ムリシ・ラマーリョ

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ムリシィ・ラマーリョ Football pictogram.svg
Muricy Ramalho Brasileiro 2006.jpg
名前
ラテン文字 Muricy Ramalho
基本情報
国籍 ブラジルの旗 ブラジル
生年月日 1955年11月30日(58歳)
出身地 サンパウロ州サンパウロ
選手情報
ポジション MF
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ムリシィ・ラマーリョ(Muricy Ramalho, 1955年11月30日 - )は、ブラジルサンパウロ州サンパウロ出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションミッドフィールダー

来歴[編集]

選手として[編集]

1970年代にサンパウロFCに在籍し、177試合出場して26得点した。当時サンパウロ州ではペレの後継者の一人として名が挙がっていた。1975年にはサンパウロ州選手権、1977年にはブラジル選手権で優勝した。1985年、膝の怪我により30歳の若さで引退した。

指導者として[編集]

メキシコのプエブラFCで監督としてデビュー。1993年にはテレ・サンターナーのアシスタントコーチになった。1994年にはサンパウロのBチームとともにコパCONMEBOLを制覇。このチームには後からブラジル代表となるロジェリオ・セニジュニーニョ・パウリスタデニウソンらがいた。同年にはAチームの指導を経験。1997年にはサンパウロのオフィシャル監督となったが数ヶ月で解雇された。

その後数クラブを渡り、2001年2002年クルーベ・ナウチコで州選手権連覇を果たした。クラブの12年ぶりのタイトル獲得監督となり、再びメディアの前に現れた。翌年SCインテルナシオナルに指導の場を移し、同チームを州選手権王者へと導いた。2004年にはサンパウロ州のADサンカエターノへと渡り、クラブの初タイトルを獲得(州選手権)。翌年再びSCインテルナシオナルへ戻り、州選手権を獲得した。これにより、5年連続で州選手権王者となった。その活躍によりサンパウロFCがムリシを招集し、9年ぶりに古巣復帰となった。サンパウロFCでは2006年2007年2008年とブラジル選手権三連覇を成し遂げた。

2009年8月、成績不振のため、サンパウロFC監督を解任、同月SEパルメイラスの監督に就任。

2010年7月、ブラジルサッカー連盟からドゥンガ監督の後任としてブラジル代表監督に指名された[1]が、フルミネンセがラマーリョの代表監督への転出を拒否した為、ラマーリョのブラジル代表監督就任は白紙撤回という形となった[2]

指導歴[編集]


脚注[編集]

  1. ^ ブラジル代表新監督にラマーリョ氏を指名 サンケイスポーツ 2010年7月24日閲覧
  2. ^ ブラジル監督急転、メネゼス氏と合意 日刊スポーツ 2010年7月25日閲覧