西天満

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西天満
西天満交差点
西天満交差点
西天満の位置(大阪市内)
西天満
西天満
西天満の位置
西天満の位置(大阪府内)
西天満
西天満
西天満の位置
北緯34度41分45.67秒 東経135度30分18.67秒 / 北緯34.6960194度 東経135.5051861度 / 34.6960194; 135.5051861
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Osaka Prefecture.svg 大阪府
市町村 Flag of Osaka, Osaka.svg 大阪市
北区
面積
 • 合計 0.430886993km2
人口
2019年(平成31年)3月31日現在)[2]
 • 合計 5,176人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
530-0047[3]
市外局番 06(大阪MA[4]
ナンバープレート なにわ

西天満(にしてんま)は、大阪府大阪市北区町名。現行行政地名は西天満一丁目から西天満六丁目。

地理[編集]

東端は天満堀川跡の阪神高速12号守口線、南端は堂島川、西端は御堂筋、北端は曽根崎通および寺町通り。北東角に堀川戎神社があり、南端の堂島川には上流から難波橋鉾流橋水晶橋大江橋が架かっている。

堂島川沿いの南部に大阪高等裁判所などの官公庁オフィスビルが立地する一方、西は北新地、北は兎我野町など北野歓楽街に隣接している。

歴史[編集]

現在の1丁目・3丁目・5丁目のそれぞれ全域および2丁目・4丁目のそれぞれ大半が西天満と総称された天満の天満堀川以西、2丁目南西端が堂島の一部、2丁目北西端が曾根崎新地の一部にあたり、江戸時代以来の市街地となる。その他は1897年明治30年)に大阪市へ編入された地域で、4丁目北西部が西成郡曾根崎村の一部、4丁目北東部および6丁目の全域が同郡北野村川崎村のそれぞれ一部にあたる。

江戸時代には堂島川沿いに対馬府中藩尼崎藩佐伯藩弘前藩佐賀藩小城藩蔵屋敷が建ち並んでいた。なかでも広大な佐賀藩の蔵屋敷跡地が現在の大阪高等裁判所にあたる。

現在の2丁目7番には堂島を隔てる曽根崎川が流れ、上流から難波小橋・蜆橋が架かっていたが、1909年(明治42年)に埋め立てられた。

沿革[編集]

  • 1871年明治4年) 堂島新地1丁目を堂島浜1丁目に改称
  • 1872年(明治5年)
    • 天満では、樋上町を樋上町一番町 - 三番町に、天満11丁目・天満11丁目下半を若松町一番町 - 三番町・絹笠町一番町 - 三番町に、堀川町の天満堀川以西・伊勢町の寺町通り以北を西堀川町に、西樽屋町・小島町・老松町を老松町1 - 3丁目に、北富田町・南富田町を富田町に、北木幡町・南木幡町を木幡町にそれぞれ改編し、天満船大工町を真砂町に改称
    • 堂島では、堂島浜1丁目を堂島浜通1丁目に改称
  • 1873年(明治6年) 樋上町一番町 - 三番町・若松町一番町 - 三番町・絹笠町一番町 - 三番町をそれぞれ樋上町・若松町・絹笠町に改称
  • 1897年(明治30年) 西成郡曾根崎村・北野村のそれぞれ全域および川崎村の一部を大阪市へ編入
  • 1900年(明治33年) 旧曾根崎村域に曾根崎永楽町・曾根崎上1 - 2丁目、旧北野村域に西梅ケ枝町、旧川崎村域に東梅ケ枝町が起立
  • 1924年大正13年) 西梅ケ枝町・東梅ケ枝町を梅ケ枝町に改編
  • 1944年昭和19年) 堂島浜通1丁目・堂島船大工町のそれぞれ御堂筋以東を絹笠町へ編入、曾根崎新地1丁目の御堂筋以東を真砂町へ編入、曾根崎永楽町の御堂筋以東および曾根崎上1 - 2丁目の曽根崎通以南に神明町を起立
  • 1978年(昭和53年) 樋上町・若松町・絹笠町・真砂町・神明町・老松町1 - 3丁目・源蔵町・西堀川町の寺町通り以南・伊勢町・富田町・木幡町・梅ケ枝町を改編して、西天満1 - 6丁目の現行行政地名を実施

世帯数と人口[編集]

2019年(平成31年)3月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[2]

丁目 世帯数 人口
西天満一丁目 372世帯 674人
西天満二丁目 30世帯 60人
西天満三丁目 1,353世帯 1,988人
西天満四丁目 669世帯 792人
西天満五丁目 882世帯 1,190人
西天満六丁目 360世帯 472人
3,666世帯 5,176人

人口の変遷[編集]

国勢調査による人口の推移。

1995年(平成7年) 1,690人 [5]
2000年(平成12年) 2,114人 [6]
2005年(平成17年) 2,763人 [7]
2010年(平成22年) 4,729人 [8]
2015年(平成27年) 4,866人 [9]

世帯数の変遷[編集]

国勢調査による世帯数の推移。

1995年(平成7年) 818世帯 [5]
2000年(平成12年) 1,264世帯 [6]
2005年(平成17年) 1,877世帯 [7]
2010年(平成22年) 3,405世帯 [8]
2015年(平成27年) 3,439世帯 [9]

学区[編集]

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[10]。北区内の全ての市立中学校と、大阪市内の小中一貫校が対象で学校選択が可能(抽選を実施)。

丁目 小学校 中学校
西天満一丁目 全域 大阪市立西天満小学校 大阪市立天満中学校
西天満二丁目 全域
西天満三丁目 全域
西天満四丁目 全域
西天満五丁目 全域
西天満六丁目 全域

事業所[編集]

2016年(平成28年)現在の経済センサス調査による事業所数と従業員数は以下の通りである[11]

丁目 事業所数 従業員数
西天満一丁目 214事業所 1,823人
西天満二丁目 341事業所 3,258人
西天満三丁目 691事業所 5,907人
西天満四丁目 819事業所 7,951人
西天満五丁目 559事業所 4,594人
西天満六丁目 353事業所 3,191人
2,977事業所 26,724人

施設[編集]

天満警察署
老松通り

公共施設[編集]

社寺[編集]

金融機関[編集]

企業・宿泊施設[編集]

このほか、かつては西天満6丁目に関西テレビ放送の旧社屋が所在していた(1997年に扇町へ移転後、関連会社と貸しスタジオが残り「デジタルエイトビル」となっていたが、2011年に取り壊された)。

交通[編集]

鉄道[編集]

バス[編集]

大阪シティバスが走っている。御堂筋には8号系統なんば行)、62号系統(住吉車庫前行)の大江橋停留所がある(一方通行のため南行のみ)。国道1号および西天満から北上する道路には36号系統大阪駅 - 地下鉄門真南)の西天満停留所がある。2017年3月まで36号系統と一部並行する形で近鉄バスの路線もあった。

道路[編集]

高速道路
国道
都市計画道路
  • 本庄西天満線

その他[編集]

日本郵便[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ 大阪府大阪市北区の町丁・字一覧” (日本語). 人口統計ラボ. 2019年10月4日閲覧。
  2. ^ a b 住民基本台帳人口・外国人人口” (日本語). 大阪市 (2019年7月26日). 2019年10月4日閲覧。
  3. ^ a b 西天満の郵便番号”. 日本郵便. 2019年8月15日閲覧。
  4. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2019年6月24日閲覧。
  5. ^ a b 平成7年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (日本語). 総務省統計局 (2014年3月28日). 2019年8月16日閲覧。
  6. ^ a b 平成12年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (日本語). 総務省統計局 (2014年5月30日). 2019年8月16日閲覧。
  7. ^ a b 平成17年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (日本語). 総務省統計局 (2014年6月27日). 2019年8月16日閲覧。
  8. ^ a b 平成22年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (日本語). 総務省統計局 (2012年1月20日). 2019年8月16日閲覧。
  9. ^ a b 平成27年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (日本語). 総務省統計局 (2017年1月27日). 2019年8月16日閲覧。
  10. ^ 北区内の通学区域一覧”. 大阪市 (2018年12月6日). 2019年10月4日閲覧。 “(ファイル元のページ)
  11. ^ 平成28年経済センサス-活動調査 / 事業所に関する集計 産業横断的集計 都道府県別結果” (日本語). 総務省統計局 (2018年6月28日). 2019年10月23日閲覧。
  12. ^ ホテル イルグランテ梅田
  13. ^ 郵便番号簿 2018年度版 (PDF)” (日本語). 日本郵便. 2019年6月10日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]