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佐川満男

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
さがわ みつお
佐川 満男
本名 佐川 満男
別名義 佐川 ミツオ(1960年 - 1968年)
生年月日 (1939-11-09) 1939年11月9日
没年月日 (2024-04-12) 2024年4月12日(84歳没)
出生地 日本の旗 日本
兵庫県明石郡垂水町塩屋
(現:神戸市垂水区塩屋町
死没地 日本の旗 日本・兵庫県神戸市
身長 168 cm
血液型 O型
職業 歌手俳優タレント
ジャンル 歌手:ロカビリー歌謡曲
俳優:テレビドラマ映画
活動期間 1960年 - 2024年
配偶者
  • 伊東ゆかり(1971年 - 1975年)
  • 一般女性(1988年 - 離婚、再婚 - 2024年 死別)
著名な家族
事務所 ライターズ・カンパニー
ミュージックオフィス合田
ハイブリッジ
公式サイト https://www.office-goda.co.jp/talents/view/234/
受賞
2003年 MBSラジオドラマ ドラマの風「海よ、空よ、風よ」第40回ギャラクシー賞ラジオ部門優秀賞受賞
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佐川 満男(さがわ みつお、1939年昭和14年〉11月9日 - 2024年令和6年〉4月12日)は、日本歌手俳優タレント兵庫県神戸市垂水区塩屋町出身。身長は168cm血液型O型

ライターズ・カンパニー 、ミュージックオフィス合田、ハイブリッジ所属。

来歴・人物

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貿易商を営む家の4人きょうだいの末っ子として、兵庫県明石郡垂水町(現:神戸市垂水区塩屋で出生[1]。父は佐川商店代表の佐川与一で、義兄(姉の夫)は栗田工業社長の佐川明で、甥(姉の子)に佐川一政がいる[2][3]。ちなみに、実家の界隈は外国人の別荘地で、実家の洋館は建築から80年以上経ってなお現存する[1]

神戸市立塩屋小学校神戸市立鷹取中学校を経て、神戸市立須磨高等学校を1年で中退した後に、英語によるカントリー・ミュージックの歌詞やギターによる演奏法を独学で身に付けた[1]。やがて、神戸市の須磨界隈で活動していたロカビリーバンドにボーカルで参加すると、「白馬車」(神戸・新開地のジャズ喫茶)と「銀馬車」(当時有名だった大阪・難波のジャズ喫茶)のオーディションに合格。「銀馬車」でのオーディション合格翌日から、「クレイジー・バブルス」というバンドで内田裕也とツインボーカルを務めたところ、バンドは大きな人気を博した。昼は神戸・夜は難波で歌う多忙な日々が続いたことから、ボーカルを1名追加させる目的でオーディションを実施したところ、歌手志望の中村泰士が参加。この時は佐川曰く「人相が悪くて歌が下手」との理由で「クレイジー・バブルス」のメンバーになれなかったものの、後に作詞家・作曲家として佐川の人生に多大な影響を及ぼす[4]

「銀馬車」での東西ロカビリー大会で知り合った「ザ・スイング・ウエスト」の堀威夫から誘いを受けたことを機に上京する[4]と、1960年に「二人の並木径」でビクターレコードから歌手デビュー。デビュー当初は、「佐川ミツオ」という名義を使用していた[5]。「二人の並木径」を作曲したのはニール・セダカで、1960年に来日公演を開いた際には、「ザ・スイング・ウエスト」がバックバンドを務めていた。

デビューからしばらくは低調だったが、同年10月に発売された「無情の夢」が18万枚(1961年10月時点)の大ヒットになり、その後もリバイバルブームを追い風に「ゴンドラの唄」「背広姿の渡り鳥」などのヒット曲を連発[6]NHK紅白歌合戦には、デビュー2年目の1961年から2年連続で出場した。しかし、ネフローゼ症候群結核でおよそ3ヶ月間の入院生活を余儀なくされたことや、有頂天になった反動で悪評が立ったことから人気が急降下[5]。その最中に、自身のステージで前座を務めていた中村が、佐川の自宅でギターを弾きながら10分足らずで「今は幸せかい」という曲を作ってしまう[7]

佐川は「今は幸せかい」を音楽出版社に自ら持ち込んだものの、行く先々で門前払いに遭ったため、自費で500枚のレコードを製作。中村と2人で大阪の盛り場を回ったところ、有線放送のリクエスト件数で1位を記録したあげく、日本国内の全レコード会社からリリースを正式に打診された。結局、1968年に本名の「佐川満男」名義で、「リリースの条件が特に良かった」という日本コロムビアから「今は幸せかい」をリリース。およそ60万枚の大ヒットに至ったばかりか、翌1969年には、この曲をひっさげて『NHK紅白歌合戦』へ7年振りに返り咲いた[8]

1970年に『NHK紅白歌合戦』へ通算4回目(自身2度目の2年連続)出場を果たすと、1971年に同業者(歌手)の伊東ゆかりと結婚。「伊東の歌が元々好きだった」とのことで、結婚後に一人娘の宙美を授かったが、1975年の5月に離婚している。佐川が離婚後に語った話では、子どもの頃から歌っている伊東の才能や歌のうまさに嫉妬する[8]あまり、伊東とたびたび口論していたという。津川雅彦長女誘拐事件1974年)の犯人が警察に逮捕された後で、「最初は宙美を誘拐しようとして、仕事先から帰宅中の佐川が運転する乗用車を尾行していたが、佐川に途中で振り切られてしまった」と供述したことも、伊東との口論につながったとされる。結局、「人生をリセットしないといけない」と考えたあげく、離婚を機に「ルーマーズハウス・アスク」というクラブを大阪の北新地で開業。離婚の1ヶ月後(1975年6月)に開いた記者会見で「歌手を廃業する」と宣言したことによって、芸能界をいったん離れた[9]

「ルーマーズハウス・アスク」は150もの客席を擁するクラブで、永田カツ子を専属歌手に採用したほか、NHKや民放のドラマ関係者が「打ち上げ」の会場として使用していた[10]。永田が結婚を機に専属歌手を退いてからは、シルヴィアがその座を引き継いでいたが、店内で歌っていたところを東京の芸能関係者からスカウト。このスカウトがきっかけで、ロス・インディオスに初代の女性ボーカリストとして加入した(加入中のグループ名は「ロス・インディオス&シルヴィア」)。

その一方で、中村は1977年に開いたリサイタルで、「かんにんしてや」という自作の楽曲を伊東とのデュエットで披露[11]。この曲に惚れ込んだ佐川は、離婚から1年半しか経っていない伊東へデュエットを持ち掛けたうえで、レコードをまたしても自費で出そうと試みる。実際には伊東から提案を一蹴されたため、永田とのデュエット曲として、同年12月に「かんにんしてや」をリリース。この曲が佐川曰く「中ヒット」を記録したこと[9]や、NHKのディレクターからバーテンダー役でドラマへの出演を依頼されたことを受けて、1980年代に入ってから芸能活動を再開した[10]

芸能活動の再開後は、地元の関西を拠点に、主に俳優として映画やテレビドラマなどに出演している[10]。もっとも、2003年胃がんの手術で胃の2/3を切除。2018年には、「10年以上悩まされていた」という脊柱管狭窄症の手術で、腰に8本のボルトを入れられた[12]。このような事情から、復帰後は関東地方での仕事を、映画・ドラマの撮影や懐メロ番組・コンサートへの出演などに限定。2016年には、自身の意向から、「芸能生活55周年大感謝祭~生前葬~」を地元の神戸市で開催した[12]。大阪で鉄板焼1029も営んでいる。

もっとも、伊東や宙美との交流は離婚後も続いていて、「芸能生活55周年大感謝祭~生前葬~」にも2人揃って出演[12]徹子の部屋』(テレビ朝日)でも、2度にわたって共演している(2017年8月25日・2018年7月18日放送分)。佐川は、『徹子の部屋』へ出演した際に、「歌への考え方や仕事の質などが違っていたという意味で『格差婚』だった」と回顧。伊東と同年代の一般人女性と、1988年に再婚したことも明かした。出演後に語ったところによれば、再婚相手の女性ともいったん離婚したが、実母の介護を手助けされたことをきっかけに復縁したという[12]

ちなみに、「今は幸せかい」のリリース当時から現在まで髭を蓄えている[8]が、公の場では当時から10年以上にわたってカツラをひそかに着用。カツラを着用していることは、家族や一部の関係者(前述した大阪での盛り場回りに司会者として同行していた上岡龍太郎など)[8]にしか知られていなかった。しかし、1985年10月10日にNHK総合テレビで放送された短編ドラマシリーズ『私生活』第4話(「丘の上の白い家」)[13]で定年を迎えたサラリーマン役を演じた際に、自身の意思でカツラを外して撮影へ参加[10]。放送の5日前(10月5日)に関西テレビの『ノックは無用!』(上岡が司会を務めていた公開生放送番組)へ「コリゴリさん」(ゲスト)としてスタジオへ登場したところ、上岡から「新しいカツラで来たのか?」と水を向けられたため、最近(「丘の上の白い家」の撮影)までカツラを着用していたことを初めて公言した[10]。さらに、2015年1月24日にNHKで放送された『バラエティー生活笑百科』(NHK大阪放送局制作の公開収録番組)へゲストで出演した際に、カツラを着用しなくなるまでの経緯を告白。「娘(宙美)は小学1年生の時に、自分が仕事に行く前に自宅の鏡台でカツラを着けている様子を不気味そうに見つめていた。ある日、仕事先から帰宅したところ、自宅で埃を被っていた愛車のトランクに『パパはハゲ』という娘の落書きが残されていた。その落書きから『(カツラを着けて仕事に出る自分の姿が)娘にとっては不自然』と悟ったので、カツラを脱ぐ決心が付いた」と語っている[14]

趣味は絵画の制作、料理登山。絵画の制作については、小学生時代に画家の中西勝が主宰していた絵画教室へ通っていて、須磨高校からの中退後にも新開地の喫茶店で手ほどきを受けていた。中退後に「廃品」という油彩の抽象画を関西二紀展へ出品したところ、当時の最年少入選記録を樹立[1][15]。しかし、ギターの演奏へのめり込んだことを境に、絵画の制作から40年以上遠ざかっていた。60歳になった2000年から『ちちんぷいぷい』(毎日放送)の「前略、旅先にて」(紀行ロケコーナー)に「旅人」(リポーター)として出演したことを機に、絵画の制作を再開。2011年9月28日に同コーナーの放送を終了するまで、11年余りにわたってロケで200ヶ所を訪れたほか、後年の放送では「ロケ先での風景をボール紙に描く」という独特の画法も披露していた。2008年4月16日には、ロケ中に描いた絵画の一部を所収した画集『前略、旅先にて -心はいつも旅の空- 』が、ぴあから刊行されている(ISBN 978-4835616988)。もっとも、佐川曰く「『旅をしながら絵を描きたい』という夢が60歳から叶ったものの、自分の画風を作ることができなかったので、『前略、旅先から』が終了してからは絵を一切描いていない」とのことである[12]

2023年に撮影した映画『あまろっく』の撮影中に体調不良を訴えており、2024年3月に入院。その後、容体が悪化し同年4月12日、胆嚢炎のため神戸市内の病院で死去した[16]。84歳没。訃報は遺作となった『あまろっく』の封切り翌日となる同月20日に公表された[17][18]

ディスコグラフィ

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シングル

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  • 1 - 50:佐川ミツオ名義(1960年 - 1967年)
  • 51以降:佐川満男名義(1967年 - )
# 発売日 曲順 タイトル 作詞 作曲 編曲 レーベル 規格品番
1 1960年
7月5日
A面 二人の並木径 東島竜次 ニール・セダカ 寺岡真三 ビクター VS-366
B面 恋をしようよ ニール・セダカ
2 1960年
9月
A面 可愛いあの娘は拾と六 植田嘉明 寺岡真三 VS-385
B面 僕の夢 植田嘉明
3 1960年
10月
A面
[注釈 1]
ダッコちゃん 井田誠一 寺岡真三 VS-403
4 1960年
11月
A面 無情の夢 佐伯孝夫 佐々木俊一 寺岡真三 VS-414
B面 恋すりゃつらい 鈴木庸一
5 A面 東京小僧 吉田正 VS-421
B面 泣き虫坊や
6 1960年
12月
A面
[注釈 2]
ピンと来たんだ 清水みのる 大村能章 VS-438
7 A面 淋しい夜は 佐伯孝夫 吉田正 VS-456
B面 帰らぬ青春はる
8 1961年
2月
A面 さくら音頭[注釈 3] 中山晋平 VS-465
B面 黒田節 福岡県民謡
9 1961年
3月
A面 ゴンドラの唄 吉井勇 中山晋平 VS-479
B面 煙草屋の娘[注釈 4] 薗ひさし 鈴木静一
10 1961年
4月
A面 背広姿の渡り鳥 宮川哲夫 渡久地政信 VS-486
B面 恋はズキズキ 井田誠一
11 1961年
5月
A面 熱海ブルース 佐伯孝夫 塙六郎 寺岡真三 VS-494
B面 湯島の白梅 清水保雄
12 B面
[注釈 5]
霧とブルースの街 清水みのる 利根一郎 VS-504
13 1961年
6月
A面 船頭小唄 野口雨情 中山晋平 寺岡真三 VS-514
B面 波浮の港 大森俊雄
14 1961年
7月
A面
[注釈 6]
俺ら旅がらす 宮川哲夫 渡久地政信 VS-529
15 1961年
8月
A面 初恋三田浜節 VS-550
B面 ぶんがちゃっか節
16 1961年
9月
A面 逢いたいなァママ 佐伯孝夫 吉田正 VS-555
B面 哀愁のジャズ喫茶 吉田正 寺岡真三
17 1961年
10月
A面 チャンチキ三度笠 吉川静夫 大村能章 佐野雅美 VS-574
B面 想い出波止場 鈴木庸一
18 A面 背広姿のマドロスさん 宮川哲夫 渡久地政信 VS-585
B面 東京の空には星がないのさ 伊吹とおる いずみたく
19 1961年
11月
A面 恋しいユリコ 佐伯孝夫 吉田正 寺岡真三 VS-591
B面 この涙誰か知る 小沢直与志
20 A面
[注釈 7]
涙の渡り鳥 西條八十 佐々木俊一 寺岡真三 VS-593
21 1961年
12月
A面 勘太郎月夜唄 佐伯孝夫 清水保雄 寺岡真三 VS-607
B面 矢車草の唄 佐々木俊一
22 1962年
1月
A面 波止場仁義 吉川静夫 鈴木庸一 VS-620
B面 ほんとかい、かい節[注釈 4] 原田良一
23 1962年
2月
A面 若者よ恋をしよう 川内康範 寺岡真三 VS-643
B面 思い出横丁 井田誠一 清水保雄
24 1962年
4月
A面 ツイスト三度笠 吉川静夫 鈴木庸一 寺岡真三 VS-679
B面 東京ギター 成田武夫
25 1962年
5月
A面
[注釈 8]
山男の唄 神保信雄 不詳 竹村次郎 VS-700
26 A面 太陽に向って 山上路夫 いずみたく VS-702
B面 泣いたりなんかしないけど
27 1962年
6月
A面 片想い 吉川静夫 大野正雄 寺岡真三 VS-709
B面 東京の河 成田武夫 佐野雅美
28 1962年
7月
A面 どないしよう 深草三郎 明本京静 寺岡真三 VS-728
B面 ハイティーン旅笠 白崎まさし 鈴木庸一
29 1962年
8月
A面
[注釈 9]
想い出の虹 平山勇 いずみたく VS-747
30 A面 ミツオの恋の日記 山上路夫 鈴木庸一 筒井広志 VS-750
B面 美しのリカ 川内康範 寺岡真三
31 1962年
10月
A面
[注釈 10]
涙の太陽 山上路夫 いずみたく VS-815
32 1962年
11月
A面 三年鴉 宮川哲夫 清水保雄 VS-845
B面 泣きたい時には 坂口淳 加藤三雄
33 1963年
1月
A面
[注釈 11]
泣いちゃいないさ 伊吹とおる 鈴木庸一 宮脇知美 VS-891
34 A面 マダ・マダ・マダ・マダ 青島幸男 いずみたく VS-910
B面 ひとりにしないで
35 1963年
2月
A面
[注釈 12]
鈴懸の径[注釈 13] 佐伯孝夫 灰田有紀彦 和田弘
北村英治
VS-931
36 A面 花子さん 小泉安 不詳 小沢直与志 VS-934
B面 よさこいチャンチキ娘 清水みのる 島田逸平
37 1963年
4月
A面
[注釈 14]
赤坂の夜 山上路夫 いずみたく VS-963
38 1963年
5月
A面
[注釈 15]
恋は二度ある三度ある 豊田一雄 竹村次郎 VS-975
39 1963年
7月
A面
[注釈 16]
チャコちゃん 鈴木全穂 渡久地政信 VS-1071
40 1963年
10月
A面 死ぬほど愛して 水野汀子 C.Rustichelli 寺岡真三 PV-52
B面 エデンの東 芦屋玲 L.Rosenman
41 1963年
11月
B面
[注釈 17]
二人の初恋デイト 木賊大次郎 渡久地政信 VS-1133
42 1963年
12月
B面
[注釈 18]
いゝんだいゝんだ 井田誠一 石井由紀夫 竹村次郎 VS-1154
43 1964年
1月
B面
[注釈 19]
ジューク・ボックス・ブルース 平川浪竜 寺岡真三 VS-1169
44 1964年
5月
A面
[注釈 20]
初恋の頃 相馬詩彦 平川浪竜 竹村次郎 SV-21
45 B面
[注釈 21]
東京の灯 伊吹とおる 鈴木庸一 寺岡真三 SV-26
46 1964年
11月
A面 歩け歩け 高村光太郎 飯田信夫 SV-133
B面 きっと帰るぜ 井田誠一 佐野雅美
47 1965年
1月
A面
[注釈 22]
おけらの歌 野口家嗣 利根一郎 SV-168
48 1965年
2月
A面
[注釈 23]
網走エレジー 宮川哲夫 不詳 寺岡真三 SV-191
49 1965年
11月
A面
[注釈 24]
大阪恋唄 原由記 清水保雄 SV-330
50 1967年
2月
A面 明日に夢を
持ちましょう
[注釈 25]
なかにし礼 不詳 猪俣公章 SV-527
B面 東京恋唄 原由記 清水保雄
51 1967年
7月
A面 渡り鳥にも夢がある 清水みのる 利根一郎 寺岡真三 SV-589
B面 赤いちぎれ雲 山上路夫
52 1968年
10月
A面 今は幸せかい 中村泰士 小林亜星 日本
コロムビア
LL-10073-J
B面 甘い嘘
53 1969年
2月
A面 ありがとうあなた 西川ひとみ 中村泰士 川口真 LL-10086-J
B面 素直じゃないよ 森岡賢一郎
54 1969年
7月
A面 フランス人のように 橋本淳 筒美京平 LL-10100-J
B面 たそがれの街 中村泰士 筒美京平
55 1969年
12月
A面 泣いたらいいよ 中村泰士 森岡賢一郎 LL-10117-J
B面 かわいそうな女 水野礼子 中村泰士
56 1970年
2月
A面 白い朝 山上路夫 三木たかし 高見弘 LL-10125-J
B面 肌をよせて
57 1970年
5月
A面 いつでもどうぞ 中村泰士 森岡賢一郎 LL-10139-J
B面 最后の朝食 阿久悠 中村泰士 小杉仁三
58 1970年
10月
A面 別れの時が来た 有明春樹 LL-10149-J
B面 白い涙
59 1971年
3月
A面 別れ話 西川ひとみ 森岡賢一郎 LL-10159-J
B面 女の意地 鈴木道明
60 1971年
7月
A面 女の捨てぜりふ 尾中美千絵 平尾昌晃 小谷充 LL-10166-J
B面 君と暮そう 山上路夫
61 A面 恋の片道切符 J.Keller / H.Hunter 井上忠夫 LL-10171-J
B面 カレンダー・ガール H.Greenfield N.Sedaka
61 1971年
11月
A面 ちょっと待って下さい 香取治 L.Garner 馬飼野俊一 LL-10182-J
B面 女の星 平野秀典 筒井広志
62 1972年
3月
A面 女の四季 どいあきら 中村泰士 高田弘 LL-10189-J
B面 黒薔薇の詩
63 1972年
9月
A面 今だから 千家和也 井上忠夫 森岡賢一郎 LL-10197-J
B面
64 1973年
9月
A面 中村泰士 高田弘 P-302
B面 白いドレス
65 1975年
9月
A面 離婚(第1章) 山口洋子 中村泰士 馬飼野俊一 P-427
B面 離婚(第3章)
66 1987年
9月5日
A面 男は風 中村泰士 あみ啓三 トーラス 07TR-1165
B面 夢見がち…かな 佐川満男

デュエット・シングル

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発売日 デュエット 曲順 タイトル 作詞 作曲 編曲 レーベル 規格品番
1961年
4月
水谷良重 A面
[注釈 26]
申し訳ない節 佐藤一郎 いずみたく ビクター VS-484
1961年
6月
清原タケシ B面
[注釈 27]
アイアイアイ 井田誠一 植田嘉明 佐野雅美 VS-524
1977年
12月
永田カツコ A面 かんにんしてや 中村泰士 高田弘 ポリドール DR-6170
B面 メロ・ドラマ
1989年
12月21日
中村泰士 01 メランコリック・パパ 荒木とよひさ 中村泰士 ワーナー 10L3-4130
02 大人はおとな 中村泰士
1991年
9月21日
01 DAY BY DAY
男・美しく生きて下さい
船山基紀 Sony
Records
SRDL-3368
02 DAY BY DAY
まだ若いって言える人に
倉田信雄
2001年
6月20日
伊東ゆかり 01 かんにんしてや 川口真 フリーボード FBSD-1005
- 02 不埒な蜃気楼
(歌:佐川満男)
長川千佳子 佐川満男 綛田陽啓

企画シングル

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発売日 名義 曲順 タイトル 作詞 作曲 編曲 レーベル 規格品番
1963年
4月
市丸
佐川ミツオ
松島アキラ
多摩幸子
A面
[注釈 28]
東京おどり サトウハチロー 寺岡真三 ビクター MV-123

委託制作盤

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アルバム

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オリジナル・アルバム

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発売日 タイトル レーベル 規格 規格品番
1961年 佐川ミツオヒット曲集 ビクター LP LV-178
なつかしのメロディー傑作集[注釈 30] LV-201
佐川ミツオ傑作集 第2集 LV-213
1962年 佐川ミツオヒット曲集 第3集 LV-248
佐川ミツオヒット曲集 第4集 LV-288
1969年 今は幸せかい コロムビア YS-10058-J
1970年 女のバラード YS-10080-J
1975年 愛のハーモニー[注釈 31] JDX-7046
1978年 中村泰士アダルト・メッセージ[注釈 32] ポリドール MR-3123
1991年10月25日 DAY BY DAY[注釈 33] Sony Records CD SRCL-2193
2001年10月25日 かんにんしてや[注釈 31] フリーボード FBCX-1001

ベスト・アルバム

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発売日 タイトル レーベル 規格 規格品番
2015年6月24日 ゴールデン☆ベスト 佐川ミツオ ビクター SHM-CD VICL-70185

タイアップ曲

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楽曲 タイアップ
1961年 申し訳ない節 映画『アトミックのおぼん スリますわヨの巻』主題歌
1967年 素直じゃないよ 朝日放送近鉄・ホームソング』挿入歌
1989年 大人はおとな 読売テレビ系『大人はおとな』テーマソング

出演

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テレビドラマ

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映画

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バラエティー番組

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ラジオ番組

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ラジオドラマ

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  • FMシアターNHK-FM
    • 「ポンソンファ」(2002年8月24日、NHK大阪制作)
    • 『ともに帰らん』(2016年8月6日、NHK大阪制作) - 太一の父 役[23]
  • 永訣の夜、黄金の朝(2019年3月31日、MBSラジオ) - 主演・芹沢緑郎 役[24]

CM

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NHK紅白歌合戦出場歴

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年度/放送回 曲目 出演順 対戦相手 備考
1961年(昭和36年)/第12回 背広姿の渡り鳥 23/25 森山加代子
1962年(昭和37年)/第13回 2 太陽に向って 15/25 及川三千代
1969年(昭和44年)/第20回 3 今は幸せかい 14/23 黛ジュン
1970年(昭和45年)/第21回 4 いつでもどうぞ 5/24 森山加代子
注意点
  • 出演順は「出演順/出場者数」で表す。

脚注

[編集]

注釈

[編集]
  1. ^ B面はブラック・キャッツの「みんなうそっぱち」。
  2. ^ B面は神楽坂浮子の「あら、ピッタリね」。
  3. ^ 共演:ブラック・キャッツ。
  4. ^ a b デュエット:渡辺マリ
  5. ^ A面は渡辺マリの「星の流れに」。
  6. ^ B面は藤田功の「雨の東京高速道路」。
  7. ^ B面は松尾和子の「君待てども」。
  8. ^ B面は明石光司、内海京子の「星空のあなた」。
  9. ^ B面は内海京子の「いたずらっこのキューピット」。
  10. ^ B面は今井京子の「とってもムーチョムーチョ」。
  11. ^ B面は宮島三郎の「帰って来たんだ」。
  12. ^ B面は和田弘とマヒナスターズの「森の小径」。
  13. ^ 共演:和田弘とマヒナスターズ
  14. ^ B面は藤本二三代の「週末」。
  15. ^ B面は神楽坂浮子の「みんな貴方がわるいのよ」。
  16. ^ B面は多摩幸子の「北国に泣く」。
  17. ^ A面は松島アキラ三沢あけみの「東京カップル」。
  18. ^ A面は平尾昌章の「俺ら田舎っぺ」。
  19. ^ A面は平野こうじの「影法師山脈」。
  20. ^ B面は多摩幸子の「レモンの味」。
  21. ^ A面は松尾和子の「崖」。
  22. ^ B面は松島アキラの「石狩の果てに」。
  23. ^ B面は丘千枝の「明日咲く花」。
  24. ^ B面は三島一夫の「京人形」。
  25. ^ 共演:ベニ・シスターズ佐川ミツオとベニ・シスターズ名義)。
  26. ^ B面は水谷良重の「セシ・おぼん」。
  27. ^ A面は清原タケシの「サレンダー」。
  28. ^ B面は鈴木正夫神楽坂浮子、水上清の「フジヤマ・ニッポン」。
  29. ^ B面は永田克子の「恋するニーナ」。
  30. ^ 共演:渡辺マリ
  31. ^ a b 共演:伊東ゆかり
  32. ^ 共演:永田カツコ。
  33. ^ 共演:中村泰士。

出典

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  1. ^ a b c d 【関西レジェンド伝】佐川満男(1)難波のジャズ喫茶で内田裕也と歌った:1ページ(『サンケイスポーツ』2018年12月11日付記事)
  2. ^ 「バラバラ殺人犯の知られざる素顔 叔父の佐川満男も『あのおとなしい男が…』と絶句」『週刊明星1981年7月9日号、集英社
  3. ^ 本橋信宏『素敵な教祖たち サブカルチャー列伝 業界カリスマ17人の真実』コスモの本、1996年、p.156。インタビューでの佐川一政の発言による。
  4. ^ a b 【関西レジェンド伝】佐川満男(1)難波のジャズ喫茶で内田裕也と歌った:2ページ(『サンケイスポーツ』2018年12月11日付記事)
  5. ^ a b 【関西レジェンド伝】佐川満男(2)興奮して眠れない…「今は幸せかい」できた夜:1ページ(『サンケイスポーツ』2018年12月18日付記事)
  6. ^ 「リクツでは説明できぬという 佐川ミツオの歌の魅力 第二の関門『日劇』も突破」『新週刊』1961年10月12日号、96-99頁。NDLJP:3555710/49
  7. ^ 【関西レジェンド伝】佐川満男(2)興奮して眠れない…「今は幸せかい」できた夜:2ページ(『サンケイスポーツ』2018年12月18日付記事)
  8. ^ a b c d 【関西レジェンド伝】佐川満男(3)人生リセットせな…北新地でクラブ開店:1ページ(『サンケイスポーツ』2018年12月25日付記事)
  9. ^ a b 【関西レジェンド伝】佐川満男(2)人生リセットせな…北新地でクラブ開店:2ページ(『サンケイスポーツ』2018年12月25日付記事)
  10. ^ a b c d e 【関西レジェンド伝】佐川満男(4)前妻・伊東ゆかりと娘も呼んで親子共演:1ページ(『サンケイスポーツ』2019年1月8日付記事)
  11. ^ 「2年ぶり あの佐川満男がレコード吹込み」『サンデー毎日』1978年1月1日号、125頁。
  12. ^ a b c d e 【関西レジェンド伝】佐川満男(4)前妻・伊東ゆかりと娘も呼んで親子共演:2ページ(『サンケイスポーツ』2019年1月8日付記事)
  13. ^ テレビドラマデータベース「『私生活』(第四話)丘の上の白い家」
  14. ^ 佐川満男 かつら着用の過去を突如告白! 娘の言葉で脱ぐ決心(『スポーツニッポン2015年1月24日付記事)
  15. ^ 人生は旅や。ぼくらは旅人『月刊神戸っ子』2003年2・3月号 p56
  16. ^ 歌手の佐川満男さん死去、84歳 ヒット曲「今は幸せかい」 映画「罪の声」「あまろっく」”. 神戸新聞. 2024年4月20日閲覧。
  17. ^ 歌手で俳優の佐川満男さん死去 84歳 今は幸せかい、朝ドラも出演”. 毎日新聞 (2024年4月20日). 2024年4月20日閲覧。
  18. ^ 歌手・俳優の佐川満男さん死去 84歳 胆のう炎 3月から入院し容体急変 出演映画の公開初日待ち発表 - デイリースポーツ online 2024年4月20日
  19. ^ あったまるユートピア オフィシャルウェブサイト”. NHK神戸放送局 兵庫発地域ドラマ「あったまるユートピア」特設サイト (2024年7月20日). 2018年3月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年7月20日閲覧。
  20. ^ 大阪ビッグ・リバー・ブルース 平成名探偵 阪田京介 2”. シネロケット. シネロケット (2024年7月20日). 2024年7月20日閲覧。
  21. ^ 私とあんたは赤の他人や! 江口のりこが“義母”中条あやみに反発する「あまろっく」予告”. 映画ナタリー. ナターシャ (2023年12月22日). 2023年12月22日閲覧。
  22. ^ 映画『あまろっく』作品情報”. 映画.com. エイガ・ドット・コム. 2024年1月31日閲覧。
  23. ^ 『ともに帰らん』”. NHK. FMシアター. 日本放送協会. 2025年8月11日閲覧。
  24. ^ MBSラジオドラマ脚本コンクール”. MBSラジオ. 2025年8月11日閲覧。

関連項目

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外部リンク

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