民主進歩党

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中華民国の旗 中華民国の政党
民主進歩党
Bîn-tsú Tsìn-pōo Tóng
民主進步黨
Democratic Progressive Party
主席 蔡英文
秘書長 呉釗燮
成立年月日 1986年9月28日
本部所在地
〒100
台湾台北市中正区北平東路30号10楼
立法院
68 / 113   (60%)
2016年2月現在)
政治的思想・立場 台湾民族主義
社会自由主義
進歩主義
台湾独立
中道左派
機関紙 民進報
公式サイト 民主進步黨
国際組織 自由主義インターナショナル
アジア・リベラル民主評議会
民主主義者連盟
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民主進歩党(みんしゅしんぽとう、繁体字: 民主進步黨(Mínzhǔ Jìnbù Dǎng)、台湾語: Bîn-chú Chìn-pō͘ Tóng英語: Democratic Progressive Party, "DPP")は、中華民国政党である。略称は民進党(みんしんとう)。イメージカラーは党章にも使われている。なお「緑」は、同党を指す用語としても使われている。

概要[編集]

民進党本部がある華山商務大樓

中華民国が戒厳令下の中国国民党一党独裁体制で、政党結成の自由がなかった時代の1986年、国民党に批判的な勢力(いわゆる党外)が結集して設立した台湾史上初めての野党である。1989年に政党結成が解禁となって合法化されると、国民大会立法院、地方で勢力を徐々に拡大して民主化改革を推進し、1994年陳水扁台北市長を、1998年謝長廷高雄市長を相次いで誕生させた。2000年総統選挙では陳水扁が当選し、半世紀にわたる国民党支配に終止符を打った。翌年には初の民進党籍の行政院長(首相)が誕生し、2001年立法委員選挙でも国民党を抜いて立法院比較第1党となった。しかし、陳水扁政権の汚職スキャンダルなどに対する不満から2008年立法委員選挙で大敗し、2008年総統選挙与党の座を失った。その後は、蔡英文主席のもとで党の再建を図ったが、2012年総統選挙2012年立法委員選挙の同時選挙で国民党に敗北した。

党基本綱領(結成直後の1986年11月に制定、1991年に修正)で「台湾共和国の建設」を掲げている(いわゆる台湾独立綱領)。1990年代半ばから社会福祉や環境保護、反原発人権エスニシティなどリベラルな主張を掲げて国民党との対立軸を鮮明にするとともに、台湾独立問題でやや軟化し、1999年党大会で、台湾はすでに主権が独立した国家であるとの現状認識に立ち、現状を変更する場合は必ず住民投票によって決定しなければならないとする「台湾前途に関する決議文」を採択した。

国民党の反対勢力を結集して成立した政党であるが故に、党内には多くの派閥が存在する。そもそもは「党外編輯作家聯誼会」(急進派)と「党外公共政策研究会」(穏健派)の2団体によって党が結成され、当初は「美麗島系」と「新潮流系」の2大派閥体制であったが、やがて海外独立派による「台独連盟」のほか、中間派の「正義連線」、「福利国連線」が相次いで生まれ、「美麗島系」も「新世紀」と「新動力」に分裂。こうして多派閥体制が形成されたが、現在は主義主張の違いはほとんどなく、党内権力闘争の手段になっているといわれている。

李登輝ら国民党本土派が離党して結成した台湾団結連盟とは、当初は友好関係にあったものの、やがて主張が近いことからライバル関係となり、陳水扁政権のスキャンダル発覚後は疎遠となった。ただし、総統時代の李登輝によって見出された蔡英文が主席となった現在は、李登輝と民進党の接近ぶりが再び注目されるようになっている。[1]

歴史[編集]

Flag of the Republic of China.svg
中華民国政治関連項目

中華民国の政治
中華民国憲法

総統 蔡英文
副総統 陳建仁

中華民国総統選挙
中華民国立法委員選挙

行政院 • 立法院
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その他台湾関係記事

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歴史

中華民国関係記事

中華文化
中国の歴史

党外活動時代[編集]

1949年の中華民国政府の台湾移転後、台湾の党外活動家は民主主義自由を求めた活動を断続的に行っていた。1979年に発生した美麗島事件で党外運動は最高潮に達し、当局により施明徳黄信介らの多数の活動家が逮捕投獄された。1980年代、党外勢力は傅正の自宅などに集まり、活動のための組織化を開始した。1986年9月28日、132人の党外活動家後援が台北市円山大飯店で開催されていた「党外後援会公認候補推薦大会組織」の席上突然結党が宣言され「民主進歩党」と命名された。結党当時は国民党の一党独裁および戒厳令の下で非合法とされたが、結党宣言に対し、蒋経国は「民進党の結成は不法だが処罰はしない」とする方針を打ち出し、黙認する姿勢をとった。1989年に合法化された。

野党時代[編集]

1986年に結党後初めての立法委員及び国民大会代表選挙[2]で民進党は20%以上の票を獲得する。以降民進党は街頭デモを繰り返し、当局に対し戒厳令の解除、民主直接選挙の実施、公共政策の調整を主張した。初期の民進党は「本土政党(台湾在来政党)」、国民党を「外来政党」と位置づけていた。一方、デモなどの街頭活動により、「街頭党」と蔑視の意味を含めた名称で呼ばれることもあった。同年11月10日に開催された第1回全国党員代表大会では江鵬堅を主席に選出、台湾の前途は台湾により自由・自由・普遍・公正・平等の原則の下で決定されると規定する党綱領を採択した。

1987年中華民国総統蒋経国により戒厳令が解除され、民進党は総統の直接選挙を主張した。この時期民進党は「四つのif」と称される決議文を採択し、国民党が台湾人の利益を損なう行為を行ったり、両岸統一などの4内容を実行する時、民進党は台湾独立を支持するとした。

1991年の第5回第1次全国代表大会で正式に台湾独立綱領と称される新しい党綱領を採択、その中で民進党の基本は住民自決の方法により独立自主的な台湾共和国の建国を目指すと明言し、台湾独立を主要な政治目標として掲げた。

1992年に行われた立法委員選挙では民進党は得票率33%、翌年の県市長選挙では得票率44%を獲得した。1994年の台北市長選挙では陳水扁は国民党候補の黄大洲と新党候補の趙少康に競り勝ち当選した。

1995年5月、施明徳は主席に就任後、過去の過激な言動と決別する方針転換を行う。同年9月には民進党政権下では台湾独立を行う必要はないと言及、12月14日には新党と「大和解」の前提のもと会談を行い、許信良は「大胆西進」として中国と現実的に向き合う現実路線を打ち出した。1996年総統選挙では、民進党は初期の台湾独立指導者である彭明敏を候補者に擁立したが、国民党の李登輝候補が当選。施明徳は主席を辞任した。

1997年県市長選挙では民進党は12県市で勝利したが、台北市長選挙では2期目を目指す陳水扁は、清廉なイメージで選挙戦略を展開したが、李登輝により新台湾人と評価された馬英九に敗れた。

1999年は翌年の総統選を考慮し民進党は基本政策に大きな変更を加えた。「台湾前途決議文」を採択し、台湾は既に独立国家であるが、国号は「中華民国」とすると現状追認の政策を発表し、中間層の取り込みを図った。同時に圧倒的な知名度を誇る陳水扁を総統候補に、美麗島事件にかかわり、当時桃園県長を務めていた呂秀蓮を副総統候補に指名した。李遠哲の支持を得るなど、連戦宋楚瑜を破り当選、初めての政権交代を平和的に実現した。

2度目の野党時代[編集]

2012年5月19日に行われた反馬英九集会

総統選挙後の2008年5月、民進党は党主席選挙を行い、国民党・李登輝政権下で行政院大陸委員会委員などを務めていた蔡英文を党主席に選出、党のイメージ回復を図った[3]。立法委員の補欠選挙で連勝を重ねて徐々に党勢を回復、2010年11月に5つの直轄市で実施された地方選挙では台南市高雄市で候補を当選させ、総得票数では国民党を上回ったが、蔡主席が出馬した新北市長選挙では惜敗した[4]

蔡英文は2012年中華民国総統選挙でも馬英九総統の再選を阻止できず、2月末で党主席を辞任することが決まった。ダブル選挙となった第八回中華民国立法委員選挙では現有議席を上回る40議席を獲得したが、与党国民党を過半数割れに追い込むことができなかった。民進党は蔡英文の辞意表明を受け2月22日に陳菊高雄市長を代理主席に選出[5]、2012年5月27日に行われた党主席選挙で元行政院長である蘇貞昌を主席に選出した[6]

2度目の政権獲得[編集]

蘇首席の任期満了に伴って2014年5月に行われた主席選挙では、前主席の蔡英文が返り咲きを果たした[7]。同年11月に行われた統一地方選挙では、激戦となった直轄市の市長選挙(6市)において、4市で国民党を制したほか、台北で同党が支持した無所属候補である柯文哲が当選するなど、躍進を果たした[8]

2016年中華民国総統選挙でも民進党の勢いは続いた。蔡英文は選挙戦中の2015年11月の時点で国民党の朱立倫候補に対し支持率で大幅にリードし[9]、1月の投票では国民党の朱候補に300万票の差を付けて圧勝した。同時に行われた立法院選挙でも初めて過半数を制した[10]

組織[編集]

組織概要[編集]

民主進歩党全国代表大会は党の最高意思決定機関であり、年1回中央執行委員会を招集して、党の綱領や党章を改定し、中央執行委員会委員などを選挙、或いは罷免する。中央執行委員会は常設の執行機関で、主席を含む35人の委員から構成され、中央執行委員会の委員を何人確保するかは党内各派の党争の焦点であり、中央執行委員の内14人は中央常務委員に兼任する。

党主席は党員の直接選挙で選任され、任期2年、1回のみ再任が可能。中央評議委員会は党の全国代表大会で選出された11人の委員から構成され、党務を監督する。党中央部の下に国際事務部(中国事務部は2007年8月1日付けで国際事務部に吸収合併)、組織普及部、文化宣伝部、社会発展部、扶助発展部、青年発展部、族群事務部の8個の部と、財務委員会、政策委員会の2個の委員会と、世論調査センターと“台湾民主学校”を設置している。民進党は海外支部や地方支部などの下部組織を設立している。

党員数は2006年の54万4515人をピークに漸減傾向にあり、2009年現在45万8551人[11]

歴代の党主席[編集]

姓名 肖像 在任期間 在任中の出来事 備考
就任 退任
1 江鵬堅 Green Taiwan in White Cross.svg 1986年11月28日 1987年11月10日 1987年7月、戒厳令解除。美麗島事件弁護人。民進党結成メンバー。
2 姚嘉文 CW Yao.jpg 1987年11月10日 1988年10月30日 美麗島事件で逮捕(1987年釈放)。陳水扁政権下で考試院院長。
3
4
黄信介 Green Taiwan in White Cross.svg 1988年10月30日 1991年10月13日 1989年12月、総統直選を求める大型デモ敢行。1990年6月「民主大憲章草案」発表。1991年8月「台湾憲法草案」を決定。 雑誌「美麗島」創刊者。美麗島事件で逮捕(1987年釈放)。
5 許信良 President Direct Election Movement Hsin-liang Hsu.jpg 1991年10月13日 1993年12月4日 1991年10月「国民投票方式による台湾共和国建設」を綱領に挿入。1992年4月、総統直選を求める座り込みデモ。 桃園県長、雑誌「美麗島」社長。1979年米国亡命、1989年帰国。1999年離党。2000年総統選挙総統候補(無所属)。
6 施明徳 Shih Ming-de 2006 Depose Abian.jpg 1994年5月1日 1996年3月27日 1995年12月、「大和解」を前提に新党と対話、「ともに中国の脅威に対応する」など合意達成。1996年総統選挙彭明敏・謝長廷ペアが立候補するも、国民党の李登輝・連戦ペアに惨敗。 1962年反乱罪で逮捕(15年服役)。美麗島事件で逮捕(10年服役)。2000年離党。陳水扁総統辞任要求運動(百萬人民倒扁運動)の総召集人。
7 許信良 President Direct Election Movement Hsin-liang Hsu.jpg 1996年6月15日 1998年7月18日 1996年10月、原発建設反対座り込みデモ。 前記。
8 林義雄 President Direct Election Movement Yi-hsiung Lin.jpg 1998年7月18日 2000年4月20日 1999年5月「台湾の前途に関する決議文」採択。2000年総統選挙で党公認の陳水扁・呂秀蓮ペアが勝利。 弁護士。台湾省議会議員。美麗島事件で逮捕(1984年釈放)。2006年離党。
9 謝長廷 Frank Hsieh.jpg 2000年4月20日 2000年5月20日 2000年10月、張俊雄が民進党初の行政院長(首相)就任。2001年8月「民進党台日友好協会」発足。 京都大学法学修士。美麗島事件弁護人、民進党結成メンバー。高雄市長行政院長1996年総統選挙副総統候補。2008年総統選挙総統候補。2008年総統選挙で謝長廷・蘇貞昌ペアが、国民党の馬英九蕭万長に敗れる。
10
11
陳水扁 Chen Shui Bian MOD.jpg 2000年5月20日 2004年12月11日 2001年12月の立法委員選挙で初の第一党に躍進。2003年4月、日華議員懇談会との台日政党シンポジウムを挙行。2004年2月、中国のミサイル配備に反対する「人間の鎖」デモ。2004年総統選挙で陳水扁・呂秀蓮ペアが再選。2004年9月「エスニシティ決議文」採択。 美麗島事件弁護人、民進党結成メンバー。台北市長を経て、民進党初の総統。機密費流用罪等で起訴(上告中)。
11 蘇貞昌 TIBE2007Opening TCSu.jpg 2005年1月15日 2005年12月3日
11 游錫 DPP LongForever2007 SKYu.jpg 2006年1月15日 2007年9月21日
11 陳水扁 Chen Shui Bian MOD.jpg 2007年10月15日 2008年1月12日 (同上)
12
13
蔡英文 Tsai Ing-wen 2009.jpg 2008年5月20日 2012年2月29日 2009年5月反対中国のECFA、2009年12月2010年11月地方選挙 李登輝政権で行政院大陸委員会委員、陳水扁政権で行政院大陸委員会主任委員。2004年入党。行政院副院長。2012年総統選挙で蔡英文・蘇嘉全ペアが、国民党の馬英九呉敦義に敗れる。
14 蘇貞昌 TIBE2007Opening TCSu.jpg 2012年5月30日 2014年5月28日 2012年中華民国総統選挙敗北の責任をとって辞任した蔡英文の後任として党主席に就任。
15 蔡英文 Tsai Ing-wen 2009.jpg 2014年5月28日 現職

党内派閥[編集]

民進党は、元来、反国民党勢力の寄せ集め的な性格が強く(各地方に散らばっていた党外活動家を「党名のない党」=「党外」の名のもとに結集させたのがルーツ)、各人の立場や思想的な傾向は一枚岩ではない。1986年9月28日の結党時点でも、穏健派の「泛美麗島系」、急進独立派の「新潮流系」及び中間勢力の3大勢力が既に存在していた。

1990年代になると、反体制活動家の「ブラックリスト」の廃止(1992年)に伴い海外の台独連盟の主要勢力が順次帰国し、その活動家が民進党に合流した。また、美麗島事件での弁護士らを中心とする中間勢力の中から「正義連線」及び「福利国連線」の2派が形成された。これらの動きがあり、従来の3派が5派へと拡大した。さらに1997年に泛美麗島系が「美麗島系」、「新動力系」、「新世紀系」の3派に分裂し、党内主要派閥は7派となった。

その後派閥整理再編の動きが生じており、最近では新潮流系と正義連線、福利国連線とで党内3大派閥を形成している(最大派閥は新潮流系)。

ただし、2006年7月23日の党大会で、党内派閥活動の禁止が決議されたため、表向き従来のような派閥事務所を閉鎖、派閥会合はできなくなっている。

脚注[編集]

  1. ^ 『独立派の再結集 台湾の選挙戦』「イザ!(産経新聞)」2010年7月9日
  2. ^ ただし、この時点では不法状態であったため、選挙には「党外後援会」として参加した。
  3. ^ “民進党が蔡英文氏を党主席に選出”. 台湾週報. (2008--5-19). http://www.taiwanembassy.org/content.asp?mp=202&CuItem=58790 2012年6月2日閲覧。 
  4. ^ “5直轄市長選挙:馬英九総統「改革の効果あった」”. 台湾週報. (2010年11月29日). http://www.taiwanembassy.org/content.asp?mp=202&CuItem=170776 2012年6月2日閲覧。 
  5. ^ “民進党代理主席に陳菊・高雄市長”. 台湾週報. (2012年2月23日). http://www.taiwanembassy.org/ct.asp?xItem=256586&ctNode=3591&mp=202&xq_xCat=politics&nowPage=2&pagesize=15 2012年6月2日閲覧。 
  6. ^ “蘇貞昌・元行政院長が民進党主席に当選”. 台湾週報. (2012年5月28日). http://www.taiwanembassy.org/ct.asp?xItem=283548&ctNode=3591&mp=202&xq_xCat=politics 2012年6月2日閲覧。 
  7. ^ “民進党主席に蔡英文・前主席が当選”. 台湾週報. (2014年5月26日). http://www.roc-taiwan.org/content.asp?mp=202&CuItem=511668 2014年6月7日閲覧。 
  8. ^ “台湾の統一地方選、与党が大敗 行政院長が辞任”. AFP. (2014年11月30日). http://www.afpbb.com/articles/-/3033040 2015年1月15日閲覧。 
  9. ^ “台湾総統選、野党・民進党の蔡英文主席が支持率リード=世論調査”. ロイター. (2015年11月9日). http://jp.reuters.com/article/taiwan-idJPKCN0SY0S120151109 2016年1月23日閲覧。 
  10. ^ 総統選挙および立法委員選挙結果発表台北駐日経済文化代表処 2016年1月17日、2016年1月23日閲覧)
  11. ^ 民進党ホームページ:關於DPP > 黨員党員

参考文献[編集]

  • 丸山勝『陳水扁の時代』(藤原書店)
  • 柳本通彦『台湾革命』(集英社新書)
  • 若林正丈『台湾-変容し躊躇するアイデンティティ』(ちくま新書)
  • 若林正丈 『台湾の政治―中華民国台湾化の戦後史』(東京大学出版会)

交通アクセス[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

  • 民主進步黨(公式サイト、日本語ページもある、右上ボタンから選択)