錦風真悟

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基礎情報
四股名 錦風 眞悟→ 真悟
本名 足達 康之
愛称 あだしんご、バレンタイン男
生年月日 (1978-02-14) 1978年2月14日(40歳)
出身 東京都江戸川区北海道浜益郡浜益村北海道石狩市
身長 179cm
体重 147kg
BMI 45.88
所属部屋 尾車部屋
得意技 左四つ、寄り、押し
成績
現在の番付 引退
最高位 西幕下筆頭
生涯戦歴 461勝449敗(131場所)
優勝 幕下優勝1回
三段目優勝1回
データ
初土俵 1993年3月場所
引退 2015年1月場所
(番付上は2015年3月場所)
引退後 世話人:錦風
備考
2015年2月8日現在

錦風 真悟(にしきかぜ しんご、1978年2月14日 - )は、東京都江戸川区出身(後に北海道浜益郡浜益村を経て合併により石狩市に変更)で、尾車部屋に所属していた元大相撲力士。現在は世話人。本名は足達 康之。現役時代の体格は身長179cm、体重147kg、得意技は左四つ、寄り、押し。最高位は西幕下筆頭(2001年7月場所)。好物はチョコレート

来歴[編集]

両国に近い江戸川区に生まれ、何度か相撲を見に国技館まで足を運んだことがあり、師匠の尾車(元大関・琴風)とは小学校時代に参加した部屋での稽古で縁ができた、稽古の厳しさ位に当時小学生であった足達は泣いたが、稽古後に振る舞われた女将の手製ハンバーグに感激し、この時点で気持ちが入門に傾いた。父に勧められたこともあって中学2年生の時に尾車部屋への入門を決めた。途中で高校進学を考えて気持ちが揺らいだこともあったが、恩義を感じていたこともあって入門を決意[1]

初土俵の1993年3月場所から錦風眞悟[2]の四股名で土俵に上がった。錦風の名は同郷の栃錦と琴風に因み、眞悟の名は2歳で夭折した兄の名に因んで父が命名した。コンスタントに成績を上げ、初土俵からちょうど5年が経過して、東三段目46枚目で迎えた1998年3月場所では得意の押し相撲が冴え渡り、1番相撲で積山(後の幕内・隆の鶴)に勝ったのを皮切りに連勝を続け三段目優勝。翌場所幕下に初昇進を決めて以降3年間の成績は一進一退で、幕下中位~三段目上位の往復を繰り返していた。しかし、西幕下43枚目で迎えた2001年3月場所で再び好調を来たし、1番相撲から連勝を続け、6連勝同士の7番相撲でも潮丸に勝ち、幕下優勝。翌2001年5月場所では星勘定によっては十両昇進が濃厚とされる東幕下3枚目に昇進し、3勝1敗で迎えた9日目には当場所西十両13枚目に在位していた若東と対戦し押し出しで勝ち、4勝2敗と勝ち越して迎えた12日目には西十両10枚目の須磨ノ富士(同期)と対戦し押し倒しで敗れ、最終的に4勝3敗と勝ち越したものの十両昇進には至らず。翌2001年7月場所では自己最高位の西幕下筆頭に昇進し再び十両昇進を目指したものの、2勝2敗で迎えた9日目に東十両12枚目の武雄山と対戦し押し出しで敗れ、3勝3敗と勝ち越しを賭けて迎えた12日目に西十両11枚目の泉州山と対戦し寄り切りで敗れ、最終的に3勝4敗と負け越し。東幕下6枚目に降格し再起を図った翌2001年9月場所では中盤で負けが込み6番相撲(11日目の潮丸戦)で2勝4敗となり負け越してしまった[3]。以上の通り、幕下上位における十両力士との対戦を5回経験し、2勝3敗であった。以降も引退に至るまで殆どを幕下中位~三段目上位で過ごすも関取には上がれなかった。2011年大相撲八百長問題で3月場所が中止になった際には傷心の余り引退を決意したが、嘉風が若麒麟逮捕事件の時に必死で部屋をまとめたことを思い出し、その決意を無駄にしないために現役を続投。2014年5月場所で、1986年3月場所から一度も休場していなかった北斗龍北の湖部屋)が初めて休場を届け出て、連続出場記録がストップして以降、現役力士の連続出場記録は錦風が持っていた。現役中は一度も休場しないまま、2015年1月場所限りで現役を引退した。現役最後の相手は鳥羽の山で、最後は勝って現役を終えた。鳥羽の山もこの一番を最後に現役を引退したが、これについて鳥羽の山は「最後が錦風で良かった」と言っていたという[4]。引退後は、同年2月1日付で日本相撲協会世話人として採用された。番付編成会議後の引退のため、2015年3月場所の番付には力士として名前が残っている。同年4月29日断髪式の際には若兎馬など260人が駆けつけており、止め鋏は師匠の尾車が入れた。[5]

2015年の4月26日には師匠の尾車の誕生日ということで写真をスライドさせる機械をプレゼントした。尾車はその機械のスイッチを入れて流されたゆずのヒット曲『栄光の架橋』聴き、さらに弟子たちがメッセージボードを抱えて励ましている写真を眺めてリハビリによる社会復帰を強く誓った[1]

出身地は当初は東京都江戸川区であったが、祖父の出身地である北海道浜益郡浜益村に変更、その後平成の大合併により石狩市となっている。

主な成績[編集]

  • 通算成績:461勝449敗(131場所)
  • 幕下成績:263勝290敗(79場所)
  • 各段優勝
    • 幕下優勝1回(2001年3月場所)
    • 三段目優勝1回(1998年3月場所)
錦風 真悟
一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
1993年
(平成5年)
x (前相撲) 東 序ノ口 #13
5–2 
西 序二段 #147
4–3 
西 序二段 #115
4–3 
東 序二段 #84
4–3 
1994年
(平成6年)
西 序二段 #63
2–5 
西 序二段 #101
5–2 
東 序二段 #46
3–4 
東 序二段 #64
4–3 
東 序二段 #40
4–3 
東 序二段 #20
4–3 
1995年
(平成7年)
西 三段目 #99
5–2 
西 三段目 #63
2–5 
東 三段目 #84
3–4 
西 三段目 #97
4–3 
東 三段目 #82
3–4 
西 三段目 #96
4–3 
1996年
(平成8年)
東 三段目 #78
5–2 
西 三段目 #45
1–6 
西 三段目 #84
3–4 
西 序二段 #6
6–1 
東 三段目 #51
5–2 
西 三段目 #21
4–3 
1997年
(平成9年)
西 三段目 #6
1–6 
西 三段目 #41
3–4 
西 三段目 #62
4–3 
東 三段目 #44
4–3 
東 三段目 #29
3–4 
西 三段目 #47
4–3 
1998年
(平成10年)
西 三段目 #30
3–4 
東 三段目 #46
優勝
7–0
西 幕下 #31
2–5 
西 幕下 #48
3–4 
東 三段目 #1
4–3 
西 幕下 #52
3–4 
1999年
(平成11年)
西 三段目 #4
4–3 
西 幕下 #55
3–4 
西 三段目 #11
3–4 
東 三段目 #24
3–4 
東 三段目 #38
4–3 
東 三段目 #22
5–2 
2000年
(平成12年)
東 幕下 #59
5–2 
西 幕下 #38
4–3 
西 幕下 #33
4–3 
西 幕下 #26
3–4 
西 幕下 #34
6–1 
東 幕下 #13
2–5 
2001年
(平成13年)
東 幕下 #28
2–5 
西 幕下 #43
優勝
7–0
東 幕下 #3
4–3 
西 幕下 #1
3–4 
東 幕下 #6
3–4 
西 幕下 #12
1–6 
2002年
(平成14年)
東 幕下 #35
5–2 
東 幕下 #25
5–2 
西 幕下 #13
3–4 
西 幕下 #19
3–4 
東 幕下 #27
2–5 
東 幕下 #45
5–2 
2003年
(平成15年)
東 幕下 #30
3–4 
東 幕下 #44
2–5 
東 三段目 #2
5–2 
東 幕下 #42
4–3 
西 幕下 #34
3–4 
西 幕下 #44
4–3 
2004年
(平成16年)
西 幕下 #31
2–5 
西 幕下 #47
4–3 
西 幕下 #39
5–2 
西 幕下 #23
2–5 
東 幕下 #40
3–4 
西 幕下 #48
6–1 
2005年
(平成17年)
西 幕下 #20
3–4 
西 幕下 #28
4–3 
東 幕下 #24
3–4 
東 幕下 #30
5–2 
西 幕下 #16
4–3 
西 幕下 #13
3–4 
2006年
(平成18年)
東 幕下 #19
3–4 
東 幕下 #26
2–5 
東 幕下 #42
4–3 
東 幕下 #33
4–3 
西 幕下 #26
3–4 
東 幕下 #33
3–4 
2007年
(平成19年)
東 幕下 #40
5–2 
東 幕下 #27
3–4 
西 幕下 #37
5–2 
西 幕下 #24
1–6 
西 幕下 #49
4–3 
西 幕下 #39
2–5 
2008年
(平成20年)
東 幕下 #52
3–4 
東 三段目 #5
2–5 
西 三段目 #27
5–2 
西 三段目 #4
6–1 
西 幕下 #31
3–4 
東 幕下 #39
1–6 
2009年
(平成21年)
東 三段目 #10
4–3 
西 幕下 #59
3–4 
西 三段目 #13
6–1 
西 幕下 #37
4–3 
東 幕下 #30
4–3 
東 幕下 #24
1–6 
2010年
(平成22年)
東 幕下 #48
2–5 
東 三段目 #9
4–3 
西 幕下 #59
3–4 
西 三段目 #10
4–3 
西 幕下 #57
4–3 
西 幕下 #48
2–5 
2011年
(平成23年)
東 三段目 #12
3–4 
八百長問題
により中止
東 三段目 #24
2–5 
西 三段目 #33
6–1 
東 幕下 #47
3–4 
東 三段目 #1
4–3 
2012年
(平成24年)
東 幕下 #53
3–4 
東 三段目 #9
6–1 
東 幕下 #35
3–4 
東 幕下 #46
4–3 
西 幕下 #38
2–5 
西 幕下 #58
6–1 
2013年
(平成25年)
東 幕下 #26
2–5 
西 幕下 #41
5–2 
西 幕下 #23
0–7 
西 幕下 #58
4–3 
東 幕下 #52
4–3 
東 幕下 #43
4–3 
2014年
(平成26年)
東 幕下 #38
2–5 
東 幕下 #60
4–3 
東 幕下 #51
5–2 
西 幕下 #33
2–5 
東 幕下 #53
3–4 
東 三段目 #5
3–4 
2015年
(平成27年)
西 三段目 #17
2–5 
東 三段目 #38
引退
0–0–0
x x x x
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 休場 十両 幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

改名歴[編集]

  • 錦風 眞悟(にしきかぜ しんご) 1993年3月場所 - 2007年1月場所
  • 錦風 真悟(にしきかぜ しんご) 2007年3月場所 - 2015年3月場所

脚注[編集]

  1. ^ a b 大空出版『相撲ファン』vol.06 p18-23
  2. ^ 2007年3月場所以降、下の名前を真悟に改名。
  3. ^ 当場所の14日目にも十両力士との対戦が組まれ、東十両13枚目の琴冠佑に押し出しで勝ち、当場所の最終成績は3勝4敗であった。
  4. ^ 【ご報告】 錦風本人のブログ記事
  5. ^ 『相撲』2015年6月号130ページ

関連項目[編集]

外部リンク[編集]