学歴

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学歴(がくれき)とは、ひとりひとりの、学業上の経歴のことである[1]

概説[編集]

学歴とは、学業上の経歴のことである。社会的な地位の規定要因として学歴が重要性を持つようになったのは、あくまで18~19世紀以降である。学業の形態は様々であるが、中学校高等学校や、専門学校高等専門学校短期大学大学学部大学院などの高等教育機関における学業上の経歴を指すことが多い。

短期大学・大学の学部・大学院の各課程の修了者には、学位が授与される。短期大学の卒業者には短期大学士の学位、大学学部の学士課程修了者には学士が授与される。大学の大学院における修士課程修了者には修士号あるいは専門職学位が授与される。博士課程を修了し、論文が認定された者には博士号が授与される。短期大学および大学学部の学位を初級学位(First Degree)、大学院のそれを上級学位(Advanced Degree)と呼ぶ。漠然と学位に着目されることもあるが、高等教育を受けた人の場合は特にどのような内容を学んだか、何を専攻したか、ということが重視されることもある。

歴史[編集]

近代以前の社会においては、人々の社会的地位や職業はその身分家柄財産によって定められ、世襲や血縁地縁などを加味して人材の選抜・配置が行われていた。

ところが、18世紀から19世紀ごろにかけて、近代的な官僚制度が生じ、官僚たちが試験によって任用されるようになり、また同じころ、法曹・医学・教育などのような専門的知識・技術が必要とされる職業(法律家医師教師)についても試験制度が取り入れられ、学歴もそれらの職業につくための基礎資格として徐々に重要性を増していった[2]

産業革命と市民社会が進展したイギリスにおいて、1853年東インド会社によってインド高等文官の任用が会社理事による推薦から公開競争試験に移行し、1870年にはイギリス本国高等文官にも同様の試験が導入され、試験による人材の選抜・登用が官僚のみならず各種専門職などでも行われるようになった。このような人事制度は、「人々の能力・業績を公平かつ客観的に図る方法」などと謳われつつ導入され、“ 身分制社会から社会を解放して社会問題を解決する手段 ”と謳われつつ各国に普及した。

日本での歴史[編集]

日本でも明治以後こうした試験による選抜が行われてきた。それでも明治初期は、農民層は学問を必要なものと感じておらず、商人層は読み書き算盤さえ出来ればよいとする考え方が支配的であった[3]。農民や商人が学問に目覚めた場合、書物を読み、独学の傍ら同好の士と文通し、師を求めるといった学校によらない学習手段が一般的だった。人類学者の鳥居龍蔵植物学者の牧野富太郎もそういう方法によって研究者を志した。

明治30年代に入ると官僚的な組織を持った企業が増加した。それでも大半の企業は年少者を教育して手代番頭へと昇進させる伝統的な人事制度をとっていて、財閥企業である安田銀行ですら14歳前後の年少者を採用して教育する学歴無用の採用を自慢していた[3][4]

学歴のインフレ化[編集]

産業化が進んだ国(先進国)においては、社会の「学歴社会」化が起きた(後述)が、そうした仕組みの中で、大量の人々に学歴が与えられるようになり、学歴のインフレ化が進んだ。つまり高学歴を持っている人の数が非常に増え、(そういった人が希少な状況に比べて)ひとりひとりの高学歴者の価値は下がった。(例えばフランスなどもそうである[5]。)以前は高学歴者は希少だったので特別扱いされたが、数が増えてしまい、いわばありきたりの存在となったため、特別扱いされることは減り、あるいは無くなり、その結果、高学歴というだけで特権が得られたり将来が保証されるというようなことも減ってきたのである。[要出典]

最近では(「学歴難民」という言葉に表徴されるように)高学歴を獲得しても社会的待遇が以前ほどは保障されなくなっている。特に採用時に、(学歴ではなく)実用的能力を持つ者を即戦力として評価する企業が増えつつある。(一例を挙げると、IT系の企業であれば、プログラミングの技術などである)。[独自研究?]#日本の節も参照のこと。

最終学歴[編集]

ある人の中で最も高い教育の経歴を「最終学歴」(さいしゅうがくれき)という。通常は、最終学歴に「中退」は含まれず、直前に卒業した学校が最終学歴になる[6]。日本では独特の短縮した呼称があり、中学校卒業の場合を「中卒」(ちゅうそつ)、高等学校卒業の場合を「高卒」(こうそつ)、専修学校専門課程卒業の場合を「専門卒」(せんもんそつ)、高等専門学校卒業の場合を「高専卒」(こうせんそつ)、短期大学卒業の場合を「短大卒」(たんだいそつ)、大学学部の学士課程修了の場合を「大卒」(だいそつ)または「学卒」(がくそつ)、大学の大学院修士課程修了の場合を「院卒」(いんそつ)もしくは「院了」(いんりょう)、「中途退学」を「中退」と略して呼ぶ。大学院において、博士課程を修了した場合、単位取得修了(博士号を取得しない場合)と博士号を取得しての修了の場合がある。博士の学位を得ている場合には「~修了」などという言い方はせず、簡潔に「博士」と言うことが多い。[要出典]「博士」と言えば、博士号を得ているということであり、同時にそれに至る課程も全て修了していることを意味するので、その一言で十分なのである。[注 1][独自研究?]

教師、医師、法曹などの専門職での就職・再就職・転職などをする時、経歴書に本人が書いたことが事実だとの証明(学校が発行した、卒業証書あるいは在学していたと証明する書類などの原本や複写など)を学校や医療機関などが要求することがある。[注 2][要出典]

学歴社会とその病理[編集]

世界における学歴社会の病理について解説する。 学歴社会という事象は、歴史の節で説明したように、学歴が特定の職業的地位を獲得するための手段となったときに始まったと見ることができる[2]。学歴社会という現象が起きた要因としては、ひとつには学校制度の進展が挙げられ、もうひとつは(官僚だけでなく)企業が(巨大化し、大企業が出現)企業組織までもが官僚化し、企業内の官僚的な層、いわゆる「ホワイトカラー」層が出現したことが挙げられる[2]。学校教育制度について言えば、(以前は必ずしもそうではなかったのだが)上級学校への進学者に対して一定の学歴を求める傾向が強くなったこと、およびそれと連動して、ますます多くの人々に学歴が賦与されるようになったことである[2]。企業組織の官僚制化ということに関して言えば、18~19世紀までは、そもそも大企業などというものは存在していなかったのだが、20世紀には大企業が多数出現し、全人口の中に占める企業勤務する人の割合が大きくなった。そして大企業では官僚的な従業員の供給源を学校卒業者に依存する傾向を強めた[2]。かくして、18-19世紀に官僚になったり専門的職業に就く時だけ必要とされた学歴が、次第に様々な組織での採用・任用の基礎的な資格として用いられるような状況になったのである[2]

学歴が、特定の専門職に必要な知識の一指標(数ある指標のうちのひとつの指標、ひとつの目安)として用いられている限りは、ある一定の合理性を有してはいる[2]。だが、先進産業社会が成熟段階に至った1960年代以降に 《学歴社会》あるいは《クレデンシャル・ソサエティ》という用語が用いられるようになってきたのは、そういう学歴社会というのが様々な病理現象を引き起こしている事実も指摘する必要もあったからである[2]。例えば、今日では技術の進歩の速度が速いので、学歴は、過ぎ去った過去に習得された古い技術の指標にすぎず、その時々ではその妥当性が怪しいにもかかわらず、一生にわたって人々の能力評価の尺度とされる不合理性があること[2]。こうした病理現象は学歴病と呼ばれている[2]

学歴信仰[編集]

「学歴」というものの効果・逆効果を、冷静に判断せず、学歴を頭から信仰してしまうこと、その実態以上に過大評価することを指して[7]学歴信仰と言う。

日本[編集]

筑波大の後藤によると、日本は海外に比べ学歴による格差が小さく、学歴の重要度は海外に比べ小さい。[8] [出典無効]

後藤によると「日本は学歴社会だ」というのは神話にすぎない[8]。むしろそのような神話があったことによって、社会階層の再生産化(つまり社会階層が固定化してしまうこと)が起きてしまっている、という[8]。“誰でも努力すれば、良い教育を受けられるし、いい学歴を得れば誰でも良い職業を得られる” などという考えは神話にすぎない、事実ではないという[8]。実際には、高学歴の親を持つ子が高学歴となり、学歴が低い親を持つと子は学歴が低くなってしまう傾向があるという不平等が実際にあるにもかかわらず、神話によってそうした現実が隠蔽されてしまっていたのである[8]。また「学歴によって生まれ変われる(階級を超えられる)」などとする神話は、あくまでブルーカラーからホワイトカラーへの移動について妥当なだけで、学歴ではその先のホワイトカラー同士の階層、ミドル階層と資本家経営者)階層の間の社会階層差は乗り越えることができない、と後藤は指摘している[8]その点で日本は、学歴社会と言うより、今でもそれ以前の封建社会であるわけである。[独自研究?]

日本では就職・転職時に用いられる履歴書に学歴欄があり、学歴が記入される。また経験者採用の場合、応募者は一般に履歴書と職務経歴書を用意し応募するが、学歴は履歴書のほうに記入し、職務経歴書のほうには原則的に学歴は書かない。厚生労働省設置法23条に基づき設置される公共職業安定所の求職申込書等においても学歴欄がある。

学校の卒業に準じて扱われるもの[編集]

就学義務猶予免除者等の中学校卒業程度認定試験
中学校またはその同等学校を卒業したことが無い人が、高等学校またはその同等学校に入学する資格を得るための試験。公的には「中学校を卒業した者と同等以上の学力を有する者」とされる。ただし、受験できるのは義務教育就学免除者に限られていたが、2003年より、不登校などによる卒業者も受験できるようになった。
高等学校卒業程度認定試験(旧・大学入学資格検定
高等学校またはその同等学校を卒業したことが無い人が、大学に入学する資格を得るための試験。公的には「高等学校を卒業した者と同等以上の学力を有する者」とされる。
以前は中学校を卒業していなければ受験できなかったが、今は中学校を卒業していなくても受験できるようになった。なお、中学を卒業していない者がこの試験に合格した場合、上記の中学校卒業程度認定試験にも合格したものとみなされる。
なお、上記の認定試験は高卒の学歴自体が得られるわけではないが、認定試験合格後大学に入学、卒業することができる。
独立行政法人大学評価・学位授与機構
一定の条件を満たした短期大学高等専門学校専修学校専門課程(2年制以上)の卒業者や大学に2年以上在学して62単位以上取得した者、並びに省庁大学校のうち独立行政法人大学評価・学位授与機構の認定を受けた課程の卒業者が独立行政法人大学評価・学位授与機構より学士の学位を授与された場合、大学の卒業と同等に扱われ、大学院博士前期(修士)課程、一貫制博士課程、専門職学位課程に入学する資格がある。
難関国家資格の一次試験
旧司法試験の一次試験や、平成17年度までの公認会計士試験不動産鑑定士試験の一次試験は、大学を卒業または大学において62単位以上修得済みの者であれば免除されるが、そうでない場合は受けなければならない。
教員資格認定試験
大学や文部科学大臣が指定する教員養成機関を卒業していなくても、この試験に合格すれば、一部の種類の教員免許状の授与を受けることができる[9]
個別の入学資格審査
高等学校や大学卒業者と同等以上の学力があるかどうかを各大学が判断する審査である。あくまで入学資格の有無にかかわる審査であり、入学者選抜とは別個のものなので、この審査に合格した後にさらに入学試験を受ける必要がある。この審査は各大学で実施され、その大学(短期大学、大学院含む)を受験する場合のみ効力を持つ。この審査を実施するか否かも各大学が決めることができる。古くは吉永小百合が最終学歴高等学校中退からこの審査を経て早稲田大学第二文学部へ進学したことで知られる。桑田真澄秋吉久美子プリティ長嶋工藤公康が、最終学歴高等学校卒業からこの審査を経て大学院へ進学して話題になった。また、菊池桃子は、最終学歴短期大学卒業からこの審査を経て大学院へ進学した。

脚注[編集]

  1. ^ 広辞苑 第五版【学歴】
  2. ^ a b c d e f g h i j 平凡社『世界大百科事典』第五巻 p.189【学歴社会】
  3. ^ a b 天野郁夫 『学歴の社会史…教育と日本の近代』 平凡社平凡社ライブラリー〉(原著2005年1月6日)、初版、pp. 63-76,80-81,84-88,145-174,186-190,343-357。ISBN 45827652622009年1月22日閲覧。
  4. ^ かつて存在した総合商社である安宅産業も年少者に卒後の就職を前提にした給費生制度を実施していた。
  5. ^ マリー・ドュリュ=ベラ 『フランスの学歴インフレと格差社会: 能力主義という幻想』2007
  6. ^ 実用日本語表現辞典 「最終学歴」
  7. ^ 2000年代の現在、大企業など財界のトップに立つ人間は殆ど東大や京大や慶応や早稲田といった有名大学や難関大学の出身者である。という事は事実であるが、前述の様な歴史の古い大学と戦後に創設されて数十年しか歴史のない大学や単科大学では、卒業者の類計人数の桁が違ってくる。という事も見落とされがちである。
  8. ^ a b c d e f 筑波大学の図書館情報メディア研究科で社会情報学やコミュニケーション思想史を教えている[1] 後藤嘉宏による評価・分析。[2]http://www.slis.tsukuba.ac.jp/~ygoto/jouhoutoshokugyou20070302-1.pdf
  9. ^ ただし、高等学校もしくは中等教育学校を卒業した者であること、または高等学校卒業程度認定試験などによって「高等学校を卒業した者と同等以上の学力を有する者」と認められること。
  1. ^ なお博士号は必ずしも大学院での課程修了時に取得するものではなく、在学期間を一旦終えた後、大学を離れて自身で何年もかけて博士論文を作成してそれを大学に提出し、審査を通過すれば晴れて博士号取得、という方法もしばしばとられている。
  2. ^ 雇う側の学校・機関などによっては、複写では不可で、原本提示を求めることがある。しかもヨーロッパの伝統的な大学では卒業証書は卒業時に唯一度だけ発行し、再発行を決して行わない、という大学も多々あるので、その場合 原本を失うと(実際は卒業したのにもかかわらず)書類上の証明能力を失ってしまう、という重大な結果を招いてしまうことになるため、ヨーロッパでは、念のため卒業証書類は耐火金庫などに保管する人もいる。[要出典]
出典

参考文献[編集]

関連項目[編集]

関連書[編集]

  • マリー・ドュリュ=ベラ 『フランスの学歴インフレと格差社会: 能力主義という幻想』2007
  • 高田里惠子『学歴・階級・軍隊: 高学歴兵士たちの憂鬱な日常』