土井健大
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オリックス時代(2009年4月10日) | |
| 基本情報 | |
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| 国籍 |
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| 出身地 | 兵庫県芦屋市 |
| 生年月日 | 1989年1月24日(29歳) |
| 身長 体重 |
176 cm 82 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 捕手、一塁手 |
| プロ入り | 2006年 高校生ドラフト5巡目 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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土井 健大(どい けんた、1989年1月24日 - )は、兵庫県芦屋市出身の元プロ野球選手(捕手・内野手)。
経歴[編集]
幼稚園の頃から野球を始め小学校時代は潮見スターズ(軟式)に所属し、中学時代はボーイズリーグの兵庫ミラクルボーイズに所属。
履正社高等学校に進学後は、強打の捕手として第78回選抜高等学校野球大会に出場。高校通算43本塁打を放ち[1]、「浪速のゴジラ」と呼ばれた1年先輩の岡田貴弘にちなんで「浪速のミニラ」と呼ばれた。
2006年のドラフト会議において高校生ドラフト5巡目でオリックス・バファローズに指名され入団。これは12球団中最後となる33人目の指名であった。
ルーキーイヤーの2007年は、ウエスタン・リーグで18打席無安打に終わるなど、プロの洗礼を受けた。また、出場15試合中守備についたのは2試合だけであった。
2008年は、二軍で初安打を記録したものの高卒新人の伊藤光が二軍の正捕手格となり、出場機会は前年より更に減少して11試合の出場にとどまった。同年も守備についたのはのべ4試合と少なく、捕手としての出場は1試合のみで他の3試合は一塁手としての出場だった。
2009年は、伊藤が故障したものの二軍の正捕手は横山徹也となり、出場は34試合(うち12試合に捕手として出場)にとどまった。
2010年は、出場試合数が90と大幅に増え、規定打席に僅かに届かなかったとはいえ64本の安打を放ち打率も2割5分を超えたものの、一塁手としての出場がほとんどで捕手としての出場は2試合にとどまり、10月30日に戦力外通告を受けた。しかし、この年から読売ジャイアンツの二軍監督に就任する川相昌弘にその元気を買われ、推薦を受けて11月11日に育成契約を結んだ。
2011年11月1日、読売ジャイアンツから戦力外通告を受けた。ブルペン捕手として球団に残ったが[2]、2013年をもって退団[1]。
2014年から、社会人野球のミキハウスREDSに入団し選手としてプレーしたが[1]、同年限りで退部した。
詳細情報[編集]
年度別打撃成績[編集]
- 一軍公式戦出場無し
背番号[編集]
- 69 (2007年 - 2010年)
- 023 (2011年)
- 216 (2012年 - 2013年)
脚注[編集]
- ^ a b c “土井ブルペン捕手、現役復帰!社会人から「もう一度」プロ目指す”. スポーツ報知. (2013年11月6日) 2013年11月7日閲覧。
- ^ “尾藤、籾山、土井の3選手に戦力外通告”. 読売巨人軍公式ホームページ (2011年11月1日). 2011年11月14日閲覧。
関連項目[編集]
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