通信士

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

通信士(つうしんし)とは、電気通信設備による情報交換に従事する者をいう。十九世紀初頭に出現した有線通信の従事者が始まりで [0 1]、 二十世紀中ごろからは無線通信に携わる者を指すことが多い。電信技士・無線士・無電技師、などとも呼ばれる [0 2]

この項目では、通信士という職種の変遷と現状について解説する。関連する国家資格については、無線従事者海技従事者航空従事者、などを参照 [0 3]

技術や制度の詳細およびネットで読める資料は、各部の注釈に記載した。なお過去の事例を解説する際に、現在の日本における用語を使用したところがある。

  1. ^ 狼煙など視覚による通信も、光すなわち電磁波を必要とするので電気通信と言えなくもない。18〜19世紀のヨーロッパに存在した腕木通信では、訓練をうけた専従者が数十キロ間隔の中継所で働いていた。中野明 「腕木通信って、ご存じですか?」  18世紀半ば以降の近畿地方には旗振り通信が存在し、大坂には米相場などの情報伝達を職業とする者がいた。また17世紀以降の琉球王国には、船舶の運航状況を狼煙で伝えるための先島諸島火番盛が存在し、島民が交代で詰めていた。
  2. ^ 欧米では(英)Operator(仏)Opérateur など「運用する人」と呼ばれることが多かった。ただ現在では通信関係でオペレーターというと、移動体にかかわる電気通信事業者を連想する人が多いようである。また (Radio) TelegraphistTélégraphiste という言い方もある。ちなみに総務省による電波法の英訳(Radio Law 仮訳)の第2条1項6号では、無線従事者の全体を Radio Operator としている。
  3. ^ 主に電気通信の技術面にかかわる資格については、電気通信主任技術者無線技術士などを参照。

有線電信の通信士[編集]

モールス通信士の出現[編集]

19世紀前半に出現した多様な電信技術 [1 1] の中で、主流となったのは実用的なモールス式であった [1 2]。 これは短点と長点から成るモールス符号で文字を表わし、それを電気的手段で送受する方式である [1 3]

文字コードへの変換を要するモールス通信は非能率とも思えるが、送信は片手首による電鍵の操作であり、また受信では聴覚のみ働かせればよく、電文を見たり書いたり、或いは機器を調整したりしながらでも通信できる。符号を覚える必要のない電信機の場合、機器の表示を注視しながら両手を動かすような操作方法が多く [1 4]、 また機構が複雑な割には通信速度の遅いものも多かった。

草創期の通信士たち。 右上は円盤から字を選ぶブレゲー式で [13][14]、日本で最初に使われた方式 [1 5]。 左上のモールス式は、ここでは印字機を使用している。 ピアノのようなのはヒューズ式で、テープに文字を印刷できる [15]

ちなみにオンとオフとを表示する何らかの手段があれば、モールス符号を用いて情報交換を行なうことができる [1 6]。 後述する無線通信も、符号に従い電波を断続することから始まった [1 7]

符号を覚えただけでは効率的なモールス通信は行なえず、文字との相互変換が反射的に出来ねばならない [1 8]。 実用的な送受信が可能となるまでには数ヶ月の訓練を要する [1 9]。 この技能を用いる通信士という職業は、19世紀後半には世界中で成立していた [1 10]。 また海底ケーブルによる大陸間通信に従事する者も出現する [1 11]

  1. ^ 操作方法には共通するものがほとんど無く、従事者は機種ごとに習熟する必要があった。電信#歴史
  2. ^ 電流の断続状態を伝えるだけのモールス式は、電磁石と電池とスイッチが基本要素である。また通信回線も大地を利用すれば電線1本で済む。文字そのものを伝送する電信は、いわば表示機構を電気的に遠隔操作するシステムであり機器は複雑で、また1回線に数条の電線を要する場合も多く、設置や保守には経費が要った。ちなみに応用科学としての電気工学は有線通信の技術から始まっている(電気工学#電気工学教育の誕生と電力の商業化)。欧米の大学では物理教育から電信関係の学科が派生し、明治日本の工部大学校には最初から電信科が存在した。これらの学科で学んだ人たちは初期の強電技術にも関わっている。
  3. ^ -・-・ --・- (CQ)のように、「・」と「-」との組み合わせとその間隔で文字を表現する。モールス符号#符号化方式
  4. ^ モールス式も、初めの頃は印字機がテープに記す符号を見て文字に直していたが、やがて機器が発する音から情報を得る音響受信が主流となる。
  5. ^ NTT東日本 通信偉人伝 第5回
  6. ^ 光の点滅を用いる回光通信機など、視覚によるモールス通信も存在する。ただ音の断続によるものと同様に、通信の秘匿性には難がある。
  7. ^ 発明された頃の無線技術では電波の有無を検出するのが精一杯であり、オンとオフとにより情報を伝え得るモールス符号の存在が、無線の実用化を後押しした。なお無線と有線のモールス通信では受信音が異なる(モールス符号#有線と無線の通信方法)。
  8. ^ 受信においては、送られてくる文字を頭の中に留めておき、それを文章として筆記できるようになるまでの練習が必要である。送信は符号を覚えただけでもやれそうだが、高速で長時間の通信を疲労せずに続けるには、やはり相当の訓練を要する。
  9. ^ 毎分の通信速度は、現在の(無線)通信ではABC…が100字、イロハ…では75字前後が標準と思われる。また熟練者になると文字を筆記することなしに、モールスの音で会話することができる。
  10. ^ 国境を越える電気通信を行なうために、運用面・技術面での国際的な統一基準を制定する動きも始まる(ドイツ=オーストリア電信連合)。1865年には初の常設国際機関でもある万国電信連合が発足した。後には電話や無線の国際組織も設立され、1934年にはこれらが合体して国際電気通信連合となる。通信の従事者に関する国際的な取り極めも、ここで行なわれている。
  11. ^ NTTワールドエンジニアリングマリン:海底線まめ知識 この海底電信の従事者には、一般のモールス通信士を再訓練して充てることが多かった。日本人自身の手による国際通信は、本格的な海底ケーブル敷設船である沖縄丸の導入から始まり、日露戦争では独立した通信網を構築できたことが戦勝につながった(児玉源太郎#エピソード)。

日本における発展[編集]

電気通信事業は国家による運営から始まることが多く [2 1]、 日本では二次大戦終了後まで、逓信省が公衆通信(電気通信役務)などの現業も行なっていた [2 2]。 当時の電信網は人手に頼る要素が多く、また一定以上の郵便局には電報送受の設備があった [2 3]。 そのため多数の通信従事者を必要とし、養成機関も充実していた [2 4]。 公衆通信以外でも鉄道をはじめ [2 5]、 軍隊や警察なども全国的な電信網を擁していた [2 6]

20世紀に入ると、電文を自動的に受信できる印刷電信機が実用に供される [2 7]。 送信側では電鍵ではなくタイプライターと同様の文字鍵盤で情報を送るようになり[2 8]、 モールス符号の必要性は低下していった [2 9]

有線モールス通信とその従事者は、日本では1950年代に高度成長が始まる頃には姿を消していた [2 10]。 さらに70年代までには電報送受や電話交換 [2 11] などの殆んどが自動化され、また固定地点間の通信にも無線技術が大幅に導入された(#陸上無線[2 12]。 これらのシステムが要するのは保守点検の技術要員が殆んどであり、1985年の電気通信自由化に際して新設された有線系通信の国家資格も、設備の管理や工事に関するものである [2 13]

タイプライターを扱える人が少なかった日本では、テレックスなどにも専任者を要することが多かった [2 14]パソコンが普及した90年代以降の文字通信は、利用者自身による操作が一般的である [2 15]。 他者のために有線系の文字通信を運用する職種は、電報の受付などに残る程度となった [2 16]

  1. ^ アメリカの電気通信事業は最初から民営によることが多く(ウエスタンユニオンなど)、各地の電信会社に「弟子入り」して腕をみがいた若者がたくさんいた。鋼鉄王カーネギーや発明王エジソンのように、まずモールス通信で身を立てた者も多い。松田裕之 「モールス電信士の宇宙:アメリカ合衆国、1846〜1907年」 甲子園大学紀要 35, 2007
  2. ^ 工部省が1869年に始めた電信業務を、1885年に発足した逓信省が受け継いだ。電気通信省などを経た1952年の公社化まで、有線系の通信士は基本的に公務員だった(日本電信電話公社#概要)。ちなみに海事や航空も逓信省の管轄であり、後述の無線通信士に関する行政も全て同省のみで担当できた。
  3. ^ 逓信省が1949年に郵政省と電気通信省とに分離してからも、電報発信を依頼するのは郵便局の窓口である場合が多く、局によってはモールス通信も行なっていた(電報電話局#概要)。1952年の電電公社発足後も、「上野のウ、名古屋のナ、平和のヘ、」といった通話表を用いる電話託送を局員が行なっており、また配達を受託している局では送達紙の作成も必要であった。一般家庭に電話が普及した1970年代以降は電報の通数が減少し、また専用番号の115で頼信することも多くなり、郵便局での受付や配達委託は二十世紀末までに終了した。
  4. ^ 逓信官吏練習所などには給費生制度があり、幸田露伴小原国芳など経済的に苦しい進学希望者も無償で学ぶことができた。また女子の課程もあり、電話交換手の他に女性の電信通信手も存在していた。高橋雄造 「明治の人々を育てた電信修技学校と工部大学校」 電気学会誌 114巻 5号 1994年05月
  5. ^ Rail Magazine編集部_「正しい『電略』」 60年代まで使われた鉄道電報の、主に略号について解説。
  6. ^ 野戦電信の軍事的価値や(南北戦争の信号司令部)、治安維持における迅速な通信の重要性は、維新の指導者たちも幕末から認識しており、1874年(明治7年)の佐賀の乱台湾出兵では電信網が活用されている。
  7. ^ 紙テープに開けた穴(鑽孔)の位置や数により文字情報を記録し、これを送信機にかけてパルス列を通信回線に流す。受信機では対応する活字を動かして自動印字する。初期にはモールス符号の短点・長点を穴の位置で表現する方法もあり、このクリード式は主に海底電信で使われた。主流となったのは鑽孔の有無5〜7個の組み合わせ、つまり5〜7ビットの情報で1文字を表わす方式である。これが現在のデジタル文字コードの基本となった。
  8. ^ 初期には文字と穴との関係を習得した者が従事していたが、まもなくQWERTY配列などの入力機器鑽孔テープを自動的に作成するシステムが開発された。これにより電信符号などを知らない者でも、タイプライティングの技能を有していれば文字を電気信号へ変換できるようになる。事務機であるタイプライターと電気通信との結び付きは、後の情報技術にも大きな影響を与えた(テレタイプ端末#コンピュータ端末としての利用)。なお1970年代以降は、打鍵入力をテープの仲介なしに電気信号へ直接変換し、場合によってはメモリーに蓄積する方式が主流となる。
  9. ^ なお特殊な鍵盤装置でモールス符号を高速送出し、電鍵送信の数倍の通信速度を得るシステムも存在した。受信ではテープに現れる波形を目視し長点と短点とを瞬時に判別、対応する文字を手動タイプライターで記録する。大陸間の海底ケーブルや短波無線など、低品質小容量だった時代の基幹回線で使われた。この現波通信が有線系におけるモールス通信士の最後の職場だったようである。
  10. ^ 有線系モールスの現場ではタイプライターが広く使われていたので、印刷電信の導入にそれほどの困難はなかったという。有線モールスによる通信サービスは、21世紀の現在では途上国においても存在しないと考えられるが、無線の手動モールス通信システムにおいて、通信所と送信所の間などを有線回線で結んでいる例はある。
  11. ^ 60年代までの電電公社などには、電話交換手が多数勤務していた。回線選択という本来の業務形態は、現在では手動接続国際電話などに残っている。有線系の通信士と同様に交換手にも国家資格のようなものは存在せず、内部教育課程の修了者がその電気通信事業において就業するのが普通だった。なお大規模な内線電話の交換担当者は、公社から構内交換取扱者の認定を受ける必要があった(公衆電気通信法 第51〜54条)。これは無線従事者と同様の公的な業務独占資格であり、取得のための講習会なども運営されていた。構内交換機の自動化が進展した等の理由から民営化直前の1984年に廃止。
  12. ^ 有線通信無線通信とは、かつては技術面でも制度面でも分けて扱われていた。現在では「ネット社会の通信手段」として一括りに捉えられることが多く、特に電気通信事業者の運営するものは無線回線も含め有線系通信と呼ばれることがある。21世紀の日本では、「無線」は移動可能な無線通信の一部を指すことが多く、「有線」の二字から連想されるのは有線放送であろう。
  13. ^ 事業用電気通信設備の工事、維持及び運用を監督する電気通信主任技術者電気通信事業法第45条)、事業用通信回線と利用者側機器との接続工事に従事する工事担任者(同第71条)、が法定された。前者は必置資格であるが、後者は業務独占資格の性格が強い。
  14. ^ 欧文タイプカナタイプを扱える者は、少しの訓練を経れば欧文や和文の印刷電信に従事できる。また初期のコンピューターにおけるインターフェース穿孔テープパンチカードであり、これらの作成にもキーボード装置が使われていたため、タイプライティング技能を主体とする職種は1990年代までは多数存在していた。21世紀の現在でもデータエントリー(キーパンチャー)などが残っている。
  15. ^ 21世紀のネット社会では、情報機器の操作を自分で行なえないと社会生活に支障をきたす場合がある。2010年代になると操作の容易なスマートデバイスが普及してきたが、これがキーボード離れなどをもたらし、情報網への高度なアクセスを逆に阻害するのではないかという意見がある。情報格差#日本におけるインターネットの情報格差
  16. ^ 日本の電気通信法制では、電報は受付や配達を含めて電気通信役務の一部を成すとされている(電気通信事業法 附則第5条)。最近はネット経由の発信も多く、この場合は最後の配達のみが人手を要することになる。現在日本の電報はその殆んどが慶弔用であるが、特定定文電報や無線電報(モールス通信も使用)など重要な情報伝達を担うものもある。

無線通信士の諸相[編集]

資格制度の変遷[編集]

資格の必要性[編集]

20世紀初頭に実用化された無線通信は、国防面での重要性もあり国家管理の下に置かれ [3 1]、 これを利用する電気通信事業も、1980年代までは国家や公企業による運営が一般的だった [3 2]。 ただ無線は有線通信とは異なり、公的機関の直接的な管理運営には適さない利用形態も多い [3 3]。 そのため民間での無線利用を大幅に認めると共に、通信の従事者には国家が認定した有資格者を充て、もって間接的な管理を確保する制度が世界各国で導入された [3 4]。 また国境を越える無線通信のため各国間の協調が必要となり [3 5]、 国際的に通用する通信士の資格も設けられた [3 6]

無線通信に従事するためには各種の能力を身に付ける必要があり [3 7]、 専業とする場合は最低二年程度の専門教育が必要である [3 8]。 そのための教育機関も20世紀の初めには出現した [3 9]。 一次大戦後の先進諸国では、無線通信士という職業は一般にも認知される存在となっていた。

現在では軍事用などを除く全ての無線局に対し、公設私設を問わず同一の法制度を適用する国が多く、執務する者についても共通の資格要件を課すのが普通である。また船舶や航空機の無線局では、通信従事者の条件が国際的に定められている [3 10]

  1. ^ 電気通信の規制緩和や民営化が進展する21世紀にあっても、電波監理は国家の重要な権能である。いわゆる公共の電波はその利用に有限性のある公共財であり、無秩序な利用による周波数などの枯渇を防ぐことが、現代における電波監理の基本理念である(総務省「電波利用ホームページ」)。また大多数の国家が加盟している国際電気通信連合は、国際社会における電波規制を目的の一つとしている。
  2. ^ 大陸間の固定無線通信は、海底ケーブルと同様に当初から私企業による運営が多かったものの、完全民営化までのケーブル・アンド・ワイヤレス国際電電(KDD)のような国策企業によるものが殆んどで、自由競争の下にあったとは言い難い。
  3. ^ 無線は船舶などの移動体や離島などの遠隔地で利用されることも多く、必要な場所の全てに電気通信事業者の事務所を開設するのは非現実的である。また安全に係わる通信や業務用の諸連絡を公衆通信(電気通信役務)のみによって行うと、迅速性や秘密保護などの点で問題の生ずることがある。そのため電気通信事業とは独立した無線通信網(業務無線)が使われるようになった。なお業務用の通信網において、通信事業者から委託された公衆通信などを取り扱う場合もある。
  4. ^ 無線では通信士が単独で設備保守や緊急連絡などの全てを担当する場合も多く、その点からも一定以上の能力を有する者を従事させる必要がある。現在では他の無線通信との共存を確保することが、資格制度の存在意義とされることも多い。総務省「無線従事者制度」(電波利用ホームページ)
  5. ^ 英‣米・仏・独・露などの9カ国が、1903年にベルリンで会議を持ったのが初めてとされる。1906年にベルリンで万国無線電信会議が開催され、1908年かには日本をふくむ30カ国の参加により、国際無線電信連合が発足した(ドイツ=オーストリア電信連合#無線の時代)。これが有線電信や電話の国際組織とも合体し国際電気通信連合となる。
  6. ^ 外国の無線局を相手とする(又は経由する)通信が国際通信であり、同一国の無線局相互間の(直接)通信は、どこから行なっても国内通信である。ただ各国の船舶や航空機が共存する海や空では、国内通信のみを行なう場合も国際的な規定に従う必要があり、通信運用には国際条約に裏付けのある無線の資格を要するのが原則である。日本の無線従事者のうち国際的な資格に対応しているものについては、免許証にその旨が記載されている(無線従事者規則 別表第十三号様式 注2)。なお安全にかかわる遭難通信などには国内・国際の区別はないが、交信の形式や通報の取扱方法などについて国際的な取り極めがなされている。
  7. ^ モールス通信を行なう際はその送受信技能、また無線設備に関する技術的な能力、電気通信法規の知識、そして国際通信のための英語力、などはモールス以外の場合にも必要である。現在の日本における国家試験科目は、無線従事者規則 第5条を参照。なお試験科目に「無線工学の基礎」がある資格は、無線関係を専攻した者による取得を前提としている。
  8. ^ 陸上(地上)において行われる船舶や航空機を相手とする通信、また業務用のモールス通信は、現在でも無線専業の者による従事が多い。それ以外では他の職務の一部となっているのが普通で、その職種の養成において無線関係の教育訓練も行なわれている。なお日本においては、電気通信設備の技術面を担当する者も、特に陸上無線技術士電気通信主任技術者の資格を要する場合は、専門教育を受けた専任者が大半である。
  9. ^ 日本における最初の本格的な無線学校は、社団法人電信協会が1918年に創立した無線電信講習所とされる。設立には逓信省や海運業界も係わっていた。1940年に官立化(逓信省管轄)、戦後は中央校が電気通信大学の、地方校は国立電波高校(後の電波高専)の、それぞれ母体となる。民間の無線学校は日中戦争の頃にかなり出現したが、戦争が激化すると官立の講習所に吸収された。戦後は電子工学全般の教育を志向しての開校が多く、大規模な総合専修学校に発展した例もある(東京電子専門学校名古屋工学院専門学校など)。ただ高度成長期になると各学校とも製造業への就職が増え、通信士の養成課程は縮小されていく。また資格を得ても一般の電子技術者になる者が多かった。現在の日本で通信運用に関する教育を行っているのは、船舶・航空関係や防衛省の学校であり、通信士養成のみを目的とする教育機関はほとんど存在しない。
  10. ^ 世界無線通信会議国際電気通信連合開催)で制定される無線通信規則(RR、ITU Radio Regulations)が、国際的な資格の基準を定めている。なおRRが規定するのは移動体の無線通信士だけで、それ以外の電気通信従事者については基本的に各加盟国の自由である。ちなみにRRに基く資格は、他加盟国においても対応する資格として通用する場合がある(電波法施行規則 第33条の2)。

日本の制度変遷[編集]

日本では1914年の無線電信法[17]第2条により、国家が直接管理しない無線通信が認められた [4 1]。 この私設無線に従事する者として法定されたのが、日本における無線通信士資格の始まりであり [4 2]、 現在の国内および当時の勢力圏に制度が適用されていた [4 3]。 有資格者の職場は、船舶を中心とした移動体および陸上の私設無線局が大半だった [4 4]

全ての通信士がこの資格を必要としたわけではなく、逓信省陸海軍の場合は正規の養成課程を経た者なら無資格でも従事できた [4 5]。 また私設局であっても、特に陸上では無資格で電波を出せる場合も多かった [4 6]。 無線を公設と私設とに二分する方針は、電波の政府管掌を規定(第1条)した無線電信法が戦後の1950年(昭和25年)に廃止されるまで継続した [4 7]

戦後の1950年に施行された電波法の目的は電波の有効利用であり(第1条[4 8]自衛隊の一部を除く全ての無線局は共通の法制度下にある [4 9]。 通信に携わる者についても公設私設による違いはなく、その資格は条文(第40条)が直接規定している [4 10]。 また設備の保守管理にも有資格者を要するのが基本となるなど、無線従事者の種別は通信士だけではなくなった [4 11]。 資格取得は試験合格を経るのが基本だが、所定の教育課程終了による取得も多い [4 12]。 なお無線局の様態によっては、執務に無線従事者以外の資格を要する場合があり、操作範囲などが事実上制限されてしまうこともある [4 13]

20世紀末になると、特殊な技能を有さなくとも操作できる無線設備が増え、運用に資格を要さない無線局が大幅に増加した [4 14]。 有資格者を要する場合も、主任無線従事者の監督下なら無資格者でも一定の操作を行えるようになり、通信のみに専念する職種はかなり減ってきている [4 15]

  1. ^ 終戦までの電気通信行政では、逓信省が提供する業務を利用し難い場合に限り、有線や無線の通信用設備を私設し、主に設置者のための電気通信を行なうことが認められていた。電波関係の規制の殆んどはこの私設無線に関するもので、最終的には1933年施行の私設無線電信無線電話規則が、設備の基準や具備すべき電波と共に、配備の必要な通信士についても規定していた(第3章)。
  2. ^ 無線電信法第3条に基づく私設無線電信通信従事者検定規則で規定[1]。当時の一級および二級は、現在の第一級および第二級総合無線通信士に継承されている。1931年からは無線通信士資格検定規則に依るようになり、「無線通信士」という名称が初めて法律に現れた。利用範囲が広まるにつれ、漁船級(後の第三級)、電話級、航空級(旧制度のものは廃止)、なども設けられている。
  3. ^ 日本の実質的な支配下にあったいわゆる外地には、日本の法令がそのまま適用される場合があり(外地#外地に適用される法令の区分)、通信士についても日本政府付与の資格がそのまま通用していた。また国内と類似の制度により、各地域で独自の証明書も発行している(「無線通信士資格検定規則」 1931年朝鮮総督府令第67号、1933年関東庁令第31号、など)。ただ少なくとも形の上では独立国である満州国は固有の法制度を有し、帝政に移行してからは交通部大臣(逓信大臣に相当)が付与した通信士資格も存在した(1936年 電気通信法 第20条)。1942年の無線通信士資格検定規則(満日対訳)では3種類の資格が規定されている。日本の第一〜三級と(旧)航空級の通信士は、満州における一級から三級の資格を無試験で得ることができた(第8条)。
  4. ^ 戦前は弱電系の教育機関が少なく、電子工学の技術者となる通信士もいた。無線電信講習所(現電気通信大学)などで学んだ小説家の新田次郎(藤原寛人)は、通信運用には殆んど従事しなかったものの一級通信士・技術士の資格を有しており、富士山頂レーダー開設などの業績でも知られている(気象庁測器課長としての著作)。
  5. ^ 内部養成機関で所定の教育訓練を受けた者の場合である(私設用資格を有する者の採用もあり)。ただし一般の官庁用無線には私設用の規定が適用されることが多く、基本的には有資格者を要した(官庁用無線電信無線電話規則第3条)。なお内部教育機関の課程が基準を満たしていれば、無線電信講習所などと同様に通信士の資格を無試験で得ることができた。逓信省や軍の通信士にも有資格者は多く、民間の無線局に再就職した退職者や退役者もいた。
  6. ^ 手動モールスによる運用を行なわない無線中継局や放送局などでは、一般の技術者と同様に所定の学歴や職歴を有する者が雇用され、無線設備の技術的な操作に従事していた。ただし1940年には戦後の(陸上)無線技術士と類似する電気通信技術者の制度が設けられ、この必置資格を有する者が求められる場合も出てきた(後述)。なお今で言うアマチュア無線の操作に限定された資格は、法令として明文化された制度としては存在しなかった(アマチュア無線技士#変遷)。
  7. ^ 太平洋戦争が始まると出征する通信士が増え、また戦時下では無休聴守(24時間の待ち受け受信)などに多数の人員を要するので、無線電信講習所を官立化し地方校も設け、さらに収用した私立無線学校を支所にして通信士の大量養成を図った(無線通信士養成施設等ノ整備ニ関スル件 1943年閣議決定)。それでも戦死者の増加で要員不足をきたし、無資格である講習所生を「実務練習」という形で学徒動員するまでになる(私設規則 1943年改正 第36条の2、別表第4号)。戦況が進展すると新卒の通信士は陸海軍の争奪するところとなり、陸軍予備候補生や海軍予備練習生のように最初から下士官以上での任用を行なったため、無電講習所での教育訓練も軍学校と似たものになった。また女子の通信士を養成する試みも存在した。無線電信講習所規則 1945年1月改正
  8. ^ 戦後は逓信省が解体され、電気通信行政は郵政省(現総務省)の担当になった。ちなみに船舶職員や航空機乗員としての通信士に関しては、運輸省(現国土交通省)の管轄となる。
  9. ^ 自衛隊のレーダー及び移動体の無線設備は電波法の適用を受けない。自衛隊法第112条(電波法の適用除外)を参照。基地などには無線従事者が必要であるが、船舶や航空機、また地上部隊などの無線担当者は、自衛隊独自の資格を所有していれば足りる。防衛省が行なう通信士試験のレベルは、最上級の甲種でも二級総合通信士の程度だが、電波法による通信士や技術士の資格を有する隊員も多い。「自衛隊の電波の監理に関する訓令の運用について(通達)」付表第5。ちなみに在日米軍の全ての無線局は、日米地位協定により電波法の適用を受けず(協定の実施に伴う電波法の特例に関する法律)、米国本土の無線局と同様に連邦通信委員会の規定に従うが、日本人の無線従事者をかなり雇用しているという。
  10. ^ 操作範囲は電波法施行令 [2]、資格の認定方法などは無線従事者規則 [3]によっている。旧制度の通信士や電気通信技術者(後述)は、対応する新資格を無試験で得ることができた(電波法補則)。なお戦後の沖縄では琉球政府が1956年に電波法を制定し、これによる独自の無線従事者制度が1972年の沖縄返還まで存在していた。無線従事者 (琉球政府)を参照。
  11. ^ 無線通信士に加え、技術面の操作に携わる無線技術士が新設された。また特殊無線技士の制度ができて、専門教育を要さない資格でも小規模な無線局なら運用できるようになり、専従者以外による無線通信も増加した。またアマチュア無線技士の資格も新設された。
  12. ^ 無線電信法時代は特定の学校卒業者は無試験で資格を得られた。戦後の電波法においては、初めの頃は国家試験合格のみが取得手段だったが、認定された学校の卒業者には試験科目のいくつかが免除されるようになり、さらに基準を満たす講習会や授業を履修した者には無試験で資格を与える制度が導入された。なお実務経験を活かせる制度もある。無線従事者#取得
  13. ^ たとえば船舶における一定の無線局の操作には、船舶局無線従事者証明を受けていることが必要である。そして無線部の船舶職員(後述)は、所持する海技士資格の種別により、無線従事者としては認められる操作が海事法規には抵触してしまう場合もある。また各種の操縦士など所定の航空従事者資格を有さない者は、無線従事者であっても機内における無線関係の操作(受信も含む)を行うことができない(後述)。
  14. ^ 携帯電話など電波を発射する端末は、操作には無線従事者の資格を要さないが(電波法施行規則第33条)、電波法上のれっきとした無線局であり(陸上移動局など)、各種の規制を受けている。
  15. ^ 日本の無線関係の資格は、無線電信法の時代から1980年代までは基本的に業務独占資格であり、無線局の操作を行なえるのは有資格者に限られるのが原則だった。しかし20世紀の終りが近づくと、特殊な能力(モールスの送受など)を必要としない通信システムが大半となり、その一方では無線を必要とする局面が増加してくる。そこで1989年の電波法改正においては必置資格としての面を強めることとし、その無線局に所属する有資格者のうち主任無線従事者として選定された者の監督下ならば、無資格者であっても運用を行なえる制度が導入された。ただし手動モールスや船舶・航空機の保安通信など高度な属人的能力を必要とする場合、またアマチュア局など特定の無線局は、有資格者以外は運用できないのが原則である。

船舶無線[編集]

モールス中心時代[編集]

無線の実用化と時を同じくして、船舶通信士という職業が出現した。ただ初めのころは船客の電報を扱うサービス係として遇されることが多く、航海安全における無線の重要性はあまり認識されていなかった。また能力や自覚に欠ける通信士も少なくなかったようである [5 1]

オリンピック号無線室の様子(1913年)。 姉妹船のタイタニック号と同様に、マルコーニ社の機器を使用している [5 2]。 通信士も同社からの派遣で、船員組織の一員ではなかった(グリエルモ・マルコーニ#タイタニック)。

これを変えるきっかけとなったのは、タイタニック号沈没事故における無線通信の不手際である [5 3]。 一次大戦後は遭難など緊急事態での通信に関して、多国間条約による国際協力が行われるようになり [5 4]、 船舶通信士の国際的な能力基準も制定される [5 5]。 また電波航法の実用化もあり [5 6]、 有線系通信との連係体制も整ったので [5 7]、 無線の重要性は広く認められるに至った。

日本で船舶無線電報の取り扱いが始まったのは1908年で [5 8]、 15年までは逓信省の係官だけが通信に従事していた [5 9]。 1920年代からは一定以上の船舶に対し無線の装備が強制されるようになり [5 10]、 民間人の船舶通信士も増加したが、船員組織における地位は不明確だった [5 11]。 正規の船舶職員とされたのは1944年からで [5 12]海技従事者の資格にも船舶通信士が追加された [5 13]

二次大戦後は無線電話が発達し [5 14]、 また電波航法の自動化も進んだので [5 15]、 専任の通信士が乗務しない無線装備船も増えた [5 16]。 さらに1960年代には短波帯の無線電話が導入され [5 17]、 モールス通信なしでも遠洋から連絡が取れるようになる [5 18]。 そして70年代には船舶電話など、通信士を要さない一般通信も普及してきた [5 19]

ただ日本にはモールス通信を行なう内航貨物船や沿海フェリーも存在した [5 20]。 また電話専用の資格で国際通信を行なえるものが80年代初頭まで存在しなかったため [5 21]、 国際航路では電信設備を強制されない船舶においても専任通信士によるモールス運用が普通だった [5 22]。 これらには労働政策上の理由もあるが、日本ではあまり大きくない船でも長距離長期間の航海を行なうことが多く、専門的能力を有する通信士を乗船させる必要があったためでもある [5 23]。 ちなみに遠洋漁業ではモールス通信が今なお行なわれている [5 24]

  1. ^ 石島巖「船舶の安全と無線通信の発達小史」 RFワールド No.14 CQ出版 2011年(最初2ページ)
  2. ^ 米国ミズーリ州のタイタニック・ミュージアムにおける再現展示は [4]
  3. ^ タイタニック号の通信士は船客の電報を送受するのに忙しく、氷山に関する他船からの情報は航海部門にうまく伝わらなかった。また遭難通信用周波数の受信義務が確立しておらず、すぐそばの無線装備船では通信士が寝ていた。さらには救助要請を「聞かなかったこと」にした船舶すら存在した。タイタニック号#沈没
  4. ^ 1906年ベルリンでの国際的な無線会議において、新しい遭難信号としてSOSが規定された(SOS#歴史)。タイタニック号の遭難時にも、それまでのCQD(come quick, distress)と共に使用された(史上初ではない)。1914年の「海上における人命の安全のための国際条約(SOLAS条約)」は、この事故を契機として締結された(沿革など)。
  5. ^ 前述の無線学校以外に、海事教育機関で(専業の)通信士養成を行なう場合もある(海上保安学校大学校など)。ただ水産高校や海洋高校の無線通信科では弱電全般を教えているし、就職先も現在では工業高校電子科とあまり変らない。
  6. ^ 船舶側が発射した中波帯の電波を陸上の無線方向探知局で受信し、この局から見た船舶の方位を通知するというのが最初の電波航法である。船舶では通信用以外の無線設備を特に必要としないが、双方の通信士による共同作業が重要だった。二次大戦が始まる頃には陸上のビーコン局も設けられ、船舶側では電波の到来方向を測定する方向探知機を航海士なども扱うようになったが、手動式であり計測のたびに操作する必要があった。
  7. ^ 陸上において船舶と通信する海岸局は、最初のうちは無線機メーカーの所有も多く、「他社製品を使う船とは通信しない」 例すらあったというが、一次大戦後は殆んど電気通信事業者による運営となる。遭難通信などの際には海軍や行政機関の海岸局も協同した。
  8. ^ 海岸局としては、ロシアとの陸間通信も行なう落石局や、21世紀寸前まで運用していた長崎局・銚子局が、やはり1908年から業務を開始した。
  9. ^ 逓信省の(有線)通信士に必要な教育を行ない、民間船に開設した無線電報局に配属したのが、船舶通信士の始まりとされている。業務内容については日本初の無線通信士とされる米村嘉一郎を参照。なお3年前の日本海海戦では無線が勝因の一つとなっており、海軍でも無線通信は実用化されていた。船舶無線#日本での歴史 (海軍が中心) なお日本では、逓信省の官員つまり公務員が民間船舶に乗り組んで通信に従事する、いわゆる官設局も終戦まで存在していた。
  10. ^ 1925年の船舶無線電信施設法で条文化。この規定は諸設備全般の条件を定めた船舶安全法1933年制定時)に引き継がれ、これの第4条が現在も無線強制の法的根拠である。1991年のGMDSS導入までは、無線を「要する船舶」が条文で直接定められていた。
  11. ^ 高級船員(船舶職員)となるには乗船履歴が重要であるが、電波行政における通信士の資格は試験合格のみで取得できる。運輸行政の対象である船員としての通信士資格が1940年代に法定されるまで(後述)、船舶通信士は重要な職務であるにもかかわらず軽んじられる傾向があった。無線導入時より定員や実務経験の規定は存在しており、後には指定無線通信士資格検定の合格がその任用条件となったが(私設規則1943年6月改正 第37条)、これらは無線電信法に係わる規定で、船舶職員としての資格制度ではない。
  12. ^ 無線強制の有無とは無関係に、モールス通信を行なう船舶は船員組織として無線部を設けねばならないことになった。無線部の船舶職員は、電波行政で規定する資格と海技従事者としての船舶通信士免状とを併有している必要があり、この制度が現在まで続いている。責任者の名称として無線関係者は「通信長」を主張したが、航海や機関が中心の海事行政では戦後の改正まで容れられなかった(船舶職員法 1957年改正)。なお無線部の他の職位は二等と三等の船舶通信士であり、通信長の制服は一等航海士・機関士と同様の金線3条である。
  13. ^ 甲・乙・丙種の船舶通信士免状と、乗り組みを要する船舶が法定された(船舶職員法1944年改正)。現行制度では、船舶職員及び小型船舶操縦者法における一〜三級海技士 (通信)に相当する。モールス通信を主体とする船舶局の全ては、現在もこの有資格者が必要である(同法施行令別表第一(配乗表)四 無線部)。
  14. ^ 中短波帯の電波による無線電話は、二次大戦の前から小型船を中心に使用されており、無線の強制されない船舶で電話級の通信士が運用することもあった。1950年代に出現した150MHz帯のFM変調式無線電話はモールス装備船のブリッジにも設置され、航海士などの操船担当者も出入港時などには無線通信を行なうようになる。これが現在の国際VHFへと発展した。日本では27MHz帯(VHF扱)を用いた比較的低廉なシステムが漁船を中心に普及し、専門教育なしで取得できる特殊無線技士の増加と相まって、航海の安全に貢献している。1970年代以降の国内航路では、モールス通信を要するのは沿海以遠の客船や大型貨物船などが殆んどとなった。
  15. ^ 二次大戦後は陸上からの電波を船舶側で受信し位置を割り出すシステムが中心となり、送信地点の方位のみならず距離も自動的に連続表示されるので通信士は不要である。レーダーのように電波を発射する機器も含め、無線の専門知識を有さない者でも操作できるのが普通。
  16. ^ 無線の装備が強制される日本船舶(の全て)は、かつてはモールス通信の可能な設備と船舶職員としての通信士を必要としたが、1952年以降は船舶の種別によっては無線電話のみの装備でもよいことになった(船舶安全法1952年改正)。この場合は無線部やその職員も不要であり、無線従事者の資格を有する航海士などが通信担当者を兼任できる。ただ電話専用の資格のうち特殊無線技士が運用できる船舶無線の周波数は中短波帯VHF以上であり、また80年代に入るまでは国内通信のみ可能な種類だけだった。なお遠距離用の短波帯を扱える電話級無線通信士(今の第四級海上無線通信士)も、国際通信は不可である。
  17. ^ それまでの遠距離用無線電話は、中短波帯の電波にAMラジオと同じ方法で音声を乗せるもので、安定した通信は300キロ程度が限界だった。短波帯のシステムでは効率のよいSSB変調を用いており、時間帯ごとに適宜な周波数を選べば数千キロの交信が可能である。衛星電話の普及する21世紀初頭までは、これを用いた遠洋船舶電話も存在した。
  18. ^ アメリカには、電力や周波数が無制限で国際通信も行なえる無線電話専用の資格が早くから存在し(en: General radiotelephone operator license#history)、専任の(電信)通信士が乗らない外航船も多かった。いっぽう日本では1980年代に至るまで、電話での国際通信にはモールスを扱える通信士の二級以上を要した。もっとも当時は英会話の不得手な船員も多く(日本だけではない)、英語での交信は専任通信士によるモールスのほうが高能率だったという。
  19. ^ 船舶無線の第一の目的は安全に係わる通信の確保であるが、所属組織との連絡や乗員乗客の個人的な通信を扱う一般通信の比重も大きい。かつては通信士が双方の全てを行なっていたが、運航のための無線電話による交信は甲板部も担当するようになり、また一般通信には電話やファックスなど、モールス電信を用いない機器が導入されていく。
  20. ^ #GMDSSへの移行までは、旅客船および1,600総トン以上の貨物船は航行区域沿海を越え近海や遠洋に及ぶ場合、国内航路であってもモールス通信用の設備と専任の通信士とを強制されるのが基本であった。また太平洋や日本海の沿海のみを航行区域とする内航客船に対しても、長距離の場合はモールスと二級通信士以上の乗務とが行政指導されていた。荒天回避のため沖合に出た沿海フェリーが、VHF電話の通信圏を脱してしまう事件が起きたためである(1974年、しれとこ丸#事故・インシデント)。なお津軽海峡は沿海区域内ではあるが国際海峡なので、客扱いをする青函連絡船には外航大型客船と同様に通信士3名が乗り組んでいた。
  21. ^ 1982年に特殊無線技士(国際無線電話)が新設され、モールス通信の技能や無線工学の専門知識を有さない航海士などでも、国際通信を行なえる資格を所持できるようになった。どの船舶でも行なえる国際通信は事実上国際VHFによるものだけであるが、モールスの設備を強制されない船舶では専任通信士を廃する例も出てきた。なお後継の第一級海上特殊無線技士は、漁船や非義務船舶ならインマルサットなども運用できる。
  22. ^ 欧米に比べると通信士の員数も多く、これの減員は1960〜70年代海事労働の大きな争点だった。船舶近代化による人員削減問題の前哨戦と見なされたからである。船員には珍しいストライキ(下船拒否)も行なわれ、全日本海員組合からの脱退者が別組織の船舶通信士労働組合(船通労)をつくる事態ともなったが、70年代からは大型船でも通信士1名が基本になった。
  23. ^ 70年代に入るころまで、ある程度以上の船舶には事務長が乗務していた(船員法施行規則第2条)。人員合理化が進展すると、通信長が事務長の仕事を兼務することが多くなり、この点からも通信士の廃止は難しかった。ちなみに現在の日本船舶では、司厨(船舶料理士を参照)を含む事務関係の管理運営は、甲板部の職員や部員によるのが普通である。
  24. ^ #GMDSSへの移行までは、100総トン以上の漁船は航行区域などとは無関係に、全てモールス用の設備を有さねばならないのが原則であり、主に三級(総合)通信士の専任者が乗船していた。遠洋漁業には現在でもモールス通信に頼って漁労を行なう船舶が存在するが、この場合の無線部は従前からの制度に依ることが多い。なお三級総合の資格のみでは、GMDSSに対応する新しい無線部の職員にはなれない(後述)。日本大百科全書(小学館)「電信」 5.システムの問題点と国際的責任(執筆:石島巖)

GMDSSへの移行[編集]

80年代に入ると船舶近代化に伴ない衛星通信 [6 1] やNBDP [6 2] が導入され、また通信士の資質向上も図られた [6 3]。 ところが最も大切な緊急時用の無線は、モールス通信など人手に頼る要素も多く、この戦前から続くシステムと新技術との乖離が問題となってくる [6 4]

GMDSSには「無線室」という概念がない。マイクロホン始め制御装置は全部ブリッジ(船橋)に置かれ、航海士が海図作業と共に無線通信を担当している。フランス船アルゴノート号(2005年)。

90年代初頭にGMDSS(世界海洋遭難安全システム)が導入され [6 5]遭難信号を自動的にデジタル伝送できるようになった [6 6]。 モールス通信とその従事者は船舶無線の国際的な必須条件から外され、新システムに適合した通信士の能力基準も定められた [6 7]

日本ではこの改正に対応して、モールスの技能を要さない船舶無線用の通信士資格が新設された [6 8]。 また船舶職員制度の改正も行なわれ [6 9]、 必要な海技従事者資格も新設された [6 10]。 さらに他部の船舶職員が無線部の職員を兼任できるようになると共に [6 11]大型船舶の船長や航海士に対し無線従事者資格の所持が義務付けられたので [6 12]、 21世紀に入ると無線を要する民間船舶の殆んどから専任の通信士が消えた [6 13]。 ただ海上保安庁自衛隊などの公用船では、運航関連以外の通信は専任者によることも多い [6 14]。 また海事教育機関練習船には、教官でもある船舶通信士が乗務している [6 15]

従来は通信士の手によっていた公衆通信なども、利用者が自分で携帯電話網や衛星回線を運用するようになったので [6 16]、 電気通信事業者の海岸局は全廃された [6 17]。 ただ地方自治体や漁業協同組合が運営する漁業用の海岸局が全国に存在し、電報を送受しているところもある [6 18]。 海運業者は所属船のため、主にVHF帯の海岸局を有しているが、海事衛星経由のデータ通信も多くなってきた。

海上保安庁の海岸局には多数の通信士が勤務しているが [6 19]、 1996年以降モールス通信は基本的に使用されていない [6 20]。 また海上交通センター(マーチス)や自治体のポートラジオでは、係員が無線電話で運航管制などを行なっている [6 21]

  1. ^ 1979年の「国際海事衛星機構に関する条約」締結により、現在の国際移動通信衛星機構が成立し、静止衛星を経由する海上通信が行なえるようになった。1998年に事業部分が民営移管されて成立したインマルサット社は、現在では移動通信全般を扱っており、両極地方を除く地球全域からアクセスできる。なおインマルサットによる船舶地球局は、一般の電話網などとして使う場合は無資格でも運用できるが、GMDSS(後述)など安全運航のための通信システムとして使用する場合は、所定の国際的な無線資格を要する。日本では無線電話による国際通信を行なえる資格(試験科目に英会話がある)が必要。
  2. ^ Narrow Band Direct Printing。ラジオテレタイプの一種で、最初は一般通信用として導入された。通信白書(昭和57年)「狭帯域直接印刷電信」。GMDSSにおいては文字通信の基本方式となり、NAVTEX(航行警報)などにも使われている。電波法令Wiki「狭帯域直接印刷電信装置」 ただ一般通信用としては低速(100baud)で漢字変換も出来なかったため、日本ではほぼ電子メールに置き換えられた。
  3. ^ トリー・キャニオン号の座礁事故などをきっかけに、「1978年の船員の訓練及び資格証明並びに当直の基準に関する国際条約(STCW条約)」が締結された。これに伴ない一定の船舶局を運用するには、無線従事者資格と共に船舶局無線従事者証明の受給を受けていなければならないとする制度が1982年に導入された(電波法第39条)。総務省電波利用ホームページ 「船舶局無線従事者証明」。なお操作や監督にこの証明を要するのは、電波法施行規則第32条の10で規定する義務船舶局等(後述)、および従前からの規定によるモールス通信を行なう船舶局である。 これらの無線局を有する船舶は、海事法規により船員組織中に無線部を必要とする船舶でもあるので、この無線部の職員に必要な海技従事者資格(国土交通省管轄)の取得には、乗船履歴と無線従事者免許証のほか、船舶局無線従事者証明を受けていることも必要である。
  4. ^ 新しい通信方法を用いてのSOS等はもちろん可能であり、必要な制度や聴守体制も導入時から存在していた。ただ複数の連絡手段が並立すると、「第一報にはどれを使うべきか」「内容に喰い違いがある時はどうするか」など逆に不都合を生ずる場合もあり、新システムをも包含した遭難通信体制の構築が必要になった。
  5. ^ 海上における人命の安全のための国際条約(SOLAS条約)の改正による(総務省「海上で利用する無線システム」)。日本では20総トン以上の船舶すべてについてGMDSSの装備が原則となり(船舶安全法 第4条1991年改正)、無線を「要さない船舶」について例外規定を設ける制度に替わった(同法附則第32条の2、関連の政令[5]省令[6])。船舶安全法の改正で、(電波法上の)義務船舶局の範囲が拡がり、無線従事者を要する船舶が増えた。必要な装備は船舶の種類と航行区域により決定され、それに従い必要な資格も定まる(船舶設備規程第8編)。GMDSSに関する規定はかなり複雑で、業界団体では民間資格を設けているほどである。日本船舶電装協会「航海用無線設備整備士のあらまし
  6. ^ 沈没時には非常用位置指示無線標識装置(衛星系通信)の自動送信で遭難信号が発せられることも多い。ただこのE-PIRBをはじめとする自動化機器の誤発信が多く、不必要な救助活動が行なわれてしまう場合もある。日本では海上保安庁の海岸局が遭難通信を宰領するのが基本で、自衛隊などとも協力して救助活動を行なう。1979年発効の「海上における捜索及び救助に関する国際条約」に基づき、日本周辺国との間でSAR協定が結ばれ、国際的な協力体制が作られてきた。
  7. ^ 国際的な4資格のうち上位の3つは、モールス通信を除く全ての船舶無線を運用することが可能で、保守作業従事の可否およびその範囲がランクにより異なる。無線工学の専門知識を要するのは上位の2資格だが、国際的に見ても所有者は少ない。
  8. ^ 海上区分無線従事者のうち、第一〜三級の海上無線通信士は国際資格の上位3つに対応する。また既存の第一級海上特殊無線技士は、電話中心の簡易な4番目の資格に対応するものとされた。なおモールス通信を行なえる資格も国際的に存続しており、これに対応する総合無線通信士のうち、一級は一級海上通信士を、二級は一級海上特殊を包含する。
  9. ^ GMDSSの場合も、一定以上の船舶は船員組織中に無線部を要するが、陸上と中短波帯で通信できるA2水域内の国内航海なら不要である。船舶職員及び小型船舶操縦者法施行令別表第一 配乗表の適用に関する通則 4。
  10. ^ 新しい無線部のための海技従事者資格として、一〜四級海技士 (電子通信)が新設された。それまでの海技士(通信)と同様に、取得には無線従事者資格と船舶局無線従事者証明、および乗船履歴が必要である。三級と四級は無線工学の専門教育を受けていない者でも取得可能。なお新制度の無線部を有する船舶においても総合通信士によるモールス運用は可能であるが、有さない船舶でモールス通信を行なうには、義務船舶局でない場合も従前からの制度による無線部が必要である。
  11. ^ 船舶職員及び小型船舶操縦者法施行令第5条第2項。なお各資格で乗務できる船舶については、同施行令別表第一(配乗表)のうち、五 無線部、を参照。予備の無線設備があったり、入港時に業者が整備を行なったりする場合は(船舶安全法施行規則 第60条の5から第60条の8 無線設備の保守等)、無線機器の保守作業が行なえない三級の資格でも全ての無線部で通信長になれる。ちなみに一級海技士 (通信)は一級海技士(電子通信)を包含する上位資格であり、新制度の無線部すべてにおいて執務できる。
  12. ^ 無線の装備を強制される大型船舶においては、無線部の有無にかかわらず、甲板部職員(の全員)は第二級海上特殊無線技士以上を有していなければならない。外航船の場合は電話による国際通信を行なえる資格を要する。船舶職員及び小型船舶操縦者法施行規則第60条の8の3および8の4「甲板部職員には無線従事者資格が必要です」 (中国運輸局) 1997年以降のSTCW条約 「附属書第2章 船長及び甲板部」における無線関係の規定を満たすための改正である[7]。なお国によっては、船乗りの資格だけで小規模な無線局なら運用できる。
  13. ^ 日本商船の船舶数・船舶無線電信局数・船舶通信士数の推移」を参照。(総合)通信士は船舶局以外にも従事可能な無線局が多く、無線関係の仕事に「陸転」した例も多数ある。また陸上無線技術士などの資格を取得する際に、無線従事者認定講習課程(従事者規則第33条)の制度を活用できる(無線従事者#取得)。今でも専任通信士が乗務している民間船は、遠洋漁船のほかには外航クルーズ客船くらいである。
  14. ^ 自船の運航に係わる無線通信や電波航法は航海士などによるが、海難救助哨戒、あるいは漁業取締のための通信や方向探知は専任者によるのが普通である。大型艦船では対空通信用などに独立の無線室を有する場合もある。
  15. ^ その練習船が通信長の乗り組みを要さない船舶であっても、航海士養成において無線の資格を取得させる必要もあり、船上で無線の実地教育を行なっている。若林伸和 「ようこそ「ふかえまる」へ (神戸大学練習船 深江丸)」 海事教育機関のうち第一種養成施設では、一〜二級の海上特殊無線技士を在学中に取得することが多い。第三級海上無線通信士船舶局無線従事者証明については、再教育機関である第二種養成施設において、取得のための認定講習を行なっている。
  16. ^ 現在の携帯電話は海岸から20数キロ程度、つまり領海内なら圏内であることが多い(陸上移動局#実際)。またインマルサットより低予算で済む衛星携帯電話が普及し、NTTドコモワイドスターは200海里経済水域内なら通話やデータ通信が行なえ、GMDSSの一般通信用設備としても認定されている。「ワイドスターII 衛星移動通信システム・サービスの概要」 NTTテクニカルジャーナル VOL.18 NO.2 Jul.2010。ただしこれらは一般的な「電話」であるから、緊急通報を行なう際は118番を利用することになる。海上保安庁 緊急通報「118番」
  17. ^ 20世紀末までの日本には、電電公社(後にはNTT)の海岸局が十数局存在した。2〜300キロまでの船舶とは中波帯で、また遠洋の船舶とは銚子局や長崎局の短波帯で、主に手動モールスにより公衆電報を送受していた(銚子無線電報局#概要)。またNTTやKDDIの海岸局を経由する船舶電話は、VHFによる沿海用は携帯電話網や第三者無線に、短波帯の長距離用は衛星通信に移行した。無線電報を利用していた文書通信も、これらを経由するメールファックスに代っている。ちなみに船舶地球局と通信する陸上の局は海岸地球局といい、これらは船舶局や海岸局ではなく地球局の範疇である。
  18. ^ 現在の日本で電気通信業務を行なう海岸局は漁業用のみであり、NTTの委託で電気通信役務を提供している(総務省 無線局等情報検索 電気通信業務を行なう海岸局)。無線電報は主に遠洋漁業で利用され、漁船との間では「託送」という形で電文をやり取りし、電報として扱われるのは陸上だけの場合も多い。NTT東日本「電報サービス契約約款」第6章  託送とは他の電気通信手段による電報の受付や送達のことで、海岸局と漁船との間ではモールス通信による場合もある。
  19. ^ 現在の海上保安庁にはモールス通信の行なえる総合通信士の養成課程はなく、無線要員が取得すべき資格は三級海上と航空通信士、それと二級陸上技術士である。また航海士や機関士などの養成においても、一級海上特殊技士レベルの無線教育をしている。海上保安大学校 授業科目一覧
  20. ^ 船舶局や海上保安庁の海岸局は、現在でも港務通信などに中波帯モールス用の電波を使用することができる。海上移動業務に使用する電波の型式及び周波数の使用区別 最終改正2010年5月(pdf)
  21. ^ NHK 平成若者仕事図鑑 「no.273 港湾通信士」 通信相手には外国船が多く、電話による国際通信を海岸局において行なえる資格が必要。

陸上無線[編集]

固定地点間の通信は有線が基本であるが、電線を引く必要のない無線通信も早くから使われている [7 1]。 特に日本の国際通信は外国企業が運営する海底ケーブルから始まったため [7 2]、 外国と直接連絡できる無線回線は通信自主権の面からも重要だったし [7 3]、 国内の有線通信を補完する無線網や、いわゆる外地との無線回線も存在した [7 4]。 また1920年代にはラジオ放送が始まり、多数者への一方向通信という無線の新しい利用形態も生まれる。これらの陸上無線では、モールスなどの通信技能を要さない純技術的な業務が多く、通信士の資格を有さない者も多数従事していた [7 5]

二次大戦後は陸上無線でも自動化が進展し、国際電報の手動モールスは衛星通信や海底同軸ケーブルが導入される1960年代には消滅した。また行政(治安・防衛・運輸など)や報道(通信社など)では短波回線が運用されていて、かつてはモールス通信も存在したが、20世紀末までに殆んどが衛星通信へと転換された [7 6]。 21世紀の固定地点間無線通信は、特に電気通信役務用では有線通信と一体化しているのが普通である [7 7]。 なお陸上の無線局相互間の通信は(モールス以外は)無資格で原則可能だが [7 8]、 技術面の管理を行なう有資格者の配置を要する場合が多い [7 9]

陸上を移動する無線通信は電話が中心で、また普及したのが二次大戦後ということもあり、運用は利用者自身によるのが導入時から一般的であった [7 10]。 中心となる無線局を有資格者が管理していれば、それ以外の局は無資格でも操作できるのが普通である(陸上移動局#操作[7 11]。 なお自衛隊・警察・消防などの陸上移動通信では、運用の専任者が存在する場合もある。

  1. ^ 一次大戦の始まる頃までは、今で言う中波以下の周波数帯が主用されていた(地上波)。大地に沿って伝わる地表波は低い周波数ほど遠くに届くので、10数kHzの超長波による大陸間通信も開発された(依佐美送信所)。1920年代からは電離層を利用する短波通信が主流となる。40年代までは回線品質などの制約で、熟練者による高速の手動モールス通信も多かった。二次大戦後はVHF以上による地上波通信が陸上無線の中心になる。現在のマイクロ波網や衛星回線は有線系と一体化した自動化通信であり、要する人員は技術面の管理者である。
  2. ^ 日本初の対外通信回線を建設したのはデンマークの大北電信会社であるが(1871年)、同社の対外電報独占権が完全に消滅したのはほぼ一世紀後の1969年である。
  3. ^ 大英帝国海底ケーブルを世界中に敷設したので、日本などの新興国は無線による国際通信網の構築をめざした(大西洋横断電信ケーブル#海底ケーブル網の発展とその後の展開)。
  4. ^ 内地(本土)との間で、海底ケーブルなどの有線回線と一体化した無線回線が、逓信省により運用されていた。なお外地には別個の電気通信事業者が存在する場合があり、満州電信電話株式会社は自前の通信従事者養成機関を有し、また放送事業(ラジオ)をも運営していた。
  5. ^ 逓信省や陸海軍の場合は通信士と同様に、内部養成機関で必要な教育を受けた者が従事していた。いっぽう国際通信用設備の保守管理は民間企業である国際電気通信株式会社(現KDDI)が行なっており、また現NHKによるラジオ放送も逓信省による運営ではない。この2法人における主任技術者については、逓信省が雇用の際に個別の審査を行なっていたが、1940年からは新設の電気通信技術者(前述)の資格を有する者に限られるようになった。ただしこれは前述の2法人のみの必置資格であり[8]、通信士の場合と同様に逓信省の無線設備などは制度外であった。
  6. ^ 映画「インデペンデンス・デイ」で描かれたように、衛星や光ファイバーなどによる広帯域回線が全て使えなくなっても、両端末の機器だけで済む短波通信は使用可能である。自衛隊には最終手段としての手動モールス通信網も存在する。[9][10] ちなみに短波無線へのサイバー攻撃ジャミング以外に有効な方法がなく(通信妨害)、周波数の頻繁変更などの対応を採れば戦時でも最低限の情報交換が行なえる。
  7. ^ 有線通信と無線とは、かつては技術面でも制度面でも分けて扱われていた。現在では宇宙部分(通信衛星など)を使用する「衛星系」、有線通信(光ファイバーなども含む)に地上のみの無線システムを加えた「地上系」とに、電気通信を大別することが多い。
  8. ^ 電波法施行規則 第33条第4号など。なお国内電信級陸上特殊無線技士は、陸上相互間で国内モールス通信を行なうために設けられた資格である。陸上分野における他の資格には通信操作に関する規定がないが、それはこの第33条により特に必要が無いからである。ちなみに国内電信級の資格所有者が殆んど自衛隊員なのは、これがあると陸上無線において全ての通信操作が行なえるため。自衛隊のモールス通信も移動しない局においては、運用者の全員が資格を要する。なお自衛隊専用の陸上局であっても海岸局や航空局の場合は、モールス以外の運用や監督についても一般の無線局と同様の無線従事者を要する。
  9. ^ (無線局としての)放送局や電気通信事業者の無線中継所、衛星通信や航法無線などの送信所には、基本的に陸上無線技術士の配置が必要。また海岸局航空局で大電力のものには、通信士以外に技術士の配置を要する場合がある。小電力で陸上間のみの通信を行なう場合も、各種の陸上特殊無線技士を要することが多く、国際条約が要求しないこれら技術関係の国家資格が存在する国は珍しい。なお一定規模を超える電気通信事業の用に供する無線局は、必置資格である電気通信主任技術者の監督も受けている(電気通信事業法第45条)。
  10. ^ 1950年代までの自動車無線では、中波〜短波では電話のほかモールス通信が使われることもあった。警察無線の歴史1(戦前~1946年短波帯全国通信網まで) 現在でも軍事関係では、手動モールスを含めた短波帯陸上移動通信が行われている。陸上自衛隊 「地上無線機(改)の概要」 また1920年代までの欧米には無線室を備えた列車が存在し、専任の通信士が運行情報などを扱っていた。fr: Radiotélégraphiste de chemin de ferGETTING the WIRELESS on BOARD TRAIN
  11. ^ かつてはタクシー無線などでも運転手の全員が資格を必要とした。なお沿海で使用する携帯電話MCA無線、内陸湖の船舶で使用する無線(琵琶湖汽船の例[11])、またスカイスポーツで使われている無線のいくつかは、電波行政上は陸上の無線局である(陸上移動局#実際)。有資格者を要する場合は、陸上区分の無線従事者あるいは総合通信士が必要である。

航空無線[編集]

乗務通信士の時代[編集]

20世紀初頭に出現した飛行機や飛行船 [8 1] にも、一次大戦のころから通信士が乗務するようになった [8 2]戦間期の無線技術では、操縦しながらの電話交信には不確実な面があり [8 3]、 専従者によるモールス通信が多かった [8 4]。 ちなみに乗客の公衆電報も取り扱った例がある [8 5]。 乗務通信士はコックピットの一員であるのが普通で、無線通信や電波航法の全てを担当していた [8 6]

二次大戦中の英空軍爆撃機内。 机上右には細長い電鍵が見える。 この「アブロ ランカスター」は、初の双曲線航法であるGeeDMEの元祖であるOboe、なども装備していた[16]

航空においては地上の諸施設間を結ぶ電気通信も重要であり、有線通信のバックアップとしての無線も多用されていた。 また航空機と交信する対空通信士は、今の管制官運航管理者のような仕事もしていた [8 7]。 二次大戦の近づくころには電波標識を結ぶ航空路も設けられ、欧米では無線電話を用いた航空管制も出現する [8 8]

日本においては1927年から一定以上の航空機に対して、無線の装備が強制されるようになる [8 9]。 だが通信士はその地位が不明確で、正規の乗員とは見なされない場合もあった [8 10]航空従事者としての通信士資格は1943年に法定されたが [8 11]、 完全施行なされぬままに戦後の航空禁止を迎えた。

  1. ^ 1930年代まで活躍した旅客運送用の飛行船には、大型客船と同様に複数の通信士が乗務しており、公衆電報も取り扱っていた。en:LZ 127 Graf Zeppelin#Electrical and communications systems また北極に挑んだ飛行船イタリア号の遭難事故は、航空における無線の重要性を人々に認識させた。The role of radio in rescuing the survivors of the airship Italia Polar Research April 2008
  2. ^ この乗務通信士および地上で航空無線に携わる者の多くは、無線学校卒業者や元船舶通信士からの転業であり、操縦士や機関士の養成機関における無線教育は、軍関係以外では殆んど存在しなかった。
  3. ^ 無線機やアンテナそのものより実装技術に問題があり、エンジンからの電波妨害などで電磁環境は最悪だった。また当時の機内騒音は耳栓を要するほどであり、受信が不可能なので片送信のみ行なった例すらある。電磁シールドやボンディング(電位差を無くすための各部相互接続)が普及したのは、各種の電子機器が搭載されるようになった二次大戦中である。
  4. ^ 初期には中波帯の電波のみを使用し、飛行場などで地上間の連絡を行なっていた無線局が対空通信も担当した。通信方法は船舶無線に準じており、遭難信号のSOSなども共通である。また船舶用の海岸局と通信することもあった。短波通信が導入される1930年代には専用の航空局が地上に設けられ、航空専用の通信体系が成立する。
  5. ^ 日本では1937年から乗客が電報を発受できるようになった(航空機無線電信取扱所設置ノ件)。ただ単なる物珍しさによる利用も多く、戦争が激化した1943年にはすべて廃止になった。航空機の公衆通信は、80年代に航空機電話の形で復活する。
  6. ^ 航空機が発射した中波帯の電波を地上の無線方向探知局で受信し、この局から見た方位を通知するというのが最初の電波航法である。航空機では通信用以外の無線設備を特に必要としないが、双方の通信士による共同作業が重要だった。二次大戦が始まる頃には地上のビーコン局も設けられ、航空機側では電波の到来方向を測定する方向探知機を操縦士が操作するようになる。
  7. ^ パイロットでもあったサン・テグジュペリの小説「夜間飛行」「人間の土地」などには、当時の様子が活写されている。fr: Opérateur radio-navigant も参照。
  8. ^ 戦前の日本には今日的意味での航空管制は存在せず、運航に必要な連絡は逓信省の(無料)電報に拠るのが基本で、電話はあまり使われなかった。ただ「安全に係わる通信は形式に拘らない」「緊急時には口頭連絡も認める」など、航空機の特性を考慮した扱いがなされていた(1940年の航空無線電報規則で明文化)。また1930年代以降は空港内に専用の無線局が設けられ、空陸間の即時通信が可能となる。なお大日本航空南洋航路の開始に際し(1941年時間表)、今で言うカンパニーラジオを飛行艇空港のある横浜に開設した。
  9. ^ (旧)航空法の条文に定めはなく、省令で定める諸規定(第44条)のうちの一つ、という位置づけだった(同法施行規則第125条)。強制の範囲は時代と共に拡大し、終戦時には運送営業用の全てが無線を要することになっていた。
  10. ^ 航空機乗員の免許を得るには飛行経歴が重要であるが、電波行政における通信士の資格は試験合格のみで取得できる。運輸行政の対象である航空機乗員としての通信士資格が、1940年代に整備士と共に法定されるまで(後述)、通信士は重要な職務であるにもかかわらず軽んじられる傾向があった。主任の通信士となるには実務経験が必要だし、後には指定無線通信士資格検定の合格がその任用条件となったが(私設規則1943年6月改正 第37条)、これらは無線電信法に係わる規定で、航空機乗員としての資格制度ではない。
  11. ^ 改正された(旧)航空法第3章および(旧)施行規則第5章により規定された一・二・三等の航空通信士は、無線通信士の一級、二級、三級および(旧)航空級、に許された操作を行なう際に必要とされた。また地上で航空無線に従事する場合もこの航空従事者資格を要した。なお(現)航空法は民間航空再開後の制定であり(1952年)、資格の継承はない。

二次大戦後の進展[編集]

アビオニクスの進歩により電波航法が自動化され [9 1] また電話通信の信頼性も向上したので [9 2]、 二次大戦後は操縦士が無線全般を担当できるようになった [9 3]。 日本で航空再開時に新設された資格もモールスの技能は必要とせず、操縦士や管制官などによる電話通信が航空無線の主体になる [9 4]。 遠距離通信も無線電話が中心となり [9 5]、 専任の通信士が乗務するのは国際線の一部に限られるようになった [9 6]。 そのモールス運用も1960年代前半には消滅し [9 7]旅客機のコックピットからは通信士が消える [9 8]。 ただ現在でも軍事や海難救助においては、無線通信に専念する乗員の役割は大きい [9 9]

航空会社の社内通信(カンパニーラジオ)では従来からのVHF電話に加え [9 10]ACARS [9 11] 等によるデータ通信インマルサット [9 12] も多用されており、やはり操縦士が運用している。地上の飛行場や航空会社などの相互間を結ぶ通信は、現在は自動化されたデータ伝送が中心である [9 13]。 なお機内で乗員が公衆通信を取り扱うことはなく [9 14]、 電気通信事業者が提供するWi-Fiも利用者自身が操作する [9 15]

航空交通管制のため地上から航空機に対して行われる無線通信は [9 16]、 管制業務の一環として行なわれる命令の伝達と [9 17]、 操縦者の判断を補助するための情報提供とに大別される [9 18]。 後者は地上間の有線系通信と同様に、通信や情報の専任者によることが多い [9 19]。 なお国際線など遠距離にある航空機への管制伝達も専任者の担当だが [9 20]運輸多目的衛星(MTSAT)によるシステムへの置き換えが進み、管制官が直接行なえるようになりつつある。

  1. ^ 二次大戦後は地上からの電波を航空機側で受信し位置を割り出すシステムが中心となり、送信地点の方位のみならず距離も連続して自動表示されるので通信士は不要である。レーダーのように電波を発射する機器も、操縦士が所持する無線の免許のみで足りる。なお主要空港には離着陸を電波で誘導するシステムが装備されているが、自動化されており管制官などによる常時の操作は不要。
  2. ^ 地上の航空保安無線施設に依存し、無線電話による管制官の指示に従って操縦するのが、航空術の基本となった。(現)航空法第146~147条では、この航空交通管制の下にある全ての航空機に無線装備を強制している。これを(電波法上の)義務航空機局という。
  3. ^ パイロットに求められる無線関係の能力は、日本では従事者資格の取得により担保されているが、必要な無線教育は操縦士養成課程の一部として行なわれるのが普通。航空大学校 「教育訓練の内容」 なお外国ではパイロットの資格が無線の免許を含んでいる場合が多い。ちなみに航空無線通信士(及び包含する資格)の試験では会話も含めた英語力が試されるが、航空従事者の学科試験科目に「英語」は存在しない。ただし国外への飛行には航空英語に関する技能証明が必要。
  4. ^ 1952年には一・二級通信士の操作範囲に航空関係を加え、また電話通信のみの航空級無線通信士を新設した。後継の航空無線通信士は、モールス以外なら航空関係の地球局を含め全て運用できる。また1971年に新設された特殊無線技士無線電話丙(現航空特殊無線技士)は、航空運送事業用以外の航空機においてVHF国内通信を行なうための資格である。なおモールスによる国際通信に必要だった航空機通信長の規定は1989年に削除された。また一級および二級の総合通信士は、国際条約が定める(航空移動業務に関する)第二級無線電信通信士にも対応していたが、1996年以降に発給される免許証は、電話通信士のみに対応する旨の記載になっている。
  5. ^ 日本で民間航空が再開された1950年代には、電話の他にモールス通信が必要な飛行情報区(FIR)が存在していた。 国内では再開時から電話通信のみであったが、当時は航空路管制においても短波がVHFと併用されており、また一部の管制塔との交信は短波によっても可能だった。
  6. ^ 1952年施行の(新)航空法では、航空従事者として一等・二等・三等の航空通信士が規定され、一等と二等は一級と二級の通信士に許された操作を行なう専任通信士が、三等は主に操縦士が航空級無線通信士の資格と共に所持を必要とした。ただ1971年以降は、各種の操縦士など運航にかかわる航空従事者資格を有していれば、航空通信士の免許は特に必要としない(航空法第28条(業務範囲)。また1995年以降は無等級の航空通信士に一本化されたので、無線の操作範囲は所有の無線従事者資格のみによって定まる。なお第28条但書が示すように、航空機内における無線設備の操作には受信も含むので、電波を発射しない場合も運航にかかわる航空従事者の資格を要する。航空通信士も参照。
  7. ^ 南米方面の飛行情報区では、60年代初頭まではモールス通信が必須だった(航空機局が具備すべき電波 昭和34年4月郵政省告示第260号)。1960年に導入された日本初のジェット旅客機DC-8の南米航路においても、最初の数年間は専任通信士が手動モールスを運用していた(「DC-8 FOREVER — 退役記念! JAL DC-8の本」 日本航空パイロット編 1987年)
  8. ^ 乗務通信士は、空中航法全般を担当する航空士、あるいは運航管理者などの地上勤務に転業した。
  9. ^ 自機の飛行に必要な無線は操縦士による操作が普通であるが、海上保安庁には(航空従事者の)航空通信士が勤務しているし、自衛隊の特に大型機には専任の通信士が搭乗している(航空士 (自衛隊)#航法・通信)。
  10. ^ 管制業務用の航空局には航空無線通信士以上の配置を要するが、それ以外の航空通信は専門教育を要さない航空特殊無線技士の資格でも足りるので、地上では航空会社の社員が対空通信に従事している。
  11. ^ Aircraft Communication Addressing and Reporting System。VHFを中心とし通信衛星やHF(短波帯)も使用する、全地球的なデジタル情報ネットワークである。地上の航空会社からは気象や空港の情報、航空機からは現在位置や到着予定時刻、フライトプラン(飛行計画)の変更要求、などのデータ伝送が行なわれている。残存燃料・故障報告などの機体情報は自動送信によることも多い。
  12. ^ 1979年の「国際海事衛星機構に関する条約」締結により、現在の国際移動通信衛星機構が成立した。1998年に事業部分が民営移管されて成立したインマルサット社は、現在では移動通信全般を扱っており、両極地方を除く地球全域からアクセスできる。なおインマルサットによる航空地球局は、一般の電話網などとしてで使う場合は無資格でも運用できるが、安全運航のための通信システムとして使用する場合は、所定の国際的な無線資格を要する(日本では航空無線通信士以上)。
  13. ^ 国土交通省 「国際航空固定通信網(AFTN)/国際航空交通情報通信システム(AMHS)」 衛星系や地上系の通信が殆んどで、無線資格なしでも運用できる場合が多い。なお1970年代まではモールスを含む短波回線も多用されており、多数の専任通信士が従事していた。
  14. ^ 航空無線通信士以上の操作範囲には機内における電気通信業務も含まれているが、日本機に2004年まで搭載されていた航空機電話は無線従事者の配備を要さないシステムであった。[12]。「衛星航空機電話特集 システム概要」 NTTテクニカル・ジャーナル VOL.9 NO.2 (2001)。なお外国機で行われている携帯電話中継サービスは、日本の領空では使用不可。
  15. ^ 通信容量の都合で大量のデータ伝送には制限がある。なおIP電話は使用できない。国際線機内インターネット接続サービス 「JAL SKY Wi-Fi」(2012年) / 7月23日開始 国内線機内インターネットサービス 「JAL SKY Wi-Fi」(2014年)
  16. ^ 航空機の運航に関係する通信には航空無線通信士以上の所持が必要である。ちなみに航空会社などの運航管理者も同様。なお国土交通省航空局の他に自衛隊在日米軍も航空交通管制を行っているが、自衛隊の場合は国交省と同様に管制官や運航情報官の資格を要するし、基本的には無線の資格も必要である。
  17. ^ 航空管制官が与える指示は所轄大臣の権限によるものとされており、操縦者はそれに従う義務がある。それ以外の情報提供は命令ではなく、最終的な判断は操縦者自身が行なう。
  18. ^ 情報提供には航空管制官とは別職種の専任者を配置するのが普通であり、資格要件も国際的に定められている(en:Flight information service officer#Education_and_license)。日本では航空管制運航情報官が、航空路にある航空機へ気象や飛行場などの情報を提供している。また航空管制官の配備が無い飛行場のうち、レディオ空港では常駐する情報官が、リモート空港では飛行援助センター(8ケ所)の情報官が、その空港に設置の無線設備を通じ離着陸する航空機に対し情報提供を行なっている。これら運航情報業務の他に、航空機の捜索や救難に関し関係機関との間で行なう警急業務のための通信もある。
  19. ^ 航空管制運航情報官(後述の航空管制通信官を含む)は、管制官よりも広範囲な電気通信関係の教育を受けている。航空保安大学校教授細目。なお航空保安施設などの無線設備は、陸上無線技術士の資格を持つ航空管制技術官が技術管理を行っている。
  20. ^ 飛行情報区にある航空機との洋上通信には短波帯の無線電話を使用するが、雑音や混信が多いため専任者を要する。航空管制運航情報官から選抜された航空管制通信官が、管制官からの指示を代わって伝達すると共に情報提供も行なっている。国土交通省 「国際対空通信(pdf)」 短波回線を補う対流圏散乱波の遠距離VHFも、一般の管制官による運用は行なわれていない。なお自衛隊ではモールス通信も使用されている模様。

参考文献・関連リンク[編集]