陳菊

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中華民国の旗 中華民国台湾)の政治家
陳 菊
陈 菊
Kiku chen.jpg
生年月日 1950年6月10日(65歳)
出生地 中華民国の旗 中華民国台湾宜蘭県
出身校 世新大学国立中山大学
所属政党 Green Taiwan in White Cross.svg 民主進歩党
サイン 陳菊簽名.jpg

Green Taiwan in White Cross.svg 民主進歩党主席代理
在任期間 2012年2月29日 - 2012年5月30日

中華民国の旗 中華民国
高雄県合併後初代-2代 高雄市長
当選回数 2回
在任期間 2010年12月25日 - 現職

中華民国の旗 中華民国
民選直轄第4代 高雄市長
当選回数 1回
在任期間 2006年12月25日 - 2010年12月24日
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陳菊
職業: 政客
各種表記
繁体字 陳菊
簡体字 陈菊
拼音 Chén Jú
通用拼音 Chén Chú
注音符号 ㄔㄣˊ ㄐㄩˊ
和名表記: ちん きく
発音転記: チェン ジュウ
英語名 Chen Chu
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陳 菊(ちん きく、1950年6月10日 - )は、中華民国台湾)の政治家民主進歩党)。現高雄市長。過去に、民進党代理主席などを歴任した。

経歴[編集]

陳菊の人形

台湾省議会議員秘書時代に民主化運動に関わり、1980年美麗島事件で逮捕された。懲役12年の判決を言い渡され、約6年入獄した後、民進党の結成に参画した。

李登輝政権下で名誉回復後、国民大会代表に選出。1994年から陳水扁台北市長のもとで、1998年から謝長廷高雄市長のもとで要職を歴任し、2000年から約5年間、陳水扁政権で行政院労工委員会主任委員(閣僚級)を務めた。

2006年12月、高雄市長選挙に民進党候補として立候補し、国民党候補である黄俊英との激戦の末、1,114票差で勝利し、高雄市長に選出された[1]

2010年11月、高雄県と合併し誕生した新たな高雄市で行われた市長選挙に出馬、当選し、初代市長に就任した。

2012年2月、蔡英文主席の後任として、民進党代理主席を務めることが決まったが、同年5月に蘇貞昌が党主席に選出された。

2014年11月、対立候補に得票数で大きく差をつけ圧勝し、再選を果たした[2]

中国との関係[編集]

2009年5月、民進党幹部として初めて訪中、郭金龍北京市長韓正上海市長と相次いで会談し「我々の中央政府の馬英九総統」などと臆せずに発言したことが注目された。また、2009年7月にダライ・ラマ14世を台湾訪問させており、対中国政策もとっている。2009年10月の高雄映画祭では、世界ウイグル会議ラビア・カーディル主席のドキュメンタリー映画を放映する計画を発表した。

日本との関係[編集]

2008年5月、「高雄市観光セールス団」の団長として高雄市の政財界関係者を引き連れて来日。大阪名古屋日本人観光客が高雄を訪れるようアピールした後、東京台北経済文化代表処で開かれた昼食会に出席した[3]

2009年ワールドゲームズ高雄大会の宣伝のため来日し、「『高雄』の旧名は台湾語で打狗(ターカオ)と呼び、日本語の『たかお』と発音が同じだ」と述べ、日本と高雄の関係を好意的に語った[4]

2015年12月14日、高雄市が同市に拠点を置く日系企業3社を表彰した際、陳は「日系企業が高雄の家族になることを歓迎する」「第2の故郷だと思ってもらえれば」と述べた[5]

その他[編集]

  • 宇宙人の要去高雄のMV(官方完整版)に出演している。
  • 台湾でも放送されていた日本アニメ『あたしンち(台湾名:我們這一家)』の「母(同:花媽)」に似ている[6]、とされ、本人もイベント宣伝のためコスプレをしたり[7]、facebookで似たイラストを使用している。

脚注[編集]