橋田満

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橋田満
Mitsuru-Hashida20100116.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 兵庫県
生年月日 (1952-09-15) 1952年9月15日(65歳)
所属団体 日本中央競馬会
初免許年 1983年(1985年開業)
経歴
所属 栗東・橋田俊三 (1978) →
栗東・須貝彦三 (1978) →
栗東・諏訪佐市(1979 - 開業)→
栗東T.C.(開業 - )
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橋田 満(はしだ みつる 1952年9月15日 - )は日本中央競馬会 (JRA) 栗東トレーニングセンターに所属する調教師兵庫県宝塚市出身。

1985年より開業。「スズカ」の冠名で知られる永井啓弐、「アドマイヤ」の冠名で知られる近藤利一両所有馬の「主戦厩舎」として知られ、1998年の宝塚記念優勝馬サイレンススズカ、1999年の東京優駿(日本ダービー)優勝馬アドマイヤベガら数々のGI優勝馬を手掛けている。2012~2014年及び2016年~日本調教師会々長。父は騎手・調教師であった橋田俊三

来歴[編集]

1952年9月、当時の国営競馬阪神競馬場所属の調教師、橋田俊三の長男として生まれる[1]。俊三は前年に騎手としてタカクラヤマ天皇賞(春)を制し、当年2月に調教師として開業したばかりだった。俊三は満にも騎手になるよう勧めていたが、満は進学を希望し、宝塚高等学校を経て東海大学海洋学部に進み、魚類の研究に励んだ[1]卒業論文フナコイ戻し交配に関するものであった[1]

在学中の1972年に俊三が管理するタイテエムが天皇賞(春)に優勝。満はこれを「別世界の出来事」と感じていたものの、外から競馬を見続けた末に競馬社会に興味を抱くようになり、改めて騎手を志し大学卒業後に騎手候補生となる[1]。厩舎で働きながら年に1カ月ほど騎手養成所の馬事公苑に通う「短期講習生」であったが、体重の増加もあり3年間で騎手になることはできず[1]、俊三のもとで調教助手となった。

1978年11月、俊三が自転車との衝突事故に遭い死去[1]。満は「橋田厩舎」の再興を期して調教師を目指し、1983年3月に3回目の受験で調教師免許を取得[1]。当時管理馬房に空きがなかったため技術調教師(研修中の状態)として過ごし、翌1984年には競馬会の派遣研修生として高校の同窓生でもあった坪憲章と競馬先進国であるイギリスアイルランドに赴き、同地の諸風物に強い感銘を受けた[1]。後年、自身の調教が坂路主体であることを説明する際に、研修中にアイルランドで見た坂路調教の様子を語り、「向こうの馬は、最後の爆発力が違いますが、最後の瞬発力は坂路の調教をしないと出にくい」と述べている[2]

1985年3月、栗東トレーニングセンターに厩舎を開業。1987年にポットナポレオンが小倉3歳ステークスを制して重賞初勝利を挙げ、1990年にはパッシングショットマイルチャンピオンシップを制し、GI競走初制覇を果たした。この日は俊三の十三回忌に当たる11月24日で、感想を求められた満は「日本人の浪花節的な考え方とか、演歌っぽい考え方は嫌い」とかわした[2]。他方、ここまでに様々な実験的手法を試みながらも芳しい成績が挙がらなかったが、俊三の生前の信頼もあり馬主たちからの理解を得、方法論の確立に専念できたとも述べた[2]

繁殖牝馬ワキアの購買に際して親交を深めた稲原牧場を通じ、「スズカ」の冠名で知られる永井啓弐に引き合わされ[3]、1998年にはワキアの仔・サイレンススズカで宝塚記念に優勝した。また、「アドマイヤ」の冠名で知られる大馬主・近藤利一とは満が調教師として、近藤が馬主として駆け出しの頃から親交があり、近藤は橋田厩舎を「主戦厩舎」と公言している[4]。やはり1998年にアドマイヤコジーン朝日杯3歳ステークスを制して近藤所有馬としてGI初勝利を挙げた。この年、満は関西で最多の重賞10勝を挙げ[5]優秀調教師賞関西競馬記者クラブ賞などを受賞した。1999年にはアドマイヤベガが日本ダービーに優勝、満もダービートレーナーの称号を得た。以後も満は数々のGI競走を制しているが、そのすべてが永井・近藤両所有馬によるものである。

大学時代に魚の遺伝を研究していたこともあり血統への関心が強く[2]、競馬界でも屈指の血統知識を持ち、独自の理論で馬の配合も行う[6]。9代前の血統まで考慮に入れることもあるという[7]

公職では2012年2月から2014年2月、及び2016年3月から日本調教師会々長を務めている。また永井およびグランド牧場代表の伊藤佳幸と岩手県遠野市遠野馬の里で「遠野トレーニングセンター」を共同運営しており[8]、管理馬の休養先として使用されているほか、満を代表者とする「H.u.G plat 遠野」がホースセラピー活動も行っている。

成績[編集]

年度別成績
  1. 数字は中央競馬成績、重賞勝利実績は地方競馬との交流競走を含む
  2. 中央競馬成績の出典は日本中央競馬会公式サイト調教師名鑑「橋田満」より。地方競馬関連については個別に出典を添付
勝利 出走 勝率 主な管理馬(優勝競走[注 1]
1985年 2勝 65回 .031
1986年 5勝 130回 .038
1987年 12勝 136回 .088 ポットナポレオン(小倉3歳ステークス
1988年 12勝 134回 .090
1989年 8勝 150回 .053
1990年 20勝 191回 .105 パッシングショットCBC賞マイルチャンピオンシップ
1991年 17勝 224回 .076
1992年 21勝 200回 .105
1993年 17勝 194回 .088 マルチマックス(スプリングステークス
1994年 18勝 205回 .088
1995年 36勝 195回 .185 アドマイヤボサツ(開設記念[9]東京大賞典[10]
1996年 29勝 208回 .139 アドマイヤボサツ(平安ステークス
1997年 25勝 195回 .128 ロイヤルスズカダービー卿チャレンジトロフィー
1998年 33勝 194回 .170 サイレンススズカ中山記念小倉大賞典金鯱賞宝塚記念毎日王冠
ゴーイングスズカ目黒記念
ロイヤルスズカ(スワンステークス)
アドマイヤコジーン東京スポーツ杯3歳ステークス朝日杯3歳ステークス
アドマイヤベガラジオたんぱ杯3歳ステークス
1999年 19勝 161回 .118 アドマイヤベガ(東京優駿京都新聞杯
2000年 25勝 192回 .130 アドマイヤボスセントライト記念
ゴーイングスズカ(福島記念
2001年 22勝 195回 .113 アドマイヤカイザー(エプソムカップ
アドマイヤマックス(東京スポーツ杯2歳ステークス)
2002年 21勝 205回 .102 アドマイヤコジーン(東京新聞杯阪急杯安田記念
トーワトレジャー(新潟記念
ミレニアムスズカ(阪神ジャンプステークス
2003年 22勝 171回 .129 スズカドリーム(京成杯)
アドマイヤグルーヴローズステークスエリザベス女王杯
アドマイヤビッグ(東京スポーツ杯2歳ステークス)
アドマイヤホープ北海道2歳優駿[11]全日本2歳優駿[12]
2004年 18勝 192回 .094 アドマイヤグルーヴ(マーメイドステークスエリザベス女王杯
スズカマンボ朝日チャレンジカップ
アドマイヤマックス(富士ステークス
2005年 26勝 210回 .124 アドマイヤマックス(高松宮記念
スズカマンボ(天皇賞・春
アドマイヤグルーヴ(阪神牝馬ステークス
2006年 17勝 206回 .083 アドマイヤフジ日経新春杯
アドマイヤメイン毎日杯青葉賞
2007年 19勝 215回 .088 スズカフェニックス東京新聞杯高松宮記念阪神カップ
2008年 27勝 205回 .132 アドマイヤフジ(中山金杯
アドマイヤコマンド(青葉賞)
2009年 29勝 206回 .141 アドマイヤフジ(中山金杯)
スズカコーズウェイ京王杯スプリングカップ
2010年 21勝 195回 .108 トーワベガ(阪神スプリングジャンプ)
2011年 31勝 225回 .138 アドマイヤコスモス(福島記念)
2012年 27勝 224回 .121
2013年 31勝 225回 .138 アドマイヤロイヤル(プロキオンステークス
2014年 16勝 218回 .073
2015年 アドマイヤデウス(日経新春杯、日経賞
受賞歴
日付 競馬場・開催 競走名 馬名 頭数 人気 着順
初出走 1985年3月16日 1回阪神7日1R 4歳未勝利 トーワチャンス - - 7着
初勝利 1985年5月11日 1回福島7日5R 4歳上400万下 アナベイル - - 1着
重賞初出走 1987年2月15日 2回京都6日11R きさらぎ賞 スズノライジン 8頭 8 2着
重賞初勝利 1987年9月6日 3回小倉8日10R 小倉3歳S ポットナポレオン 16頭 3 1着
GI初出走 1987年5月31日 3回東京4日10R 東京優駿 スズノライジン 24頭 23 21着
GI初勝利 1990年11月18日 4回京都6日10R マイルCS パッシングショット 18頭 10 1着

主な管理馬[編集]

※括弧内は当該馬の優勝重賞競走、太字はGI級競走。

おもな厩舎所属者[編集]

※太字は門下生。括弧内は厩舎所属期間と所属中の職分。

  • 楠孝志(1989年-1993年 騎手、1993年-現在 調教助手)
  • 南井大志(2002年-2005年 騎手)
  • 児玉武大(不明-現在 調教助手)

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 太字はGI競走、斜体は中央との統一格付けのない地方競馬主催の重賞競走。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h 『優駿』1985年5月号、pp.73-75
  2. ^ a b c d 『優駿』1990年1月号、pp.82-85
  3. ^ 『優駿』2007年7月号、p.174
  4. ^ 木村(2000)pp.142-143
  5. ^ 『優駿』1998年2月号、p.68
  6. ^ 橋田満師が17年連続重賞制覇へ/中山金杯”. nikkansports.com (2012年1月3日). 2015年4月5日閲覧。
  7. ^ 【栗東TC】宝塚記念調教公開&橋田満厩舎訪問ツアー”. トレセンブログ(日本中央競馬会) (2010年6月24日). 2015年4月5日閲覧。
  8. ^ 平成23年3月遠野市議会定例会会議録(第3号)”. 遠野市 (2011年3月1日). 2015年4月3日閲覧。
  9. ^ 1995年
  10. ^ 1995年
  11. ^ 2003年
  12. ^ 2003年

参考文献[編集]

  • 木村俊太『ベガとアドマイヤベガ - 奇跡の親仔物語』(イーハトーヴ出版、2000年)ISBN 978-4900779679
  • 優駿』1985年5月号(日本中央競馬会)
    • 今井昭雄「厩舎ぶらり歩き - 船出のとき 橋田満調教師」
  • 『優駿』1991年1月号(日本中央競馬会)
    • 「杉本清志の競馬談義 - 第70回・橋田満調教師」
  • 『優駿』2007年7月号(日本中央競馬会)
    • 阿部珠樹「優駿たちの故郷を訪ねて・2007年春 稲原牧場 - スズカトライアングルふたたび」

関連項目[編集]

外部リンク[編集]