六浦

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六浦
—  町丁  —
六浦駅 西口(2006年11月26日)
六浦の位置(横浜市内)
六浦
六浦
六浦の位置(神奈川県内)
六浦
六浦
六浦の位置
座標: 北緯35度19分39.45秒 東経139度36分54.8秒 / 北緯35.3276250度 東経139.615222度 / 35.3276250; 139.615222
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Kanagawa Prefecture.svg 神奈川県
市町村 Flag of Yokohama, Kanagawa.svg 横浜市
金沢区
面積[1]
 - 計 1.150km2 (0.4mi2)
人口 (2017年(平成29年)12月31日現在)[2]
 - 計 12,262人
等時帯 日本標準時 (UTC+9)
郵便番号 236-0031[3]
市外局番 045 (横浜MA)[4]
ナンバープレート 横浜
六浦町
—  町丁  —
座標: 北緯35度19分1.76秒 東経139度36分16.72秒 / 北緯35.3171556度 東経139.6046444度 / 35.3171556; 139.6046444
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Kanagawa Prefecture.svg 神奈川県
市町村 Flag of Yokohama, Kanagawa.svg 横浜市
金沢区
面積[1]
 - 計 0.667km2 (0.3mi2)
人口 (2017年(平成29年)12月31日現在)[2]
 - 計 0人
等時帯 日本標準時 (UTC+9)
郵便番号 236-0032[5]
市外局番 045 (横浜MA)[4]
ナンバープレート 横浜
六浦東
—  町丁  —
座標: 北緯35度19分16.26秒 東経139度37分15.35秒 / 北緯35.3211833度 東経139.6209306度 / 35.3211833; 139.6209306
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Kanagawa Prefecture.svg 神奈川県
市町村 Flag of Yokohama, Kanagawa.svg 横浜市
金沢区
面積[1]
 - 計 0.692km2 (0.3mi2)
人口 (2017年(平成29年)12月31日現在)[2]
 - 計 6,187人
等時帯 日本標準時 (UTC+9)
郵便番号 236-0037[6]
市外局番 045 (横浜MA)[4]
ナンバープレート 横浜
六浦南
—  町丁  —
座標: 北緯35度19分17.14秒 東経139度36分37.73秒 / 北緯35.3214278度 東経139.6104806度 / 35.3214278; 139.6104806
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Kanagawa Prefecture.svg 神奈川県
市町村 Flag of Yokohama, Kanagawa.svg 横浜市
金沢区
面積[1]
 - 計 0.692km2 (0.3mi2)
人口 (2017年(平成29年)12月31日現在)[2]
 - 計 10,031人
等時帯 日本標準時 (UTC+9)
郵便番号 236-0038[7]
市外局番 045 (横浜MA)[4]
ナンバープレート 横浜

六浦(むつうら、むつら)は、神奈川県横浜市金沢区にある地名。かつては武蔵国久良岐郡に属し、江戸湾港町として栄えた。現在は「むつうら」と呼ばれているが、以前は「むつら」と呼ばれ、中世の文書には「六面」・「六連」とも書かれた。

本項では、隣接する六浦町(むつうらちょう)、六浦東(むつうらひがし)、六浦南(むつうらみなみ)についてもあわせて述べる。住居表示は六浦町が未実施区域、六浦、六浦東、六浦南が実施済み区域。

地理[編集]

横浜市の最南端に位置し、南東横須賀市南西逗子市に隣接する。中部・北部は六浦1~5丁目、東部は六浦東1~3丁目、南部は六浦南1~5丁目として住居表示が実施され、南西部の六浦町は住居表示未実施である。東端の六浦東1丁目には関東学院大学金沢八景キャンパスおよび系列の中学・高校小学校がある。住居表示未実施の「六浦町」は霊園などがあり、人口は0である。東西に侍従川が流れ、平潟湾にそそぐ。南北に国道16号、六浦交差点より西に県道原宿六ツ浦線が通り、県道の西六浦交差点より南西に県道金沢逗子線が伸びる。西側を南北に横浜横須賀道路が通過するが、町内にインターチェンジはない。鉄道は国道沿いに京急本線、金沢逗子線沿いに京急逗子線が通り、逗子線六浦駅のほか近隣の金沢八景駅追浜駅も利用される。

面積[編集]

面積は以下の通りである[1]

丁目 面積(km2
六浦一丁目 0.205
六浦二丁目 0.235
六浦三丁目 0.298
六浦四丁目 0.154
六浦五丁目 0.258
六浦 計 1.150
六浦町 0.667
六浦東一丁目 0.442
六浦東二丁目 0.104
六浦東三丁目 0.146
六浦東 計 0.692
六浦南一丁目 0.194
六浦南二丁目 0.185
六浦南三丁目 0.129
六浦南四丁目 0.166
六浦南五丁目 0.157
六浦南 計 0.831

地価[編集]

住宅地の地価は、2014年平成26年)1月1日公示地価によれば、六浦1-6-3の地点で18万3000円/m2となっている。[8]

歴史[編集]

古代[編集]

古くは六浦荘という荘園が設置され、国衙(こくが)や郡衙の支配を受けない私有地であった。六浦・金沢・釜利谷・富岡が4郷から成り立っていた。当初の領家仁和寺(皇族の門跡寺院領)であったとみられている。現在も真言宗御室派の寺院が東国では珍しく金沢区内に分布している。保元2年(1157年)に源義朝から恩賞として常陸国那珂実経大中臣実経)に六浦荘が与えられ領主になったとされている。

中世[編集]

治承4年(1180年)、源頼朝伊豆で挙兵した際に加護をもらった伊豆三島明神をこの地に勧請し、瀬戸神社の社殿を建立した。文治年間(1185~1190年)に頼朝は浄願寺を六浦山中に建立した。それは上行寺東遺跡であるとみられている。   その後、和田氏を経て金沢流北条氏領主となった。『吾妻鏡』によれば、仁治2年4月5日1241年5月17日)、鎌倉幕府執権北条泰時鎌倉と六浦を結ぶ道の開削を命じた。それが六浦道(朝夷奈切通)である。

海路を通して房総半島などと鎌倉の玄関口となっていた。近隣の浦郷榎戸湊などより鎌倉との交通便などの地の利が良く発展したと見られる。中世においては、現在の内陸地域である六浦川流域や手子神社金沢文庫駅付近にまで入江、内海になっていたと推定されており、六浦には複数の津や湊に適した地があったとみられる。泰時がここに弟の実泰が配置した背景にはそうした事情があった。京都四堺をまねて東の境が六浦に置かれた。隣接していたが山道によって鎌倉と隔たれた六浦は東方からの疫病などの邪悪なものを食い止める障壁として位置づけられた。津や湊のある入り組んだ地形は風光明媚な景勝地(後世の「金沢八景」)として広く知られるようになっていった。将軍九条頼経安貞2年4月28日1228年6月2日)に保養のために六浦に旅行している。また六浦は明治まで塩田があったことでも知られていた。

実泰の子・北条実時は金沢に別邸を置いた。それが称名寺金沢文庫の前身になった。

北条貞顕嘉元3年(1305)ごろ竣工させた瀬戸橋により内海に隔てられた六浦と金沢が陸路でつながった。

鎌倉幕府滅亡後は足利氏の支配下に入るが、その支配を巡って鎌倉府鎌倉公方)と関東管領上杉氏は度々衝突した。上杉憲方の配下とされる大喜光昌は、応永年間における六浦の支配者であるとともに対岸の安房守護代を兼ねていた上杉家中の実力者であった。その後、鎌倉公方足利持氏が簗田助良(官途名より房総方面に拠点を有していた簗田満助と同一人とも言われている)に称名寺の保護を命じたり、永享の乱に敗れた際に同寺に逃れているのも、六浦を経由して房総方面との連絡を維持しようとしたからだと言われている。享徳の乱によって上杉氏が鎌倉を占領した後、鎌倉とともに六浦を支配したのは太田道灌であったとされている。道灌が六浦を直接支配した証拠はない(恐らく、代官による統治であったとされる)ものの、現地に道灌にまつわる伝説が伝わっているのもこの時期の六浦が太田氏とその主家である上杉氏の影響を強く受けていたからだと考えられている。入江への土砂の堆積が徐々に進み、みなとの機能が内海から外側の洲崎や瀬ケ崎に限れてきたり、品川湊などの隆盛などによって戦国時代に入ると衰微したとされているが、実際には江戸時代初頭まで都市としての姿が続いたと考えられている。特に房総方面と鎌倉を結ぶ経路は六浦あるいはその外側の洲崎を経由した海上交通に依存するところが大きかった。安房の里見義豊が鎌倉攻撃時に併せて六浦を襲撃したり、上総国真里谷信隆が再起を期すために金沢に落ち延びたのも六浦が房総と武蔵・相模方面を結ぶ要所であったからである。なお、豊臣秀吉小田原征伐の際に細川幽斎が六浦を訪れている。

近世 以降[編集]

六浦(鎌倉)の都市としての政治経済の役割は江戸に移り衰退した。沢庵宗彭がこの地を訪れた際には寒村と化していたとされている。後に六浦藩の藩庁が設置されたものの、江戸に近い観光地という側面「金沢八景」以外では目立たなくなった。 また浦賀奉行所への通過点となった。(浦賀道)  

明治22年(1889年)に神奈川県久良岐郡六浦荘村となった。隣接する横須賀港軍港としての進展により、市境の瀬ケ崎付近の埋立造成(現在の関東学院付近)により海軍航空技術廠支廠(工員養成所)の設置された。現在の瀬戸に1941年(昭和16年)4月1日 - 海軍航空技術廠支廠開設。その寮や住宅の建設により市街化が進んだ。

昭和11年(1936年)に横浜市磯子区に編入。(1948年)金沢区は磯子区から分離独立した。

昭和5年(1930年)に湘南電気鉄道が開通し、翌年に京浜電鉄(後の京浜急行電鉄)と相互乗り入れ(後に合併)してから、特に戦後急速に東京・横浜に向かう人々のベッドタウンとなった。

世帯数と人口[編集]

2017年(平成29年)12月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[2]

六浦[編集]

丁目 世帯数 人口
六浦一丁目 1,107世帯 1,954人
六浦二丁目 1,082世帯 2,310人
六浦三丁目 1,628世帯 3,588人
六浦四丁目 1,022世帯 1,809人
六浦五丁目 1,311世帯 2,601人
6,150世帯 12,262人

六浦東[編集]

丁目 世帯数 人口
六浦東一丁目 1,925世帯 4,021人
六浦東二丁目 532世帯 946人
六浦東三丁目 561世帯 1,220人
3,018世帯 6,187人

六浦南[編集]

丁目 世帯数 人口
六浦南一丁目 1,046世帯 2,112人
六浦南二丁目 1,045世帯 2,211人
六浦南三丁目 448世帯 1,207人
六浦南四丁目 1,173世帯 2,651人
六浦南五丁目 845世帯 1,850人
4,557世帯 10,031人

小・中学校の学区[編集]

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[9]

丁目 番地 小学校 中学校
六浦一丁目 全域 横浜市立六浦小学校 横浜市立六浦中学校
六浦二丁目 全域
六浦三丁目 1番1〜5号
1番6号(道路以東)
1番58号(道路以東)
1番59〜63号、4番〜5番5号
5番32〜34号、9番5号
10番〜18番34号、31番〜41番29号
41番31〜34号、42番
9番1〜4号・6〜18号
18番35号〜30番
41番30号・35号
横浜市立高舟台小学校 横浜市立大道中学校
その他 横浜市立大道小学校
六浦四丁目 8番、14番
18〜25番
その他 横浜市立六浦小学校 横浜市立六浦中学校
六浦五丁目 9〜16番、17番8〜16号 横浜市立大道小学校
1〜8番、17番1〜6号
18〜34番、35番5号〜38番18号
39〜40番
横浜市立大道中学校
その他 横浜市立朝比奈小学校
六浦町 2239番地、2270〜2271番地
2280番地、2284〜2387番地
その他 横浜市立六浦南小学校
六浦東一丁目 全域 横浜市立瀬ケ崎小学校 横浜市立六浦中学校
六浦東二丁目 1番〜22番8号、22番21〜71号
23番1号・18〜56号
24〜25番
その他 横浜市立大道小学校
六浦東三丁目 14番、15番7〜17号
16番10号・12〜19号
横浜市立六浦南小学校
六浦南一丁目 1番1〜23号、2番〜11番6号
11番11〜21号、12番1〜21号
13番1〜10号・32〜35号
25番1〜13号
1番24〜65号、11番7〜8号
20番3〜37号、21番20〜40号
22番1〜24号、23〜24番
25番15〜54号、26〜37番
横浜市立大道小学校
その他 横浜市立瀬ケ崎小学校
六浦南二丁目 12番9〜11号 横浜市立大道小学校 横浜市立大道中学校
12番1〜8号、12番12〜58号
15番1〜7号、15番13〜16号
横浜市立六浦中学校
1〜11番、13番1〜3号
14番32〜39号、15番8〜12号
17番31〜32号、19番1〜22号
20番1〜36号・38号、21〜33番
37番1〜7号・12〜35号
37番59〜62号、38〜47番
横浜市立六浦南小学校 横浜市立大道中学校
その他 横浜市立六浦中学校
六浦南三丁目 1〜5番
その他 横浜市立大道中学校
六浦南四丁目 全域
六浦南五丁目 全域

施設[編集]

六浦[編集]

六浦東 [編集]

六浦南 [編集]

参考文献[編集]

  • 「角川日本地名大辞典」編纂委員会/編『角川日本地名大辞典 14 神奈川県』(角川書店 1984年 ISBN 4040011406
  • 佐藤博信『江戸湾を巡る中世』(思文閣出版 2000年 ISBN 4784210458
  • 『スーパーマップル関東道路地図』(昭文社 2008年 ISBN 978-4-398-62883-1

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e 横浜市町区域要覧”. 横浜市 (2016年3月31日). 2018年1月24日閲覧。
  2. ^ a b c d e 横浜の人口 - 登録者数(市・区・町・外国人) - 町丁別世帯と男女別人口”. 横浜市 (2017年12月31日). 2018年1月24日閲覧。
  3. ^ 郵便番号”. 日本郵便. 2018年1月23日閲覧。
  4. ^ a b c d 市外局番の一覧”. 総務省. 2018年1月23日閲覧。
  5. ^ 郵便番号”. 日本郵便. 2018年1月23日閲覧。
  6. ^ 郵便番号”. 日本郵便. 2018年1月23日閲覧。
  7. ^ 郵便番号”. 日本郵便. 2018年1月23日閲覧。
  8. ^ 国土交通省地価公示・都道府県地価調査
  9. ^ 小中学校等通学区域”. 横浜市 (2017年11月15日). 2018年1月24日閲覧。