米韓関係

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朝鮮戦争の際の初代国連軍司令官ダグラス・マッカーサー元帥の銅像が大韓民国の自由公園に立てられた[1]

米韓関係(朝鮮語: 한미 관계英語: South Korea–United States relations)はアメリカ合衆国大韓民国資本主義確立の援助や、朝鮮戦争(1950年-1953年)にて朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の朝鮮人民軍と戦う国連軍を支援する側に立った1950年以来最も広範囲に及んでいる。以後40年間、大韓民国は凄まじい経済力政治力そして軍事力の増加を経験し、アメリカに対する依存度を劇的に下げた。

1988年2月25日盧泰愚政権発足から2008年2月24日盧武鉉政権終焉までの間、大韓民国はアメリカ合衆国との連携を模索し、ソウルワシントンとの関係を或る程度緊張させた。しかしながらアメリカ合衆国と大韓民国との関係は、2008年2月25日親米保守派の李明博政権が発足した後、大きく強化された。2009年第2回20か国・地域首脳会合G20)で、アメリカ合衆国のバラク・オバマ大統領(民主党)は大韓民国について、「アメリカの最も近い同盟国で、最も偉大な友人の一つ」であると述べた[2]

両国の比較[編集]

大韓民国の旗 大韓民国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
人口 50,620,000人 314,346,000人
国土面積 99,392 km2 (38,375 sq mi) 9,826,630 km2 (3,794,080 sq mi)
人口密度 491 /km2 (1,270 /sq mi) 31 /km2 (80 /sq mi)
首都 ソウル特別市 ワシントンD.C.
最大都市 ソウル特別市 – 10,464,051人 (大都市圏で24,472,063人) ニューヨーク – 8,363,710人 (大都市圏で19,006,798人)
政治体制 単一大統領制共和国 連邦大統領制共和国
公用語 韓国語 英語(事実上、連邦での規定なし)
名目GDP 9,911.47億USドル (一人あたりは20,265USドル) 14兆2,646億USドル (一人あたりは47,440USドル)

歴史的背景[編集]

19世紀半ばの李氏朝鮮1840年に勃発した阿片戦争以後本格化した西洋諸国の通商要求に対して海禁政策を採用し、国境を開放していなかった。1866年に通商を要求して乱暴狼藉を振るったアメリカ合衆国の商船ジェネラル・シャーマン号(General Sherman号)が大同江に侵入した際は、平壌軍民が反撃して燃やしてしまった(ジェネラル・シャーマン号事件)。このジェネラル・シャーマン号事件に対する報復として、アメリカ合衆国は1871年辛未洋擾を起こした。

朝鮮戦争[編集]

1950年6月25日朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の朝鮮人民軍大韓民国(南朝鮮)を侵攻した時に、38度線での国境を跨いだ小戦闘や襲撃が野戦状態にエスカレートさせた[3]

朝鮮戦争1950年6月25日朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の大韓民国(南朝鮮)への南進によって始まり、朝鮮人民軍は開戦3日後の6月28日に大韓民国の首都ソウルを攻略し(ソウル会戦 (第一次))、更に朝鮮半島の南下を続けた。北朝鮮の怒涛の南進への反応として、アメリカ合衆国を含めた国際連合加盟国16カ国が臨時首都釜山に追い詰められた大韓民国の李承晩政権を防衛する為に参戦した。これがアメリカやその他諸国軍の大規模な配置を伴った、東西冷戦期最初の激しい武力衝突だった[4]。その後朝鮮半島の「北進統一」を掲げていた李承晩初代大統領の主導権もあって、国連軍は開戦以前の事実上の国境線であった38度線を北上し、一時大韓民国国軍は中朝国境の鴨緑江にまで到達したが、この国連軍の朝鮮半島北上は1949年10月1日に建国された成立間もない中華人民共和国の介入を招き、毛沢東主席は彭徳懐司令官率いる中国人民志願軍(抗美援朝義勇軍)の参戦を決断し、中朝連合軍は国連軍を38度線まで押し戻した後、1953年7月27日に「北進統一」に固執する大韓民国の要人が署名しないまま、朝鮮戦争休戦協定が署名された。

大韓民国李明博大統領からの手紙

「...約3万7千人のアメリカ人が命を落としました。彼らは知りもしなかった韓国人の自由の為に戦いました。そして彼らの犠牲の御陰で、大韓民国の平和と民主主義が守られました...。この重要な出来事に、全ての韓国人は自由と民主主義に殉じた英雄に賛辞を払います。両国の将来の世代が新時代に適した精神に大韓民国とアメリカ合衆国との同盟を更に発展させてくれると私は堅く信じます[5]。」

—ロサンゼルス・タイムズ、2010年6月25日

軍事同盟[編集]

アメリカ軍の兵士と朝鮮戦争に従軍した退役軍人が戦死した戦友を讃えている。

大韓民国とアメリカ合衆国は1953年7月27日朝鮮戦争休戦後の同1953年10月1日米韓相互防衛条約に署名し、軍事同盟を結ぶ事に同意した[6]。彼らは同盟を「血で作られた関係」と呼んだ[7]米韓同盟在韓米軍地位協定に基づき、約2万9千人の在韓米軍が大韓民国に駐留している。

1961年5・16軍事クーデターによって実権を掌握した朴正煕大統領は、民主党リンドン・ジョンソン大統領の要請によって、アメリカ合衆国が戦っていたベトナム戦争に際し、アメリカ軍を補佐する為に大韓民国国軍大韓民国陸軍大韓民国海兵隊)をベトナムに派兵した。ベトナム戦争に参戦した大韓民国国軍はアメリカ軍に次いで世界第二位の規模の外国分遣隊を維持した。アメリカ合衆国は大韓民国のベトナム派兵に報い、軍事的かつ経済的援助を増加させ、大韓民国の高度経済成長(「漢江の奇跡」)の契機を創り上げた。ベトナム戦争中の1968年3月16日にアメリカ軍がソンミ村虐殺事件を引き起こしたのと同様に、大韓民国国軍も1968年2月12日フォンニィ・フォンニャットの虐殺のような戦争犯罪を引き起こしている。このような大韓民国国軍による戦争犯罪は、ベトナム戦争終結後の越韓関係英語版に禍根を残している。

他方、米韓同盟の存在にも拘らず、米韓関係は悪化することもある。1972年10月27日維新クーデターで権力を強化した後の朴正煕大統領は大韓民国の核兵器開発を構想していたため、大韓民国の核武装を望まなかった民主党ジミー・カーター合衆国大統領との間で外交問題に発展した。また、同じく朴正煕大統領の執政下にあった1970年代にはKCIAの関与の下で、アメリカ合衆国下院議員を大韓民国の実業家朴東宣が買収する「コリアゲート事件」が発覚している。その他、2002年6月13日に発生した議政府米軍装甲車女子中学生轢死事件のような在韓米軍不祥事によって大韓民国の世論が反米的になることもある。

2002年大韓民国大統領選挙に際してリベラルな土壌から選出された盧武鉉大統領も、共和党ジョージ・W・ブッシュ大統領の要求に応じて2003年イラク戦争に際して大韓民国国軍を、2004年イラクザイトゥーン部隊を派遣する事を承認した。2008年2月25日李明博政権が発足した後、2009年には大韓民国とアメリカ合衆国は将来の防衛協力の為に同盟を展望させると誓約した[8]

大韓民国とアメリカ合衆国との同盟に関する共同の展望

「同盟は21世紀での安全保障環境の変化に適応させつつあります。我々は両国の安全保障の利益を支える同盟国の能力に裏付けられて、強健な防衛の姿勢を維持するでしょう...。我々は二国間の経済、貿易、そして投資の関係を深化させ続けるでしょう...。アジア太平洋地域に於いて、我々は繁栄を促進し、この地域の人々の日常生活を改善する為に共に働くでしょう...。アメリカ合衆国と大韓民国は我々共通の同盟の目標を戦略的な協力を通じて全てのレベルで達成させる為に共に働くでしょう[9]。」

—アメリカ合衆国連邦政府(2009年6月16日)

課題[編集]

1953年7月27日朝鮮戦争休戦以来、大韓民国とアメリカ合衆国は強い結び付きを保っている。

世論[編集]

アメリカのシンクタンクピュー・リサーチ・センターによると、韓国国民はアメリカ合衆国やアメリカ人に対して最も大きな好意を寄せている(世界中の国々の中でアメリカは4位以内にランクされている)[10][11]。同様に、韓国のギャラップの調査でも、韓国はアメリカを世界中の国々で最も友好的だと見ている[12]。 政治的側面では、アメリカ合衆国は1945年以降、韓国が独裁政権に支配されていた頃でさえ、韓国を「誠実な防共の砦」として支援した[13]。2011年3月のギャラップの世論調査では、74%の韓国人がアメリカ合衆国の世界での影響に好意的だと信じている[14]。同様に、アメリカ国民は韓国をより前向きに見る事に堅実である。2011年のギャラップの調査では、65%のアメリカ人が韓国に好感を持ち、最も高い数字を出した[15]。従って、両国が共に友情の精神で取り組み続けなければならないより小さな課題が残ってはいるものの、両国関係は堅実に改良されている。

一方、2007年10月の盧武鉉大統領金正日国防委員長第2回南北首脳会談の席において、盧武鉉は「国民を対象に世論調査をした結果、最も憎い国が米国であり、平和を破壊する国の筆頭に米国を選んだ」と金正日に説明している[16]

人種差別[編集]

ニューヨーク・タイムズ』紙は大韓民国社会を「つい最近まで韓国人は彼らの国家が単一民族である事を誇りを持つようにと教えられていた」と書いた[17]。朝鮮戦争の後、アメリカ兵と性的関係を持った女性は軽蔑され、「生まれて来た子供達はハイブリッドという意味の用語twigiとして避けられた[17]。」

環境破壊[編集]

2000年2月9日に、在韓米軍の第8軍が20箱の液体のホルムアルデヒド漢江に流して廃棄するよう命じた。大韓民国の環境保護団体水生生物に有害だと抗議したが、アメリカ軍はホルムアルデヒドは川の水で薄められると主張した。これがいわゆる在韓米軍漢江毒劇物無断放流事件韓国語版である。この事件は2006年韓国映画グエムル-漢江の怪物-』(怪物映画)で風刺された。この映画の中で川から出て来た恐ろしい突然変異する怪物がソウルの住民に恐怖を与えるという内容である[18]

牛肉輸入論争[編集]

大韓民国政府は2003年にワシントンで狂牛病が見付かったのを受けて米国産牛肉の輸入を禁止した。2008年には米国産牛肉の輸入に対する抗議活動が起こり、1980年代の「民主化」運動を思い出させた。それにも拘わらず、大韓民国は2010年には世界第三位の米国産牛肉の輸入国になった。その強力な輸入の成長に伴って、大韓民国は日本を超え、初めてアジアで最大の米国産牛肉の市場になった[19]

経済関係[編集]

注釈[編集]

  1. ^ Jayu Park lifeinkorea.com
  2. ^ President Obama Vows Strengthened U.S.-South Korea Ties 2 Apr 2009. U.S. Embassy Seoul (Government of US)
  3. ^ Devine, Robert A.; Breen, T. H.; Frederickson, George M.; Williams, R. Hal; Gross, Adriela J.; Brands, H.W. (2007). America Past and Present 8th Ed. Volume II: Since 1865. Pearson Longman. pp. 819–821. ISBN 0-321-44661-5. 
  4. ^ Hermes, Jr., Walter (1992) [1966]. Truce Tent and Fighting Front. United States Army Center of Military History. pp. 2, 6–9. CMH Pub 20-3-1. http://www.history.army.mil/books/korea/truce/fm.htm. 
  5. ^ From South Korea, a note of thanks June 25, 2010. Los Angeles Times
  6. ^ The ROK-US Mutual Defense Treaty Embassy of the Republic of Korea in the United States
  7. ^ Speeches of U.S. Ambassador, March 20, 2009
    ...One of the first phrases I learned in Korean , I heard in Korean, when people talked about the US-Korea relationship, was 혈맹관계, “the relationship forged in blood.” I remember how moved I was by that, by the passion which people used in talking about it. Our relationship, as you all well know, goes further back even than that...
    (March 20, 2009, U.S. Ambassador in the Republic of Korea)
  8. ^ Joint Statement of ROK-US Foreign and Defense Ministers’ Meeting 07-21-2010. The Korea Times
  9. ^ Joint vision for the Alliance of the Republic of Korea and the United States of America June 16, 2009. The White House
  10. ^ Opinion of the United States 2009 Pew Research Center
  11. ^ Opinion of Americans 2009 Pew Research Center
  12. ^ "한국에 긍정적 영향을 미친 국가는 미국 " 80.7% (80.7% Korean think US gave most positive influence to Korea)
  13. ^ Stockwell, Eugene (1976年5月1日). “South Korea's leader Communism's best ally?”. The Gadsden Times. http://news.google.com/newspapers?nid=1891&dat=19760501&id=NKgfAAAAIBAJ&sjid=WtYEAAAAIBAJ&pg=1191,19563 2010年4月10日閲覧。 
  14. ^ http://www.worldpublicopinion.org/pipa/pdf/mar11/BBCEvalsUS_Mar11_rpt.pdf
  15. ^ http://www.worldpublicopinion.org/pipa/pdf/mar11/BBCEvalsUS_Mar11_rpt.pdf
  16. ^ “<南北首脳会談対話録公開>海外メディア「盧武鉉元大統領、日米に敵対感を表出」”. 中央日報. (2013年6月25日). http://japanese.joins.com/article/101/173101.html 2013年6月25日閲覧。 
  17. ^ a b Sang-Hun, Choe (2009年11月1日). “South Koreans Struggle With Race”. New York Times. http://www.nytimes.com/2009/11/02/world/asia/02race.html 2010年4月10日閲覧。 
  18. ^ Jon Herskovitz (2006年9月7日). “South Korean movie monster gobbles up box office”. Reuters. 2006年11月2日閲覧。
  19. ^ S. Korea becomes world's third largest U.S. beef importer July 16, 2010. People's Daily

参考文献[編集]

  • Chung, Jae Ho. Between Ally and Partner: Korea-China Relations and the United States (2008) excerpt and text search

関連項目[編集]

外部リンク[編集]