&クラン夫人 かないみか
フリードフ 中嶋聡彦
船員 乃村健次関口英司

ミュージカル[編集]

  • ミュージカル「長靴下のピッピ」(2004年8月)
演出:宮田慶子
出演:篠原ともえ(ピッピ)、土居裕子(ミセス・プリセリウス)、栁澤貴彦(トミー)、高山璃奈(アンニカ)、園山晴子(女教師)、鈴木浩介(クラング)、二瓶鮫一(クリング、サーカスの団長)、松金よね子(グランベルイ)、力也(ピッピの父)
  • 「ピッピ」(2006年8月)
演出:宮田慶子
出演:篠原ともえ(ピッピ)、大浦みずき(ミセス・プリセリウス)、中山常之(トミー)、田島ゆみか(アンニカ)、園山春子(マリアンネ)、前田綾(教師)、大谷亮介(クリング巡査)、大沢健(クラング巡査)、大島蓉子(グランベルイ)、団時朗(ピッピの父)
全国5ヵ所(東京、神奈川、愛知、大阪、福岡)で公演された。

テレビアニメ版 (企画のみ)[編集]

1971年に日本の東京ムービーがアニメ化を企画、Aプロダクションが実制作部隊となり、この企画のために東映動画から移籍した高畑勲宮崎駿小田部羊一が制作作業を進めた[5]。東京ムービー社長の藤岡豊が直接スウェーデンに赴いて許諾交渉をしたが、リンドグレーンとは面会できず、企画は頓挫した(このとき、ロケハンの目的で宮崎駿が同行している)[6]。高畑らが本作のために作った制作資料はのちに彼らが手がけた『パンダコパンダ』に活用された[7]

1980年代になり、『アニメージュ』の編集者だった鈴木敏夫は、3人が本作のために用意した制作資料の書籍化を企画したが、やはりリンドグレーンは許可しなかった[8]。書籍化を断念した鈴木は1985年に資料の一部を『アニメージュ』に掲載した[8]。その後スタジオジブリのプロデューサーとなった鈴木は、『ピッピ』の映画化の相談を宮崎と何度もおこなったが、結局実現しなかった[8]

時代が下って宮崎駿が世界的名声を得た後、リンドグレーンの著作権継承者がスタジオジブリに『ピッピ』のアニメ化のオファーを入れたが、宮崎は「遅すぎる」「時機を逸してしまった。もう作れない」と断ったという[8]。ただ、『山賊のむすめローニャ』には未練があり、鈴木敏夫はこれを子息の宮崎吾朗に薦め、2014年に(別スタジオの制作ではあるが)テレビアニメ化された[8]。このアニメ化の際に来日したリンドグレーンの関係者(孫など。彼らは宮崎アニメのファンだった)がスタジオジブリを訪れ、その席で制作資料の書籍化に賛同して、2014年に『幻の「長くつ下のピッピ」』として岩波書店より刊行された[8]

脚注[編集]

  1. ^ 長くつ下のピッピ Kaisei web 偕成社のウェブマガジン - 2019年8月7日閲覧。
  2. ^ 角川つばさ文庫/新訳 長くつ下のピッピ - 2019年8月7日閲覧。
  3. ^ アストリッド・リンドグレーン、川北亮司『アニメ版 ピッピ南の島へ』金の星社、2001年、4頁。ISBN 4-323-07019-5
  4. ^ 昭和41年人形劇『長くつ下のピッピ』を発掘!、NHK番組発掘プロジェクト、2018年6月1日、同年12月20日閲覧
  5. ^ 「本書について」高畑勲・宮崎駿・小田部羊一『幻の「長くつ下のピッピ」』岩波書店、2014年、p.2
  6. ^ 宮崎駿「『魔女の宅急便』のコリコの町は、『ピッピ』のロケハンで訪ねたヴィズビーが参考になっています。」高畑勲・宮崎駿・小田部羊一『幻の「長くつ下のピッピ」』岩波書店、2014年、pp.65 - 68
  7. ^ 高畑勲「子どもの心を解放するアニメーションを作るために、僕らは一生懸命考えました。」高畑勲・宮崎駿・小田部羊一『幻の「長くつ下のピッピ」』岩波書店、2014年、p.144
  8. ^ a b c d e f 鈴木敏夫「本書の企画者より 30年越しの胸のつかえ」高畑勲・宮崎駿・小田部羊一『幻の「長くつ下のピッピ」』岩波書店、2014年、pp.147 - 149

関連項目[編集]

外部リンク[編集]