携帯式防空ミサイルシステム

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使用状態の9K32

携帯式防空ミサイルシステム英語: Man-portable air-defense systems, MANPADS/MPADS携帯式地対空ミサイルシステムとも)は、1人で携行可能(man-portable)な地対空ミサイル・システムのこと。通常、肩に乗せて射撃する。これらは典型的な誘導式の兵器であり、低空を飛ぶ航空機、特にヘリコプターの脅威となっている。

概観

MANPADSの原型は1940年代に開発され、地上部隊を敵航空機から防護するために供給された。MANPADSはテロリストの兵器として民間航空機に使われる可能性があるため、重大な警戒が向けられている。こうしたミサイルは様々な供給源を介して入手可能であり、また、広く利用できるもので、軍隊同士やテロ組織の戦闘に、30年にわたって成功裏に使用されてきた[1]

アメリカを含む25の国家で携帯式防空ミサイルシステムが生産されている[2][3]。こうした兵器の所持、輸出、取引は、これらが民間航空を停止させる脅威性を持つことから公的には厳しく管理されている[4][5]

これらのミサイルは、形式にもよるが、全長が約150cmから180cm、重量は16kgから18kgである。肩乗せ射撃ができるSAMは通常、標的の探知距離が約10km、交戦可能な距離は6kmである。このことから航空機は高度6,100m以上を飛ぶことで継続して安全を得られる[6]。英語圏ではMANPADSのアクロニムが「MANPAD」という単数形で広く誤解されている。この兵器は1基であってもシステムであり、また、アクロニムに最後のSを持つ。

ミサイルの形式

ドイツ軍のフリーガーファウスト
発射直後のFIM-43Cレッドアイミサイル。航続用モーターが点火する前の状態
9K38ミサイルおよび発射管とグリップスティック(上方)、9K310ミサイルおよび発射管(下方)
航空自衛隊の隊員が模擬空中標的に対して個人携帯地対空誘導弾(改)を照準しているところ。合同軍事演習、レッドフラッグ・アラスカにて撮影
アベンジャー防空システムから発射されたスターストリークSAM

無誘導

1944年ナチス・ドイツは単純かつ効果的な対戦車兵器であるパンツァーファウストから設計概念を借用し、無誘導の複数砲身式20mmロケット弾発射器であるフリーガーファウストを開発した。第二次世界大戦の終結により、この兵器が量産段階に達することはなかった。

第二次大戦の後、ソ連の設計者達もまた、無誘導の複数砲身式ロケット弾発射器を試験していたものの[7]、この設計概念は赤外線センサーを装備した誘導式のミサイルが好まれたことから放棄された。

赤外線

赤外線を使用し、肩乗せ射撃可能なミサイル航空機の熱源を追尾するよう設計された。典型的なものはジェットエンジンの排気流で、ミサイルは航空機を無力化するために熱源内部または付近で弾頭を起爆させた。また、これらの兵器はパッシブ誘導方式を採用しており、熱源探知に際して信号を発さないミサイルは、標的とされた航空機が妨害システムを使用しても防御が困難なものとなった[8]

第一世代

1960年代に制式化された第一世代のミサイルは赤外線誘導ミサイルである。肩乗せ射撃の可能なSAMの第一世代は、アメリカFIM-43レッドアイや、ソ連9K32の初期型、そして中国HN-5などが挙げられる。このようなミサイルは「追尾兵器」と考えられた。これは、これらのミサイルが第1世代の赤外線ホーミング誘導方式を採用していたために、航空機がミサイルの射撃位置を通過後にのみこのシーカーは高効率の捕捉が行え、交戦できたことによる。このような飛行状態では、航空機のエンジン部がミサイルのシーカーに完全に露出しており、かつ交戦するに充分な熱信号を与えている。第一世代のIRミサイルはまた、太陽を含む背景の熱源から熱信号が干渉した際に強い影響を受けやすいものだった。多数の専門家の意見では、ミサイルの精度はやや不正確なものだった[9]

第二世代

第二世代の赤外線誘導ミサイルは、第2世代の赤外線ホーミング誘導方式を採用しており、アメリカFIM-92 スティンガーソ連9K34中国FN-6などが挙げられる。これは背景中のIR源からの干渉をシーカーから大部分除外でき、さらにヘッドオンや側方といった状態でも照準が可能となった。

これらのミサイルはまた、フレアに対抗するための技術(IRCCM)が用いられたとされる。標的となる航空機はこうしたフレアを積んでいる可能性があった。また、他にスティンガーでは紫外線モードのような予備の目標探知モードが支給された[6][9]

第三世代

第三世代の赤外線を使用する肩乗せ式SAMには、アメリカPOST型スティンガーフランスミストラルロシア9K38 イグラ、また、日本91式携帯地対空誘導弾(SAM-2)がある。これらは、フレアなどの赤外線妨害技術に対抗するため、二波長光波ホーミングなどの新たな手法を導入している[6][9]

第四世代

第四世代のミサイルは、赤外線画像誘導(IIR)方式のような先進的なセンサー・システムを導入したものである。日本個人携帯地対空誘導弾(改)(SAM-2B)はIIR方式を採用したが、これはMANPADSとしては初の試みであった。アメリカも同様の誘導システムを採用したRMP型スティンガー ブロックIIの開発を進めていたが、これは2002年に断念された。また、さらにロシアフランスイスラエルでも開発中と考えられている[10]

指令照準線一致誘導方式

指令照準線一致(CLOS)誘導方式のミサイルは、熱源、無線、レーダー伝送など特定の様態で目標の航空機へ誘導されるものではない。代わりにミサイルの操縦手もしくは砲手が拡大可能な光学照準器を使用し、目視で標的を捕捉する。兵員は、ミサイルを航空機へ飛翔させるために無線操縦を用いる。こうしたミサイルの利点の1つは、主にIRミサイルを無力化するフレアと、他の基本的な対抗システムに実質上の免疫を持つことである。CLOSミサイルの大きな欠点は、高度に訓練されて熟練した操作手を必要とすることだった。1980年代アフガニスタン紛争における数多くの報告書では、アフガンのムジャーヒディーンが、イギリスの供給するブロウパイプ英語版CLOSミサイルに失望したことを言及している。その理由はこの兵器の習熟が非常に困難であったこと、また、高速飛行するジェット航空機に対して用いた時、精度が特に落ちたことだった[11]。こうした点を考慮する多くの専門家は、IRミサイルはしばしばファイア・アンド・フォーゲット(撃ちっ放し)方式と呼ばれるが、習熟度の低い兵員がこうしたミサイルを撃つようにCLOSミサイルを用いることは想定上不適切であると考えている[12]

後期のCLOSミサイル、例えばイギリスのジャベリンのような製品は砲手の任務をより簡易化するため、光学的追尾装置の代わりに固体素子テレビカメラを用いる。ジャベリンの製造元であるタレス・エア・ディフェンス英語版社は、このミサイルは対抗手段から実質的に影響を受けないと主張している[13]。より先進のCLOSバージョン、例えばイギリスのスターバーストでは、ミサイルを目標へと飛ばすために初期の無線誘導リンクの代わりとしてレーザー・データリンクを用いる[14]

レーザー誘導

レーザー誘導型肩乗せ式SAMは、目標へのミサイル誘導のためにレーザーを使用する。ミサイルはレーザービームに沿って飛行し、ミサイル操作手もしくは砲手のレーザー照準する航空機へ直撃する。スウェーデン製のRBS 70イギリス製のスターストリークのようなミサイルは全方位から航空機と交戦可能であり、操作手に要求されることは、標的上のレーザー照準点を維持するため、ジョイスティックを用いて継続的に標的を追尾することだけである。これら地上とミサイルの間にはデータリンクが存在せず、ミサイルは発射後に実質的に妨害を受けない。この技術はビームライディングとして知られる。将来のレーザー誘導式SAMは、操作手が一度のみ目標を指示し、手動で継続的に航空機上のレーザー照準点を維持する必要をなくす可能性がある。レーザー誘導ミサイルは比較的多岐にわたる訓練を必要とし、操作に技量が必要であるものの、多くの専門家は、今日用いられる伝統的な対抗手段の大半がミサイル防御であることから、こうしたミサイルは特に脅威的なものであると考えている[14][15]

軍用機に対する著名な使用例

民間機に対する著名な使用例

対策

連装ミサイル発射機に搭載された9K38 イグラ。メキシコ海軍所属車輌、メルセデス・ベンツ社製のウニモグに車載されている。メキシコ軍のパレードにおいて撮影

携帯式防空ミサイルシステムは、非正規兵力組織のためのブラックマーケットで人気のある商品である[19]

こうした組織の拡散は論議となり、ワッセナー・アレンジメント(WA)22 Elements for Export Controls of MANPADSを議題とした。2003年6月2日第29回主要国首脳会議において、「交通保安及び携帯式地対空ミサイル(MANPADS)の管理強化」に関する行動計画が採択された[20]。2003年10月アジア太平洋経済協力(APEC)の会議ではBangkok Declaration on Partnership for the Futureが開かれ、また、2003年7月には欧州安全保障協力機構(OSCE)が安全保障協力のフォーラムにおいてDecision No. 7/03: Man-portable Air Defense Systemsを開いた[21]

2003年の問題認識では、コリン・パウエルミサイルよりも「航空に対する深刻な脅威はない」と述べている[22]。このミサイルはヘリコプター民間旅客機の撃墜に使用でき、わずか数百ドルで不法に販売される。

アメリカ合衆国はこうした兵器を解体する世界的な活動を主導し、2003年以降、30,000基以上が自発的に破壊されたものの、おそらく数十万基がいまだに武装勢力の手中にある。特にイラクでは元独裁者のサッダーム・フセインが所有した軍の工場から兵器が流出し[23][24]アフガニスタンでも同様である。

2010年8月アメリカ科学者連盟(FAS)による報告書では、2009年のメディアのレポートと軍関係者へインタビューした結果、イラクのレジスタンスの隠匿所から「一握りの」違法なMANPADSを回収したことが確認された[25]

軍の妨害装置

MANPADSによる民間旅客機への攻撃事例が増加し、数種類の対抗手段が開発されている。これらは航空機ミサイルから防護することに特化している。

民間の妨害装置

ミサイル

M55 20mm機関砲3門に加え、9K32 8発を搭載したHS M09防空システムを搭載するBOV-3対空装甲車

関連項目

参考文献

Portions of this article were taken from Homeland Security: Protecting Airliners from Terrorist Missiles, CRS Report for Congress RL31741, February 16, 2006 by the Congressional Research Service, division of The Library of Congress which as a work of the Federal Government exists in the public domain.

  1. ^ 原文の脚注1(CRS RL31741): “Shoulder-fired SAMs have been used effectively in a variety of conflicts ranging from the Arab-Israeli Wars, Vietnam, the Iran-Iraq War, to the Falklands Conflict, as well as conflicts in Nicaragua, Yemen, Angola, and Uganda, the Chad-Libya Conflict, and the Balkans Conflict in the 1990s. Some analysts claim that Afghan mujahedin downed 269 Soviet aircraft using 340 shoulder-fired SAMs during the Soviet-Afghan War and that 12 of 29 Allied aircraft shot down during the 1991 Gulf War were downed by MANPADS.”「肩乗せ発射ができるSAMはいくつもの戦闘の中で効果的に使用されており、それはアラブ・イスラエル戦争、ベトナム、イラン・イラク戦争からフォークランド紛争に渡っている。また同様にニカラグアでの戦闘、イェメン、アンゴラ、ウガンダ、チャド・リビア戦争、また1990年代のバルカン紛争が挙げられる。幾人かのアナリストが主張するところでは、ソビエト・アフガンの紛争において、アフガンのムジャヒディンは269機のソビエト側航空機を撃墜し、これには340基の肩から射撃可能なSAMが用いられた。また1991年の湾岸戦争で撃墜された連合軍航空機の29機中12機はMANPADSによる。」
  2. ^ CRS RL31741 page 1
  3. ^ Wade Bose, “Wassenaar Agreement Agrees on MANPADS Export Criteria”, Arms Control Today, January/February 2001, p. 1., quoted in CRS RL31741
  4. ^ MANPADS Proliferation - FAS
  5. ^ The proliferation of MANPADS - Jane's
  6. ^ a b c Marvin B. Schaffer, “Concerns About Terrorists With Manportable SAMS”, RAND Corporation Reports, October 1993, quoted in CRS RL31741
  7. ^ http://www.deol.ru/manclub/weap_y/txt/n397s1.htm Kolos groud-to air system
  8. ^ CRS RL31741 page 1-2
  9. ^ a b c CRS RL31741 page 2
  10. ^ “Raytheon Electronic Systems FIM-92 Stinger Low-Altitude Surface-to-Air Missile System Family”, Jane’s Defence, October 13, 2000, quoted in CRS RL31741
  11. ^ Timothy Gusinov, “Portable Weapons May Become the Next Weapon of Choice for Terrorists”, Washington Diplomat, January 2003, p. 2., quoted in CRS RL31741
  12. ^ CRS RL31741 page 2-3
  13. ^ “Land-Based Air Defence 2003-2004”, Jane’s, 2003, p. 37., quoted in CRS RL31741
  14. ^ a b CRS RL31741 page 3
  15. ^ Richardson, Mark, and Al-Jaberi, Mubarak, "The vulnerability of laser warning systems against guided weapons based on low power lasers", Cranfield University, April 28, 2006
  16. ^ "Russia's Strela and Igla portable killers". A digital copy of an article from the Journal of Electronic Defense, January, 2004 by Michal Fiszer and Jerzy Gruszczynski. Retrieved: 15 June 2009.
  17. ^ ROGER COHENPublished: 11 December 1995 (1995年12月11日). “French Deadline Passes With No Word From Serbs on Pilots -- New York Times”. Nytimes.com. 2013年7月22日閲覧。
  18. ^ John Pike (1999年3月21日). “SA-7 GRAIL”. FAS. 2009年2月9日閲覧。
  19. ^ "MANPADS at a Glance"
  20. ^ "G-8 to Take Further Steps to Enhance Transportation Security"
  21. ^ "Man-Portable Air Defense System (MANPADS) Proliferation"
  22. ^ "Countering the MANPADS threat: strategies for success.(man-portable air defense systems)"
  23. ^ "U.S. Expands List of Lost Missiles"
  24. ^ "Iraq’s Looted Arms Depots: What the GAO Didn’t Mention"
  25. ^ "Where Have All the MANPADS Gone?"

外部リンク