小倉競馬場

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小倉競馬場
小倉競馬場スタンド
小倉競馬場スタンド
施設情報
所在地 福岡県北九州市小倉南区北方四丁目5-1
座標 北緯33度50分34.8秒
東経130度52分29.1秒
座標: 北緯33度50分34.8秒 東経130度52分29.1秒
開場 1931年
所有者 日本中央競馬会
管理・運用者 日本中央競馬会
収容能力 有料指定席 (A/B):1,192席
シルバーシート:90席など
コース
周回 右回り
馬場 芝・ダート・障害
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小倉競馬場(こくらけいばじょう)とは、福岡県北九州市小倉南区北方にある、中央競馬を開催する競馬場である。

小倉競馬場付近の空中写真。1974年撮影。
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

中央競馬の開催[編集]

2014年は2月8日から3月2日(8日間)、8月2日から9月7日(12日間)の2回・20日間開催[1]2005年度から夏期開催では薄暮競走を実施していたが、2016年現在は行われていない。

これまでは検疫厩舎がなく、小倉競馬場で実施されるすべての重賞競走は国際競走に指定されていなかったが、2009年より小倉大賞典小倉記念北九州記念が、2010年より小倉2歳ステークスがそれぞれ国際競走に指定された。

コース概要[編集]

2007年までゴール板に使用されていた小倉祇園太鼓のモニュメント
パドック
パドックに描かれた小倉祇園太鼓

東京競馬場中山競馬場京都競馬場阪神競馬場を除くローカル開催場では唯一、障害専用の周回コースを有する。障害コースは、馬場の中央で襷コースがX字状に交差する形態だったが、2コーナー側から4コーナーへの襷コースは長らく使用されず、1970年の馬場改修工事の際に、現在の襷コースのみの形態に変更された。

1998年頃の改修工事以前はスタンド前の障害は2つで、向正面に3つの障害が設置されていたが、1999年の改修工事以降はスタンド前の障害は3つになって、向正面の障害は2つになった。また、内馬場を横切る襷コースに、福島競馬場と同様の築山型バンケット(4号障害・高さ2.76m)と最後の直線コースに可動式障害(8号障害・高さ1.2m)を設置した[2]

2コーナー付近が小高い丘になっており(高低差:芝コース2.96m、ダートコース2.9m)、1コーナー付近から登って2コーナー過ぎから下っていく構造になっている。その為、下った直後からスピードが出る傾向がある。特に芝1,200mはこの小高い丘にスタート地点があり、発走直後に坂を下っていくことから、それを裏付けるように1999年アグネスワールドがマークした芝1,200mのJRAレコードタイムである1分6秒5というタイムはいまだに破られていない。

1999年平成11年)に全面リニューアル工事を施し、芝生の根に直接散水する「セルシステム」(自動給水装置)を世界の競馬場で初めて採用した。

芝コース[編集]

  • 1周距離:Aコース1615.1m、Bコース1633.9m、Cコース1652.8m(いずれも右回り)[3]
  • 直線:293m[3]
  • 幅員:Aコース30m、Bコース27m、Cコース24m[3]
  • 距離設定:1000m、1200m、1700m(Aコース・Bコースのみ使用)、1800m、2000m、2600m[3]
  • 出走可能頭数:1000m・1800m・2600mは16頭、1200m・2000mは18頭、1700mは14頭(いずれもAコース使用時)[4]

ダートコース[編集]

  • 1周距離:1445.4m(右回り)[3]
  • 直線:291.3m[3]
  • 幅員:24m[3]
  • 距離設定:1000m、1700m、2400m[3]
  • 出走可能頭数:1000mのみ14頭、その他は16頭[4]

障害コース[編集]

  • 1周距離:1309m(襷コース:415m)[3]
  • 幅員:16 - 20m[3]
  • 距離設定:2860m、2900m、3390m[3]
  • 出走可能頭数:2860mと2900mは12頭、3390mは14頭[4]

スタンド[編集]

1999年に改築されたスタンドは6階建てで、3階以上の座席が前面ガラス張りの屋内席となっている。3階・4階のゴール寄りが指定席、第4コーナー寄りが一般席となっている。4階席に一般席があるのは小倉競馬場のみである。5階はゴール寄りが馬主席、4コーナー寄りが指定席と来賓席。6階は4コーナー寄りに来賓席があるほか、理事長室(特別来賓室)とレセプションルームがある[5]。スタンド内はすべて禁煙となっている。

指定席[編集]

  • A指定席(禁煙) 4階のゴール寄り 410席 1,500円
  • A指定席(禁煙) 3階のゴール寄り 492席 1,500円
  • B指定席(禁煙) 5階の4コーナー寄り 290席 1,000円

いずれも入場料別。当日発売及び2015年1回開催よりJRAカード等によるインターネット予約発売が実施される。座席はいずれも2人掛けで各ペア席にチャンネル切り替え可能なモニターが1台という、近年改築されたJRAの競馬場では標準的なものである。それぞれの指定席にPC利用のためのコンセントがあり、無線LANが利用できる。

2009年3月までスタンド1階に地方競馬佐賀競馬専用発売窓口が設置されて中央競馬開催と重複する日に発売を行っていたが、現在は閉鎖され発売は行われていない。また、イベントも可能な「プラザ99」があり、スタンドが改築された1999年にちなんで、福岡県出身の漫画家松本零士のイラストが描かれた垂れ幕が掲げられている。

スタンド3階には無線LANが利用可能な無料休憩所がある。

重賞競走[編集]

第46回小倉記念(2010年8月1日)
GIII
J・GIII

レコードタイム[編集]

出典:JRA公式サイト 中央競馬レコードタイム 小倉競馬場

  • †は基準タイム。
  • 2016年7月30日終了現在

芝コース(2歳)[編集]

距離 タイム 競走馬 性別 斤量 騎手 記録年月日
1000m 0:56.6 トーホウアモーレ 54kg 幸英明 2005年8月13日
1200m 1:07.8 ホウライアキコ 54kg 和田竜二 2013年7月27日
1700m 1:45.2† サニーサイドアップ 53kg 千田輝彦 1999年11月28日
1800m 1:47.9 エイシンチャンドラ 54kg 安藤勝己 2005年8月20日
2000m 2:01.2 ラハトケレブ 54kg 浜中俊 2015年8月29日

芝コース(3歳以上)[編集]

距離 タイム 競走馬 性齢 斤量 騎手 記録年月日
1000m 0:56.6 サンデーミッチー 牝3 53kg 福永祐一 2000年7月15日
1200m 1:06.5 アグネスワールド 牡4 57kg 武豊 1999年7月17日
1700m 1:39.8 メイショウジェイ 牝4 55kg 飯田祐史 2009年7月18日
1800m 1:44.1 ダイタクバートラム 牡6 57kg 小牧太 2004年7月18日
2000m 1:57.1 メイショウナルト 騸5 53kg 武豊 2013年8月4日
2600m 2:38.1 ローレルクラシック 牡4 57kg 中舘英二 2011年11月27日

ダートコース(2歳)[編集]

距離 タイム 競走馬 性別 斤量 騎手 記録年月日
1000m 0:57.7 コウエイフラッシュ 54kg 和田竜二 2008年8月30日
1700m 1:45.6 エーシンスコルピオ 55kg 上村洋行 2011年12月10日

ダートコース(3歳以上)[編集]

距離 タイム 競走馬 性齢 斤量 騎手 記録年月日
1000m 0:56.9 ルベーゼドランジェ 牝4 52kg 義英真 2014年8月9日
1700m 1:41.8 サンライズキング 牡7 56kg 和田竜二 2006年8月27日
2400m 2:30.1 クラシカルノヴァ 牡3 55kg 吉田隼人 2011年12月3日

障害[編集]

距離 タイム 競走馬 性齢 斤量 騎手 記録年月日
芝2860m 3:09.4† ホウライアキコ 牝5 58kg 熊沢重文 2016年7月30日
芝2900m 3:07.1 ロングアキレス 牡4 60kg 植野貴也 2008年8月9日
芝3390m 3:40.0 ランヘランバ 牡6 59kg 五十嵐雄祐 2010年7月24日

アクセス[編集]

その他[編集]

  • 中央競馬で唯一九州産馬限定競走が行われる(九州産サラブレッドの減少により、現在は2歳戦のみ実施)。
  • 出走馬確保の為、昭和40年代前半までは、アングロアラブの2歳(当時の表記は3歳)のみ、馬主が自由に購入した馬[注 1]を出走させる事が可能な競走が実施されていた。多くの馬が九州産[注 2]で、中央での競走を終了すると各地の地方競馬に転出していったが、中央のアラブと比べて能力の勝る馬が出走する事も多かった。一方で騎手不足を補うため、昭和30年代前半の一時期、九州地区の地方競馬所属騎手12名に対して小倉競馬場限定の騎手免許が発行され、実際にレースで騎乗したことがある。
  • 1970年8月9日の第2競走障害オープン(距離2250m・良馬場)で2頭立ての競走が行われ、キングスピード(川越胖騎手)がブゼンエイトを破った。勝ち時計はレコードの2.24.6。馬券発売は単勝のみで配当金120円(1番人気)であった。2頭立ての競走は、今の所これが最後となっている。
  • 2009年5月24日釜山慶南競馬公園(釜山競馬場・韓国馬事会)と姉妹競馬場提携を結び、提携書に調印した[7]
  • 2011年3月11日に発生した東日本大震災の影響により、3月12日・13日の第2回第5日と第6日の開催を中止した。この代替競馬は3月26日・27日に開催された[注 3][8]。また中山競馬場・福島競馬場における安定的な競馬施行に支障が生じるおそれがあることから、4月2日から4月10日にも「第2回小倉競馬第9日~第12日」として代替開催された[9][10]。また4月16日・4月17日にも「第3回小倉競馬第1日・第2日」として開催された[11][12]


北九州市および地域とのつながり[編集]

北九州市はオートレース以外の公営競技が揃っている全国でも珍しい自治体である[注 4]。これは、合併前の各市で行われていたものがそのまま引き継がれたためである。旧門司市による門司競輪は廃止されたが、旧若松市による若松競艇、旧小倉市による小倉競輪は現在も開催されている。

大規模な災害が発生した際には、小倉競馬場は北九州市により小倉南区における大規模防災拠点の一つとして位置づけられている。また普段でも、学校などの遠足を受け入れたり、地域行事の会場として使われている。最近では、小倉競馬場がある関係から、小倉南区を中心としたインフラ整備にも、JRAから法令に基づき費用の一部が援助されている(寄付金の形式)。

歴史[編集]

1940年の小倉競馬場

1907年(明治40年)に戸畑競馬場が作られ、戸畑競馬場は1919年(大正8年)に三萩野に移転、さらに三萩野競馬場は1930年(昭和5年)北方に再移転し現在に至る。

小倉では明治中期、陸軍用地を借りて草競馬が行われていたというが詳細は明らかではない。1906年(明治39年)、馬券が黙許され東京では池上競馬場が開設されて人気を集めていた。それに刺激を受けて大宰府の田中種光他15名が社団法人東洋競馬会を作り、また、競馬場施設会社として東洋馬匹改良会社を設立、福岡県遠賀郡戸畑町字名古屋崎に競馬場を建設した(戸畑競馬場)。東洋競馬会は第一回競馬を1908年(明治41年)7月25,26,28,29日に行う。当時の戸畑競馬場は交通が不便だったというが、それでも4日間で26510人と当時としては多くの観客をあつめた。一日あたり11レースを行い4日間の合計44レース。馬は内国産馬と豪州馬にわけてレースを行っている。出場馬数は160頭、当時の競走馬は連日出走することもあり延べでは362頭の出走である。第一回競馬は盛況で終るが、明治41年10月馬券発売は再禁止されてしまい、明治41年秋の第二回、明治42年の第三回、第四回開催では、馬券を売れない競馬は観客からそっぽをむかれ競馬場は閑散とする[13]

1910年(明治43年)、日本の競馬は政府の補助金で運営される補助金競馬時代に入り、政府の方針で東洋競馬会は解散、戸畑競馬場は新たに設立された社団法人小倉競馬倶楽部が引き継いで競馬を開催する[14]

1915年(大正4年) 第一次世界大戦の影響で日本は好景気になり北九州地方は工業化が進む。小倉競馬倶楽部は製鉄会社(旧・東洋製鉄)から戸畑競馬場の用地買収を望まれ、小倉競馬倶楽部は1918年(大正7年)これを70万円で売却、三萩野に35000坪の土地を買い移転した。三萩野競馬場の土地購入費用と設備費合わせ36万円あまりであった。三萩野競馬場建設中には小倉競馬倶楽部は一時代替として宮崎競馬場で競馬を行ったという[15]

1919年(大正8年)秋、三萩野競馬場は完成し、以後、春秋の2季競馬を開催した。しかし、馬券を発売できない競馬は振るわず、勝馬投票券(商品券)の試みも行う。1923年(大正12年)、関係者の長年の運動が実り、競馬法(旧競馬法)が成立し馬券の発売が許可される。馬券を再び売れるようになり、以後競馬は人気を集め発展していく。1929年(昭和4年)、福岡県は小倉競馬に独自の税をかけ、これに小倉競馬倶楽部は抵抗し混乱するが、1931年(昭和6年)には競馬法改正で競馬には地方税が賭けられることになった。1930年(昭和5年)には暴風で競馬場施設は甚大な被害を受けた[16]

1923年(大正12年)の競馬法制定で馬券を売れるようになってから競馬は発展していくが、拡大する競馬の規模に三萩野競馬場は手狭となっていた。そのためより広い土地をもとめ競馬場を移転することになった[17]

企救町北方(現・福岡県北九州市小倉南区北方)では陸軍部隊が久留米に移転したため跡地への工場誘致を考えていたが、ちょうど移転を計画した小倉競馬倶楽部と思惑が一致し、小倉競馬倶楽部は1坪3円という割安な価格で11万3千坪の土地を求め小倉の競馬は移転する。この北方に設けた競馬場が現在の小倉競馬場である[18]

1931年(昭和6年)春、新築なった競馬場は6日間の競馬を開催した[19]。以後、開催規模・観客数を増やしていく[20]

1937年(昭和12年)には小倉競馬倶楽部は解散、競馬場は日本競馬会小倉競馬場となり、戦争による中断を経て、1947年(昭和22年)再開、1948年(昭和23年)国営競馬、1954年(昭和29年)には日本中央競馬会小倉競馬場となる[20]

脚注・出典[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 中央のアラブ系種の馬は、昭和20年代以降、抽選馬のみしか出走を認められていなかった。
  2. ^ 当時、九州はアングロアラブの大きな生産地であった。
  3. ^ 3月19日から3月27日までの阪神競馬・小倉競馬を「東北関東大震災被災地支援競馬」として開催。
  4. ^ ただし、オートレース場も近隣の飯塚市飯塚オートレース場が存在する。

出典[編集]

  1. ^ 平成26年開催日割 (PDF) - 日本中央競馬会、2014年11月20日閲覧
  2. ^ 新潟競馬場福島競馬場中京競馬場では芝コースに置き障害を設置して施行。札幌競馬場函館競馬場では障害競走を施行していない。
  3. ^ a b c d e f g h i j k 小倉競馬場(コース紹介) - 日本中央競馬会、2015年1月13日閲覧
  4. ^ a b c 平成26年競馬番組一般事項(III:出走可能頭数 - 小倉競馬場) (PDF) - 日本中央競馬会、2014年7月21日閲覧
  5. ^ 小倉記念競馬 - 一条真也の真ハートフル・ブログ 2014年8月10日
  6. ^ 『日本中央競馬会50年史』 日本中央競馬会、2005年、314頁。 
  7. ^ 小倉競馬場と釜山競馬場(韓国)が姉妹競馬場として提携 JRAニュース
  8. ^ 3月27日(日)までの中山競馬の開催中止について JRAホームページ 2011年3月15日
  9. ^ 第3回中山競馬および第1回福島競馬の開催中止について JRAホームページ 2011年3月22日
  10. ^ 第2回阪神競馬および第2回小倉競馬の競馬番組変更について JRAホームページ 2011年3月23日
  11. ^ 4月16日(土)・17日(日)に小倉競馬を開催 JRAホームページ 2011年4月1日
  12. ^ 第2回阪神競馬の競馬番組変更および第3回小倉競馬番組【4月16日(土)・17日(日)】 JRAホームページ 2011年4月1日
  13. ^ 日本中央競馬会1968、 633-641頁。
  14. ^ 日本中央競馬会1968、641頁。
  15. ^ 日本中央競馬会1968、644-645頁。
  16. ^ 日本中央競馬会1968、645-647頁。
  17. ^ 日本中央競馬会1968、647頁。
  18. ^ 日本中央競馬会1968、647-648頁。
  19. ^ 日本中央競馬会1968、653頁。
  20. ^ a b 日本中央競馬会1968、673-674頁。

参考文献[編集]

  • 日本中央競馬会 編集『日本競馬史』第3巻、日本中央競馬会、1968年

外部リンク[編集]