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スクーター

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1964年のツアー用スクーター。IWL社製。
ヤマハ・マジェスティ250(2007年)

スクーターScooter)とはオートバイのうち、座席の前方に足を揃えて乗車できる空間と板状のステップを備えた形態のものを指す名称である。元来はキックスクーターを指すものであったが、交通手段としてエンジンやモーターといった原動機付きの物が普及した現在ではオートバイの一形態としての認識が一般的である。

概要

一般的なオートバイ(以下単にオートバイ)が車体の左右に分離したステップに足をかけて乗車する構造を持つのに対し、平板またはそれに近い板状のステップに足や膝そろえて乗車できる車体構造を持つ物をスクーターと呼ぶ。乗降時に足を高く上げる必要がなく、乗車中の足の位置も自由度が高いことから、オートバイよりも気軽に乗れる乗り物として位置づけられ、近距離の交通手段として広く普及している。ベルト式無段変速機によるオートマチックトランスミッションを採用した車種がほとんどで、足で操作するペダルを持たない物が多い。そのため「スクーターはオートマチックである」と認識される例も少なくないが、マニュアルトランスミッションの車種もあり、海外ではポピュラーな存在である。日本製のものでは、かつて生産されていたラビットスクーターがマニュアルトランスミッションを搭載した車種の一例である。

特徴

現代の小型スクーターの特徴

ステップスルーを可能にする車体形状のため、オートバイと比べた場合にはいくつかの制限がある。ダイヤモンド型やクレードル型といった剛性の高いフレーム形状を採用できないので、車体剛性は限定されたものになる。エンジンやトランスミッションは、スイングアームに一体化した「ユニットスイング」と呼ばれる機構を採用している。そのため重心が後よりになり後輪のバネ下荷重が大きく、多気筒のエンジンを搭載することはスペースの制限により難しい。ひざの間にタンクがないためニーグリップと呼ばれる乗車姿勢をとることができず、ひざを使った車体のコントロールや乗車姿勢の安定化が難しい。

日本国内向けの製品は取り回しやすさを重視し、収納スペースを確保するため、比較的小径のタイヤが採用されている。このため、路面の凹凸を拾いやすく直進性が劣る。一方、アジア諸国では道路の整備状況が悪く、ヨーロッパでは石畳の道路が多く存在するといった理由から、海外向けの製品は大径のタイヤが採用されている場合が多い。

外観意匠を優先するため、あるいは車体内に収納スペースを設けるために、車体は外装パネルで覆われている車種が多い。カウルを持たないオートバイに比べると整備性が悪いが、収納スペースの利便性を重視している点もスクーターの大きな特徴で、ヘルメットを雨や盗難などから守ることができるメットインスペースは近代のスクーターを象徴する機能の一つである[1]。このほか、グローブボックスや高速道路の通行券などを収納するスペース、買い物袋を下げるためのフックが用意されているものもある。雨具などのさまざまな荷物を効率的に収納することができるため、近距離の実用的な交通手段としてだけでなく、ツーリングに利用するユーザーもいる。

ビッグスクーターの特徴

スズキ・スカイウェイブ650
ホンダ・シルバーウイングGT<400>

250ccもしくはそれを超える軽二輪車または自動二輪車のスクーターにはビッグスクーターとも呼ばれる、従来のスクーターよりもホイールベースが長く、大きな車体の車種が多い。これらは従来のスクーターよりも高い速度での走行安定性や二名乗車における快適性を重視しているため、従来のスクーターとは異なる特徴を持つ。

長いホイールベース、高出力のエンジン、増加した車重への対応やスポーティな乗り味を求められることから、高い剛性を確保しやすいフレーム形状が採用され、ステップスルーが不可能となっている車種が多い。

大型のエンジンを搭載し[2]、サスペンションの性能を追求するためにエンジンを車体フレームに固定してユニットスイングを用いない車種が増えている[参考文献 1]

走行安定性を確保するために、比較的大径のタイヤを履くものが見られ、車種によっては座席前方中央部に乗車姿勢を安定させる突起を設けたものもある。

従来のスクーターの特徴でもある収納スペース容積は60から80リットル程度となり、大きな車体を活かしてヘルメットが2つ収納できる車種が多い。


歴史

スクーターの起源

Autoped
Skootamota
Vespa(写真は1952年のもの)

1910年代にアメリカAutoped Companyが発売したキックスクーターの前輪にエンジンを一体化させた立ち乗りスクーターとしてAUTOPEDを発売した。4ストローク125cc単気筒エンジンに前後10インチホイールを備え25km/hでの走行が可能であった。

1919年にイギリスABC社が発売したSkootamotaにはサドルが設けられ、座位で運転できるものであった。アンダーボーンフレームの完全なステップスルーで、4ストローク125cc単気筒エンジンを搭載して40km/hを出せたと言われる。エンジンはサドルの下に搭載されているが、これを覆うカバーの類は設けられていない。1920年代前半にはSkootamotaに似たコンセプトのオートバイが各国の複数のメーカーから発売されている。

1920年にイギリスGloucestershire Aircraft社が発売したUNIBUSには外装パネルが全体に装備され、機械構造部分はほぼカバーされていた。1930年代には、アメリカのCushmanPowellSalsbury他、数社が外装で覆われた小排気量エンジンと小径ホイールを備えた、スクーターとしてほぼ完成されたスタイルを持つオートバイを販売している。


現在のスクーターのスタイルを決定づけた機種は、1946年に製造が開始されたイタリアピアジオ社製のベスパ98であると考えられがちだが、前述の基本的なスタイル要素はベスパ登場以前にすでに完成されていた。

日本のスクーター史

黎明期

太平洋戦争後の占領下にあった日本では、スクーターの位置付けが連合国アメリカイギリスなど)とは異なっていた。敗戦後間もない日本でのスクーターの役割は荷物輸送手段や人の移動手段であったが、当時のアメリカやイギリスでのスクーターの位置付けはツーリングに出かけたり、ティーンエイジャーの遊びなどに使う娯楽の道具であった。そのため、GHQからスクーターは贅沢品と見なされ、スクーターの生産を中止する指令が出された。GHQの欧米人たちは日本人がスクーターを実用目的の交通手段として使うとは思ってもみなかったのだ。GHQの指令を受けて、スクーターメーカーと自動車工業会通産省がGHQに日本のスクーター事情を説明した結果、実用品として生産が認められた[参考文献 2]

ファイル:Mitsu silver pigeon.jpg
シルバーピジョン

日本で本格的に普及した最初のスクーターは、1947年に富士産業(現:富士重工業)が製造を開始したラビットである。翌1948年には中日本重工業(現:三菱重工業)がシルバーピジョンの販売を開始した。当初は5インチ程度の小径タイヤに2馬力の非力なエンジンで、サスペンションもごく単純なものしか備えられていなかったが、国内の道路状況の改善と共に急速に進化し、国民の足として活躍するようになった。当時はオートバイよりも積載性と乗り心地に優れ、自動車よりは安価な実用交通手段として普及した。

1950年代には三光工業ジェット平野製作所ヒラノ東昌自動車工業パンドラ宮田製作所ミヤペットなど大小各社が参入したが、メグロキャブトンといった戦前からのオートバイメーカーは参入せず、スクーター市場はラビットとシルバーピジョンの2社がリードしていた。

現在もオートバイの製造を行っているメーカーとしてはホンダとがヤマハがそれぞれ、ジュノオSC-1を発売した。1954年から発売されたジュノオはFRPで覆われた全天候型ボディと片持ち式足回り(KB型)、バダリーニ型無段階変速機(M85型)などを装備した。1960年発売のSC-1は当時のライバル、ラビット・スーパーフロー型を上回る動力特性(2ストローク、10.3馬力)と流体式トルクコンバータを備え、ジュノオ同様に片持ち式サスペンションを採用した。だが実用車のシェアは1958年に発売されたスーパーカブのようなビジネスバイクに移りつつあったため、両社ともこれらに続く製品をスクーター市場に投入することはなかった。

1960年代に入ると四輪自動車が普及するようになり、実用的な二輪車はスーパーカブをはじめとする、さらに安価で積載量の大きいビジネスバイクが台頭するようになった。スクーターの市場は減少し、シルバーピジョンが1964年に、ラビットが1968年に生産を終了すると、日本国内にはスクーターを製造販売するメーカーが存在しない時期が訪れた。

ソフトバイクブーム

ヤマハ・パッソル(50cc。1977年)
ホンダ・タクト (50cc。写真は1983年のもの)

1976年にホンダはモペッドのようにシンプルな構造のロードパル(通称「ラッタッタ」)を発売し、簡単操作、軽量、低価格を売りにして主婦層への浸透を図った。これに対抗してヤマハ1977年パッソルを発売した。1950年代に普及したスクーターよりも小型・軽量で、外装パネルで覆われていない外観的特徴などから、当時はソフトバイクと呼ばれて区別された。カブなどの実用車とは一線を画すおしゃれなアンダーボーンの車体に、自動クラッチ、自動変速を備えており、始動方式はキック式が採用されていた。またブレーキ系統も実用車や従来のオートバイと異なり、左レバーで後輪ブレーキを操作する自転車式であった。出力はロードパルが2.2馬力、パッソルが2.3馬力と極めておとなしいものであったが、自転車感覚で乗れることが大いに受けてブームを巻き起こした。中でもパッソルはステップスルーを採用して女性がスカートをはいたまま足をそろえて乗れることをアピールし、これがスクーターブームの先駆けとなった。

1980年ホンダ・タクトが登場するとスクーターのラインナップが充実してきた。ラビット時代のスクーターは排気量が大きく、この当時の運転免許制度では自動二輪免許が必要な排気量のものが主であったのに対し、原付免許で乗れる50cc以下の車種がほとんどとなった。当時はヘルメットの着用義務がなかったことや、エンジンの性能が向上して50ccでも十分な動力性能が得られるようになったことが主な理由である。同時に50ccクラスの国内市場は、実用車の他はほとんどスクーターに占められるようになった。かつてはスクーターはバイクに比べて大型の乗り物であったが、この当時は逆にバイクより小型の乗り物という認識が生まれた。

ビッグスクーターブーム

ビッグスクーターによる旅行風景

現在、ビッグスクーターと呼ばれる車種の代表的な特徴であるロングホイールベースを初めて採用したのは、1986年発売のホンダ・フュージョンであったが、当時はレーサーレプリカが流行していたこともあり、あまり注目されなかった。軽二輪車の保有台数は1990年代半ばに減少傾向に転じ始めていたが[参考文献 3]1995年ヤマハ・マジェスティが発売されると、そのデザイン性が若年層にも受け入れられてヒットした。その後、ビッグスクーターのラインナップは拡大し、国内4メーカーのうち、カワサキ[3]を除く3社が幅広い商品ラインを展開している。2003年には(50cc超の)自動二輪車の出荷台数の内6割以上がスクーター[要出典]となり、これがビッグスクーターブームと呼ばれるようになった。このブームを受けて、2005年6月にはオートマチック限定免許も新設された。

原動機付自転車よりも法的な制約[4]を受けず、大きな排気量のエンジンによって機動性が高いこと、一方で、従来のオートバイよりも利便性と簡便性に優れていることがブームとなった理由と見られている。

なお日本では「ビッグ・スクーター(Big Scooter)」と呼ぶのが一般的であるが、ヨーロッパでは「マキシ・スクーター(maxi scooter)」と呼ばれる。

近年の傾向

スズキ・アドレスV125 (2005年~)
ホンダ・PCX(124cc、2010年~)

大柄な車体と長いホイールベースを持つスタイルが流行の、いわゆる “ ビッグ ”スクーター とは別に、比較的小さな車体で51-125ccの排気量を持つ 第二種原動機付自転車クラス(小型自動二輪車)のスクーターが、近年は都市内移動の用途として注目されている。原付一種の販売台数が、排ガス規制の強化が適用された翌年の2007年以降から大きく減少し、軽二輪自動二輪の販売台数が減少傾向の一途をたどるなかで、原付二種は減少の度合いが比較的小さく、むしろ2008年から2010年は回復基調にある[参考文献 4]

日本のスクーター市場は戦後の復興とともに独特の歴史を歩んできたが、近年ではキムコSYMなど、日本のオートバイメーカーから技術供与を受けて成長した台湾メーカーによる50-125ccクラスの製品が日本市場に進出してきている。

参考文献

  1. ^ 日本自動車工業会 JAMAGAZINE 2001年6月号
  2. ^ 小関和夫『国産二輪車物語 - モーターサイクルのパイオニア達』三樹書房2007年4月25日 新訂版初版発行、ISBN 978-4895224925
  3. ^ (社)全国軽自動車協会連合会の統計、軽二輪車小型二輪車保有台数の年別・月別推移より
  4. ^ (社)日本自動車工業会の統計より(ただしスクーターのみを抽出した統計ではない)

脚注

  1. ^ これに先鞭をつけたのが1985年昭和60年)のヤマハ・ボクスン (2ストローク単気筒、49cc、5.2馬力)であり、この流れは1987年(昭和62年)のホンダ・タクト(「メットイン・タクト」2ストローク単気筒、49cc、5.8馬力)に引き継がれ、現在販売されているスクーターでは一般的となった。
  2. ^ 近年ではスズキ・スカイウェイブ650ヤマハ・TMAXといった2気筒エンジンを採用した車種が増え、世界最大のものではピアジオ社製ジレラ・GP800がV型2気筒の839ccである。
  3. ^ かつてはカワサキもスズキからのOEM製品を発売していた。
  4. ^ 主に二段階右折と法定速度

関連項目

外部リンク