槌
槌(つち)とは、物を打ち付けたり、潰したりする工具の総称。英語でハンマー。漢字では、打撃部分が木製のハンマーを槌、打撃部分が金属製のハンマーを鎚と書く。「かなづち」はもっぱら「鎚」の方を意味する[1]。
概要
手で持つ柄の部分とそれよりは重い頭部からなる。使い方は、柄を持って振り、その慣性で頭部を対象物に叩きつけて力を加える。槌は、という言葉もよく使用される。
また大工さんや建築や機械工場・土木現場には、仕事の道具として金鎚や木槌などがある。地域により呼び名が違うが、ゲンノウ(玄翁)、トンカチ、ナグリ(殴り)、ハンマーなどさまざまな名で呼ばれ、それぞれ形状と用途が異なる。
戦闘に用いる戦棍(メイス)、や戦鎚(ウォーハンマー)は中世によく使用された。これは鎧を着込んだ敵にも有効な打撃を与えやすいためである。
歴史
史上初の槌は、ボウリングのピンに似た形状で穀物をたたくのに使用されたが、寿命は短かった。その後柄を付けるようになり、頭部の材料に堅い木を付けるようになり寿命が向上した。18世紀には、木枠の継手を留めるのに大木槌が使われた。 鋳物の釘を発明した古代ローマ人は、釘抜きハンマーを使用していた。この工具は、釘を抜くときに柄に過大な力がかかって柄が外れることがしばしばあった。1840年にアメリカ・コネチカット州の鍛冶屋が「先細りになった釘抜きの頭部が柄のほうに向かって曲がっている」釘抜きハンマーを作った。現在の形状のネイルハンマーである[2]。
種類
金鎚
金鎚(かなづち)は、頭部若しくは全体が金属製の鎚。代表的な用途は釘打ちである。用途により多くの種類があり個別に名前が付いている場合もある。頭部の材質は炭素工具鋼 が多いが銅・銅ベリリウム合金・鉛・ステンレスなど各種存在する。
なお別称のとんかちの名は、この金鎚で釘打ちする際に出る音の擬音語に由来している[3][4](釘の頭を打っている間はカチカチ、部材に当たるようになるとトントンに変わる)。
- 玄翁(玄能、げんのう、ゲンノウ)
- 頭部の片側は普通に釘を打つための平面、反対側は「木殺し」と呼ばれる、やや凸になった曲面になっており、木に傷を付ないよう最後の打ち込みに用いる。名称は金鎚で殺生石を退治した玄翁和尚(源翁心昭)に由来するといわれる[5]。八角ゲンノウは、断面が八角になっていて側面を打撃面として使う事が出来、周囲に金鎚を振る空間がない場合には側面を使って釘を打つ。柄は、粘りがあって手に響きにくいグミや硬い樫の木材が多く、職人さん向けの高級品では頭部と柄を選んで組み合わせられる(「挿げる」と言う)。
- 舞台装置(大道具)方が使う物は「ナグリ」と呼ばれる事があり、手の届かないところに釘が打てるよう、また隙間を広げたりテコの原理で持ち上げたり出来るように工夫されている製品がある。
- 片手ハンマー(鉄工ハンマー・ボールピンハンマー、ball peen hammer)
- 形態は片側が平ら(平頭)で、反対側が球状(丸頭)になっている金属加工用である。但し、平頭も100Rの曲面になっている。片手ハンマーのサイズは頭部の重量に拠るもので、ポンド単位で1/4,1/2,3/4,1……3ポンドハンマーと呼んでいたものをメートル法よりポンドを略して呼び番号として呼んでいる。呼び番号1(1ポンドハンマー)が標準的なサイズである。打撃により鉄鋼材を鍛えたり、リベットを打つ事にも使われる。丸頭は、鋼板に曲面などを作る事が出来る。
- 両口ハンマーと片口ハンマー
- 鉄工所が主であるが土木・建築関係でも使用される片手ハンマーより大きくて重いハンマーの事。大きいものは柄を長くして両手で扱う。両口と片口があるが、機械工場では打撃が安定する片口ハンマーが多かったが、土木・建築関係でも使用されるようになって両口ハンマが多くなった。打撃時の安定性は、重量比(重心)の関係により片口ハンマーの方が安定している。主力は、10ポンド(4.5kg)である。サイズの呼び番号は、ポンドを意味する。
- 大きな重い部品を挿入したり抜き出したりするのに使う。頭部は両面とも平たいものが多く、2から20ポンドほどで、両手で持って振る。アメリカの法執行機関では、容疑者・拘引対象者がドアを施錠して抵抗した場合の強行突入の際に、破城槌代わりに使う事もある(専用品に比べて安価)。
- テストハンマー
- 機械の部品を叩き、反響でそれがきちんと固定されているかどうかを調べる道具。頭部は一方が尖っていて1/4から3/4ポンド。普通の金槌では届かないような部分の部品も叩ける様に、柄が頭部に比して長いのが特徴。鉄道関係で車両の足まわりを、たたいた時の音で異常の有無をテストした事からきた呼び方である。
- 犬くぎハンマー(スパイキハンマ)(JISE1501)
- 鉄道レールの犬釘を打つための頭の細長いハンマー。スパイキハンマと通常呼ばれている。現在は本線のほとんどでコンクリート枕木にボルト留めで、使用する場所はごく一部の側線のみ。
- 先切り金鎚
- 片側が平らで、片側が細くとがった形状の物。とがった側は釘締め代わりにしたり、小さな物を打つ事が出来る。大きな先切り(ブロックハンマー)では、レンガやブロック、石材を割る事につかえる。
- 箱屋金鎚(はこやかなづち)
- 片側が釘抜きとなっているタイプ。名前は、木箱の組立て・分解に使用した事による。
- ネイルハンマー
- 西洋スタイルの片側が釘抜きとなっている金鎚。頭部の重心が釘抜き側より打撃側にあるので釘討ち時に安定している。クローハンマーとも呼ばれる。
- 打撃面交換式ハンマー(コンビネーションハンマー)
- 両側に異なった打撃面を取付ける事が出来る。ゴムとプラスチック、ゴムと鉄など用途によって自由に組み合わせられる。
- 銅ハンマー・鉛ハンマー
- 機械工が工作物に傷を付けないように柔らかい金属の銅で頭部が出来ているハンマー。たたいて火花が出ると危険な場所でも使用される。鉛ハンマーは、柄を付けずに使用する場合もある。
- 石工用の槌
- 以上の金鎚についての出典[6]
- 板金ハンマー
- スライディングハンマー (sliding hammer)
- 対象を「叩く」「押し込む」のではなく、「引っ張り出す」用途のハンマー。筒状のウェイトに一本の棒が差し込まれており、片方がフック、もう片方がウェイトが抜けないようにストッパーとなっている。フックを引っ張り出したいものにかけ、ウェイトをストッパーに叩きつけることで引き出す力を得る。
- 石材の表面に風合いを出す為に使われる、面が四角で格子状のスパイクが付いているハンマー。
- 自動車の中に閉じ込められた際、脱出のためにサイドウィンドウを割るためのハンマー(フロントウィンドウは樹脂を挟んだ合わせガラスなので割れない)。柄の部分にシートベルトを切る刃が付いていることもある。
- レスキュー隊が車外から救出するために使うこともある。
- 肉をたたいてやわらかくするための槌。
木槌
木槌(きづち)(木ハンマ)は、頭部が木製のもの。小型のものでは鑿(のみ)を叩いたり、鉋かんな)の刃の調整に用いるのが代表的な使い方である。建築用に用いられるやや大振りな物は一般に掛矢(かけや)と呼ばれ、枘(ほぞ)や柱などの木材を打ち込む際に使われる(大型ハンマーとの違いは材質)。そのほか、穀物を製粉したり餅をつく際に用いるものもあるが、これらは特に杵(きね)または横杵と呼ばれる。
機械工場で使用する場合は、フライス盤・中ぐり盤・平削り盤等に取付ける被削材に傷を付けないで軽い打撃力を与える場合に使用する。木ハンマは、他のハンマーと異なり頭部の角で相手を打つ。質量が小さいので打撃力を一ヶ所に集中させる為である。木(もく)ハンマの場合、頭部の柄を入れる穴が一方向のテーパとなっており、先の方から柄を打ち込む。この点は、くさびを打って木の柄を広げてハンマーの柄をとめる他のハンマーと全く異なる取付け方である。大工道具では、ノミを叩いたりカンナの刃の調整に使われる。大きいサイズは、掛矢と呼ばれ、大工や鳶が建物の柱を組む時や太い杭打ちに使われる[6]。
『日本書紀』巻七「景行天皇紀」と『豊後国風土記』には、木槌がかつて武器として使われていたことを示唆する記述がある。景行天皇十二年十月の条として、熊襲親征の途上現在の大分県別府市のあたりへ進駐した景行天皇軍が、巨大石窟に立てこもって天皇に従わない近隣の豪族「土蜘蛛」一党を皆殺しするくだりがそれで、このとき景行天皇軍の精鋭が武器として使ったのが付近にあった海石榴(つばき)の木で作った槌だったという。
その他の木槌の伝統的な用途としては、何らかの会場に一堂に集う一群の者たちに対して、その代表者が喚起を促したり、静粛を求めたり、集会の開始や終了を宣言するために叩く小槌(こづち)[7]があげられる。具体例をあげるなら、参議院で議長が本会議開始の合図として使用する木槌、オークション会場で主催者が競りの終了を宣言するために叩く小槌、法廷で裁判長が不規則な発言に対して静粛を求めたり閉廷の宣言をするために叩く小槌が知られている(ただし今日の日本の法廷ではこれがほとんど行われなくなっている)。
プラスチックハンマーとゴムハンマー
頭部がプラスチック製のもの(プラハン)とゴム製のもの(ゴムハン)。叩く対象物に傷が付きにくいため、部品の嵌め合わせや取り外しに使われることが多い。
- プラスチックハンマー
- 頭部がプラスチックで出来ているたたく対象を傷めないハンマー。打撃力を確保するために、頭部の中心は鉄で両側の打撃部のみをプラスチックにしてある。プラハンと略して呼ばれる[6]。
- ゴムハンマー
- 相手にたたいた跡が残りにくいので木材を組む時に直接たたいて使用出来る。板金作業でも使用される[6]。
- ショックレスハンマー
- ハンマー頭部の中に鉄球や砂などの重りが3/4ほど入った容器があり、この重りの移動によって叩きつけ直後の反動を吸収し手への衝撃を軽減する構造になっている。
その他
- 打ち出の小槌(架空)
- 大黒天が手にする木槌で、振ることによって福を授ける。
- ピコピコハンマー(玩具)
- 槌部分はエアクッション、柄には笛が組み込まれており、物を叩くと「ピィ」と鳴る。
横槌
いわゆる金鎚は叩く部分の太い円柱に対して、柄の部分の細い円柱がその側面から出て、両方の円柱の軸は垂直になる。これに対して、叩く部分の底面から柄が伸びており、両者の軸が同一直線に乗るものを横槌という。単に槌と言えばこれを指したこともある。木製で、藁を叩いたりするのに用いた[8]。ツチノコが槌に似る、というのもこれである。
補足
- 泳げない人のことを俗に「金鎚」という。金鎚を水面に落とすと、すぐに水中に沈んでしまうことに由来するといわれている。
- 同じことの繰り返しで進歩のないことを俗に「とんかち」という。
- ハンマーを持つ人には、すべてが釘に見える (If all you have is a hammer, everything looks like a nail.)
- マーフィーの法則の中にもあげられている諺。自分が持っている手段に固執することを戒めたもの。アルフレート・アドラーの言葉と伝えられる。
- 制裁を与えることを「鉄鎚を下す」と言うことがある。
- 空手等において鉄鎚打ちという技がある。握った拳の小指側側面で打つもの。
- ウェイトトレーニングの種目で、手の平を上に向け、上腕二頭筋を巻き挙げるダンベルアームカールと異なり、ハンマーを打つように握り拳を立てて行うカールをハンマーカールと表記する。
- ソビエト連邦の国旗と国章、中国共産党やクメール・ルージュの党旗など、共産党の旗や、社会主義国の国旗や国章で「鎌と鎚」の紋章が用いられることが多い。ここでの鎚はプロレタリアートを意味する(詳細は当該項を参照)。
- ボクシングや格闘技で、強いパンチを「ハンマーパンチ」と表現することがある。特に大振りの強いフックパンチをそう表現することが多いが、他のパンチでもハンマーパンチと表現することもあるので、明確な定義はない。
主なメーカー
- 金鎚・ハンマ
ベッセル (VESSEL)・前田金属工業 (TONE)・土牛産業 (DOGYU)・兼古製作所 (ANEX)
脚注
- ^ 漢字の意味「鎚と槌」
- ^ ヴィトルト・リプチンスキ『ねじとねじ回し』春日井昌子訳、株式会社早川書房、2003年10月31日5版発行、17~19頁。Witold Rybczynski 『ONE GOOD TURN (A Natural History of the Screwdriver and the Screw)』
- ^ 茨城工専技術支援センターHP用語集
- ^ 大辞泉
- ^ 語源由来辞典
- ^ a b c d 『DIY工具選びと使い方』2008年11月1日発行。ナツメ社。『作業工具のツカイカタ』2002年8月25日13版発行。大河出版。『DIY道具の便利帳』2010年9月11日初版発行。大泉書店。
- ^ en:Gavel
- ^ 大辞泉
参考文献
- 青山元男『DIY工具選びと使い方』ナツメ社、2008年11月1日、90-97頁頁。ISBN 9784816345869。OCLC 676575581。
- 高木義雄 著、技能士の友編集部 編『作業工具のツカイカタ』(13版)大河出版〈技能ブックス〉、2002年8月25日、94-100頁頁。ISBN 9784886614193。OCLC 674371150。
- 西沢正和『DIY道具の便利帳』(初版)大泉書店、2010年9月11日、60-67頁頁。ISBN 9784278055009。OCLC 662405832。
外部リンク