大阪教育大学附属高等学校池田校舎

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大阪教育大学附属高等学校池田校舎
過去の名称 大阪学芸大学附属高等学校池田校舎
大阪教育大学教育学部附属高等学校池田校舎
国公私立の別 国立学校
設置者 国立大学法人大阪教育大学
学区 大阪府・兵庫県京都府の指定地域
校訓 自由・自主・自律(校風として)
設立年月日 1956年
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学期 2学期制
高校コード 27002E
所在地 563-0026
公式サイト 大阪教育大学附属高等学校池田校舎
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大阪教育大学附属高等学校池田校舎(おおさかきょういくだいがく ふぞくこうとうがっこう いけだこうしゃ、英称:Ikeda Senior High School attacched to Osaka Kyoiku University)は、大阪府池田市にある国立高等学校大阪教育大学附属学校。略称は「附高(ふこう)」、「池附(いけふ)」。

概要[編集]

1956年(昭和31年)、大阪学芸大学附属池田小学校(現・大阪教育大学附属池田小学校)の隣接する現校地に設立。1957年(昭和32年)には大阪学芸大学附属池田中学校(池田市城山1002番地。現・大阪教育大学附属池田中学校)が移転し、小・中・高の文教キャンパスとなる。

1クラス40名の4クラス編成。校内には創立時に植樹された自然林があり、100mにも及ぶケヤキの並木道やヒマラヤスギの大木、バレーコートを取り巻くなど、緑豊かなキャンパスを出現させ、2016年には創立60周年を迎えた。このような教育環境の中で、個を大切にし、自由で自主・自律を尊ぶ校風が培われてきた。1972年(昭和47年)より服装の自由化と前・後期の二期制が採用されている。国際教育、総合的学習など、融合型の学習を包括的にとらえ、新時代への教育改革を目指している。2011年平成23年)、池田地区附属学校(大阪教育大学附属池田小学校大阪教育大学附属池田中学校)と共同研究を開始。1996年(平成8年)9月5日の校内での水泳事故、また2001年6月8日附属池田小事件を受け、安心・安全教育に力を入れている。

国際教育の研究・実践を深め、指導理念・指導方法・カリキュラム開発研究の基礎的研究を行ってきた。「総合的な学習の時間」はその実践の場となっている。

1995年(平成7年)、国際社会に対応した教育研究を行うため、特別枠(帰国生徒・外国人生徒)の募集を開始(2000年に国際枠と改称。8名以内)。海外の高等学校との交流を深めている。海外からの短期・長期の留学も多く、附高池田の生徒の海外留学も盛んに行われている。

2003年ユネスコ・スクール (ASPnet) に加盟。世界各地の加盟校と共同して国際理解教育を実施し、世界の国々と協同研究・協同実践を進めている。

2003年度より3年間スーパーイングリッシュランゲージハイスクール(SELHiセルハイ、2009年度事業終了)に指定。多文化理解を目指す実践的な語学教育に取り組んだ。

使命[編集]

大学学部の学生の教育実習を指導する。教育研究校・教育実践校として教育研究を進める。

入試[編集]

通学区域は通学時間が1時間30分以内で、大阪府兵庫県京都府のうち以下の地域。

  • 池田市、豊能町、能勢町、豊中市、箕面市、吹田市、茨木市、摂津市、高槻市、島本町、大阪市、守口市、門真市、寝屋川市、大東市、四條畷市、枚方市、交野市、東大阪市、八尾市
  • 川西市、伊丹市、宝塚市、芦屋市、尼崎市、西宮市、三田市、猪名川町、神戸市(東灘区、灘区、中央区、兵庫区、長田区、および北区の一部)
  • 長岡京市、向日市、大山崎町

募集人数は男女計約160名。附属池田中学校からの連絡入学約100名と国際枠8名以内と一般入試から構成される。

学校行事[編集]

  • 5月 - 研修合宿(1年)、遠足(2・3年)、球技大会
  • 6月 - 視聴覚行事
  • 7月 - 附高祭
  • 10月 - 修学旅行(2年)、附高オリンピック(1日目に陸上大会、2日目に球技大会を行う)

沿革[編集]

  • 1956年 - 大阪学芸大学附属高等学校池田校舎として開校。
  • 1968年 - 大学の名称変更に伴い、大阪教育大学教育学部附属高等学校池田校舎に校名を変更。
  • 1972年 - 服装を自由化。前・後期の2学期制授業に移行
  • 2004年 - 大学の独立行政法人化に伴い、大阪教育大学附属高等学校池田校舎に校名を変更。
  • 2006年 - 校歌制定。

事故・訴訟[編集]

1996年(平成8年)9月5日、女子生徒(当時2年生)が1限目の体育の水泳授業に出席、潜水泳法の評価中プールに浮いた状態で見つかる。緊急搬送後、同年9月12日に死亡[1]

1997年5月12日、死亡女子生徒遺族は学校と国を相手取り提訴。2001年3月26日大阪地方裁判所にて本校の安全配慮義務違反で事故に至ったとして学校設置者である国の敗訴が確定、原告の訴えが認められた。

事故から10年目を迎えた2006年(平成18年)9月5日、大阪教育大学学長、附属高等学校校長および附属高等学校池田校舎主任は、声明文「平成8年9月5日に起きた大阪教育大学附属高等学校池田校舎における水泳事故について (PDF, 38KB) 」を公表し、事故の原因と責任についての見解を明らかにした。

大阪教育大学ならびに附属高等学校池田校舎は、この痛ましい水泳事故を末永く記憶にとどめ、安全な水泳授業を誓い、安全な学校の実現への決意を新たにするため、池田校舎の水泳プール入り口付近にメモリアルを設置し、同日の午前9時50分より遺族の列席の下に除幕式を挙行した。

著名な出身者[編集]

交通[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]