松平頼之(まつだいら よりゆき)は、幕末の大名。陸奥守山藩(常陸松川藩)の第7代(最後)の藩主。水戸支流(連枝)頼元系松平家8代。水戸藩主・徳川斉昭の二十二男で、最後の将軍・徳川慶喜の弟。初名は昭鄰(あきちか)。
明治2年(1869年)、先代藩主の隠居により、養子となって家督を相続した。明治6年(1873年)に夭折し、会津松平家との養子縁組を解消していた実兄の喜徳(斉昭の十九男)が家督を継いだ。
守山松平家第8代当主(1869年 - 1873年) |
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水戸徳川家 (宗家) |
- 頼房1609-1661
- 光圀1661-1690
- 綱條1690-1718
- 宗堯1718-1730
- 宗翰1730-1766
- 治保1766-1805
- 治紀1805-1816
- 斉脩1816-1829
- 斉昭1829-1844
- 慶篤1844-1868
- 昭武1868-1883
- 篤敬1883-1898
- 圀順1898-1969
- 圀斉1969-1986
- 斉正1986-現在
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分家・支流 | | 松戸徳川家 |
- 武定1892-1957
- 博武1957-1986
- 文武1986-現在
| 御連枝 (松平家) |
| その他の支家 (松平家) |
| 長倉松平家 |
- 頼泰
- 頼福
- 頼匡
- 頼忠
- 頼脩
- 保福
- 頼紹
- 頼善
- 頼位
| | 頼順流 | | | 松平大膳家 | |
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| 松平氏守山藩7代(松川)藩主 (1869年 - 1871年) |
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