松平頼明 (常陸府中藩主)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
 
松平頼明
時代 江戸時代中期
生誕 元禄4年5月11日1691年6月7日
死没 享保18年9月6日1733年10月13日
改名 源三郎(幼名)→頼明
別名 通称:掃部
諡号 源定
戒名 常安院梵誉海音宣徴
墓所 茨城県常陸太田市瑞龍山
官位 従四位下大膳大夫侍従播磨守
幕府 江戸幕府
主君 徳川綱吉家宣家継吉宗
常陸府中藩
氏族 水戸徳川家庶流長倉松平家→府中松平家
父母 父:松平頼福、母:進藤氏
養父:松平頼如
正室:徳川綱條養女・益姫
側室:林氏、久野氏
頼永武元遠山友明頼幸
亀井茲胤織田信右正室、松平信友正室

松平 頼明(まつだいら よりあき)は、江戸時代中期の大名常陸国府中藩3代藩主。官位従四位下侍従播磨守

略歴[編集]

松平頼福徳川頼房の八男・松平頼泰の子)の長男として誕生。母は進藤氏。幼名は源三郎。任官叙位前は通称を掃部と称した。

宝永4年(1707年)12月、先代藩主の松平頼如(頼房の五男で初代藩主・松平頼隆の子)が嗣子なくして死去したため、その養嗣子として翌年の閏正月5日に家督を継いだ。享保18年(1733年)9月6日、43歳で死去し、跡を長男・頼永が継いだ。

年表[編集]

※日付=旧暦

系譜[編集]