高濱卓也

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髙濱 卓也
千葉ロッテマリーンズ #32
2012marines takahama.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 佐賀県佐賀市
生年月日 1989年7月6日(27歳)
身長
体重
184 cm
84 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 遊撃手三塁手二塁手一塁手
プロ入り 2007年 高校生ドラフト1巡目
初出場 2011年5月24日
年俸 1,450万円(2017年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

髙濱 卓也(たかはま たくや、1989年7月6日 - )は、千葉ロッテマリーンズに所属するプロ野球選手内野手)。

北海道日本ハムファイターズに所属する高濱祐仁は弟。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

福岡県生まれ、佐賀県佐賀市出身。佐賀市の北小ジュニアソフトボールクラブでソフトボールを始め、小学校4年時に北川副少年野球団へ入団して野球を始める。佐賀市立城南中学校では軟式野球部に所属して主に投手を務め、打撃でも硬式球より飛びにくいとされる軟式球で推定飛距離130 mの本塁打を放つなど活躍した。

当初は佐賀県内の高校への進学を希望していたが、高濱の試合を観戦していた横浜高校野球部監督の渡辺元智を慕い同校に進学。入学後に内野手へ転向し、1年時から1番打者としてレギュラーとなる。2年時には3番遊撃手として第78回選抜高等学校野球大会では、1学年上の福田永将佐藤賢治とクリーンナップを組み、土井健大を擁する履正社高校大嶺祐太を擁する八重山商工斎藤佑樹を擁する早稲田実業高校尾藤竜一を擁する岐阜城北高校などを破り優勝。春夏連続出場となった第88回全国高等学校野球選手権大会では、中田翔を擁する大阪桐蔭高校に敗れ一回戦敗退。3年夏は神奈川大会準決勝で東海大学付属相模高等学校と対戦し、菅野智之に振り逃げ3ランを許し敗退した。高校通算18本塁打。

2007年度ドラフト会議において「BIG3」と称された中田・佐藤由規唐川侑己に話題性では劣ったが、ABCテレビの『速報!甲子園への道』などでは高濱を含めて四天王と呼ばれていた。下級生時から中心選手として活躍した実績や、広角へ打ち分ける打撃に俊足強肩の身体能力・センスを買われ、それぞれ中田と佐藤の交渉権を逃した阪神タイガース横浜ベイスターズから外れ1巡目指名を受け、抽選で交渉権を獲得した阪神へ入団。

プロ入り後[編集]

阪神時代[編集]

阪神時代(2009年7月15日)

2008年は高校時代から痛めることが多かった膝の故障により、春季キャンプから別メニューでの調整が続いた。シーズンに入ってからも公式戦での出場機会はなく、膝への負担と出場機会増を考慮して外野手での起用も示唆された。

2009年ウエスタン・リーグで28試合に出場し、打率.198で打席数の半分近い三振数だったが出塁率.306を記録。守備では外野手として10試合、遊撃手として2試合を守った。2010年はウエスタン・リーグで39試合に出場し、打率.195, 出塁率.241を記録した。守備では主に遊撃手として起用されたが、32試合で8失策を記録し、結果を出すことができなかった。

2011年の春季キャンプは二軍スタートであったが、一・二軍合同の紅白戦3戦で9打数6安打と活躍して一軍帯同を勝ち取った[2]。さらにその後のオープン戦を含め、実戦6試合で14打数8安打[3]と好調だったところ、そのオフシーズンに阪神へFA移籍していた小林宏の人的補償選手を探していたロッテが目をつけ、3月1日付でロッテへの移籍が発表された[4]。当初、ロッテは小林の補償に投手または金銭を求めることも検討していた[5][6]が、当時のロッテは前年まで正遊撃手だった西岡剛メジャーリーグに移籍、さらに今江敏晃が故障するなど内野手に不安があり、キャンプ中での高濱の成長ぶりも視察していたため、これに白羽の矢を立てたものであった[7]。2011年3月4日に入団会見が行われ、ロッテでの背番号は00となった[8]

ロッテ時代[編集]

移籍初年度の2011年は、正遊撃手であった荻野貴司の故障離脱、その後遊撃手として出場していた高口隆行細谷圭の打撃の低調などから、5月23日に初めて一軍に昇格した。翌24日には2番遊撃手としてスタメン起用され、プロ初安打を含む2安打を放ちデビュー。5月25日、阪神甲子園球場で行われた古巣阪神との試合では、7回に先頭打者として二塁打を放った後今江敏晃の適時打で生還し、阪神ファンを歯噛みさせた。しかし一軍の壁は厚く、6月7日には登録抹消される。シーズン終盤の9月11日に再び一軍昇格し、9番遊撃手や代打として出場機会を得た。

2012年は一軍での出場は2試合に留まったが、二軍のイースタン・リーグでは一塁手・二塁手・三塁手・遊撃手と内野の全てのポジションでの試合出場を経験し、打率.301の数字を残した。2013年根元俊一早坂圭介の負傷により一軍昇格し、2年ぶりとなる安打を放ったものの、10日ほどで再び二軍に降格した。二軍では遊撃を中心に前年同様内野の全てのポジションを守り、打率.283と2年連続安定した数字を残した。

2014年、二軍では主に遊撃手として起用され、打率.355、出塁率.438の数字を残し、イースタン・リーグの首位打者・最高出塁率・技能賞のタイトルを獲得。一軍でもプロ初打点をマークする等、自己最高の実績をあげた。

2015年10月4日に一般女性と婚約した。

2016年は、開幕スタメン(2番・三塁手)に抜擢される。4月15日には、対北海道日本ハムファイターズ4回戦において、8回表に榎下陽大からプロ初となる本塁打を右中間スタンドに放った。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2011 ロッテ 19 56 48 4 10 1 0 0 11 0 0 0 7 0 1 0 0 21 0 .208 .224 .229 .454
2012 2 3 3 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 2 0 .000 .000 .000 .000
2013 6 14 14 1 3 0 0 0 3 0 0 0 0 0 0 0 0 2 1 .214 .214 .214 .429
2014 36 78 69 12 16 1 3 0 23 7 0 1 3 0 6 0 0 11 1 .232 .293 .333 .627
2015 33 45 42 5 12 2 0 0 14 4 0 0 2 0 1 0 0 11 0 .286 .302 .333 .636
2016 53 158 144 19 31 6 0 3 46 13 0 0 6 0 8 0 0 30 2 .215 .257 .319 .576
NPB:6年 149 354 320 41 72 10 3 3 97 24 0 1 18 0 16 0 0 77 4 .225 .262 .303 .565
  • 2016年度シーズン終了時

記録[編集]

背番号[編集]

  • 36 (2008年 - 2010年)
  • 66 (2011年 - 同年途中)
  • 00 (2011年途中 - 2016年)
  • 32 (2017年 - )

登場曲[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ ロッテ - 契約更改 - プロ野球.日刊スポーツ.2016年11月26日閲覧。
  2. ^ 高浜も残った!鮮やか下柳&岩田撃ち デイリースポーツ、2011年2月21日。
  3. ^ 高浜にロッテの目!FA人的補償に結論か 日刊スポーツ、2011年2月28日。
  4. ^ FA移籍の人的補償について - 千葉ロッテマリーンズ・オフィシャルサイト 2011年3月1日閲覧
  5. ^ 【ロッテ】FA補償の候補は3人 日刊スポーツ、2011年2月11日。
  6. ^ ロッテ視察団来た…トラ戦々恐々 デイリースポーツ、2011年2月17日。
  7. ^ 虎ショック!高浜ロッテに獲られた〜 デイリースポーツ、2011年2月28日。
  8. ^ 高濱選手が入団会見 - 千葉ロッテマリーンズ・オフィシャルサイト 2011年3月4日閲覧

関連項目[編集]

外部リンク[編集]