団時朗

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だん じろう
団 時朗
本名 村田 秀雄(むらた ひでお)
別名義 団 次郎
団 次朗
生年月日 (1949-01-30) 1949年1月30日(70歳)
出生地 日本の旗 日本京都府京都市
身長 187 cm[1]
血液型 AB型[1]
職業 俳優歌手
ジャンル 映画テレビドラマ舞台
活動期間 1966年 -
活動内容 1966年:映画出演
1971年:『帰ってきたウルトラマン
事務所 アルファエージェンシー
公式サイト 所属事務所によるプロフィール
主な作品
テレビドラマ
帰ってきたウルトラマン
スーパーロボット マッハバロン
少年探偵団
ロボット8ちゃん
正義は勝つ
熱海の捜査官
映画
『スタア』
ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟
舞台
ふるあめりかに袖はぬらさじ

団 時朗(だん じろう、1949年1月30日[1][2][3] - )は、日本俳優。旧芸名、団 次郎[2]団 次朗[4](いずれも読み同じ)。本名、村田 秀雄(むらた ひでお)[2][3]

京都府[1]京都市出身[2]平安高等学校卒業[2][5]アルファエージェンシー所属。

来歴[編集]

長唄の師匠である日本人の母とイギリス系アメリカ人の父[注釈 1]との間に生まれたハーフ[6]

1966年、母が知り合いである大映三隅研次監督に頼み、勝新太郎主演の『酔いどれ博士』に端役で出演する。同年に髙島屋と提携したピエール・カルダンのスーツを一度に3着購入するほどファッションに対しての想いが強いこともあって、1967年3月に平安高等学校[注釈 2]を卒業するとただちに上京し、セントラルファッションに所属する。同年5月に前田美波里と共演した資生堂サンオイルのテレビCM、続いて同社の男性化粧品「MG5[注釈 3]のテレビCMでファッションモデルとして注目される[5]

1968年日活映画『わが命の唄 艶歌』に出演。本作の役名である団 次郎を芸名とする。同年6月には日本クラウンより、『バラの恋』で歌手デビュー[5]

1971年円谷プロウルトラシリーズ帰ってきたウルトラマン』で主人公・郷秀樹を演じて人気となる[2]。そのほか、日本現代企画制作『スーパーロボット マッハバロン』(1974年[7]東映不思議コメディーシリーズ第1作目『ロボット8ちゃん[8]といった特撮テレビドラマにもレギュラー出演した。『少年探偵団』では、怪人二十面相を演じ、最終回では正体が演者の団その人という奇抜な演出がなされている[9]

俳優として低迷期を迎えた時期があったが、舞台に活路を見出し、ミュージカルからストレートプレイまで守備範囲も広く活動[2]福田陽一郎坂東玉三郎栗山民也らに起用され、キャリアを積み重ねている[2]

映画では、筒井康隆戯曲を映画化した『スタア』(1986年)で、プレイボーイのスター役を印象的に演じた[2]

1984年姓名判断により「団 時朗」に改名[10]

人物・エピソード[編集]

  • 1991年に雑誌『B-CLUB』の特集で行われた京本政樹との対談で、他のシリーズではウルトラセブンなどの正式名称があるが、自身が演じた「帰ってきたウルトラマン」には「自分のだけが名前がない」と述べ、京本が「一応ジャックという名前がある」と言及すると「(ジャックという名前に対して)後からつけられてしょうがないし、ピンと来ない」と述べている[11]
  • ウルトラセブン』の森次晃嗣のシャンソンCD発売の際、ウルトラ4兄弟=ダンディー4集合時に「子供の頃のヒーローと言えば?」という問いに、黒部進(=初代ウルトラマン)だと答えた。森次とは、『帰マン』で共演以降も親交があり、(団が)森次の家を訪れた際、家にある酒をカラにして帰ることがよくあったという[12]。また、『帰マン』当時は、子どもの夢を壊してはいけないからと、プロデューサーの円谷一から飲酒を止められていたという[13]
  • ダウンタウンの番組で「ウルトラマンと仮面ライダー」という企画に、宮内洋速水亮黒部進とともに出演した。ウルトラマンジャックのライバルを尋ねられ、『仮面ライダー』と即座に挙げた。
  • 2009年に、舞台で多数の競演を行っている黒柳徹子とのデートが報じられる。黒柳によると舞台『ベッドルーム・ファンタジー』の舞台稽古の際の食事会であり、団のほかに田山涼成も同席していたことを明かし「でも、嬉しいって思いました」と大人の対応をしている[14]
  • 2013年、自主映画『蒼き天狗の夜に。』上映のアフタートークに特別ゲストとして登壇した。若手俳優・スタッフへの激励、故郷京都での映画の原体験などを語った[15]

出演[編集]

テレビドラマ[編集]

NHK[編集]

日本テレビ[編集]

TBS[編集]

フジテレビ[編集]

テレビ朝日[編集]

テレビ東京[編集]

WOWOW[編集]

その他のテレビ番組[編集]

映画[編集]

オリジナルビデオ[編集]

インターネット配信[編集]

舞台[編集]

ゲーム[編集]

ラジオドラマ[編集]

CM[編集]

その他[編集]

  • 東映怪人怪獣大百科 ロボット篇(東映ビデオ) - 青井博士(ナレーション)

音楽[編集]

シングル
題名 B/W・C/W 発売年 レーベル 備考
バラの恋 ひとつぶの涙 1968年 クラウン 日活映画『わが命の唄 艶歌』主題歌
渚のバラード バラをあげよう 1969年
甘い予感 霧の中の孤独 1970年 日本コロムビア
男には黙っていたい時がある 荒野を歩く男
帰ってきたウルトラマン MATチームの歌 1971年 主題歌・挿入歌。ウルトラシリーズで初めて主役が歌った[注釈 4]
8ちゃんのえかき唄 おさえきれない好奇心![注釈 5] 1982年 ロボット8ちゃん』後期EDテーマ。
勇者よいそげ!! この道わが旅 1991年 DRAGON QUEST -ダイの大冒険-』主題歌。すぎやまこういちとの20年ぶりのタッグを組んだ作品。同収録の『この道わが旅』は、『ドラゴンクエストII 悪霊の神々』のエンディングテーマに詩をつけたもの。
ウルトラマンメビウス 2006年 『ウルトラマンメビウス』主題歌。Project DMM with ウルトラ防衛隊の一員として。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 父親はアメリカ空軍の軍人であり、団が2歳の時に朝鮮戦争で戦死している。
  2. ^ 在学中は野球部に所属。
  3. ^ 1971年まで出演。
  4. ^ 不採用に終わったもう一つの主題歌「戦え! ウルトラマン」も歌っている。
  5. ^ 歌:松岡洋子コロムビアゆりかご会

出典[編集]

  1. ^ a b c d 団 時朗”. 日本タレント名鑑. VIPタイムズ社. 2018年12月15日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i 『日本映画人名事典』男優編〈下巻〉、キネマ旬報社、1996年、145-146頁。ISBN 978-4873761893
  3. ^ a b 『日本タレント名鑑2004』 VIPタイムズ社、2003年、181頁。ISBN 978-4990124212
  4. ^ 『日本タレント名鑑'83』 VIPタイムズ社、1982年、141頁。
  5. ^ a b c 『福島民報』1968年8月18日付朝刊、7面。
  6. ^ 『読売新聞』1971年3月4日付夕刊、7面。
  7. ^ 「スーパーロボット マッハバロン」『巨大ヒーロー大全集』 講談社〈テレビマガジン特別編集〉、1988年、110頁。ISBN 4-06-178410-2
  8. ^ 『メーキング・オブ・東映ヒーロー』〈2〉ラディカルヒーローの世界、講談社、1987年、141頁。ISBN 4061900838
  9. ^ 全怪獣怪人』下巻、勁文社、1990年11月30日、381頁。C0676。ISBN 4-7669-1209-8
  10. ^ きくち英一 「仮面の光と影―対談 きくち英一×団時朗」『ウルトラマン・ダンディー 帰ってきたウルトラマンを演った男』 藤川裕也、木原浩勝 構成・編、風塵社、1995年、141頁。ISBN 4-938733-19-6
  11. ^ 京本政樹 『京本政樹のHERO考証学』 バンダイ、132頁。ISBN 489189234X
  12. ^ 『ダン〜モロボシダンの名をかりて〜』 森次晃嗣扶桑社、1998年、166頁。ISBN 4594028578
  13. ^ 『ウルトラマン大百科』 勁文社〈ケイブンシャの大百科〉、1978年、179頁。63547-31。
  14. ^ 黒柳徹子、バスト100cmの特殊メイクで上機嫌 共演俳優とのデート報道に「嬉しい」”. eltha. オリコン (2009年10月10日). 2018年9月16日閲覧。
  15. ^ 京都に「帰ってきたウルトラマン」団時朗さん-若手俳優らにエール”. 烏丸経済新聞 (2013年7月29日). 2018年9月16日閲覧。
  16. ^ 騎士竜戦隊リュウソウジャー ケボーーーンなキャスト大発表〜‼ パート2”. 東映オフィシャルサイト. 東映. 2019年2月24日閲覧。

外部リンク[編集]