カイオ・ジュニオール

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カイオ・ジュニオール Football pictogram.svg
名前
本名 ルイス・カルロス・サローリ
ラテン文字 Caio Júnior
基本情報
国籍 ブラジルの旗 ブラジル
生年月日 1965年3月8日(49歳)
出身地 ブラジルパラナ州カスカヴェウ
選手情報
ポジション FW
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ルイス・カルロス・サローリ(Luiz Carlos Saroli, 1965年3月8日 - )、通称カイオ・ジュニオール(Caio Júnior)は、ブラジルパラナ州出身の元サッカー選手、現サッカー指導者。

来歴[編集]

1985年グレミオでプロ選手としてデビューし、この年のリオグランデ・ド・スル州選手権で12ゴールを挙げ州リーグ得点王に輝[1]。ポルトガルやブラジル南部の地方クラブを渡り歩き、1999年まで約15年選手としてプレー。

引退後の2000年からは指導者の道に入る。戦術を重視した理論的な指導法を志向し、現役時代同様に南部の小クラブを率いながら評価を高めていった。2006年に就任したパラナ・クルーベにおいて、ブラジル全国選手権5位という成績を挙げて一気に名を上げ、以降パルメイラスフラメンゴといったビッグクラブの監督を歴任。パルメイラスを率いた2007年にはブラジル全国選手権最優秀監督賞銅賞(3位)となった[2]

2009年より、3年契約でJ1ヴィッセル神戸の監督に就任。初の国外での監督挑戦となった。対戦相手に応じて様々な布陣を使い分け、登録選手33人のうち29人をリーグ・ナビスコカップのいずれかで先発・ベンチに抜擢。コンディションが悪いと見れば金南一我那覇和樹といった主力も躊躇なくメンバー外とするなど、柔軟な采配を行った。一方で、あまりにも頻繁にやり方を変えるために中々チームがまとまらず、また多くの選手を起用しながら、ブラジル人選手は例外で、負傷明けのコンディション不良時や結果を残せないときでも頑なに起用し続けたこともあり、チームを上位に導くには至らなかった。

苦戦しつつも、クラブは契約どおり長期的なチーム強化を託すつもりであったが、シーズン中盤の6月に突如辞任した。当初のプレスリリースでは「一身上の都合」と説明されていたものの[3]、直後にカタールアル・ガラファ監督に就任[4]。高額オファーによる引き抜きであったことが判明した。後のインタビューではオイルマネーで神戸を去ったわけではなく自らの人生をかけた決断だったと答えた。さらに後任監督の三浦俊也の守備的なサッカーを暗に批判した。

所属クラブ[編集]

指導歴[編集]

監督成績[編集]

年度 所属 クラブ リーグ戦 カップ戦
順位 試合 勝点 ナビスコ杯 天皇杯
2009 J1 神戸 14位* 15 17 5 2 8 予選リーグ敗退 -
J1通算 - 15 - 5 2 8
  • 2009年は途中辞任。順位・成績は辞任時のもの。

タイトル[編集]

クラブ[編集]

1985, 1986, 1987, 1994
1988
1993
1997

個人[編集]

1985
2007

脚注[編集]

  1. ^ Rio Grande do Sul -- List of State Topscorers”. RSSSF (2009年4月19日). 2009年10月15日閲覧。
  2. ^ São Paulo domina premiação da CBF”. Globoesporete.com (2007年12月6日). 2009年10月15日閲覧。
  3. ^ カイオ・ジュニオール監督辞任のお知らせ(2009年6月30日閲覧)
  4. ^ Caio Júnior installed as Al Gharafa’s coach(2009年7月2日閲覧)

参考文献[編集]

  • Currículo (PDF)” (ポルトガル語). Caio Junior website oficial. 2008年12月13日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]