ヴァンデルレイ・ルシェンブルゴ

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ヴァンデルレイ・ルシェンブルゴ Football pictogram.svg
Lula and Wanderley Luxemburgo.jpg
ルーラブラジル大統領(右)と握手するルシェンブルゴ
名前
ラテン文字 Vanderlei Luxemburgo
基本情報
国籍 ブラジルの旗 ブラジル
生年月日 1952年5月10日(62歳)
出身地 ノヴァ・イグアス
選手情報
ポジション DF
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ヴァンデルレイ・ルシェンブルゴVanderlei Luxemburgo da Silva1952年5月10日 - )は、ブラジル出身の元サッカー選手、サッカー指導者。

来歴[編集]

1983年から指導者として様々なブラジルのクラブチームを渡り歩き、ブラジル選手権では監督として指揮を執り、5度タイトルを獲得している。

1998年にはブラジル代表を率いて翌年のコパ・アメリカで優勝を果たしたが、2002 FIFAワールドカップ・南米予選での不振が続き、自身の年齢詐称と脱税問題が発覚され、2000年のシドニーオリンピックを最後に解任された。2005年1月サントスFCの監督を辞任してスペインの強豪レアル・マドリードの監督に就任したが、2005-2006シーズン途中にチーム不振の責任を負う形で解任。再びサントスFCの監督に復帰した。

輝かしい実績の裏には在籍するチームや選手よりも目立ちたいあまりしばしばブラジルメディアから叩かれる。2002年、パルメイラスではブラジル選手権の前に大量の選手を放出させ10節で自らチームを離脱、その後、チームはセリエBと降格したことは、今でも批判される。2005年にはサントスとの契約終了をまたずレアル・マドリードへと行った事も問題とされた。さらに、ルシェンブルゴは彼を獲得するチームに必ず彼のスタッフ全員をつれて行くが、これを多くのチームは批判している。

2008年に古巣パルメイラスへと戻りサンパウロ州選手権(カンペオナート・パウリスタ)を優勝。

指導歴[編集]


関連項目[編集]