現代やくざ 与太者の掟

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現代やくざ 与太者の掟
監督 降旗康男
脚本 村尾昭
出演者 菅原文太
待田京介
志村喬
藤純子
若山富三郎
音楽 菊地俊輔
主題歌 若山富三郎「夜霧に消えたチャコ
撮影 星島一郎
編集 長沢嘉樹
製作会社 東映東京 
配給 東映
公開 日本の旗 1969年2月1日
上映時間 92分
製作国 日本の旗 日本
次作 現代やくざ 与太者仁義
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現代やくざ 与太者の掟』(げんだいやくざよたもののおきて)は、1969年2月1日に公開された日本映画。製作は東映東京撮影所、配給、東映

菅原文太の東映移籍初主演映画で[1]『現代やくざシリーズ』第1作。

概要[編集]

暴力団愚連隊が街をわがもの顔に歩く新宿を舞台に、貧乏のため一家心中した家族の中でただ一人生き残り、少年院刑務所と渡り歩いた一匹狼の男が組織ヤクザの暴力と対決するアクション娯楽篇[2]

あらすじ[編集]

スタッフ[編集]

出演者[編集]

製作[編集]

前年1968年からの「極道シリーズ」で若山富三郎が、鶴田浩二高倉健に次いで任侠映画の主演スターとなり[3][4][5]、「鶴田・高倉・若山のビッグ・スリー」[1]「鶴田・高倉・若山・の四エース」[6]などと言われるまでになった。そのビッグ・スリーに続いて1969年度構想として岡田茂東映映画本部長が「菅原文太、梅宮辰夫吉田輝雄松方弘樹千葉真一の中から一本立ち出来る俳優を育てたい」と構想し[1][6]、本作で菅原を東映で初主演に抜擢した[1]。低迷していた菅原の売り出しには岡田も苦労したが[7]、ようやく実を結んだ[7]。結果、それまでの東映ファンより更に若い観客を惹くことができ[1]、岡田は「これは見逃しには出来ないポイント」と「今後若い俳優で若い観客を動員していきたい」と表明した[1]。1969年末には「鶴田・高倉・若山・藤・菅原のビッグ5」と呼ぶようになった[8]

同時上映[編集]

緋牡丹博徒 花札勝負

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f “東映、岡田映画本部長(常務) 来季の製作構想を語る”. 週刊映画ニュース (全国映画館新聞社): p. 5. (1969年6月21日) 
  2. ^ 「内外映画封切興信録 『与太者の掟』」『映画時報』1969年3月号、映画時報社、 39頁。
  3. ^ 隔週刊 東映任侠映画傑作DVDコレクション - DeAGOSTINI
  4. ^ 「10月の映画ガイド 勝新太郎(対)若山富三郎 『負けられねえぞ、兄弟だって!!」『月刊明星』、集英社、1968年11月号、 224-225頁。
  5. ^ “邦画五社下半期の企画展望 東映、エロと任侠で押しまくる 八月以降で目立つ若山富三郎の活躍”. 週刊映画ニュース (全国映画館新聞社): p. 17. (1968年7月20日) 
  6. ^ a b “業界覆面座談会 東映任侠ショック企画依然好調 今気の配収は三十五億を突破”. 週刊映画ニュース (全国映画館新聞社): pp. 17-18. (1969年7月19日) 
  7. ^ a b 飯野義勝(東映取締役営業部長)・池田静雄 (東映取締役宣伝部長)、司会・北浦馨「東映映画のヒットの秘密を探る 模倣ではダメ・いつもオリジナルな企画と発想が勝負を決める 時流に乗ったシリーズを確立し総力を結集して成果をあげる」『映画時報』1969年12月号、映画時報社、 26頁。
  8. ^ “夢の対決でいただき 『座頭市と用心棒』 興収新記録への自信 封じ込みへ各社も奇襲 深夜で勝負する東映”. 日刊スポーツ (日刊スポーツ新聞社): p. 11. (1969年12月21日) 

外部リンク[編集]