松平頼平

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

松平 頼平(まつだいら よりひら、安政5年8月15日1858年9月21日) - 昭和4年(1929年12月16日)は、日本の華族子爵)。常陸宍戸藩松平頼位の三男で、旧陸奥守山藩主家当主松平喜徳の養子となった。幼名は鏸麻呂、初名は頼鏸。子に頼栄秋雄、道(内藤政光夫人)、樋口行雄森田静雄

明治17年(1884年)6月、華族を対象とした陸軍予備士官学校に入学する。明治18年(1885年)9月、松平喜徳の養子となった。明治24年(1891年)6月、養父喜徳の死去により、家督を相続する。宮内省御用掛を務めた。昭和4年(1929年)、72歳で没した。時代考証や刀剣鑑定に対して深い知識を持っていた。没後は次男の秋雄が家督を継いだ。

栄典[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 『官報』第3893号「叙任及辞令」1896年6月22日。
  2. ^ 『官報』第1782号「叙任及辞令」1918年7月11日。

参考文献[編集]

  • 日本人名大辞典(講談社刊)
日本の爵位
先代:
松平喜徳
子爵
守山松平家第2代
1891年 - 1929年
次代:
松平秋雄