大衆文化における近親相姦
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大衆文化における近親相姦(たいしゅうぶんかにおけるきんしんそうかん)では、通俗文化やメディア文化などといった大衆文化において扱われる近親相姦について述べる。メディアに関して言うと、音楽、漫画やアニメ作品、コンピュータゲームなどといった大衆文化(ポップカルチャー)の分野においては、近親相姦のテーマが様々な形で扱われる。
- 文学作品については、文学における近親相姦を参照。
- 映画・テレビドラマについては、映画とテレビ番組における近親相姦を参照。
概要
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1980年代に入るころ辺りから日本の大衆文化においては母と息子の近親相姦が大衆紙の話のネタとして扱われることが多くなり、この現象は海外の論文にも取り上げられた[1]。これら日本の大衆文化における母と息子の性関係の話の筋は驚異的な一致率を見せるものであり、結末としては母と息子の関係と男女の関係が混同されたものとして扱われる話となっていた[1]。日本ではインターネット上でも大量の真偽不明の近親相姦記事が流布したが、原田武はこの手の話は露骨な性描写がなされるだけで自らの立場としては基本的には研究対象になるような代物ではないとしている[2]。
セス・スティーヴンズ=ダヴィドウィッツによる分析によれば、アメリカ合衆国ではGoogleで性行為を行いたい相手として検索される第一位は「母親」である[3]。この件についてはGoogle検索ではタブーとされる行為が多く検索されることに留意する必要があり、この手のフロイト理論が正しいということを即実証するものではないのだが、例えば義理の姉妹のような類似条件の相手と比較する上では意味のあるデータとされる[3]。Googleやポーンハブの検索データからは人間に近親相姦願望があることが見受けられるのだが、これは人間には人前では言えない考えというものがもともと存在し、それがインターネットの匿名性を背景に表現される場合が出てきたためとされる[4]。
研究・評論
[編集]近親相姦は戦後のカストリ雑誌でも描かれており、戦争直後に流行した軍隊批判を軸として姉弟の近親相姦を描いた作品などがある[5]。また近親相姦は日本の官能小説では普及した題材である。永田守弘による著書である『日本の官能小説』という新書が朝日新聞出版より2015年に出版され、1991年デビューの牧村僚が母と息子の関係を描いた歴史的な官能小説家として引き合いに出されているが、このような母性を扱った作品が描かれた背景には母と息子の関係の濃密化という実際の社会の変化があると永田守弘は指摘している[6]。
少女漫画においても近親相姦は取り上げられやすいテーマであり、1972年(昭和47年)に母子相姦を扱った水野英子『ママに青い花を』などの作品が見出される。石子順造は戦前の宝塚歌劇から引き継いで「男装の麗人」のイメージを純粋培養している少女漫画に母子相姦が描かれたのは象徴的だと述べ、男性でありながら男性でない兄を原イメージとした男装の麗人に恋人を仮託すれば、予感される母である自分にとってもう一つの決定的な愛は息子への愛情であるので、男装の麗人と母子相姦は日本の思春期の少女にとって深く切実な愛のイメージの二相であると指摘している[7]。中条省平は現在BLと呼ばれるジャンルの一番の源流として、父と息子の近親相姦を扱った竹宮惠子の『風と木の詩』を挙げる[8]。
藤本由香里はレディースコミックにおいては近親相姦も武器となり得るとした上で、母子相姦ではなく娘が父親を誘惑する父子相姦に着目する。娘に誘惑され、それに応じた父親が破滅させられるというレディースコミックに見られる題材は、「近親相姦」が「父権制」への反逆として姿を現した例であるという[9]。また藤本は、少女漫画における近親相姦というテーマの関心の高さについて、「自分の生まれる前まで遡って自分のルーツを肌で実感したい」という欲求に根差しているのではないかとした[10]。幾原邦彦はフィクションの世界で兄妹の関係にセクシュアリティが表現されることが多い理由は「血縁の関係は永遠だ」というイリュージョンがあるからだと分析し、そのことを「永遠の恋人の夢」と表現した[11]。高橋裕子は、少女漫画の近親相姦的兄妹愛は、他者に投影された自己への愛、他から孤立した同族間の愛として理解し得ると分析している[12]。
宇野常寛は、アムロ・レイとシャア・アズナブルが母への拘りを口にしながら死ぬ『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』において富野由悠季が表現した思想を「母性のディストピア」と呼んだ[13]。宇野常寛の言う「母性のディストピア」とは、妻を母と同一視する母子相姦的構造のことを指す[14]。この『逆襲のシャア』へのアンサーとして製作されたのが庵野秀明の『新世紀エヴァンゲリオン』なのであるが、宇野常寛は綾波レイと碇ユイが同一視される『新世紀エヴァンゲリオン』は母子相姦的モチーフは取り入れてはいるが、『逆襲のシャア』にあった母性の毒々しさはなくなってしまっていると指摘した[15]。宮台真司は『シン・ゴジラ』についての評論で、庵野秀明の作品によく見られるのはオイディプス構造だと指摘した[16]。宇野常寛は宮台真司のこの分析を吉本隆明流に読み替えると、政治と文学の再接続のためには夫婦/親子的な対幻想からの脱出が必要とされているのだと主張した[17]。その点、宇野常寛は「日常系」と呼ばれる萌え四コマ漫画において夫婦/親子的な対幻想が排除され、同性同士の友情に基づく対幻想が強調されている点を評価する[18]。宇野常寛はこの「日常系」の例として『らき☆すた』や『けいおん!』といった京都アニメーションが関係した作品を挙げる[19]。ただ、宇野常寛はこの「日常系」の流れから生まれた山田尚子が監督を務めた『聲の形』については、結局は「母性のディストピア」の構造に緩く絡めとられてしまった作品だとしており、このように無自覚に「母性のディストピア」の構造を反復しているという点では、同じ2016年公開の新海誠が監督を務めた『君の名は。』も同様であると指摘した[20]。
本田透は、空想上の妹が萌えの対象となることを指す「妹萌え」という概念が流行したことがあり[21]、漫画作品では吉田基已の『恋風』のように兄と妹が恋愛をすることについてより現実社会に近づけて描く作品も出現したが、結局この概念が衰退してしまったのはインセスト・タブーのある現実に影響を及ぼすような概念ではなかったからではないかと推測している[22]。
日垣隆によれば、萌えが話題になっていたころ、子供がいない今は軽い気持ちで扱っているが、将来父親になったときどうすればいいのかと危惧する声が業界関係者から上がっていたという[23]。山脇由貴子は、姉妹に実際に恋愛感情を抱いている人もいるが、この現象は兄弟姉妹間の恋愛を扱った漫画や映画が流行したことが背景にあると主張する[24]。
成人向け漫画でも近親相姦は扱われるが、2006年にイースト・プレスより単行本が出版され、2014年に筑摩書房より文庫が出版された、永山薫の著書『エロマンガ・スタディーズ 「快楽装置」としての漫画入門』(文庫版の書名は『増補 エロマンガ・スタディーズ 「快楽装置」としての漫画入門』)では「妹系と近親相姦」という見出しで一章を割いて話題にしている。永山薫は、21世紀初頭の段階ではエロマンガ全体を見ても妹を扱った作品が最も一般的といっていい状態で[25]、母親を扱った作品は目立って多いというほどではなくリアルに描かれることも少ないと書く一方で[26]、文庫版の注ではエロ劇画に類する今の作品では母親をリアルに描くことは一般的としている[27]。兄妹の近親相姦の作品を多数著す成人向け漫画家の三上ミカは、自身が弟に対してブラザーコンプレックスであることが兄と妹という関係性に惹かれる理由の一つになっていると述べている。また、兄妹ゆえに愛情の種類も他のカップルより複雑なはずなので、それを火種にできたら良いと思うとしている[28]。
熟女を扱ったアダルトビデオにおいては、継母と継息子の性的関係を題材にしたものも少なからずあるが、酒井順子は『源氏物語』においては光源氏とその継母あるいはそれに相当する関係の女性である藤壺の性的関係が描かれることと比較して、人間の感性というものは千年が経過しても変わらないものだと評している[29]。藤木TDCは、かつては実の母親と息子の性関係を描きたくても、日本ビデオ倫理協会の都合でそのような表現ができなかったため、致し方なく実母という設定を継母に変えていた場合があったとしている[30]。
作品
[編集]脚注
[編集]- 1 2 Allison, Anne (1994). “Transgressions of the Everyday: Stories of Mother-Son Incest in Japanese Popular Culture”. Duke University Press 2 (3): 467-499. doi:10.1215/10679847-2-3-467.
- ↑ 『インセスト幻想―人類最後のタブー』(原田武 著、人文書院、2001年) 24ページ ISBN 978-4409240656
- 1 2 スティーヴンズ=ダヴィドウィッツ 2022, p. 78.
- ↑ スティーヴンズ=ダヴィッドウィッツ 2022, p. 81.
- ↑ 『カストリ雑誌研究―シンボルにみる風俗史』(山本明、出版ニュース社、1976年)201ページ
- ↑ 『日本の官能小説』(永田守弘、朝日新聞出版、2015年) 141~143ページ ISBN 978-4022736093
- ↑ 石子順造『子守唄はなぜ哀しいか―近代日本の母像』柏書房、2006年、160ページ ISBN 978-4760130689
- ↑ 中条 2010, p. 162.
- ↑ 白藤花夜子編『ニュー・フェミニズム・レビュー 3 ポルノグラフィー―揺れる視線の政治学』藤本由香里「女の欲望のかたち―レディースコミックにみる女の性幻想」学陽書房、1992年、84ページ ISBN 978-4313840430
- ↑ 藤本由香里『私の居場所はどこにあるの? 少女マンガが映す心のかたち』,学陽書房,1998年,319頁 ISBN 978-4-313-87011-6
- ↑ 『BROUCHURE#1』少女革命ウテナ Blu-ray BOX 上巻,2013年,28頁
- ↑ 『世紀末の赤毛連盟―象徴としての髪』、高橋裕子、岩波書店、1996年、220-221頁 ISBN 978-4-00-002995-7
- ↑ 宇野 2019a, pp. 273–274.
- ↑ 宇野 2019a, p. 45.
- ↑ 宇野 2019a, pp. 346–347.
- ↑ 宇野 2019b, p. 276.
- ↑ 宇野 2019b, p. 278.
- ↑ 宇野 2019b, p. 287.
- ↑ 宇野 2019b, p. 180.
- ↑ 宇野 2019b, pp. 176–177, 181–182.
- ↑ 本田 2005, p. 142.
- ↑ 本田 2005, pp. 145–146.
- ↑ 日垣 2006, p. 93.
- ↑ 山脇 2016, p. 223.
- ↑ 『増補 エロマンガ・スタディーズ 「快楽装置」としての漫画入門』(永山薫、筑摩書房、2014年、単行本は2006年発行) 180ページ ISBN 978-4480431691
- ↑ 『増補 エロマンガ・スタディーズ 「快楽装置」としての漫画入門』(永山薫、筑摩書房、2014年、単行本は2006年発行) 189ページ ISBN 978-4480431691
- ↑ 『増補 エロマンガ・スタディーズ 「快楽装置」としての漫画入門』(永山薫、筑摩書房、2014年、単行本は2006年発行) 192ページ ISBN 978-4480431691
- ↑ 『COMIC X-EROS コミックゼロス #37 2016年1月号』(三上ミカ、ワニマガジン社、2015年)108ページ
- ↑ 『紫式部の欲望(文庫版)』(酒井順子、集英社、2014年、単行本は2011年発行) 70頁 ISBN 978-4-08-745178-8
- ↑ 藤木 2015, p. 236.
参考文献
[編集]- セス・スティーヴンズ=ダヴィドウィッツ『誰もが嘘をついている ビッグデータ分析が暴く人間のヤバい本性』酒井泰介 訳、光文社、2022年(原著2017年)。ISBN 978-4-334-77055-6。
- 宇野常寛『母性のディストピア Ⅰ 接触篇』早川書房、2019年(原著2017年)。ISBN 978-4-15-031374-6。
- 宇野常寛『母性のディストピア Ⅱ 発動篇』早川書房、2019年(原著2017年)。ISBN 978-4-15-031375-3。
- 山脇由貴子『告発 児童相談所が子供を殺す』文藝春秋、2016年。ISBN 978-4-16-661090-7。
- 藤木TDC『ニッポンAV最尖端 欲望が生むクールジャパン』文藝春秋、2015年(原著2011年)。ISBN 978-4-16-790521-7。原題『アダルトビデオ最尖端~身体と性欲の革命史~』(コアマガジン)。
- 中条省平『マンガの教養 読んでおきたい常識・必修の名作100』幻冬舎、2010年。ISBN 978-4-344-98195-9。
- 日垣隆『父親のすすめ』文藝春秋、2006年。ISBN 4-16-660529-1。
- 本田透『萌える男』筑摩書房、2005年。ISBN 4-480-06271-8。