1999年の相撲
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1999年の相撲(1999ねんのすもう)は、1999年の相撲関係のできごとについて述べる。
大相撲[編集]
できごと[編集]
- 1月、元小結旭豊引退、準年寄旭豊承認。場所後の番付編成会議で千代大海の大関昇進が決定。巡業部を50人に増員した。
- 2月、9日に力士大運動会が東京体育館で700人の力士が参加して行われた。準年寄旭豊が立浪部屋を継承。
- 3月、横審委員長に一力一夫就任。元前頭筆頭豊ノ海引退、年寄山響襲名。
- 5月、5月場所後、武蔵丸の横綱昇進決定。
- 6月、元小結大翔鳳引退、準年寄大翔鳳承認。
- 7月、元小結琴稲妻引退、年寄粂川襲名。元関脇栃乃和歌引退、年寄竹縄襲名。7月場所後の番付編成会議で出島が大関昇進。
- 9月、運営審議会の会長に河上民雄が就任。元前頭4枚目の時津洋引退、準年寄時津洋承認。力士会の申し合わせで、国技館の引退相撲興業ができるのが関取30場所以上だが、十両1場所でも国技館の土俵で断髪式を行うことが可能になった。
- 10月、秋巡業で横綱、大関らが握手会などの入場者サービスを行うようになった。
- 12月、4日に準年寄大翔鳳死去、32歳。国技館に設置されたエスカレーター2基の竣工式が行われた
本場所[編集]
- 一月場所(両国国技館・10日~24日)
- 三月場所(大阪府立体育会館・14日~28日)
- 五月場所(両国国技館・9日~23日)
- 幕内最高優勝 : 武蔵丸光洋(13勝2敗,7回目)
- 十両優勝 : 皇司信秀(11勝4敗)
- 七月場所(愛知県体育館・4日~18日)
- 九月場所(両国国技館・12日~26日)
- 幕内最高優勝 : 武蔵丸光洋(12勝3敗,8回目)
- 十両優勝 : 追風海直飛人(12勝3敗)
- 十一月場所(福岡国際センター・7日~21日)
- 幕内最高優勝 : 武蔵丸光洋(12勝3敗,9回目)
- 十両優勝 : 小城錦康年(11勝4敗)
- 年間最優秀力士賞(年間最多勝):武蔵丸光洋(73勝17敗)
参考文献[編集]
- 『相撲』誌各号
- 『大相撲戦後70年史』(ベースボールマガジン社、2015年)p107