須貝彦三

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須貝彦三
Hikozo-Sugai20101121.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 京都府出身(出生は兵庫県
生年月日 (1941-02-10) 1941年2月10日(78歳)
騎手情報
所属団体 JRA
所属厩舎 阪神→栗東・橋田俊三(1959年 - 引退)
初免許年 1959年
免許区分 平地
騎手引退日 1974年
重賞勝利 6勝
G1級勝利 1勝
通算勝利 2782戦304勝
調教師情報
初免許年 1974年(1976年開業)
調教師引退日 2011年2月28日
重賞勝利 18勝
G1級勝利 1勝
通算勝利 7179戦506勝
経歴
所属 栗東T.C.
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須貝 彦三(すがい ひこぞう、1941年2月10日 - )は日本中央競馬会栗東トレーニングセンターに所属していた元騎手、元調教師。息子は須貝尚介(元騎手、調教師)、弟は須貝四郎(元騎手、元評論家)である。

来歴[編集]

1956年阪神橋田俊三厩舎所属の騎手見習いとなる。1959年、同厩舎より騎手デビューした。初騎乗は3月7日で、チエスタアに騎乗し3着、4月26日にタマチエリに騎乗して初勝利を挙げる。1962年阪神大賞典をモトイチで制し、重賞初勝利を挙げる。

1973年天皇賞(春)タイテエムで制し、八大競走初勝利を挙げたが、翌1974年に調教師免許を取得し騎手を引退する。騎手成績は、JRA通算2782戦304勝(うち障害11勝、重賞6勝)であった。

1976年に厩舎を開業し、初出走は3月14日阪神競馬場第9競走のカレントビクトリーで5着だった。初勝利は4月20日京都競馬場第6競走のファンドリナイロで、のべ10頭目だった。

1977年には、初勝利を挙げたファンドリナイロが京都大障害(春)を制し、重賞初勝利を挙げ、1982年には有馬記念ヒカリデユールが制し、八大競走初勝利を挙げる。同馬は優駿賞を受賞した。

1985年に息子の尚介が騎手デビューした。1992年阪急杯を尚介騎乗のホクセイシプレーで勝っている。

2011年2月28日をもって定年により引退した。調教師成績はJRA通算7179戦506勝だった。引退後は調理師免許を取得し、函館で板前となった[1]

騎手成績[編集]

通算成績 1着 2着 3着 騎乗数 勝率 連対率
平地 293 322 270 2707 .108 .227
障害 11 22 16 77 .143 .429
304 344 286 2784 .109 .233
日付 競走名 馬名 頭数 人気 着順
初騎乗 1959年3月7日 - チエスタア - - 3着
初勝利 1959年4月26日 - タマチエリ - - 1着
重賞初騎乗 1960年11月23日 京都大障害(秋) シラガネ 6頭 6 5着
重賞初勝利 1962年12月16日 阪神大賞典 モトイチ 10頭 3 1着
GI級初騎乗 1962年4月1日 桜花賞 クインハクビ 27頭 25 16着
GI級初勝利 1973年4月29日 天皇賞(春) タイテエム 15頭 1 1着

主な騎乗馬[編集]

調教師成績[編集]

通算成績 1着 2着 3着 出走数 勝率 連対率
平地 464 439 462 6746 .069 .134
障害 42 48 48 433 .097 .208
506 487 510 7179 .070 .138
日付 競走名 馬名 頭数 人気 着順
初出走 1976年3月14日 - カレントビクトリー - - 5着
初勝利 1976年6月5日 淀障害ステークス ファンドリナイロ 12頭 11 1着
重賞初出走 1976年9月12日 阪神障害ステークス(秋) ファンドリナイロ 11頭 2 4着
重賞初勝利 1977年5月8日 京都大障害(春) ファンドリナイロ 6頭 1 1着
GI級初出走 1978年4月9日 桜花賞 エイシンキャンディ 21頭 18 18着
GI級初勝利 1982年12月26日 有馬記念 ヒカリデユール 15頭 3 1着

主な管理馬[編集]

厩舎関連人物[編集]

脚注[編集]

  1. ^ “須貝師の父・彦三元調教師も笑顔/菊花賞”. 日刊スポーツ. (2012年10月22日). http://www.nikkansports.com/race/news/p-rc-tp0-20121022-1035938.html 
  2. ^ この期間中3度フリーとなっている。

関連項目[編集]