若井おさむ

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若井 おさむ
本名 若井 修
生年月日 1973年1月9日(43歳)
出身地 日本の旗 日本京都府京都市
身長 174cm
方言 共通語京都弁
コンビ名 はちみつメロン(2003年解散)
事務所 よしもとクリエイティブ・エージェンシー
活動時期 2003年(ピン芸人として)-
配偶者  独身(離婚歴有り)[1]

若井 おさむ(わかい おさむ、1973年1月9日 - )は、日本お笑い芸人である。

京都府京都市出身。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。京都府立山城高等学校卒業。NSC大阪24期生。元漫才コンビはちみつメロンのボケ役。2003年3月、ピン芸人としてデビュー。

プロフィール[編集]

人物[編集]

機動戦士ガンダム』の主人公アムロ・レイのモノマネを得意とし、ガンダムの有名なセリフを使いコントを進めていく。アムロ・レイの声優古谷徹が演じる他のキャラクター(星飛雄馬ペガサス星矢)のモノマネもする。地声自体が古谷に似ているとよくトークでは言っているが、古谷本人は「僕の声に似ているとは思いません」「話し方は似ている」と公式サイトの掲示板でコメントしている(後に対談で彼のことを認めている発言もしている)。一方、ララァ役の潘恵子には「若井くんの方がアムロを誇張してやっているからアムロっぽい。古谷くんに何かあったらその時はお願いね」と太鼓判を押されている。

コンビ時代の若井を知るブラックマヨネーズは当時の印象を「華がなくて礼儀正しい子だった」と語っている。

吉本興業所属のアニメキャラ芸人たちによるコメディーショー「劇団アニメ座」の座長を務めている。

なお、「若井」は本名であり、若井はんじ・けんじの一門ではない。

経歴[編集]

2006年10月1日ABC制作テレビ朝日系で放映された『笑いの金メダル』内のコーナー「勝ち抜きワンミニッツショー!」で初の5週勝ち抜き芸人となり、サプライズプレゼンターとして登場した古谷徹と初対面した。また、『ガンダムエース』のVol.51(2006年10月発売号)では特別企画として古谷徹との対談企画が実現している。『機動戦士ガンダム』の名ゼリフを集めた本を出したが、その中の企画で、シャア・アズナブル役の池田秀一と対談している。

2006年末には、『機動戦士ガンダム』シリーズを制作したサンライズの忘年会の余興に出演、その際にガンダムの原作者たる富野由悠季との対面も果たし「ガンダムだけに頼ってちゃダメだよ」と助言された。

R-1ぐらんぷり』では、第2回から2007まで、準決勝に進む。

ヨシモトファンダンゴTVで放送していた番組『ワイ!ワイ!ワイ!』のコーナー「今日は誰? 有名人携帯電話の旅」にチュートリアルがMCの月曜日に出演し、経営していた居酒屋が徳井の実家の近所(京都千本今出川)だったことや、芸人になるきっかけについて話した。

2007年3月、オーディションライブでの合格がならなかったbaseよしもとへの挑戦を断念し、東京に進出。その結果、仕事の量は5倍になった。たむらけんじと非常に仲が良く、東京進出を勧めたのもたむらである。

2008年、最近一番親しくしている芸人が先輩であるFUJIWARA原西孝幸であるという事で、原西がMCをしている番組にお抱え芸人として出演するが、最近引っ越した事を原西に伝えておらず、それにより原西の自宅から家が遠くなった事が発覚し、原西を愕然とさせた。

2008年6月11日、所属事務所を通じ百貨店勤務の女性と結婚することが発表された。若井曰く、機動戦士ガンダムのヒロインである「セイラ・マス」似のスレンダーな女性とのこと。婚姻届はガンダムの形式番号RX-78にちなみ2008年7月8日に提出した。挙式はしていなかったが2008年8月31日放送の24時間テレビの深夜コーナーで、若井に内緒で連邦軍&ジオン軍の軍服を着た客(若井と妻の友人)やザビ家ランバ・ラルのコスプレの人たちに祝福された[注 1]。妻は最初口元だけ出したセイラのお面をつけていたが途中で素顔を見せた。後日、若井はこの時にもらったシャア・アズナブルの服を着てヨシモト∞に出演している。2008年10月7日放送の『一攫千金ヤマワケQ! "責任者はお前だ!"』ではセイラの服装をした妻とともに出演した。その後、2014年9月に離婚していたことを同年12月に公表した[1]

2013年4月21日放送の『HUNTER×HUNTER』第76話「サイカイ×ト×リカイ」にて男A役として声優としての初参加を果たした[2]。同作品は主人公ゴン=フリークス役が潘恵子の娘潘めぐみ、主人公の乳母ミト役が潘恵子、主人公の父親ジン=フリークスの弟子カイト役が池田秀一の中での参加である。

お笑いの道を志すまで[編集]

20代前半の頃、幼い頃から続く母親と兄からの家庭内暴力による虐待に耐えかね、自宅を離れて居酒屋の経営(父親の出資でテーブル3つ、カウンター7席ほどの小さな店)を始める。

数年の後、若井が生家を離れたことで虐待の対象が父親に飛び火し、父親は理不尽な暴力を受けていた。その状況を聞いた若井は父親に何度も離婚を勧めたが、父親は決断しかねていた。悩み続けた末、父親はついに離婚を決意したことを若井に報告に来たが、その夜に自殺してしまった。若井は堪えきれず、父の葬儀で「お父さん殺したんはお前や!」と母親を責めたが、母方の親族にも取り合ってもらえずに絶望したという。遺産のことで家族ともめたくなかった若井は、自ら父の遺産相続はすべて放棄する旨の念書を書いて母親に渡したが、皮肉なことに父親の出資で始めた居酒屋(その頃には相当な繁盛店になっていた)は父親名義のままであったため、すべて母と兄側に渡ってしまった。

途方に暮れた若井は、死に場所を探すために東南アジアへ旅に出た。数ヶ月の後、たまたま知り合った日本人観光客から、「ダウンタウンの松本人志さんがドラマ(『伝説の教師』)をやっている」ということを聞かされる。ダウンタウンの大ファンであり書籍もすべて読んでいた若井は、笑い一辺倒だった松本がドラマをやるはずがないと驚愕し、自分の目で確認するため1週間ほど帰国。そしてたまたま見た回(第8回)が、自殺をするな、というメッセージ[注 2] の回であった。これを見た若井は号泣し、自殺を思いとどまった。そして今度は楽しい旅をするため、再び東南アジアを旅して回った。その途中、インド滞在中の若井の連絡先を突き止めた元彼女の誘いでバンコクの空港で落ち合い、帰国を促されて日本に戻った。その後、お笑いの道を志し、NSCへと進んだ[3]

若井の両腕の上腕部にはタトゥーが彫られている。右腕には横書きで「036」(おさむ)と自身の名前が彫られており、左腕には縦書きで「LOVE PEACE」と彫られている。そのタトゥーを彫った時に掛かった費用は500円だった。これは、東南アジア放浪時にタイで「愛」と「平和」、そして「自分自身」が大切だという事を悟り、その想いを忘れないために彫ったものである。

ギャグ・ネタの特徴[編集]

基本的にはアムロ・レイが日常に現れたという設定で話が進むが、オチは素の関西弁の兄ちゃんに戻って落とすことが多い。なお初期の頃は、手作りのアムロ風衣装でショートコント(ガンダムとは関係のない内容)をやっていた。それがモノマネ漫談のような形式に変化し、R-1ぐらんぷりに出場した頃から現在のガンダムを題材にした一人コント形式に落ち着いた。

ネタ衣装は市販の地球連邦軍の男子制服。なお、自室のクローゼットには「お出かけ用」「運動用」「大事な仕事用」「家着用」の男子制服各1着、セイラさんの部屋から盗んできた女子制服1着、その他各種ガンダム衣装が揃っていると称している。また、ごく稀にしか披露しないが、連邦軍の制服以外の服装で行うネタも存在する。

主なセリフ

  • 自己紹介→「みなさんこんにちは、ガンダムのパイロットのアムロ・レイでおなじみの、アムロ・レイです。」(まれに「安室奈美恵じゃありません」と付け足す事もある)
  • ゴキブリが出現→「奴だ、奴が来たんだ!」
  • 赤信号→「赤い彗星のシャア
  • 青信号→「グフ
  • 黄信号→「ザクレロ
  • ザク、ザク、ザク(を刻む擬音)→「ザク
  • 目上の人→「ブライトさん」
    • 絡んだタレントをガンダムキャラの名で呼ぶこともある。
    • なだぎ武のディラン→「ブライトさん」
    • 友近のキャサリン→「セイラさん」
    • おぎやはぎ→「ブライトさん、リュウさん」など。
  • その場でやるアムロ以外のモノマネ→「星飛雄馬」、「ペガサス星矢」、「普段のキティちゃん」、「電子レンジ」など
    • 飛雄馬・星矢はアムロ同様、古谷徹が声を当てていたキャラクターであるため、「セリフを変えただけ」とよく弄られる。
  • 教習所の教習車を見て一言 ※番組(スポンサー)の都合によりセリフが変わる場合がある。
  • 笑いの金メダル内のコーナー「ワンミニッツショー」では2週目から、オチが「最初はグー、じゃんけんグー、あいこでグー、僕はパー」というギャグ(これは、元々自動車教習所ネタのオチである「じゃんけんパー、あいこでパー、アタマパー」の変形である)に統一されていた。

主なギャグ

  • (舞台最前列の客に端から)「べっぴんさんですよね、べっぴんさんですよね、そしてとばしてマチルダさ〜ん!
  • ミノフスキー粒子散布」(主に自分に都合の悪い流れになったとき)
  • ペコちゃんのようなかわいい顔(右上に舌をだす)

TV番組等での扱い[編集]

非常に特異な芸風のため、キワモノ芸人としてアクセント的に呼ばれることが多い。本人も「ガンダム芸人」として番組に呼ばれた場合には、終始アムロ・レイの声真似とガンダムギャグに徹する。

土田晃之と共に『機動戦士ガンダム00』の第1話特別先行試写会にもゲストに招かれる。ここでは同作でナレーターを務める本家アムロの古谷との「アムロ声での応酬」を披露した。

ガンダム好きの芸人達からは絶大な支持を受けている(「ガノタ(ガンオタ=GA-N-O-TA→GA-NO-TA)」である次長課長井上が好きな芸人のトップに名を挙げる等)。ガンダムグッズに埋もれて生活しているため(自称「モビルスーツ屋敷」)相当なガンダムマニアと思われがちだが、しばしば普通の初代ガンダムファンの域を出ないことをうかがわせることもある。

ヨシモト∞』(若井おさむ&ネゴシックスの20分)出演時、ネゴシックスから「ガンダムなら何でも答えられるのか」と聞かれ、「答えられる」と言い切ったものの、「第27話のタイトルは」という問いを「それはまた追々…」と言ってかわした。

TVチャンピオン2』の「外国人アキバ王選手権」にゲスト出演した際「ガンダム関連ならどんな難問でも答えられる」と意気込んだが、「F90の換装バリエーションを全て挙げよ」と問われると「一年戦争(初代ガンダム)しか分かりません」と答えた。但し、F90の換装バリエーションは26種類存在する為、難易度の高い問題であった。

『えらすべりネタグランプリ』の楽屋で『ドラえもん』を読んでいた。中山功太とネゴシックスに「キャラを考えろ」と注意された。

シャア・アズナブルのものまねを得意とする松竹芸能所属のものまね芸人ぬまっちと競演をすることも多い。

出演[編集]

過去のレギュラー[編集]

単発番組[編集]

テレビドラマ[編集]

CM[編集]

アニメ[編集]

インターネット配信[編集]

ニコニコ生放送[編集]

その他ネット配信[編集]

  • おしゃべりやってまーすシリーズ(K'z Station
    • おしゃべりやってまーす第2放送(2013年1月1日 - 1月15日、2013年2月12日、2013年7月30日、2013年8月20日 - 9月10日、2013年9月24日)
    • おしゃべりやってまーすS(2015年8月11日、2015年8月18日)

ライブ[編集]

  • AGE AGE LIVE

イベント[編集]

「劇団アニメ座」[編集]

  • 劇団アニメ座 旗揚げ公演(2010年11月15日)
  • 劇団アニメ座 2回目公演(2011年4月2日)
  • 劇団アニメ座 大阪公演 〜あの旗揚げ公演を大阪で行きまーす〜(2011年7月2日)
  • 劇団アニメ座 東名京ツアー 〜めぐりたい、そりゃ〜(京都、2012年5月13日・名古屋、2012年5月19日・東京、2012年6月3日)
  • 劇団アニメ座番外編〜思えばトークへ来たもんだ〜(2013年4月2日)
  • 劇団アニメ座本公演〜Z・刻を越えて〜(2013年5月25日)
  • 劇団アニメ座番外編 〜よりぬきアニメ座さん〜(2013年6月22日)
  • 劇団アニメ座ツアー2013 〜アニメじゃない、ほんとのことさ〜(小倉、2013年7月20日・大阪、2013年8月17日・名古屋、2013年8月25日・東京、2013年9月22日)
  • アニメ座寄席(2013年12月22日 - 2014年9月5日[注 3]
  • 劇団アニメ座オーディション2014(2014年3月15日)
  • 劇団アニメ座本公演〜旗揚げのやつを再び〜(2014年3月26日)
  • 劇団アニメ座本公演 〜アニメが好きだと叫びたい〜(2014年6月1日)
  • アニメ座VSシリーズ(13式催事空間、2014年6月7日、2014年8月8日)
  • アニメ座VSシリーズ劇場版〜アニメ座vsDB芸人〜(ヨシモト∞ホール、2015年1月10日)
  • 劇団アニメ座シンガポール公演 in AFA[4](サンテック・シンガポール国際会議展示場、2015年11月27日、28日、29日)
  • 第三回劇団アニメ座オーディション(ヨシモト∞ホール、2015年12月6日)
  • 劇団アニメ座本公演 〜アニメの星へ愛を込めて〜(ルミネtheよしもと、2016年3月4日)
  • 劇団アニメ座〜アニメ座岡山に立つ!〜(おかやま未来ホール、2016年5月5日)

舞台[編集]

  • バカフキ!(作・演出:大河元気、2014年11月13日 - 16日、全労済ホールスペースゼロ) - テッパ 役

関連項目[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ なお、若井にこのサプライズ企画を告げたのは『機動戦士ガンダム』のナレーションである永井一郎であった。
  2. ^ 不治の病に冒されて自殺しようとする生徒から生きる意味を問われた教師が、「人間に許された唯一の特権は笑うこと。笑いながら生きるということが人間としての証」と諭すというあらすじ。
  3. ^ アニメ座寄席は2013年12月から2014年5月までは毎月開催だった。2014年7月から隔月開催に変更された。

出典[編集]

外部リンク[編集]