シリア騒乱
| シリア騒乱(内戦) | |
|---|---|
| 目的 | バッシャール・アル=アサド大統領の退陣など |
| 発生現場 | |
| 期間 | 2011年1月26日 – 現在進行中 |
| 行動 | テロ活動、デモ活動、ストライキ、暴動、市民的不服従、市民的抵抗、略奪 |
| 死者 | 約7万人[1] (国連は推計を中止)[2] |
シリア騒乱(シリアそうらん)は、2011年1月26日よりシリアで続いている反政府運動及びシリア政府軍と反体制派による武力衝突のことである。後述のとおり国際連合などにより事実上の内戦状態と認識されていることから、シリア内戦と表現される場合もある[3][4][5]。また、シリア危機と表現するメディアもある[6][7]。
目次 |
概要 [編集]
シリア騒乱は2011年のチュニジアのジャスミン革命の影響によってアラブ世界各地で起きた騒乱(アラブの春)の一つであり、シリアの歴史上「未曾有」のものといわれている[8][9]。反体制派からの情報を収集する[10]英国拠点の反体制派組織[11]「シリア人権監視団」の集計によれば、騒乱開始以来、2012年までに4万6068人が死亡し、このうち3万9520人が2012年に死亡したとされているが[12]、国際連合により、2012年5月下旬の時点でもはや死者数の推計は不可能と判断されている[2]。2013年2月14日、国連人権高等弁務官事務所はシリアでの死者数が7万人に迫っていると発表した[1]。
国際的なシリア国内の状況の認識としては、2011年12月に国際連合人権高等弁務官事務所が事実上の内戦(Civil war)状態であるとしたほか[13][14]、2012年6月12日にはエルベ・ラドゥース国連事務次長が高官としてはじめてシリアが内戦状態にあるとの見解を示している[15][16]。同年7月15日には赤十字国際委員会が事実上の内戦状態であるとしている[17]。一方でシリア政府側は騒乱開始以来、これはあくまで対テロ戦争であり、内戦ではないとの認識を示していたが、2012年6月になってバッシャール・アル=アサド大統領が公の場で「真の戦争状態にある」と発言している[18]。
チュニジアのジャスミン革命とエジプトの民主化革命のように、これはデモ行進やハンガーストライキを含むさまざまなタイプの抗議の形態をとっている。市民抵抗の持続的運動と言える。ここ10年間のうちに国内で起きた最大の騒乱の対応として、シリア軍は数百人以上の市民を殺傷した。シリア政府は抗議運動に武力的要素があり、市民は100人以上の兵士の死に責任があると主張している。 国連のパン・ギムン事務総長は抗議運動に対する殺人的な暴力の行使は「容認できない」と非難した[19]。
ダラー市に対して水と電気の供給を止めて、軍は小麦粉と食料を没収した。[20] 同様の状況はホムス市においても報告されている。[21] 5月7日にはシリア陸軍はバニヤス市の包囲を開始した。[22]5月10日には、シリア陸軍はハマーへの進入を準備をした。[23]
レバノンの3月14日勢力(en:March 14 alliance)は、反政府抗議者たちに財政支援をしたとして非難されているが[24]、自らはこれを否定しており[25]非難の応酬となっている[26]。
反政府武装組織の一つである自由シリア軍により教会が破壊されたとされる事例[27]をはじめ、反政府主義者によるキリスト教徒(その大半は正教、非カルケドン派、東方典礼カトリック教会といった東方教会の信者)への排撃が問題となる局面も出てきている[28][29]。
背景 [編集]
歴史 [編集]
詳細は「:w:History of Syria」を参照
シリアは1962年以来、非常事態法の下にあり、憲法による国民の保護は事実上停止されていた。シリア政府はシリアがイスラエルと戦争状態にあった事実を指してこの非常事態宣言を正当化していた。シリア国民は住民投票によって選ばれた大統領に好意的であり、シリア議会は複数政党制を採っていない[30]。
1963年のクーデター(en:1963 Syrian coup d'état)以来、シリアはバアス党の支配下にある[31]。1966年のクーデター(en:1966 Syrian coup d'état)や1970年の革命(en:1970 Syrian Corrective Revolution)などで支配構造が変化したにもかかわらず、バアス党は独占的権力を保持している[32][33][34]。
1970年の革命以後、ハーフィズ・アル=アサド大統領は、対立政党や対立候補者を選挙から締め出しながら30年近くにわたりシリアを指導してきた。1982年、国内各地で起きた6年間に及ぶイスラム暴動の最盛期において、 ムスリム同胞団等を含むスンナ派共同体によるイスラム主義運動を鎮圧するため、 ハーフィズ・アル=アサド大統領はハマーの町で焦土作戦を指揮した[35]。ハマー虐殺において、10-80,000名の一般市民を含む数万の人々が殺害された[34][36][37][38][39][40]。
ハーフィズ・アル=アサドの後継者問題は、1998年の人民議会選挙後の暴力的な抗議行動と武力衝突を引き起こし、ラタキア事件(en:1999 Latakia protests)に発展した[41]。この事件はハーフィズ・アル=アサドと彼の弟リファアト・アル=アサド(en:Rifaat al-Assad)との間の積年の確執が暴発したものであった[41]。シリア警察はラタキアにあるリファートの港湾施設の取り締まりを行い、この際に警察とリファアト支持者らとの銃撃戦があり2名が殺害された。政府側は否定しているものの、この事件の死傷者は数百人にのぼったとも言われる[42]。ハーフィズ・アル=アサドは肺線維症のため1年後に死去した。ハーフィズ・アル=アサドの息子であるバッシャール・アル=アサドは、大統領となりうる年齢の規定が40歳から彼の年齢である34歳に引き下げるよう憲法を修正した後に指名され、後継者となった[32][33][34]。バッシャールはフランス語と英語を話し、イギリス出身でスンナ派のシリア人女性アスマー・アフラースと結婚し、改革派として期待され、2000年1月からダマスカスの春(en:Damascus Spring)と呼ばれる激しい政治的、社会的論争が引き起こされた。
2004年以来、クルド-アラブ暴動により緊張が高まっている。この年はシリア北東部のカーミシュリーでカーミシュリー事件(en:2004 Al-Qamishli riots)と呼ばれる反政府暴動が起きている。混乱したサッカーの試合において人々がクルドの旗を掲げ、試合はやがて政治的な衝突に発展した。シリア警察の暴力的な対応やクルド人とアラブ人によるグループ間の衝突により、少なくとも30名の人々が殺害された[43]。一説によると、死傷者は約100名にのぼるとも言われている[44]。クルド人活動家と政府組織との小規模な衝突はそれ以降も続いている。
アサド家(en:Assad family)は、シーア派のうちでも少数派でシリア人口(en:Demographics of Syria)の6-12パーセントを占める貧困なアラウィー派の一員であり[45][46][47][48]、シリア治安機関の「厳格な統制」によって維持されており、シリア人口の4分の3を占める[49]スンナ派の中に「深い敵意」が生じていた[47]。同じく少数派であるクルド人からも抗議や不満の声が上がっていた[50]。アル=アサドは、彼の地位がエジプトで起きた大規模抗議運動のようなものに影響されないと表明した[51]。大統領顧問のブサイナ・シャアバーン(en:Bouthaina Shaaban)は、カタールを拠点とするユースフ・カラダーウィー師が3月25日にドーハで行った演説などを挙げ、スンナ派の暴動を煽ったとしてスンナ派のイスラーム法学者や説教師を非難した[52]。ニューヨーク・タイムズによれば、シリア政府は暴動の鎮圧において「ほぼ全面的に」アラウィー派治安機関に信頼をおいてきた。彼の弟マーヒル・アル=アサド(en:Maher al-Assad)は共和国防衛隊と陸軍第4機甲師団(en:Defense companies)を指揮し、義兄のアースィフ・シャウカトは陸軍参謀副長を務める。彼の家族は、抗議に対して強硬路線を採ることができなければそれを増長し、街頭がより大きな群衆であふれることを恐れているといわれる[47]。
人権 [編集]
詳細は「:w:Human rights in Syria」を参照
シリアの人権(en:Human rights in Syria)は、国際機関からの激しい非難にさらされている[53]。1963年以来、非常事態宣言の効力が続いており、保安部隊には逮捕や拘留の権限が与えられている[54]。この国は自由な選挙のない一党独裁状態によって支配されている[54]。当局は、人権活動家や政府批評家を苦しめたり投獄したりしている[55]。表現、結社、集会の権利は厳格に制限されている[54][55]。女性や少数派民族は差別に直面している[54][55]。2010年のヒューマン・ライツ・ウォッチによれば、アル=アサドが権力を握って以来の10年間で、シリアの人権記録を改善させることに失敗したとされる[56]。この人権団体は、シリアの人権状況が世界で最悪の部類に属すると言明している。
5月5日のBBCニュースは、非武装の一般市民に対して狙撃手や対空機関銃が使われているとのダマスカス人権研究所(DCHRS)の表明を報じている[57]。
シャッビーハ [編集]
シャッビーハ (アラビア語: الشبيحة)とは、アル=アサド家に資金提供を受けた3000人以上の構成員からなる暴力団である。この呼称は幽霊を意味する言葉(Shabah, شبح)であり、かつてアル=アサド家やその縁の人達が使うメルセデス・ベンツの車に由来する。彼らは、政府を批判する人々が、たとえ武器を持たない者だとしても、批判者にあらゆることを行う権限を持っている[58]。新聞やメディアニュースチャンネルによれば、シャッビーハの構成員はアサドの傭兵であるとも言われる[59]。
シャッビーハが人権を守らないことについては、地元の新聞やチャンネルだけでなく国際メディアからも非難されており、特にFacebookやYouTubeなどのソーシャルメディアを通じて数百もの映像がアップロードされている[60]。
重信メイはその著書『アラブの春の正体』において、Wikipediaのシャッビーハについての記述はデマを真に受けたものであると批判している。この言葉は「幽霊」とは全く無関係であり、アル=アサド家からの資金提供を受けている証拠もないとしている。さらに動画についてはCNNがシャッビーハが暴行を行なっているとして流したものが誤報であった例を挙げ、その多くは検証が必要であるとしている。
2011年 [編集]
アル=アサドは、ラジオ局が西洋のポップ・ミュージックをかけることを容認する一方で、Amazon.com、Facebook、ウィキペディア、YouTubeのようなウェブサイトへの接続を制限していたが、2011年1月1日以降は全ての国民がブロードバンドインターネット接続を許され、これらのウェブサイトに接続できるようになった[61]。しかしながら、2007年の法律によってインターネットカフェはオンラインチャットにおける全ての投稿を記録することが義務付けられている[62]。
2011年1月31日に発表されたインタビューにおいて、アル=アサドは改革の時が来たことを宣言するとともに、エジプト騒乱、チュニジア革命、イエメン騒乱の抗議運動は中東に「新しい時代」が到来したことを意味し、アラブの支配者たちは人々の間に高まる政治的、経済的要求を受け入れるためにさらなる行動が求められるとした[63][64]。
騒乱 [編集]
詳細は「:w:Timeline of the 2011 Syrian uprising」を参照
抗議運動初期 [編集]
シリアでの抗議運動は初めのうちはささやかなものであり、勢いを得るまでにはしばらく時間がかかった。運動は2011年1月26日に始まった。チュニジアのモハメド・ブアジジが2010年12月17日にチュニスで行ったのと同様、ハサカのハサン・アリ・アクレーが自らの体にガソリンを被り火を放った。目撃者によれば、この行動は「シリア政府(en:Syrian government)に対する抗議」であったとされる[65][66]。二日後の2011年1月28日、ラッカにおいてクルド人の血を引く2名の戦士が殺されたことに抗議するデモが行われた[67]。
2月3日、FacebookやTwitterなどのソーシャルメディアウェブサイトにおいて、2月4日から2月5日をシリアの「怒りの日」とする呼びかけが行われた。抗議者たちは政府の刷新を要求したが、抗議の大部分はシリア国外にとどまる小規模なものであった[68][69][70][71]。このときシリア国内で確認された唯一の抗議活動は、2月5日のハサカにおけるアル=アサド退陣を求める数百名規模のデモであった。シリア当局が多数の人々を逮捕したことが引き金となり、デモは急速に拡大した[72]。「怒りの日」の試みが失敗した後、アルジャジーラは、この国が「沈黙の王国」であると表現した。シリア安定の鍵となる要素は、シリアの厳重な監視機構、アル=アサド大統領の人気、イラク暴動(en:Iraqi insurgency)に見られるような政府が倒れた際に起きうる宗派間抗争(en:Sectarian violence)への懸念などである[73]。
| 2011年2月17日、ダマスカスにおける抗議活動の映像 - YouTube | |
2月22日、ダマスカスのリビア大使館周辺に約200名の人々が集まり、リビア政権に対する抗議を行い、大使の辞任を求めた。政府の治安部隊はデモの鎮圧を行い、14名が逮捕され数名が警官から暴行を受けた。逮捕された者は後に釈放されている[74][75][76]。3月6日のタイム誌は、シリアの若者たちは依然として関与しているものの、きっかけが必要だったと述べている[77]。リバル・アル=アサド(en:Ribal al-Assad)は、シリアが次のドミノになると述べた[78]。
運動の高まり [編集]
3月15日、シリア各地の主要都市で一斉にデモが行われ抗議運動が拡大し始めた[79]。ハサカ、ダルアー、デリゾール、ハマーで数千人の抗議者が集まった。反体制側の報告によれば、治安部隊との衝突が起きたとされる。ダマスカスでは、200名程度の小さなグループが1,500名にまで膨れ上がった。ダマスカスでは1980年代以来これほどの抗議は見られなかった。「2011年シリア革命(Syrian Revolution 2011)」と呼ばれるFacebookの公式ページに、カイロ、ニコシア、ヘルシンキ、イスタンブル、ベルリンにおける支援デモの画像が掲げられた。リビアに縁のあるシリア革命支持者たちがパリのシリア大使館に押し寄せたとする未確認情報もある[80][81][82][83][84]。3月18日、シリアにおいて過去10年間で最も深刻な暴動が発生した[85]。金曜礼拝の後、オンラインで「尊厳の金曜日」(アラビア語: جمعة الكرامة)が呼びかけられ、政府汚職疑惑の解決を求めた数千人の抗議者がシリア各地の街路に繰り出した[86]。地方治安部隊の指揮の下、抗議者たちに対する暴力的な取り締まりが行われた。抗議者たちは、「神、シリア、自由」そして汚職反対のスローガンを叫んだ[87]。
ダルアーの街は暴動の焦点となりつつあった。3月20日、数千名がダルアーの街路に繰り出し、3日間にわたって非常事態法に反対するスローガンを叫び続けた。治安部隊の発砲により、1名が殺害され多数の人々が負傷した[88]。市内のバアス党本部庁舎や、ラーミー・マフルーフ(en:Rami Makhlouf)の経営する通信企業シリアテル(en:Syriatel)の建屋に火が放たれた[89]。翌日、ジャーシム(en:Jassem)で数百名が抗議を行い、バニヤース、ホムス、ハマーでも同様の抗議が行われたとされる[90][91]。アル=アサドはいくつかの懐柔策を示したが群衆は増大し続け、ダルアーのオマリモスク周辺に集まって要求を繰り返した。要求の内容は、全ての政治犯の釈放、抗議者を殺害した者に対する裁判の実施、48年間に及ぶシリア非常事態法の撤廃、さらなる自由、及び汚職の終息であった[92]。この日、ダルアーの携帯電話回線は切断され、市内いたるところに検問所が設置され、兵士が配置された[93]。また、ヒズブ・タフリール(en:Hizb ut-Tahrir、解放党)は、バアス党政権に対する抗議の拡大に主導的な役割を果たすとともに、国内での抗議活動や世界中のシリア大使館に対する抗議活動を組織化した。
蜂起と譲歩 [編集]
3月25日、オンラインで「栄光の金曜日」(アラビア語: جمعة العزة)と呼ばれる大規模デモが新たに呼びかけられ、国内各地の街路で数万人が抗議活動を行った。シリア南部では軍隊が発砲し、平和的なデモの参加者が殺害されたとする証言があり、ニュースでも報道された[94]。抗議者たちに対する取り締まりはますます暴力的になった。ダルアーでは10万人以上の人々がデモに参加し、少なくとも20名の人々が殺害されたとする報告がある[95][96]。ハーフィズ・アル=アサドの彫像がばらばらにされて火が放たれた[97]。知事の家にも火が放たれた[97]。ダマスカス、デリゾール、ホムス、ラタキア、ラッカにおいても抗議活動が起きたとされる[95][98]。サナマインでは20名の人々が治安部隊に殺害されたとする証言がある[98][99]。ダルアーではデモ中に17名の人々が殺され、オマリモスク周辺では40名、サナマインで25名、ラタキアで4名、ダマスカスで3名の死者があった[100]。
亡命中の宗教指導者や政治指導者たちがこの衝突に関わり始めた。スンナ派法学者ユースフ・アル=カラダーウィーはカタールで説教を行い、その中で以下のように述べた。
| “ | 今日、革命の列車がシリア駅に到着した。それはいずれ辿り着く運命にあった。シリアをアラブ国家の歴史から引き離すことはできない。[101] | ” |
AFPは、亡命中のシリア反体制派指導者がパリに立ち寄り、アル=アサド大統領を失脚させ、フランスが「罪のない人々の殺害をやめさせる」ようシリア指導者に圧力をかけるよう働きかけたと報じた[100]。
3月26日、アル=アサドは200名以内の政治犯を釈放すると発表し、抗議者たちに対する政府側の最初の譲歩を提示した[102]。翌日、アル=アサドのメディア顧問であるブサイナ・シャアバーン(en:Bouthaina Shaaban)は、事前の予告なしに非常事態法を撤廃することを発表した[103]。3月29日、シリアの新聞アル=ワタン(en:Al-Watan (Syria))は、主要閣僚の入れ替えが行われると報じ[104]、後日アル=アサドはムハンマド・ナージー・アトリー(en:Muhammad Naji al-Otari)首相率いる内閣の辞表を受理した。但し、新しい内閣が選ばれ公式発表されるまでは暫定的に首相を続けるとされた[105]。
アル=アサドに忠誠を示す軍部隊が動き出した。シリアの大ムフティーアフマド・バドルッディーン・ハスーン(en:Ahmad Badreddin Hassoun)は次のように述べた。「全ての国民には自由を求めて抗議する権利がある。しかしながら私は言う。流血の背後にいる全ての者は有罪となるであろう。抗議する者に対して発砲する軍役人はいません。彼らは自衛のために応戦をしただけです。何かが起きた後、人々は和解をしなければなりません。この国には堕落した者が居り、堕落した者は有罪としなければなりません。」[106] 3月29日、ダマスカス、アレッポ、ハサカ、ホムス、タルトゥース、ハマーでアル=アサドを支持する数十万人規模のデモが行われた[104][107][108]。3月30日、アル=アサドは暴動を扇動した外国人を非難し、ブサイナ・シャアバーンが示した非常事態法の撤廃を実施せず、将来の検討課題に留めるとする演説を行った[109]。YouTubeに投稿されたCNNの報告において、水曜日に演説を終えたアル=アサドの車を一人の女性が攻撃したとするシリア国営テレビの映像が示されている[110]。ラタキアでは、アル=アサドの演説に失望した抗議者たちが街路に繰り出し、警官から発砲を受けた[111][112]。翌日の国営シリア・アラブ通信(SANA、en:Syrian Arab News Agency)は、アル=アサドが4月1日から公務員給与を引き上げる命令を出したことを伝えた[113]。
4月 [編集]
オンラインで4月1日の「殉教の金曜日」(アラビア語: جمعة الشهداء)が呼びかけられ、金曜礼拝から現れた数千名の抗議者たちがシリア各地の多くの都市で街路に繰り出した。ダマスカス近郊のドゥーマに集まった1,000名の抗議者たちに治安部隊が発砲し8名が殺された。ダマスカスでは金曜礼拝を終えた抗議者たち数百名がアル・リファイ・モスクに集まった。しかしながら、政府軍部隊はモスクを封鎖し、逃げようとした人々を攻撃したとも言われる。さらに南部のダルアー近くの小さな町では抗議中のデモ隊が殺された[114][115]。この衝突事件は次第に国際社会からの注目を集め始めた。4月1日、シリア当局はシリアとトルコの間の国境を閉鎖し、トルコ及び他国の記者たちがシリアに入ることを禁じた[116]。翌日、トルコのレジェップ・エルドアン首相はアル=アサドに改革を進めるよう圧力をかけることを表明した[117]。
4月3日、アル=アサドはアーデル・サファル(en:Adel Safar)を新しいシリア首相に任命し、新しい内閣を作るよう指示した[118]。4月6日、アル=アサド政権はスンナ派とクルド人に譲歩を示した。教師たちに再びニカーブ(en:Niqāb)の着用を許可し[102]、国内唯一のカジノを閉店させ[119]、近日中にシリア在住の数万人のクルド人にシリア市民権を与えることを提案した[120]。
| シリアのデモで撮影された無名の銃撃者たちの映像 (YouTube: AP通信) 2011年4月8日。4月9日修正 |
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| 2011年4月8日、シリアのホムスにおける抗議活動の映像 - YouTube | |
4月8日は「抵抗の金曜日」(アラビア語: جمعة الصمود)として知られるようになった。この日はダルアー、ラタキア、タルトゥース、イドリブ、バニヤース、カーミシュリー、ホムス、ダマスカス郊外のハラスタ(en:Harasta)において数千名の抗議者たちが街路に繰り出し、これまでで最大規模のデモとなった[121][122]。ダルアーでは投石する抗議者たちを追い払うために治安部隊がゴム弾や実弾を発砲し、27名の反政府抗議者たちが殺され、多数が負傷した[122][123]。ダマスカス郊外のハラスタでは少なくとも3名が殺され、シリア第三の都市ホムスでは死者2名と数十名の負傷者があった[124]。人権団体は、この金曜日にシリア国内各地で起きた暴動で37名が殺されたと述べた[102]。
4月中旬にかけて、暴動はさらに拡大し、ますます暴力的になった。4月15日、数万人がバニヤース、ラタキア、バイダ、ホムス、デリゾールなどシリア国内のいくつかの街で抗議活動を行った[125][126]。アルジャジーラは、ドゥーマ郊外からダマスカスに入ろうとした最大5万人の抗議者たちが催涙ガスを使う治安部隊に追い払われ、このとき首都のバルゼ地区において、モスク前に集結した約250名の抗議者たちを、武装した私服の男たち数十名が取り囲み、暴力事件に発展したと伝えた[127]。一方、ダルアーでは数千名のデモがあつたものの市内に治安部隊は見られず、当局は抗議活動を容認したと見られている[126]。アル=アサドは、「犯罪行為に関わっていない」数百名の囚人を釈放することと、新しい内閣が発足したこと(シリアの内閣en:Cabinet of Syriaを参照)を発表した[128][129]。
4月の暴力―継続される暴力 [編集]
二日後、アル=アサドは人民議会に向けてテレビ演説を行い、政府に対して非常事態法の撤廃を求めていることを表明し、国民と政府との間に隔たりがあることを認め、政府は人々の願望に関心を持ち続けなければならないと述べた[130]。4月19日、政府はこの国の非常事態法を撤廃する議案を承認した[131]。非常事態法の撤廃は48年ぶりのことである[131]。4月21日、アル=アサドは、非常事態法を終わらせ、国家最高治安裁判所(:en:Supreme State Security Court)を廃止し、平和的なデモを行う権利を規制する法令に署名した[132][133]。
非常事態法を撤廃しても抗議は収まらなかった。4月22日は一連の騒乱において最も忌まわしい日となり、数万人が街路に繰り出した[134]。首都ダマスカスと、シリア国内の少なくとも10箇所の街で抗議活動が行われた[135]。ダマスカス中心部では数百名の抗議者たちが追い払われたものの、首都を囲む都市に数千名の抗議者たちが集まった[135]。抗議者側の報告によれば、治安部隊のデモ隊への発砲により全国で少なくとも70名の人々が殺された[136]。100名以上が殺害されたことが明らかになりつつあったものの、シリアはほとんど全ての他国メディア関係者を国内から締め出していたため迅速な確認は困難であった[137][138]。
翌4月23日、国内いたるところで亡くなった抗議者たちの葬儀が行われた。ダルアーでは暗殺者が発砲し8名が殺されたと伝えられ、そのうちの5名は治安部隊の隊員であった[139][140]。その夜、私服の治安部隊が家々を襲い活動家たちを逮捕した[141]。聖金曜日の抗議の後、数十名の市民が行方不明となり、ある人権団体によれば金曜日から土曜日にかけて217名の行方不明者があったとされる[142]。
詳細は「:w:Siege of Daraa」を参照
4月25日、シリア政府は初期の抗議において焦点となったダルアーに戦車を展開し、少なくとも25名を殺害した[143]。数百から6,000名と見積もられる兵士と狙撃兵が戦車に随伴し、上水道、電力、電話回線を切断した。住民の話によると、抗議者たちが軍用車両を焼き、兵士を人質に取ったといわれる[143]。政府は近くのヨルダンとの国境を封鎖した[144]。少なくとも一名のシリア軍主要指揮官がダルアーに対する軍事作戦に加わることを拒否した[145]。ダルアー住民は記者に電話で次のように訴えた。「シリアをオバマに占領させろ。シリアをイスラエルに占領させろ。ユダヤ人を呼べ。どれもバッシャール・アサドよりはましだ[146]。」
アメリカ大統領バラク・オバマは暴力の行使を「著しく正義に反する」として非難し[147]、アメリカ合衆国は自国内におけるシリア当局資産の凍結を準備した[148]。安全保障理事会常任理事国であるフランスとイギリスを含むEU各国は、国連に対して国際的な制裁の実施を働きかけた。但し、常任理事国のロシアと中国の支持が得られるかどうかは不透明であった[149]。シリアはイスラム主義者たちの扇動による暴動であると主張した[150]。
4月28日、アルジャジーラは、負傷した兵士がシリア市民に介抱されている模様を示す映像を放映し、彼ら兵士が抗議者たちへの発砲命令を拒否し、体制派の部隊を攻撃したと報じた。この放送局は映像の信憑性を確認できないとしながらも、「信頼できる情報源」によるものと主張した[151]。
ダルアーやドゥーマなどの都市における過酷な取り締まりにもかかわらず、4月29日も抗議者たちの行動を阻止できなかった。アレッポ、ホムス、デリゾール、シャイフ・ミスキーン、ダマスカス、及びシリア国内の他の都市でも数千名が集まった。シャイフ・ミスキーンにおいて兵士が非武装の抗議者たちを実弾で攻撃し殺害している映像が匿名で投稿された[152]。アルジャジーラは、金曜礼拝の後に始まった治安部隊による攻撃で少なくとも50名の人々が殺されたと報じた[153]。ロイターは死者62名と報じた[154]。
武装した抵抗派 [編集]
反政府抗議者たちの中には武装した集団もあるといわれ、シリア政府は彼らがサラフィー主義(en:Salafi)のイスラム教徒たちであると主張している[155][156][157][158][159]。シリア治安部隊のうち100名以上が殺されており、シリア政府はこれが抗議者たちの中にいる「武装したギャング」によるものとしているが、反政府側は政権側の責任であるとしている[160]。
国際キリスト教コンサーン(en:International Christian Concern)によれば、ここ数週間の間、シリアのキリスト教徒(en:Christianity in Syria)が抗議活動に参加しないという理由で反政府抗議者たちによる攻撃を受けている[161]。
イラン関与疑惑 [編集]
アメリカ大統領バラク・オバマは、バッシャール・アル=アサドによる鎮圧活動を秘密裏に支援しているとしてイランを非難した[162]。アメリカのスーザン・ライス国連大使は、シリア政府のデモ取り締まりに対するイランの積極的支援について証拠があると述べた[163]。イランは抗議鎮圧に対するあらゆる関与を否定した[164]。
5月 [編集]
詳細は「:w:Siege of Baniyas」を参照
5月1日、バニヤースは抗議者たちが掌握する南部と、治安部隊によって政府の支配下におかれる北部とに分裂した状態となった
5月6日、金曜礼拝の後、政権に抗議するデモ隊がシリア各地の街に集結した。抗議開始から1時間の間に、治安部隊の映像や音声がオンラインに出現し、中には致命的な暴力も見られた。ホムスでは武装グループが軍の検問所を武力攻撃し、11名のシリア軍兵士が殺された[165]。ホムスだけで少なくとも3名が死亡し20名が負傷、ホムスとハマーにおける死者は合わせて12名にのぼり、反政府指導者のムアーズ・アル=ハティーブやリヤード・セイフ(en:Riad Seif)が秘密警察によって拘留されたといわれる。ダマスカス及びその郊外では数万人が行進したといわれ、アルジャジーラのアラビア語チャンネルがこの街から数分間中継したところによれば、そのうち7,000名は葬儀の装束に身を包み、バニヤースで集めたオリーブの枝と花を持ち、人々は「平和的に軍隊を迎えたい」と語った。ダルアー周辺では数千名のシリア人が抗議の行進に参加し、街の包囲を固めていた治安部隊は、住民のための物資を携えた抗議者たちが市内に入ることを拒絶した[166][167]。
この「反抗の日」の後、アムネスティ・インターナショナルは、活動家のラザン・ザイツーネ、ワエル・ハマダ、ハイサム・アルマレ、カマール・アッ=ラブワーニー(en:Kamal al-Labwani)の子供であるヒンド・アッ=ラブワーニーとオマル・アッ=ラブワーニー、ジュワン・ユセフ・ホルシド、ワリド・アルブンニ、及びスハイル・アルアタッシが連れ去られたと報告した[168][169]。
反政府活動家によると、5月8日、ホムスでの政府による取り締まりにおいて、12歳の少年が殺され、10歳の少年が逮捕されたといわれる[170]。
6月 [編集]
6月に入っても反政府デモは沈静化の兆しを見せることはなく、イギリスやフランスなどからは国際連合安全保障理事会決議を求める声も上がりはじめる[171]。6月9日にはIAEAにて核問題を安保理に付託する決議を採択するなど[172]国際的な包囲網が敷かれる中、アサドは新たな軍事活動を開始する[173]。10日には全土で反政府デモが発生し市民32人が死亡、トルコへの脱出も相次いだ[174]。こうした弾圧に対してアメリカも英仏などが提案する決議案を支持する姿勢を明らかにし[175]、16日には潘基文国際連合事務総長もアサドに対して国民に対する弾圧の停止を要求、対話を求めた[176]。
20日にはアサドが憲法改正も含む国民との対話を行う意向を表明するなど[177]柔軟な姿勢を見せたもののデモ沈静化にはつながらず、24日には全土で再びデモが発生。数万人が参加し治安部隊が発砲、市民15人が死亡した[178]。アサドが宣言した国民との対話は7月10日に行われると発表している[179]。
7月 [編集]
10日に行われるとアサドが宣言した国民との対話は多くの野党勢力が政府側との交渉を欠席した。野党勢力の代表達は「アサド大統領が,自分達が出した主要な要求の数々を遂行しないうちは、交渉に参加しない」と述べた。主張の内容は「抗議行動に対する弾圧の停止と政治犯の釈放。」である。10日シリア政府は、在野勢力側との「国民対話」スタートを発表、「10日から二日間、与党と在野勢力との間の会合が始まっている」としている。なお交渉への参加意向を示した野党勢力もシリアの与党バース・アラブ社会党の優位性撤廃を求めている。シリア憲法では、バース党を「国家を指導する政党」と規定している。 [180]。
反体制派勢力はトルコのイスタンブールで16日に開かれた会合で評議会設立に関する決定を承認した。同会合は、数ヶ月続くアサド大統領の退陣を求める反政府デモが静まらないことを背景に開かれた。会合には、シリアから追放された350人以上の活動家らが出席、反体制派の著名な活動家ハイサム・アル=マーリフ氏は、「他の反体制派グループを支援し、民主的発展の道に従って国を導くために、我々は活動してゆく」と述べた。 [181]。
国内で高まりをみせる反政府運動を背景に、バース党は独占的な政治的地位を放棄せざるを得なくなったと見られ、政府は国内での結党を許可する法案を25日に承認した。1963年以来、シリアの政治システムで主導的な役割を担ってきたのは、憲法で与党の地位を保守されたバース・アラブ社会党で、アサド大統領はその書記長を務めている。なお新しい法案には、政党は宗教を基盤にして創設する事はできず、さらに外国の政治組織の支部として軍あるいは武装組織を基盤として党を作ったりする事は禁止している。 [182]。
8月 [編集]
8月に入っても反政府デモに対する弾圧は続き、国連安全保障理事会では対策をとることができない事態が続く。リア・ノーボスチ通信によれば、2日目となる安保理でのシリアに関する議論では、15の理事国の間での意見が分かれているという。ロシアのヴィタリー・チュルキン国連常駐代表が記者らに、「欧米諸国はシリアでの問題の責任が完全に政府側にあるとしており、シリア政府に圧力をかけることが必要だと考えている一方で、ロシアを含むほかの国々は、シリア国内のすべての勢力を対話のテーブルにつかせることが重要だと考えている」とのこと。シリア問題に関しては、どのような形で安保理としての反応を示すのかについても定まっていない状態である。 [183]。
米国は、アサド大統領側の行動に原因があると考えを表明。米政府のカーニー報道官が伝えた。報道官は、シリア政府が一般市民への武力行使を停止するために、米国はシリア政府に圧力をかけるための新たな対策の検討を続けていると指摘した。カーニー報道官は、アサド大統領がいないほうがシリアのためになると指摘した。報道官は、アサド大統領は反政府抗議デモの参加者らへの武力行使を強化することで、国民の要求に応える用意も、その能力もないことを提示していると述べた。人権擁護家らのデータによるとシリアでは約4ヶ月前から続く大規模な抗議デモへの弾圧によってこれまでに1300人以上が犠牲になったとした。シリア政府は、軍は武装した過激派グループに対抗しているだけにすぎないと述べている。 [184]。
シリアのワリード・アル=ムアッリム外相が6日、首都ダマスカスで外国の大使らと会談した際に自由な人民議会選挙が今年末までに実施されると述べた。現議会の任期は、来年4月までとなっている。外相の声明はペルシャ湾岸諸国がシリアに対して武力行使を即時停止するよう呼びかけた後に表明された。アサド大統領は4日、野党政党の活動を承認する大統領令を発令した。 [185]。
アサド大統領は8日、反政府デモが発生している各都市の代表者らと協議した後、国防相を更迭しシリア軍のラージハ参謀長を新たな国防相を任命した。2009年から国防相を務めていたハビーブ氏は欧州連合によるシリアの高官らに対する制裁リストに含まれていた。シリア国営放送によって、翌日9日に死去したことが発表された。72歳だった。死因は健康上問題とのこと。 [186]。
ブラジル外務省が10日、インド、ブラジル、南アフリカの外務省代表らとアサド大統領がダマスクスで会談した際にアサド大統領は、複数政党制を導入し、憲法改正を行うことを明らかにした。憲法改正プロセスは来年の2月から3月に終了するいう。 [187]。
アサド大統領は、国連のパン・ギムン事務総長との電話会談で「シリア国内での反政府抗議行動参加者に対する軍と治安部隊による作戦は、停止された」と伝えた。しかしながら以降も軍による弾圧の死者は増え続けた。 [188]。
9月 [編集]
デモ開始から半年目の15日にトルコのイスタンブールで開かれた会合でアサド大統領の退陣を求める反体制派の統一機関「国民評議会」が形成された。「国民評議会」のメンバーとして、140人が正式に任命された。メンバーの多くは、シリアに滞在している。 [189]。
9月27日、イギリス、フランス、ドイツ、ポルトガルが国連安保理にシリア政府による反政府勢力への弾圧を非難する決議案を提出[190]。しかし10月4日、ロシアと中国の拒否権行使により否決[191]。
アサド大統領は28日、最高選挙管理委員会組織に関する大統領令に署名した。サナ通信によれば、委員会のメンバーには高等裁判所の顧問10名が含まれている。選挙に関する法案は、7月に政府により承認済みだが、その際、新しい政党法についても討議すべきだとの声が上がった。 [192]。
10月 [編集]
安全保障理事会決議採択が4日に行われたが否決された。AFPが伝えたところでは安全保障理事会メンバー国15のうち9カ国が、シリア国民に対する同国当局の弾圧を非難する決議に賛成、4カ国が棄権した。ロシアと中国は拒否権を行使した。投票後、ロシアのヴィタリイ・チュルキン国連大使は「西欧諸国が持ち出した決議案が採択されたならば、シリア内戦激化を煽る事につながっただろう」と指摘し「ロシアは、シリアでリビアのシナリオが繰り返されることには反対だ」と強調した。 [193]。
野党はアサド政権との対話に反対の立場であることを表明、野党はシリア政府は対話を危機から脱出するための解決策の模索ではなく、政権側にとってより好適なイメージをつくるために利用していると述べ、シリアで暴力が高まっている責任は政権側にあるとし、武力を用いて危機を解決する方法は緊張を高めるだけだと強調した。 [194]。
11月 [編集]
アラブ連盟はシリア問題に関する緊急会合を16日、モロッコの首都ラバタで開催する。アルジェリアのアマラ・ベラニ外務報道官の声明では、「我々は16日ラバタで、シリア問題に関するアラブ連盟外相会合を開催することに決定した。」と述べられている。アラブ連盟による最後通牒への返答のために、48時間が残されている。16日には、シリアに対する制裁措置が発効、アラブ連盟におけるシリアの加盟国としての立場の停止と、それに伴う経済的、政治的制裁が行われた。アラブ連盟は、シリア政府が反政府デモの「流血の弾圧」を停止し、同国への監視団派遣を認めるために3日間を与えた [195]。
シリアのアサド大統領は、英国の新聞「サンデー・タイムス」のインタビューに応えた中で「シリアへの軍事侵攻は、中東全体を不安定化させ、その後遺症は『ひどく恐ろしいもの』になるだろう」と述べ、「もし西側のリーダーに道理と理性があるならばそんな事はしないだろう。自分個人としては、外国軍と戦い、シリアのために死ぬ用意ができている。アラブ連盟は『挑発行為』を行い、外国による対シリア干渉の土壌を用意している。自分は大統領の座を去るつもりはない。」と述べた [196]。
11月20日未明、バース党の支部にロケット弾が撃たれた。「自由シリア軍」が犯行声明を出した[197]。
11月23日国連総会は、シリアにおける人権侵害を非難する決議案を採択した。賛成122、反対13、棄権はロシアを含め41カ国だった [198]。
12月 [編集]
シリアは、アラブ連盟からの監視団を受け入れるための議定書に調印した。AFP通信が明らかにした。監視団は、シリア政府が危機の克服について、実際に平和的な手段での解決を目指し、流血を止めようとしていることを確認するのが目的。これより先、アラブ連盟はシリア国内での暴動が続いていることを受けて、シリアの加盟国としての立場を停止し、経済的な制裁措置を導入していた。国連の資料によれば、シリア国内では5千人以上が犠牲になっているという。 [199]。
アラブ連盟からの定期監視団が25日、シリアに到着する。監視団は、アラブ連盟によるプランがシリア政府によって守られているかどうかを確認することを目的としたもの。そのプランには、政府軍の都市部からの撤退をはじめ、暴力の停止、政治犯の恩赦、野党勢力との対話などが盛り込まれている。これより先22日、首都ダマスカスには30人からなる最初の監視団が到着していた。25日に到着する監視団は150人規模となる。団長を務めるのは63歳のスーダンの将軍ムハンマド・アフマド・ムスタファー・アッ=ダービー氏。アッ=ダービー将軍はスーダンの軍事諜報を指導した経歴があり、アフリカ各地の外交使節や平和維持活動に参加している。シリア政府は先週、アラブ連盟のプランに調印し、すでにその一部を実行に移している。 [200]。
2012年1月 [編集]
2012年1月28日、シリアを非難する国際連合安全保障理事会決議案が提示された[201]。しかし2月4日の採決では2011年10月の時と同様にロシアと中国が拒否権を発動し採択されなかった(それ以外の理事国13カ国は賛成)[202]。
2月 [編集]
2月16日、安保理常任理事国であっても拒否権を行使できない国連総会において、シリア政府に対して弾圧即時停止を求める決議案が提示された。ロシアと中国を含む反対は12だったが、137の賛成多数で可決した[203]。
3月 [編集]
3月1日、政府軍が反体制派の最大拠点であったホムスを制圧。
5月 [編集]
7日、人民議会選挙が行われた。
F4ファントムの撃墜 [編集]
6月22日、トルコ軍のF4ファントムがシリアに撃墜された[204]。
7月 [編集]
7月15日、首都ダマスカスで反体制派と政府軍による激しい戦闘が勃発し、17日には反体制派が市民に対して一斉蜂起を呼び掛けた。
7月18日、首都ダマスカスの治安機関本部で反体制派の自爆テロにより、ラージハ国防相、シャウカト副国防相(アサド大統領の義兄)、トゥルクマーニー副大統領補の3人が死亡し、シャアール内相とイフティヤール国家治安局長が負傷した。これに対してアサド政権側は、直ちに新国防相にファリージを任命するとともに、反体制派への報復を宣言し攻撃を開始した。
7月19日、国連安全保障理事会において、「国連シリア監視団の派遣延長」と「アサド政権への制裁」を合わせた欧米の決議案を採決したが、またもや中国・ロシア両常任理事国が拒否権を発動し、否決された。
同日、反体制派がトルコ国境検問所とイラク国境検問所を含む3か所の検問所を制圧し支配下に置いた。
7月20日、18日の自爆テロで重傷を負っていたイフティヤール国家治安局長が死亡。
8月 [編集]
8月6日、リヤード・ファリード・ヒジャーブ首相が、政権からの離反を表明した[205]。
8月9日、ヒジャーブの後任としてワーイル・ナーディル・アル=ハラキーが、首相に任命された[206]。
8月9日、シリア問題解決を目的とした会議が、イラン・テヘランで開催され、29カ国の代表が参加した。うちイラン、イラク、パキスタン、ジンバブエからは外相が出席した[207]。
8月9日、政府軍と反体制派の戦闘が続いているアレッポで、反体制派・自由シリア軍は中心部のサラーフッディーン地区から撤退した[208]。
8月10日、シリアとヨルダンの国境で、両国軍による戦闘が起こった[209]。同日、イギリスのヘイグ外相は、シリア反体制派に対し6億円相当の非軍事的支援を表明した[210]。同日、アレッポ国際空港に対する反体制派の攻撃を、政府軍が撃退した[211]。
8月11日、アメリカのクリントン国務長官は声明を発表し、シリアの反体制派に対しさらに550万ドルの非軍事的支援を行うことを明らかにした[212]。
8月12日、シリア当局は、国際テロ組織アル・カーイダとの関連が疑われる[213]ジハード主義組織ヌスラ戦線の指導者ワーイル・ムハンマド・アル=マジダラーウィーを殺害した、と発表した[214]。
8月16日、マッカで開かれていたイスラム協力機構の首脳会議で、シリアの加盟資格停止が決まった[215]。また、同会議でエジプトのムハンマド・ムルシー大統領は、シリア問題解決方法を検討するため、近隣主要関係国であるエジプト、イラン、サウジアラビア、トルコの四カ国による会議をつくることを提案した[216]。
8月16日、国連安全保障理事会が、シリアの国連停戦監視団の解散・撤収を決定した[217]。
8月17日、国連は、アナン国連・アラブ連盟合同特使の後任として、アルジェリア元外相のラフダル・ブラヒミが肩書を「特別代表」と変えて就任することが決まった、と発表した[218]。
8月21日、シリアのカドリー・ジャミール副首相は、モスクワでロシアのラブロフ外相と会談し、「シリア政府は直ちに反体制派と政治対話を行い、各方面との和解のために努力していきたい」と述べ[219]、また、会談後の記者会見において、反体制派との対話が行われれば、アサド大統領の退陣についても協議する用意があることを表明した[220]。
8月25日、国連シリア停戦監視団のババカ・ガイ団長が、すべての活動を終えシリアから出国した[221]。
8月28日、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、シリアから周辺国に逃れた難民の数が21万4120人に上ることを明らかにした[222]。
9月 [編集]
9月4日、国連のパン・ギムン事務総長は、シリア情勢報告の中で、アサド政権・反体制派双方に対する武器供与が事態を悪化させていること、政権側・反体制派側双方が市民保護をせず国際人道法に背いているのは明白であることを指摘した[223]。
9月6日、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の職員が、自宅で銃撃され殺害された[224]。
9月9日、ダマスカス郊外で国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の職員が、出勤途中に銃撃され死亡した[224]。
9月10日、ブラヒミ国連・アラブ連盟特別代表はエジプトを訪問し、シリア問題の打開策についてエジプトのムルシー大統領と協議した[224]。また、同日エジプト外務省は、先にムルシー大統領が提唱していたトルコ、サウジアラビア、イラン、エジプトのシリア周辺四カ国によるシリア問題解決を目的とした会議が、同日カイロで開かれると発表した[225]。
9月12日、ブラヒミ国連・アラブ連盟特別代表とナビール・エル=アラビーアラブ連盟事務局長が、カタルのハマド・ビン・ジャーシム・ビン・ジャブル・アール=サーニー首相兼外相とカイロで会談した[226]。
9月14日、レバノンを訪問中のローマ教皇・ベネディクト16世は、シリア情勢に関し「武器を輸出するのは大罪だ」と述べ、兵器輸出の即時停止を求めた[227][228]。
9月15日、シリアを訪問しているブラヒミ国連・アラブ連盟特別代表は、就任後初めてシリアのアサド大統領と会談した[229]。
9月16日、イランのイスラーム革命防衛隊・モハンマドアリー・ジャアファリー司令官は、革命防衛隊のメンバーが、シリアで非軍事的支援を行っていることを明らかにした[230]。
9月17日、国連人権理事会の独立調査団のパウロ・ピネイロ団長は、シリア国内におけるジハード主義者を含む外国人勢力の存在感の増大と、それら勢力が国内反政府武装勢力をより過激な姿勢に仕向けている傾向がある、と報告した[231]。
9月17日、エジプトのムルシー大統領の提唱ではじまったシリア問題解決を目的とする「イスラム4カ国(エジプト、イラン、トルコ、サウディアラビア)協議」の初の外相会合がカイロで開かれたが、サウディアラビアのサウード・アル=ファイサル外相は欠席し、代理も出席しなかった[232]。
9月19日、イランのサーレヒー外相がシリアを訪れ、アサド大統領と会談した[233]。
9月20日、ダマスカス近郊のドゥーマーで、シリア政府軍のヘリコプターが墜落した。反体制派は、撃墜したと主張している[234]。
9月22日、反体制派武装勢力・自由シリア軍は、司令部をトルコからシリア国内に移動させたと発表した。ただし、シリア国内のどこであるか、いつ行ったかについては明らかにしていない[235]。
9月23日、ダマスカスで、外国からの支援を受けた武装勢力や在外人士中心の反体制派組織「シリア国民評議会」に批判的な左派系反体制派組織・「民主変革勢力国民調整委員会(NCCあるいはNCB)」の呼びかけで反体制派の会議が開かれ、平和的手段によるアサド政権打倒で一致した[236]。この会議には他に約20の反体制派勢力が参加した[237]が、反体制派武装勢力・自由シリア軍は、この会合への参加を拒否した[238]。
9月26日、カタールのハマド・ビン・ハリーファ・アール=サーニー首長は、国連総会一般討論演説で、シリア問題に関して「政治的・軍事的・人道的義務からアラブ諸国自身が軍事介入した方が良い」と述べた[239]。一方で、エジプトのムルシー大統領は、前日の25日アメリカPBSテレビのインタビューにおいて、シリアに対する外国の軍事介入について、反対である、と述べ、大いなる誤りだ、と指摘している[240]。
10月 [編集]
10月2日、レバノンの治安当局者が、アサド政権と密接な関係を持つレバノンのシーア派組織・ヒズブッラーの司令官アリー・フセイン・ナースィーフと戦闘員がシリア国内で死亡したことを明らかにした。ヒズブッラー系紙アル=インティカードは、「ジハードの義務を遂行中に」死亡した、と伝えたが、ヒズブッラーの報道官イブラーヒーム・ムーサウィーは、死亡については認めたが、いついかにして死んだかなど詳細については明らかにしなかった[241]。同日、ヤン・エリアソン国連副事務総長は、シリア問題に関して「エジプトと協力しながら進めていく」と述べ、ブラヒミ特別代表が来週からカイロで活動をはじめることを明らかにした[242]。
10月3日、シリア北部の都市アレッポのサアドッラー・アル=ジャービリー広場で、シリア政府軍を狙った車爆弾攻撃が3件発生し多数の死傷者が出た、とシリアメディアなどが報じた。シリアに拠点を置くジハード主義組織ヌスラ戦線が、車爆弾攻撃への関与を認め、この攻撃が自爆攻撃であったと主張している[243]。
3日にシリアからの砲弾でトルコ住民5人が死亡して、両国の国境で高い緊張状態が続いており、トルコ政府は4日、シリアに派兵する議会承認を得ている[244]。
10月8日夜、ダマスカス近郊のハラスターの軍施設に対し、2回の自爆攻撃があった。アルカーイダ系組織と指摘されているジハード主義組織ヌスラ戦線が実行者であるとの声明を出した[245]。
10月12日、ブラヒミ国連・アラブ連盟合同特別代表が、サウジアラビアのジッダを訪れアブドッラー国王と会談した。[246]。
10月17日、ヨルダンの治安当局者が、16日、3人のヨルダン人のジハード主義者をシリアとの国境付近でシリアから不法入国した後に逮捕したことを明らかにした。ヨルダンのジハード主義指導者によると、3人は過去数ヶ月間ダルアーでアラブジハード主義勢力とともに戦っていたという[247]。
10月20日、シリアを訪問しているブラヒミ国連・アラブ連盟合同特別代表は、ダマスカスでムアッリム外相と会談した[248]。ブラヒミ特別代表は、先に26日から29日のイード・アル=アドハー(犠牲祭)期間内の停戦案を提示しており、これに対しトルコやイラン、中国などの支持を得ている[249][250]。
10月21日、ダマスカス旧市街のキリスト教徒居住者が多いバーブ・トゥーマー(トーマス門)付近の警察署前で、自動車に仕掛けられたとみられる爆弾が爆発し、少なくとも13人が死亡した[251]。
4日間の停戦合意は、初日から事実上崩壊した[252]。
11月 [編集]
11月11日には従来のシリア国民評議会に代わる新たな反政府統一組織シリア国民連合が樹立され、フランスなどがシリアにおける唯一の正統な代表者として承認した[253][254]。
12月 [編集]
12月11日、アメリカは、アルカーイダとの関連が疑われる反体制派武装勢力「ヌスラ戦線」をテロ組織に指定した[255]。
12月12日、モロッコのマラケシュで開かれていた「シリア友人会合」は、シリア国民連合をシリア国民を代表する唯一の代表として承認した[256]。
12月17日、同日付のレバノン紙アル=アフバールのインタビューで、シリアのファールーク・アッ=シャルア副大統領は、政権・反体制派ともに最終的な解決をなし得ないこと、軍事的・政治的解決が一層困難となっていることを指摘し、国連安保理・周辺国などの関与の下での挙国一致政権の樹立が不可欠、と主張した[257]。
12月26日、シリア政府の憲兵隊司令官アブドルアズィーズ・アッ=シャッラール少将が、動画投稿サイトに掲載したビデオ声明で、政権より離反し反体制派へ加わることと明らかにした[258][259]。
2013年1月 [編集]
2013年1月11日、反体制派はイドリブ県にある政府軍のタフタナーズ空軍基地を制圧した[260]。
2月 [編集]
2月21日、シリアの首都ダマスカスで、政権与党バアス党の本部やロシア大使館の近くで車爆弾攻撃があり、53人以上が死亡した[261]。
2月22日、シリアの反体制派の連合体である「シリア国民連合」は、反体制派が支配するシリア北部を統治するための暫定政府を樹立する方針を明らかにした[262]。
2月28日、「シリア友人会合」がローマで開かれ、アメリカのジョン・ケリー国務長官は反体制派に対して食糧や医療衛生用品など6000万ドル相当の非軍事支援を行うことを明らかにした[263]。
3月 [編集]
3月6日、国連難民高等弁務官事務所は、シリアから国外へ逃れた難民の数が100万人に達したことを明らかにした[264]。また同日、ゴラン高原において停戦監視にあたっている国連兵力引き離し監視軍(UNDOF)のフィリピン人要員21人がシリア反体制派勢力に拘束された。「ヤルムーク殉教者」と名乗る組織がネット上に犯行声明を出した[265]。
3月9日、6日に反体制派武装勢力に拘束されたUNDOFのフィリピン人21人が解放された[266]。
3月18日、反体制派の連合体「シリア国民連合」は、イスタンブルにおける会合で、暫定政府の首相に米国生活が長いビジネスマンでクルド系のガッサーン・ヒートーを選出した[267][268]。
18日、シリア軍戦闘機2機がレバノン北部の町アルサールにロケット弾3発を撃ち込んだ[269]。この攻撃による犠牲者などは伝えられていない。レバノンのミシェル・スライマーン大統領は、「受け入れられない」としてこの攻撃を批判、シリアの外務省は攻撃を否定している[270]。
3月21日、ダマスカスのアル=イーマーン・モスク内で自爆があり、スンナ派指導者(ウマイヤド・モスクのイマーム)でアサド政権寄りのムハンマド・サイード・ラマダーン・アル=ブーティー師とその孫を含む42人が死亡した[271][272]。
3月24日夜、自由シリア軍の指導者リヤード・アル=アスアド大佐が、シリア東部マヤーディーンで乗っていた車が爆発し重傷を負った[273]。
4月 [編集]
4月8日、中央銀行や財務省のあるダマスカス中心部サバア・バハラート地区で自爆があり、少なくとも15人が死亡した[274]。
4月10日、シリアの反体制派武装組織でアメリカ政府によりテロ組織に指定されているヌスラ戦線が、アル・カーイダの指導者アイマン・ザワーヒリーに忠誠を誓う声明を発表した[275]。
5月 [編集]
5月5日、5日未明にダマスカスの近郊にある科学研究施設がイスラエル軍によるミサイル攻撃を受けた、とシリア国営のシリア・アラブ通信(SANA)が伝えた[276]。
5月5日、国連人権理事会のシリア問題に関する国際調査委員会の調査官カルラ・デル・ポンテは、シリア反体制派武装勢力がサリンを使用した可能性が高いこと、現在のところシリア政府軍が化学兵器を使用した根拠が発見されていないことを明らかにした[277][278]。。
5月8日にヌスラ戦線の指導者アブー・ムハンマド・アル=ジャウラーニーがダマスカスの近くで政府軍の爆撃により負傷した、とシリア人権監視団が伝えた[279]。ヌスラ戦線側はこれを否定した[280]。
反応 [編集]
国内 [編集]
拘束と有罪宣告 [編集]
2月5日に予定されていた抗議行動の数日前、シリア当局は多数の政治活動家を拘束した。その中には例えば、イスラム民主化運動の指導者である実業家のガッサーン・アン=ナジャール[281][282]、作家のアリー・アル=アブドッラー(en:Ali al-Abdallah)[283]、シリア共産党(en:Syrian Communist Party)のアッバース・アッバース[284]、また、アドナーン・ムスタファーなど数名のクルド系政治活動家も含まれている[285]。
2月14日、学生ブロガーのタル・アル=マローヒー(en:Tal al-Mallohi)がアメリカ合衆国のスパイとして有罪を宣告され、禁固5年の刑に処せられた。米国政府はこれを否定し、アル・マロヒの速やかな釈放を求めた。2月15日、人権団体の圧力を受けてシリア政府はガッサーン・アン=ナジャールを釈放した。彼は大衆の抗議を喚起したとして逮捕されて以来ハンガーストライキを続けていた[286]。
3月22日、シリア当局は人権運動家のロアイ・フセインを拘束した[287]。3月25日には、抗議者たちに対する大規模な逮捕監禁が行われているとの報道があった[101]。
失踪 [編集]
4月29日、アルジャジーラのドロシー・パルヴァーズ(en:Dorothy Parvaz)がダマスカスに入ったが、それ以降の連絡がなくなった[288]。その後シリアを国外退去となり、イラン当局に拘束されたが5月18日までに釈放された[289]。
検閲 [編集]
2月5日、インターネットサービスが制限を受けたといわれているが、FacebookやYouTubeについては3日後に復帰したと報告されている[290]。制限の緩和は活動家の追跡につながるとの指摘があった[291]。
譲歩 [編集]
3月19日、立法府法令第35条により、アル=アサドは陸軍の徴兵義務期間を21か月から18か月に短縮した[292][293]。
3月20日、シリア政府は、3月6日に民主化を求める落書きを書いたとして逮捕した15名の子供たちを釈放すると発表した[88]。
3月23日、地方法令第120号により、ダルアー県知事のファイサル・アフマド・クルスーム(Faisal Ahmad Kolthoum)を解任した[9][294]。
3月24日、アル=アサドのメディア顧問であるブサイナ・シャアバーン(en:Bouthaina Shaaban)は、政府に「非常事態法の解除と政党の許可を検討する」用意があると述べた。シリア政府も、個人課税を引き下げること、公共部門の月給を1,500シリア・ポンド(32.60USドル)から引き上げることを発表し、報道の自由を広げること、雇用機会を増やすこと、及び汚職を減らすことを約束した[95][295][296]。
3月26日、シリア当局はセドナヤ刑務所に捕らえられていたイスラム主義者など200名・・・別の情報では70名・・・の政治犯を解放した[297]。
3月27日、ブサイナ・シャアバーンは非常事態法の撤廃を承認したが、その時期については言及しなかった[103]。
3月29日、ムハンマド・ナージー・アル=オトリー内閣が総辞職。オトリー首相以下全閣僚がアル=アサドに辞表を提出した[105]。
3月31日、アル=アサドは、数十年間続いている非常事態法に代わる法律を検討するための法律専門家からなる委員会を立ち上げた。この委員会は4月25日までに検討を終わらせるとしていた。アル=アサドは、ダルアーやラタキアにおけるシリア市民や治安部隊の死について状況を調査するための司法委員会も立ち上げた[298]。
4月6日、教師が再びニカーブ(en:Niqāb)を着用することを許されるようになり、政府がこの国唯一のカジノを閉店させたことが報じられた[119]。
4月7日、アル=アサドはホムス県知事を解任し、ハサカ県東部に住む数千名のクルド人たちに国籍を与える法令を公布した[299]。また、シリア人権監視団は、ラッカ東部で拘束されてから1年以上になる48名のクルド人が解放されたと述べた[300]。これはシリア北西地域に住むクルド人に公民権を与えることについて、アル=アサドがクルド人部族指導者たちと会合を持った翌日のことであった。尚、シリアでは1962年の国勢調査によって数十万人のクルド人が市民権を剥奪されていた[301]。
4月16日、アル=アサドは国民議会に向けたテレビ演説において、彼の政府が次週までに非常事態法を撤廃するであろうと言明した。彼は市民と政府との間に意見の隔たりがあり、政府が民衆の願望に対して関心を持ち続けなければならないことを認めた[130]。その日の遅くに、彼はシリア内閣(en:Cabinet of Syria)の新しい大臣を迎え、より具体的な内容(英文による全文)を含む演説を行った。彼は「統一国家、政府と国家機関と国民の協調」を求めていくことの重要性を説き、多様なチャンネルを通じての対話と協議、民衆の支持、信頼、及び透明性が必要であることを強調した。また、市民へのサービス、安全、及び尊厳に対する要望と、改革との間の相互関係について説明した。彼はクルド人の市民権が最優先の課題であるとし、週内あるいは翌週までに非常事態法を撤廃すること、混乱や破壊工作を防ぐためにデモを規制すること、政党法、組織と選挙に関する地方行政法、及び新しいメディア法の制定について、全て期限を設けた形で明言した。続いて、失業、経済、農業政策、投資誘致、公共部門と民間部門、裁判、汚職、贈収賄、税制改革、及び政府の無駄の削減について述べた。また、政府の取り組みとして、市民団体、大規模組織、及び労働組合との緊密な協調のみならず、参加型民主主義、電子政府、地方分権、有効性と効率性についても言及した。
4月19日、シリア政府によって非常事態法を撤廃する法案が承認された[302]。この二日後、アル=アサドは立法府布告第50条に署名して法律とした[132][133]。
4月30日、アーデル・サファル(en:Adel Safar)首相は次週までに改革の総合的な計画を作成すると発表した。この計画は、政治改革と治安・司法改革、経済改革と社会政策、及び行政と政治の進歩発展の三分野に及ぶ[303][304]。
デモの応報 [編集]
3月22日、ガーディアン紙の報告によれば、シリア当局はアサド支持集会を開催し、社会不安が破壊者たちや侵入者たちによって引き起こされているという宣伝を行ったとされる[305]。3月25日、ダマスカスでアサド支持集会が開催された[101]。
その他 [編集]
3月8日、国営シリア・アラブ通信(SANA、en:Syrian Arab News Agency)は、ウェブサイト上で「アル=アサド大統領は、2011年3月8日以前に為された政治犯罪に対して恩赦を与える法令を公布した」と題する文章を掲載した。この文章は3時間後に削除されている[306]。数時間後、バアス党が権力を握った1963年シリア・クーデター(en:1963 Syrian coup d'état)の記念日に関する恩赦として、シリア当局は、アル=アサドに対する最も率直な批評家であり80歳になる元判事のハイサム・アル=マーリフ(en:Haitham al-Maleh)を釈放した[307][308]。シリアにある12の人権団体は政府に対し、50年近くにわたって続いている非常事態宣言を廃止することを求めた[309]。
3月12日、釈放されたハイサム・アル=マーレフはYouTubeの映像において、抗議運動の新たな波の背後にいるシリアの若者たちに対して自らへの支持と支援を求め、シリアにおいて民主主義の実現が近付いていることに期待を示した[310]。
2月16日、政権批評家であり、シリア民主主義・自由機構(ODFS)の理事を務めるリバル・アル=アサド(リファアト・アル=アサドの息子であり、バッシャール・アル=アサド大統領のいとこにあたる)は、ロンドンで記者会見を開き、彼がシリア革命ではなく平和的な権限委譲を望んでいることを表明した[311]。4月5日の会見においてリバル・アル=アサドは、シリアに内戦の恐れがあることを警告し、以下のように述べた[312]。
| “ | 全てのシリア市民はアラブ国家で何が起きているか知っているが、シリアには多くの少数民族が存在する。皆が武器を持ち、皆が身内を守ろうとしている。これはイラクで起きたことに似ている。 | ” |
国際社会 [編集]
国際組織 [編集]
欧州連合 – 3月22日、欧州連合外務・安全保障政策上級代表キャサリン・アシュトンは、欧州連合として「シリア各地で起きている平和的抗議運動に対して実弾の使用を含む暴力的な弾圧が行われることを強く非難する」との声明を発表した[313]。
国際連合 – 3月18日、国際連合事務総長潘基文は、シリア当局による抗議者たちに対する致命的な武力の行使を「容認できない」と表現した[314]。
各国 [編集]
オーストラリア – 3月25日、オーストラリア外相ケビン・ラッドは、「ダルアーで起きた多くの殺人の原因に関する公式見解について、我々は深い不信感を持っている。また、民主化を求める平和的な抗議運動への対応には節度を持つようシリア政府に働きかけた。」と述べた[315]。
カナダ – 3月21日、カナダ外務大臣ローレンス・キャノン(en:Lawrence Cannon)は、「カナダは、シリアのいくつかの都市で週末に起きた抗議運動に続く多くの殺傷事件について強く非難する。」と表明した[316]。4月24日、カナダ外務・国際貿易省はカナダ人に対してシリアへの旅行をしないよう、またシリア国内のカナダ人は商用交通手段が利用可能なうちに出国するよう勧告した[317]。
フランス – フランス外務省は、デモに対して行使された暴力を非難し、政治犯の解放を求めた[318]。3月23日、フランス外務省スポークスマンのベルナール・バレーロは、シリアに対して速やかな政治改革を実行するよう求めた[319]。
ドイツ – 3月24日、ドイツ外相ギド・ヴェスターヴェレは、「暴力は速やかに終わらせなければならない。シリア政府は、法の支配と同じように基本的人権と公民権を遵守しなければならない。」と述べた[320]。
ギリシャ – 3月24日、ギリシャ外相ディミトリス・ドゥルツァス(en:Dimitrios Droutsas)は、「抗議を鎮圧するため市民の殺害に至るほどの暴力を行使することは無条件に非難される。我々はシリア政府に対してシリア市民の基本的権利を保証するよう働きかけた。」と述べた[321]。
イラク – 4月3日、イラク首相ヌーリー・マーリキーは、シリア大統領に電話で「シリアの安定を標的とする陰謀に直面している」シリアをイラクが支持していると伝えた[322]。
イスラエル – 3月24日、イスラエル外務大臣アヴィグドール・リーバーマンは、「西欧諸国がリビアに対するのと同じ原則や行動を考えている。イランやシリアの政情に注意して見届けたい。」と述べた[323]。イスラエルは、アサドがシリア国内における暴動から注意をそらさせ、ゴラン高原やレバノンやガザ地区におけるイスラエルとの国境紛争を挑発しようとすること、さらには、イスラエルに敵対するシリア国民の一体感を高め、メディアの注目をシリア国内の暴動からそらさせるためにイスラエルと戦争を始めること、について懸念を示した[324][325]。
日本 - 4月13日、外務省は全ての暴力行為の停止を求める談話を発表[326]。また、シリアでの戦闘の激化により、ゴラン高原に派遣されていた自衛隊はシリア側での輸送任務を中止。さらに自衛隊の活動地域の政情も不安定となったことから、2012年12月になり、ゴラン高原から自衛隊の撤収が決まった[327]。
レバノン – 3月31日、ナジーブ・ミーカーティー首相は「シリアの人々が彼らの大統領を支持することによってシリアで紛争の起きる可能性がなくなること」に期待を示した[328]。ミシェル・スライマーン大統領もシリア安定の重要性と、それがレバノンとシリアとの間の安全保障や経済的関係にも影響することを強調した[329]。
メキシコ – メキシコ政府は、メキシコ外務省(en:Secretariat of Foreign Affairs (Mexico))を通じて声明を発表し、その中で暴力行為を非難するとともに、シリア当局に対して武力の行使を控え市民との対話を促進するよう求めた[330]。
ノルウェー – 3月24日、ノルウェー外相ヨーナス・ガール・ストーレ(en:Jonas Gahr Støre)は、暴力を非難し「ノルウェーはシリア当局が平和的な抗議者たちに暴力を行使しないこと、発言と集会の自由を尊重すること、及び人々の正当な要求について対話に入ること、を強く求める」と述べた[331]。
カタール – 4月3日、カタールのハマド首長は、シリア大統領アル=アサドに手紙を送り、不安定化の企ての最中においてもカタールはシリアを支持すると表明した[332]。
ロシア – 4月6日、ロシア連邦大統領ドミートリー・メドヴェージェフは、アル=アサドに電話でシリア改革を推進する直近の決断を支持することを伝えた[333]。
サウジアラビア – 3月28日、アブドゥッラー国王はアル=アサド大統領との電話会談でシリア指導者としての彼の地位を支持することを表明し、暴動がシリアの正当な政府に対する陰謀であると主張した。シリアとサウジアラビアは数十年間にわたって緊張と対立の関係にあったが、サウジ国王のこの立場は両者の関係改善を示すものである[334]。しかし、2013年5月1日、来日したサウード・アル=ファイサル外務大臣が、「アサド政権による攻撃から人々を守るためにあらゆる手段を提供すべきだ」と述べ、国際社会は反政府勢力に対し、武器を提供すべきと発言するなど、アサド大統領支持の姿勢に変化が生じつつある[335]。
スーダン – 4月6日、スーダン大統領オマル・アル=バシールはアル=アサドに電話で、「シリアを不安定化させる企て」に対峙するシリアを支持すると伝えた[336]。
トルコ – 3月21日、トルコ外相アフメット・ダーヴトオール(en:Ahmet Davutoğlu)は「シリアは重要な分岐点にある。我々は民衆と政権との間にある問題が紛争に至ることなく処理されることを期待する」と述べた[337]。5月2日、レジェップ・タイイップ・エルドアン首相は、この騒乱でシリア政府がハマー虐殺のような事件を繰り返すならば、トルコとして傍観するつもりはない、と警告した[338][339]。
アラブ首長国連邦 – 3月29日、アラブ首長国連邦のナヒヤーン大統領はアル=アサドに電話で、UAEがダマスカスを支持していることを再表明した[340]。
イギリス – 3月24日、イギリスの外務英連邦大臣ウィリアム・ヘイグは、「我々はシリア政府に対し、シリア国民が平和的な抗議を行う権利を尊重し、彼らの正当な要求に対して行動を起こすよう求めた。」と述べた[341]。
アメリカ – バラク・オバマ大統領政権は暴力の行使について非難し「アメリカ合衆国は表現の自由や集会の自由を含む普遍的な権利の味方であり、シリア政府を含むあらゆる政府は国民の正当な要求に応えなければならないと信じている。」と言明した[342]。国務長官のヒラリー・クリントンは、アメリカ合衆国議会がアル=アサドを「改革者」と見なしていることから、米国がシリアに介入することはありえないと表明した[343][344]。4月9日、オバマは以下のように述べた。
| “ | 私は、今日および過去数週間にわたってシリア政府が平和的な抗議者たちに対して行ってきた酷い暴力を強く非難する。また、抗議者たちによるいかなる暴力の行使についても強く非難する。私はシリア当局に対し、平和的な抗議者たちにこれ以上の暴力を行使するのを控えるよう求めた。また、報告されている根拠のない逮捕、監禁、囚人への拷問は今すぐ中止しなければならず、現地で起きていることを独立的に検証できるよう情報の自由な流れを許可しなければならない。暴力と監禁はシリア国民の不平不満に対する答えにはならない。今こそシリア政府は市民に対する抑圧を止め、意義ある政治的、経済的改革を求めるシリア国民の声に耳を傾けるべき時である[345]。 | ” |
ベネズエラ – 3月26日、ベネズエラ大統領ウゴ・チャベスが次のように述べたと報告された。「現在、シリアでわずかな死者を伴う政治的な抗議運動が始まっていると言われている。また、大統領が国民を殺害しており、いずれ米国人たちが来て爆撃し人々を救い出す、とも言われている。暴力的な衝突を引き起こし、国中を血に染め、その後に爆撃し、干渉し、天然資源を我がものにし、その国を植民地とするために、かの帝国が発明した新しい方式の何と皮肉なことか[346]。」
リビア – 10月11日、リビアの国民暫定評議会は、シリアのアサド政権に反対する「シリア国民評議会」を承認した。フランス通信社が伝えた。
朝鮮民主主義人民共和国 - 公的な反応はないが、シリアの元国防相の息子フィラス・タラスによると、50人以上の北朝鮮のパイロットがキューバ経由でシリアに入り、アサド政権に軍事作戦の支援や、訓練で協力しているという[348]。
非政府組織 [編集]
- アムネスティ・インターナショナルは、政治犯釈放を求める民衆の「平和的な抗議」に対する「暴力的な取り締まり」を非難した[349]。
- ヒューマン・ライツ・ウォッチは、シリア政府が「率直に意見する市民たちを射殺することに何の呵責もない」ことを指摘し、シリアの民衆が「この地域における非常に厳しい政府の弾圧に対して、自らの命を省みず公然と抗議に挑む信じられないほどの勇気」を示していると言明した[350][351]。
個人 [編集]
エジプト出身のイスラム法学者ユースフ・アル=カラダーウィーは、「残虐行為」を行っているシリアの「弾圧的政権」に対する蜂起への支持を表明した。彼はバアス党政権に勝つことを訴え、反乱において軍隊が主要な役割を果たすという意見を述べた[352]。カラダーウィーは、「今日、革命の列車がシリア駅に到着した。それはいずれ辿り着く運命にあった。シリアをアラブ国家の歴史から引き離すことはできない。」と表現し、全てのアラブ人はシリア蜂起を支持するであろうと述べた[353]。カラダーウィーが数年間参加しているムスリム同胞団は[354][355]、アラウィー派支配から脱却しスンナ派の台頭を求めるウラマーと共にこの蜂起を支援した[356]。
メディア [編集]
詳細は「:w:Syrian media coverage of the 2011 Syrian uprising」を参照
シリア騒乱を確認できないというインターネット活動家たちからの批判にさらされる中、アルジャジーラは、政権交代に大きな影響力を持つシリアの主要野党の分析を提供した。野党には、シリア民主人民党、ムスリム同胞団、シリア国民救済戦線、シリア正義発展運動、シリア改革党、アラブ社会主義者運動、アラブ社会主義連合、革命労働者党、共産党など(シリアの政党を参照)が含まれる[357]。3月9日、アルジャジーラはシリアにおける政治的な抑留者に関する分析を報告し[358]、2日後には恩赦の布告に政治犯が含まれていないことについて多くの活動家が不満を表しているとする特別番組が報じられた[359]。アルジャジーラは「アラブの春」ポータル内にシリア騒乱のインターネットページを立ち上げた[360]。
3月23日、デイリー・テレグラフ紙の外信部長であるコン・コクリン(en:Con Coughlin)によるコラムが同紙に掲載され、その中で罪のない抗議者たちを守るためシリア上空に飛行禁止空域を設定することが求められた[361]。
12月7日、アメリカABCテレビ(電子版)はアサド大統領へのインタビュで次のように伝えた。デモ弾圧について「死亡した大半の人々は政府の支持者。国民を殺したりはしない」と述べ、弾圧の責任はなく、大統領の辞任を拒否した。経済制裁に関しては「われわれは孤立していない」。[362][363]
教会 [編集]
キリスト教徒(その大半は東方教会)への排撃や抑圧が問題となる中[28]、こうした状況を憂慮し、シリアにおける教会を支援する動きが広がっている[364][365]。
注釈 [編集]
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外部リンク [編集]
- The Syrian Revolution 2011 الثورة السورية ضد بشار الاسد on Facebook
- Syria Unrest collected coverage at Al Jazeera English
- シリア騒乱 - ガーディアン
- Syria protests (2011) collected coverage at The New York Times
- Latest Syria developments at NOW Lebanon
- The Reality of Events at SANA (Syrian Arab News Agency)
- Syria Comment Joshua Landis's blog
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