藤岡好明

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藤岡 好明
横浜DeNAベイスターズ #68
20160410 Yoshiaki Hujioka pitcher of the Yokohama DeNA BayStars, at Yokohama Stadium.jpeg
2016年4月10日 横浜スタジアムにて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 大阪府豊中市
生年月日 1985年3月12日(31歳)
身長
体重
177 cm
81 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 投手
プロ入り 2005年 大学生・社会人ドラフト3巡目
初出場 2006年3月26日
年俸 1,200万円(2016年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

藤岡 好明(ふじおか よしあき、1985年3月12日 - )は、横浜DeNAベイスターズに所属する大阪府豊中市出身のプロ野球選手投手)。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

宮崎日大高校を経て、JR九州へ入社。樋口龍美町豪将など、先輩に好投手が多かったため、入社当初は公式戦への登板機会に恵まれなかった。樋口が中日ドラゴンズ、町がオリックス・バファローズへ入団した2005年には、公式戦で主に救援へ起用。2人が成し得なかったチームの都市対抗野球大会準決勝進出に貢献した。

JR九州での1年目からNPB球団のスカウトに素質を評価されていたことを背景に、2015年のプロ野球大学・社会人会議では、福岡ソフトバンクホークスから3巡目で指名。契約金3,000万円、年俸1,000万円(金額は推定)という条件で入団した。背番号は40

ソフトバンク時代[編集]

ソフトバンク時代(2012年6月24日、福岡Yahoo!JAPANドーム)

2006年には、新人選手から松田宣浩と共に開幕一軍入りを果たすと、3月26日の対千葉ロッテマリーンズ戦(福岡Yahoo! JAPANドーム)で一軍デビュー。6回表2死満塁からの救援登板を無失点で切り抜けると、次の登板試合から8試合連続で無失点を記録するなど、セットアッパーとして活躍した。5月19日の対東京ヤクルトスワローズ戦(明治神宮野球場)では、プロ入り初セーブ[1]を記録。一軍公式戦全体では、チームトップの62試合(当時のパシフィック・リーグ新人投手最多登板記録)に登板するとともに、リーグ2位の31ホールドポイントを記録した。さらに、速球主体のピッチングながら、シーズンを通して1本の本塁打も許さなかった。

2007年には、前年まで在籍していた吉武真太郎[2]に代わる中継ぎ陣の柱として、開幕から一軍公式戦での登板を重ねた。しかし、5月時点の防御率が10点台に達したことに加えて、故障の影響で2ヶ月以上の戦線離脱を余儀なくされた。8月に一軍へ復帰してからは、公式戦23試合に登板。この間の自責点を4にとどめたことから、シーズン通算の防御率を4点台にまで持ち直した。

2009年には、公式戦開幕後の4月に、シーズン初の出場選手登録を果たした。登録当初の公式戦では中継ぎに起用されたが、5月16日の対東北楽天ゴールデンイーグルス戦(クリネックススタジアム宮城)から先発に転向。3度目の先発登板であった6月3日横浜ベイスターズ戦(福岡Yahoo!JAPANドーム)では、6回を2安打無失点という内容で先発投手としての初勝利を記録した。シーズン通算では、一軍公式戦14試合に先発。1年目に並ぶ自己最多の5勝を挙げた。

2010年には、先発投手として一軍公式戦3試合、中継ぎ投手として29試合に登板。中継ぎでは、主にビハインドの展開で登板しながら、防御率2.35、奪三振率10.33という好成績を残した。

2011年には、一軍公式戦での登板が5試合にまで減少。1勝を挙げたが、防御率は9点台で、先発投手としての登板機会はなかった。

2012年には、中継ぎ投手として一軍公式戦39試合に登板。防御率が過去最高の1.19を記録するなど、安定した成績を残したことから、シーズン終了後の契約交渉では前年から800万円増(2,800万円)で契約を更改した。

2013年には、中継ぎ投手として、シーズン序盤から一軍公式戦への登板を重ねていた。6月27日の全体練習中に体調不良を訴えたため、病院で診察を受けたところ、肝機能の低下が判明したため急遽入院。退院後も2ヶ月程度の安静を求められたため、そのままシーズンを終えた[3]

日本ハム時代[編集]

2013年12月25日に、北海道日本ハムファイターズへの移籍が発表された。鶴岡慎也FA権の行使によってソフトバンクへ移籍したことに伴う補償措置で、背番号は22[4]

2014年には、1月8日付でNPBから移籍を正式に公示[5]5月17日の対千葉ロッテマリーンズ戦(札幌ドーム)延長11回表に5番手投手として登板すると、1回を無失点に抑えた後に、チームのサヨナラ勝ちによって移籍後初勝利を挙げた[6]。しかし、以降の登板は8試合にとどまった。

2015年には、一軍公式戦で6試合に登板。防御率は4.70で、勝敗は付かなかった。シーズン終了後の契約交渉では、翌2016年の年俸に対して、野球協約で定められた減額制限を超える条件を適用することを球団から提示。結局、前年から1,200万円ダウンの推定年俸1,100万円で契約を更改した[7]

2016年には、移籍後初の開幕一軍登録を果たした。公式戦1試合に登板すると、3月30日には対オリックスバファローズ戦前の練習(札幌ドーム)へ参加。しかし練習後に登録を抹消されたうえで、球団幹部から横浜DeNAベイスターズへの移籍を通告された[8]。なお、当日の通告後には金銭トレードによる移籍であることを両球団から正式に発表した。日本ハムの栗山英樹監督は藤岡について、「ウチ(日本ハム)も(手薄な一軍の救援要員として藤岡を)欲しいけれど、藤岡には(ソフトバンクからの入団以降)個人的に何にできなかったので、藤岡のために(日本ハムより登板の機会が多そうな)DeNAへ移籍させることを考えた」という表現で、苦渋の決断の末に緊急移籍へ至ったことを明かした[9]

DeNA時代[編集]

2016年4月1日に、DeNAへの入団記者会見を実施。背番号68を着用することも発表された[10]同月5日の出場選手登録[11]を経て、翌6日の対中日ドラゴンズ戦(ナゴヤドーム)に、救援で移籍後初登板を果たした。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2006 ソフトバンク 62 0 0 0 0 5 3 1 26 .625 270 65.2 51 0 21 3 6 65 0 0 20 19 2.60 1.10
2007 36 0 0 0 0 1 2 0 7 .333 146 31.1 39 3 16 3 1 25 3 0 19 17 4.88 1.76
2008 11 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 31 8.0 7 0 1 0 1 4 0 0 4 3 3.38 1.00
2009 38 14 0 0 0 5 8 0 2 .385 434 101.2 98 10 38 0 4 82 5 0 57 52 4.60 1.34
2010 32 3 0 0 0 1 2 0 1 .333 236 54.0 56 1 21 0 3 57 3 0 29 27 4.50 1.43
2011 5 0 0 0 0 1 0 0 0 1.000 42 8.1 10 1 5 0 2 8 1 0 9 9 9.72 1.81
2012 39 0 0 0 0 1 0 0 8 1.000 175 45.1 36 0 9 0 0 34 1 0 8 6 1.19 0.99
2013 32 0 0 0 0 4 0 0 6 1.000 121 28.2 29 0 12 0 1 15 3 0 9 8 2.51 1.43
2014 日本ハム 9 0 0 0 0 1 0 0 2 1.000 57 12.0 18 0 4 1 0 8 0 0 8 7 5.25 1.83
2015 6 0 0 0 0 0 0 0 0 .000 35 7.2 11 1 2 0 0 2 0 0 4 4 4.70 1.70
通算:10年 270 17 0 0 0 19 15 1 52 .559 1547 362.2 355 16 129 7 18 300 16 0 167 152 3.77 1.34
  • 2015年度シーズン終了時

記録[編集]

投手記録
打撃記録

背番号[編集]

  • 40 (2006年 - 2013年)
  • 22 (2014年 - 2016年途中)
  • 68 (2016年途中 - )

登場曲[編集]

脚注[編集]

  1. ^ この試合で藤岡は6 - 3と3点リードした7回裏一死一、三塁で登板し、5連続三振で8回裏まで投げ終えたところで降雨コールドゲームが宣告されたためセーブが記録された。
  2. ^ ソフトバンクの前身球団・福岡ダイエーホークスから2004年読売ジャイアンツ(巨人)へ移籍した小久保裕紀が、FA権の行使を通じてソフトバンクへ事実上復帰したことによる補償措置として巨人へ移籍。
  3. ^ “ソフトバンク藤岡今季絶望か 2カ月安静”. nikkansports.com (日刊スポーツ). (2013年7月28日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20130728-1164380.html 2016年4月6日閲覧。 
  4. ^ 藤岡好明選手獲得のお知らせ2013年12月25日 北海道日本ハムファイターズ
  5. ^ トレード(2013年シーズン終了後~) 2014年1月9日閲覧
  6. ^ “藤岡 ハム移籍後初勝利「流れに乗っていい投球ができた」”. スポニチ Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2014年5月17日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2014/05/17/kiji/K20140517008180850.html 2014年5月18日閲覧。 
  7. ^ “【日本ハム】藤岡、減額制限超えダウンも「来年取り返すチャンスをいただいた」”. スポーツ報知. (2015年12月2日). http://www.hochi.co.jp/baseball/npb/20151202-OHT1T50036.html 2016年4月6日閲覧。 
  8. ^ “日本ハム藤岡好明「突然で驚きある」DeNAへ移籍”. nikkansports.com (日刊スポーツ). (2016年3月30日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/1624338.html 2016年4月6日閲覧。 
  9. ^ “栗山監督、藤岡トレードは苦渋の決断「申し訳ない」”. 日刊スポーツ. (2016年3月31日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/1624343.html 2016年4月6日閲覧。 
  10. ^ “藤岡好明選手 入団記者会見”. 横浜DeNAベイスターズ公式サイト. (2016年3月30日). http://www.baystars.co.jp/news/2016/04/0401_01.php 2016年3月30日閲覧。 
  11. ^ “DeNAがペトリック、藤岡、乙坂を一軍登録”. nikkansports.com (日刊スポーツ). (2016年4月5日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/1627049.html 2016年4月6日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]