広島新田藩
ナビゲーションに移動
検索に移動
概略[編集]
享保15年(1730年)より広島藩の蔵米3万石を与えられ、広島藩4代・綱長の三男・長賢により立藩した。藩主は参勤交代を行わず江戸定府の大名であった。藩主家は江戸屋敷の所在地から青山内証分家(青山浅野家)と呼ばれた。元治元年(1864年)には吉田(現在の安芸高田市)に吉田陣屋を構えた。明治2年(1869年)、広島藩に併合され廃藩となった。
現存する建物としては通称「三菱窟」が現存し、市内甲田町の個人宅に西御門が移築現存し、そして市内教徳寺には陣屋門が現存している。
歴代広島新田藩主[編集]
- 浅野家
3万石 (1730年 - 1869年)
|