戸上守

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

戸上 守(とがみ まもる、1935年12月1日 - 2019年4月25日)は、日本競輪選手会福岡支部に在籍していた元競輪選手日本競輪学校第2期生で、登録番号は5805。晩年は久留米市に在住していた[1]

経歴[編集]

ホームバンクは久留米競輪場。当初は追い込み型の選手だったが、3角捲りを繰り出せるようになるや、トップクラスへと上り詰めるようになる。

1958年名古屋競輪場で開催された第3回オールスター競輪において、福岡県を登録地とする選手として初の特別競輪(現在のGI)を制覇。また、同年の競輪祭も制覇。1964年には高松宮賜杯競輪を制覇した。

1986年1月6日登録削除。通算3156戦805勝(ほか2着561回、3着467回)。

1995年1月に創設された、日本名輪会の一員にもなった。

2019年4月25日午前11時30分、病気のため死去、83歳であった[1]

エピソード[編集]

現在、久留米競輪場では、戸上の冠を頂くS級シリーズ(FI)・「戸上守杯」が行われているが、同じく久留米競輪場をホームバンクとしていた中野浩一を記念して「中野カップレース」(GIII)が行われることになった際、戸上は恐縮して、自身の冠レースの返上を申し出た。ところが、久留米競輪場の主催者である久留米市側は逆に、戸上のこれまでの功績は計り知れず、逆にその名を消すことこそ畏れ多いとして返上を拒否。そして戸上を説得し、限りなくGIIIに近いレースという位置づけで開催している。

脚注[編集]

[ヘルプ]

関連項目[編集]