2008年韓国蝋燭デモ

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2008年5月3日、清渓広場にて行われた蝋燭デモ
蝋燭デモを呼びかけるイラスト

2008年韓国蝋燭デモ(2008ねんかんこくろうそくデモ、韓国語2008년 대한민국의 촛불 시위)とは、大韓民国(韓国)で行われた米国産牛肉輸入再開反対に端を発した一連のデモ시위、示威)である。日没後に行われ、参加者は蝋燭に火を点して集まったことから「蝋燭デモ」(촛불 시위)と呼ばれる。 約100日間デモが続き、当初の牛肉輸入問題から、教育問題、朝鮮半島大運河構想、公企業民営化反対など李明博政権に対する批判と退陣要求へと争点が拡大した。

概要[編集]

2008年5月2日に初めて集会が開かれて、以後2か月間にわたる連日、数千人から数万人が参加した。6月10日にピークを迎え、7月以後も散発的に集会が続いた。

初めの頃の参加者は中学生や高校生の占める割合が非常に高かったが、徐々に大学生や会社員など年齢層が多様になった。子供づれの家族や芸能人たちも多く参加するなど、一種の「文化祭」のような雰囲気を醸し出していた。とはいえ、6月に入ってからは韓国の警察と衝突するなど問題も起きるようになった。

経過[編集]

市庁前広場での蝋燭集会(2008年6月6日)
特殊任務遂行者戦友会行事
コンテナのバリケード、いわゆる「明博山城」
ファーストフード店の看板。アメリカ産牛肉ではなく、オーストラリア産を使用していると書かれている。
アメリカ産牛肉の輸入に抗議する韓国の若者

5月・6月[編集]

  • 5月2日 - 「李明博弾劾のための汎国民運動本部」の主催の下、ソウル特別市鍾路区に位置する清渓広場一帯で初めて集会が開かれた。主催者側は警察に対して参加者は300人くらいと届け出たが、実際にはこれを大きく上回り1万人が集まった。
  • 5月3日 - ソウルや各地方都市でも集会が開かれた。このころの集会は、既存の政治組織があまり介入しておらず、市民の生の意見が反映されている集会との評価を受けている。
  • 5月4日 - 警察当局は、日没後のデモを禁止する法律[1]の適用を示唆し、大きな反発を買った。日没後は「文化祭」形式の蝋燭集会のみを認め、そこでシュプレヒコールを叫んだり、ピケを張ったりした場合は、違法行為として処罰するという警告を発した。
  • 5月6日 - 前回の会場である清渓広場に3千名、永登浦区汝矣島にある国会前に8千人が集まり蝋燭集会が開かれた。
  • 5月7日 - 清渓広場で集会が開かれた。
  • 5月9日 - 前回同様の集会が開かれた。
  • 5月17日 - 清渓広場で参加者1万人以上の集会が開かれた。キム・ジャンフン、ユン・ドヒョン、李承桓などの歌手やキム・ブソンなどの芸能人も参加した。
  • 5月24日 - 清渓広場での集会の後、デモ隊は遂に世宗路を占拠した。そして青瓦台に向かってデモ行進を強行し、光化門前で警察と衝突した。
  • 5月25日 - 前日同様、清渓広場での集会の後、デモ行進を行い警察と衝突した。その後27日まで連日、集会とデモが行われた。この頃から批判の矛先が李明博政権自体に向けられるようになった。
  • 5月29日 - ベビーカー部隊(ベビーカーに赤ちゃんを乗せたデモ隊)初登場。以後8月9日までの間に14回出動[2]
  • 5月31日 - ソウル特別市庁前広場で集会が開かれ、5万人以上が集まった。その後デモ行進に移った。ソウル地方警察庁戦闘警察機動隊に相当)を動員して翌日未明に強制解散させた。
  • 6月5日 - ソウル特別市庁前広場で6月8日までの72時間連続集会が開催された。一部の参加者はテントを張って徹夜デモを行った。6月6日は韓国の休日「顕忠日」であり、多くの人が集まった。主催者発表で20万人、警察発表5万6千人が集まった。また「大韓民国特殊任務遂行者戦友会」が同じ市庁前広場で「特殊任務戦死者合同慰霊祭」を開催したため、集会参加者との間でトラブルが起きた。
  • 6月7日 - 深夜、一部のデモ隊は遂に暴徒化し、鉄パイプなどでバスを破壊したり、爆竹可燃性スプレーに火をつけて警官隊に投げつけたりした。この過程でデモ隊・警察双方で負傷者がでた。
  • 6月10日 - この日は韓国が民主化するきっかけとなった「6・10民主抗争」の日であった。そのため、21周年を祝う意味も兼ねて多くの人々が参集した。主催者側発表で50万人、警察発表でも10万人が集まった。警察では不測の事態に備えてコンテナバリケードを築いた。参加者は「慶祝! 08年ソウルのランドマーク・明博山城」)と揶揄した。
  • 6月30日 - この日より天主教正義具現全国司祭団は時局ミサを執り行った。そして最終日の7月6日に勝利宣言を行い、事実上終了した。

7月以後[編集]

7月以後のデモは、大規模な集会は行われなくなった。一部のデモ隊は「李明博政権の言論統制」に反対するために各放送局前で蝋燭デモを行った。

曹渓寺刺身包丁事件[編集]

2008年9月9日午前2時頃、鍾路区の曹渓寺前の公園にいた反李明博派グループ3人は、「韓国産牛肉は米国産牛肉よりもっと危ない」と叫ぶ男(近くに住む食堂経営者)に刺身包丁で切り付けられ、重軽傷を負わされた。犯人は逃亡したが、まもなく警察に逮捕された。

注釈[編集]

  1. ^ 当時(2010年6月30日まで)、「集会及び示威(デモ)に関する法律(集示法)」の規定により、日没後の集会は原則禁止とされていた。
  2. ^ 米国産牛肉:ベビーカー部隊めぐり与野党攻防 朝鮮日報 2008/10/10

関連項目[編集]