カルロス・イスチア

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カルロス・イスチア Football pictogram.svg
名前
本名 カルロス・ルイス・イスチア
ラテン文字 Carlos Luis Ischia
基本情報
国籍 アルゼンチンの旗 アルゼンチン
生年月日 1956年10月28日(58歳)
出身地 ブエノスアイレス
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1975-1979
1979-1984
1984-1985
1986
1987-1989
アルゼンチンの旗 チャカリタ・Jrs
アルゼンチンの旗 V・サルスフィエルド
コロンビアの旗 ジュニオール
コロンビアの旗 アメリカ・デ・カリ
コロンビアの旗 ジュニオール
138 (17)
220 (29)
95 (6)
31 (3)
62 (3)
代表歴
????-???? アルゼンチンの旗 アルゼンチン ? (?)
監督歴
2002
2004-2005
2005
2007
2008-2009
2009-2010
2011-2012
アルゼンチンの旗 V・サルスフィエルド
アルゼンチンの旗 ヒムナシア・ラ・プラタ
コロンビアの旗 ジュニオール
アルゼンチンの旗 ロサリオ・セントラル
アルゼンチンの旗 ボカ・ジュニアーズ
アルゼンチンの旗 CFアトラス
エクアドルの旗 LDUキト
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

カルロス・イスチアCarlos Luis Ischia1956年10月28日 - )は、アルゼンチンブエノスアイレス出身の元サッカー選手、現サッカー指導者。選手時代のポジションはDF

経歴[編集]

選手[編集]

現役時代はCAベレス・サルスフィエルドなどでプレーし、アルゼンチン代表にも選出された。1984年からはコロンビアのジュニオール・バランキージャアメリカ・デ・カリでプレーし、1989年、怪我により現役引退した。

指導者[編集]

CAベレス・サルスフィエルドボカ・ジュニアーズでは、カルロス・ビアンチ監督の下でアシスタント・コーチとして働き[1]、2002年にCAベレス・サルスフィエルドの監督に就任した。2004年にはヒムナシア・ラ・プラタの監督に就任し、2005年には選手時代の古巣ジュニオール・バランキージャの監督に就任したが、首脳陣との意見の相違やメディアからの圧力のために、同年後半にジュニオールを離れた[2]

2007年には成績不振に苦しむロサリオ・セントラルの監督に就任したが[3]、最下位に沈むセントラルは自動降格の危機に瀕し、わずか14試合を指揮しただけで辞任した[4]。2007年12月、辞任したミゲル・アンヘル・ルッソ監督の後任としてボカ・ジュニアーズの監督に就任した。2008年のコパ・リベルタドーレスはベスト4で敗北したが、9月にはレコパ・スダメリカーナで優勝し、アペルトゥーラ2008ではCAサン・ロレンソCAティグレとの三つ巴戦を制してリーグ優勝を果たした。クラウスーラ2009では開幕から不振が続き、さらに期待されたコパ・リベルタドーレスでも早期敗退に終わったことから、5月27日に解任が発表され、後任にはアルフィオ・バシーレ監督が就任した[5]。2009年にはリカルド・ラボルペ監督の後任としてCFアトラス監督に就任した。2011年中盤にはLDUキトの監督に就任し[6]、2012年5月14日まで監督を務めた[7]

タイトル[編集]

  • ボカ・ジュニアーズ
プリメーラ・ディビシオン 優勝 : アペルトゥーラ2008
レコパ・スダメリカーナ 優勝 : 2008

脚注[編集]

外部リンク[編集]