豊川稲荷

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豊川稲荷

本殿
所在地 愛知県豊川市豊川町1
位置 北緯34度49分28.26秒
東経137度23分31.24秒
山号 円福山(えんぷくざん)
宗派 曹洞宗
本尊 千手観音
創建年 嘉吉元年(1441年
開基 東海義易
正式名 円福山 豊川閣 妙厳寺
札所等 東海三十六不動尊17番
三河新四国八十八箇所番外札所
文化財 木造地蔵菩薩立像2躯(重要文化財)
  
総門
総門
寺寶館
寺寶館

豊川稲荷(とよかわいなり)は、愛知県豊川市豊川町1番地にある曹洞宗の寺院。豊川市は当寺院の門前町である、「稲荷」と称するが神社ではなく寺院である。正式の寺号は妙厳寺(みょうごんじ)、詳しくは円福山 豊川閣 妙厳寺(えんぷくざん ほうせんかく みょうごんじ)と称するが、一般には「豊川稲荷」の名で広く知られる。本尊は千手観音。「稲荷」は鎮守として祀られる荼吉尼天(だきにてん)のこと。

日本三大稲荷の1つとされる。但し三大稲荷の定義には諸説ある(他の2社は伏見稲荷大社祐徳稲荷神社または笠間稲荷神社と考える稲荷神社が多い。豊川稲荷では自社以外の2社を伏見稲荷、祐徳稲荷としている)

北海道東京都神奈川県静岡県大阪府福岡県別院を持つほか、豊川高等学校を運営。また、修行道場として僧堂を設置している。

目次

[編集] 起源と歴史

[編集] 稲荷信仰

[編集] 起源

鎌倉時代、東海義易の師の寒厳義尹が入した折、荼吉尼天の加護を受けたのがきっかけとなり、後に東海義易が鎮守として当地で祀られるようになった。

その後、織田信長豊臣秀吉徳川家康などからの帰依を受けたほか、江戸時代になると、大岡忠相渡辺崋山からの信仰を受け、更には商売繁盛の神として庶民からも信仰されるようになった。

稲荷神社としては京都の伏見稲荷大社を総本山としているが、豊川稲荷は神社ではなく寺であり、上述したように、信仰対象は稲荷である部分もあるものの、伏見稲荷とは同一ではなく、別格本山である。

また、俗説であるが、平八狐を祀っているともいわれている。

[編集] 初詣

正月から2月初旬頃までの初詣期間中は大変な数の参拝客が訪れるため、豊川稲荷駅から豊川稲荷東端付近までの道路が完全通行止となり、全て歩行者天国となる。

[編集] 稚児行列

年に2回、春季大祭(5月4~5日)と秋季大祭(11月22~23日)に稚児行列が行われる。衣装は一般的だが、化粧は歌舞伎舞踊に近い厚化粧となり、巫女を思わせる熨斗飾りを付ける。

[編集] 境内

建築物

その他

  • 霊狐塚 - 1,000体以上の石像が安置されている
  • 慰霊碑 - 海軍工廠空爆で亡くなった人々を慰霊
  • 千本のぼり(千本旗) - 参道に並ぶ参拝者の願い事が書かれた1,000本の幟
  • 稲荷公園 - 境内の一部を開放して整備
  • 妙厳寺庭園
  • 豊川高等学校 - 現在は近郊に移転。跡地を駐車場とした

[編集] 文化財

[編集] 別院

[編集] 所在地

愛知県豊川市豊川町1

[編集] 交通アクセス

自動車

[編集] 外部リンク

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