兵庫県立長田高等学校
| 兵庫県立長田高等学校 | |
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| 過去の名称 | 兵庫県立第三神戸中学校 |
| 国公私立の別 | 公立学校 |
| 設置者 | 兵庫県 |
| 学区 | 神戸第三学区 |
| 理念 | 智徳体の調和的発達 |
| 設立年月日 | 1921年 |
| 創立記念日 | 4月16日 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 課程 | 全日制課程 |
| 単位制・学年制 | 学年制 |
| 設置学科 | 普通科 |
| 学期 | 3学期制 |
| 高校コード | 28105A |
| 所在地 | 〒653-0821 |
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兵庫県神戸市長田区池田谷町二丁目5番地
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| 外部リンク | 公式サイト |
兵庫県立長田高等学校(ひょうごけんりつ ながたこうとうがっこう)は、兵庫県神戸市長田区池田谷町二丁目に所在する県立高等学校。
目次 |
[編集] 概要
1921年に第三神戸中学校として開校。エリート養成を目指した一中や二中とは異なり、当時は中堅国民の育成を目標とする公立中学校であった。
現在は学区制や人口分布の変化の影響もあり、県内屈指の公立進学校となっている。近年では神戸大学進学者数が全国1位となることが多く、2007年は大阪大学進学者数も全国1位であった。また、京都大学進学者数でも兵庫県の公立校としては常にトップを争う位置にいる。
神戸市内では最大の人口を抱える神戸第3学区のトップ校である。長田区・西区の一部(自由学区)の中学校からは兵庫・長田の両校が受験可能であるが、大学進学実績、部活動の実績、募集定員、周辺環境、交通の便などから本校を選ぶ者が多い。
部活動も盛んで、陸上競技部はリレーで全国制覇の経験もある。山岳部は屈指の強豪校であり、インターハイ出場も多く、全国でも上位。また、音楽部(全日本合唱コンクール(1993年Bグループ銀賞、Bグループで混声合唱に限れば全国1位),NHK全国学校音楽コンクール(2005年優良賞、2008年優良賞))・物理部(Supercomputing Programming Contest,日本学生科学賞、パソコン甲子園など)・ダンス部(全日本高校・大学ダンスフェスティバル)も全国大会出場の実績がある。
1970年に服装自由化を実施、私服登校が認められている。ただし男子は学生服、女子はセーラー服が標準服として定められており、始業式や終業式等の式典には着用が義務付けられている。
教育理念である智徳体の調和的発達の一環として「周回走」と呼ばれる長距離走が体育の授業に組み込まれ、生徒達は体育の時間の最初に必ず一周412mのグラウンドを男子6周(約2472m)、女子5周(約2060m)走る。学期末などには2周になることもある。以前は雨の日の体育は体育館を使わず、「ロング」と称し雨の中を走った(男子が15周、女子が10周程度)。これは雷が鳴らない限り行われ、ロング用にレインパーカーを制式採用されていた(ただし購入は生徒に委ねられていた)。
2008年度卒業生(61回生)は文部科学省制定のスポーツテストで、男子・女子ともに長距離走(男子1500m、女子1000m)の学年平均タイムにて全国1位の成績を残している。
他にも体育のカリキュラムが他校より非常に厳しい。また3年2学期には累積で42.195kmの走破を目指す。プールが校内に無かった時代は兵庫高校まで走って行き、水泳の授業を実施していた。
下駄での登校禁止は明文規定されている。
[編集] 校舎
長田商業高校(定時制)が夜間、青雲高校(通信制)が休日に使用している。所在地は「池田谷町二丁目」であるが、「池田谷町一丁目」は存在しない。これはかつての池田谷町一丁目の区域が住居表示の採用により上池田に変更されたためである。
[編集] 文化祭
校内祭、一般祭の2日間行われる。他校が通常秋に文化祭や学園祭を実地するのに対して、長田高校では例年ゴールデンウィーク明けの土・日曜日に開催される。これは秋には3年生が受験態勢に入り、文化祭に充分に関わることができなくなるためである。
予算・計画・準備・実施は、全て文化祭実行委員長の下、文化祭実行委員及び文化祭スタッフ会の生徒が行い、前日などには公欠扱いで当日の準備にあたる。生徒の自主性を重んじる当校では、文化祭の他にも体育祭や球技大会、音楽コンクールなど、ほぼ全てが生徒の手によって計画、運営される。
文化祭当日は中庭の舞台と講堂の舞台の二つにわかれてスケジュールが進行し、校舎内や中庭では飲食店などの模擬店が出店され、例年たいへんな盛り上がりを見せる。一日目は校内祭(長田生のみの参加)、二日目は一般祭(参加自由)が行われる。
[編集] 沿革
[編集] 旧制第三神戸中学校(神戸三中)
- 1919年8月 - 兵庫県第三神戸中学校新設が県会で議決。
- 1920年4月17日 - 文部省告示第274号により兵庫県立第三神戸中学校設立認可。
- 1921年4月16日 - 第1回入学式。
- 1923年5月 - 図書館落成(現 神撫会館)。現在残っている三中唯一の建物である。2010年、国の登録有形文化財。
- 1926年3月 - 第1回卒業式。同窓会 「神撫会」 結成。
- 1932年12月26日 - 校舎の大部分を焼失、講堂・体育館・図書館を仮教室として使用。
- 1934年5月 - 鉄筋コンクリート造の新校舎落成。
- 1934年6月 - 旧制第二神戸商業学校(現 長田商業高等学校)と同居開始。
- 1936年2月 - 三中校歌「日出づる国」制定。
[編集] 長田高等学校
- 1948年4月1日 - 学制改革により兵庫県立長田高等学校と改称。希望の多かった神撫にちなんだ名称は漢字制限のため実現しなかった。
- 1949年4月16日 - 高校第1回入学式。男女共学となった。商業科を併設。
- 1950年10月7日 - 新校歌制定(富田砕花作詞、信時潔作曲)
- 1953年 - 応援歌・逍遥歌制定。
- 1955年 - 商業科廃止。
- 1957年4月 - 通信教育部併設。
- 1961年5月 - 神撫台グラウンド竣工。
- 1963年9月 - 南校舎完成。~1995年1月、解体中に震災に遭い崩壊。
- 1965年4月 - 通信制課程、兵庫県立青雲高等学校として独立。
- 1970年9月 - 服装自由化が全校投票で可決。
- 1994年8月 - 現校舎第1期完成。11月、旧校舎の解体開始。
- 1995年1月 - 震災により南校舎が全壊したため、旧校舎の解体作業を中断し再使用開始。
- 1996年1月 - 現校舎第2期完成。
- 1996年11月 - 旧校舎の解体撤去完了。
- 2000年10月14日 - 創立80周年記念式典が神戸国際会館にて挙行される。同校OBの中内功などが列席した。
- 2010年 - 神撫会館(旧図書館)国の登録有形文化財に登録される。
[編集] 教育理念
- 智徳体を調和統一して発達せしめ、健全なる人格的基礎を築かしめること。
- 一芸一才を見出し、これを啓培して職業的方向を自覚するに至らしめること。
- 人間の生活すべき真の道 即ち生活の指導原理を把握するに至らしめること。
旧制神戸三中の初代校長、近藤英也の示した 「神撫教育」 が引き継がれている。新入生は今も、近藤校長が入学者の心構えを記した 「開門章」 を受け取る。近藤校長が目指したものは、個性主義・自由主義的な教育であった。
卒業生が受け取るのは、「Ad astra」(星に到らん、の意) と銘された記念メダルである。これは、校歌中の「星に至らん望み持て」のフレーズに由来する。
[編集] 同窓会
神撫会と称する。神撫(しんぶ)とは近くの高取山の古名「神撫山(かんなでやま)」にちなみ、学校の雅称として用いられている。
[編集] 著名な卒業生
- 石野信一(三中卒。大蔵事務次官)
- 宮崎辰雄(三中卒。元神戸市長)
- 淀川長治(三中卒。映画評論家)
- 中内功(三中卒。ダイエー創業者)
- 花森安治(三中卒。「暮らしの手帖」創刊者)
- 富士正晴(三中卒。小説家・詩人)
- 大森実(三中卒。ジャーナリスト。元・毎日新聞外信部長…日本人として初めてベトナム戦争を取材)
- 矢野徹(三中卒。SF作家、翻訳家)
- 友國八郎(三中卒。商船三井名誉顧問)
- 河合伸一(最高裁判所判事、大阪弁護士会副会長)
- 大口昭彦(弁護士。早稲田大学全共闘議長)
- 丘あつし(漫画家)
- 子守康範(フリーアナウンサー、元毎日放送アナウンサー)
- 伊藤利尋(フジテレビアナウンサー)
- 中西元男(日本にCIの概念・手法を導入)
- 笠井正俊(京都大学大学院法学研究科教授)
- 大塚明(弁護士、神戸大学法科大学院法曹実務教授)
- 夏目隆(神戸大学名誉教授)
- 林治一(三中四修。神戸大学名誉教授)
- 山本亮(陸上競技選手)
- 佐竹祐介(ピアニスト)
- 黒田有彩(タレント)
- 西内啓(公衆衛生学者・元東京大学助教)
- 溝上恵(地震学者、東京大学名誉教授)
- 龍田節(京都大学名誉教授)
- 樫野孝人(元アイ・エム・ジェイ代表取締役社長、IMJエンタテインメント会長、Kiss-FM KOBE取締役、OKWave取締役)