デーヴァナーガリー

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Example.of.complex.text.rendering.svg この項目にはブラーフミー系文字(インド系文字)が含まれています。環境によっては、フォントをインストールしていても、母音記号の位置が乱れたり結合文字が分かれたりします詳細
デーヴァナーガリー
Rigveda MS2097.jpg
デーヴァナーガリーで書かれたリグ・ヴェーダ(19世紀はじめ)
類型: アブギダ
言語: サンスクリットヒンディー語マラーティー語ネパール語等のいくつかの北インド言語
時期: 1200年頃から現在
親の文字体系:
ブラーフミー文字
子の文字体系: グジャラーティー文字
Unicode範囲: U+0900-U+097F
U+A8E0-U+A8FF
ISO 15924 コード: Deva
注意: このページはUnicodeで書かれた国際音声記号 (IPA) を含む場合があります。
デーヴァナーガリーの表記例。「ヒンディー」と書かれている。
ナーガリー文字の銅板文書(1035年)
デーヴァナーガリーが描かれた垂れ幕 ヒンドゥー教の聖地バラナシ市街の様子

デーヴァナーガリーサンスクリット語: देवनागरी devanāgarī)はインド文字アブギダに属する音素文字で、ヒンディー語マラーティー語ネパール語などの表記に用いられるほか、古典語のサンスクリットなどの表記にも用いる。

インド憲法では、デーヴァナーガリーで表記されたヒンディー語を連邦公用語と規定している[1]

歴史[編集]

紀元前3世紀頃から用いられてきたブラーフミー文字は地方によってさまざまな文字に分化した。まず南部と北部で分かれ、北部からはグプタ文字が生まれた。グプタ文字からシッダマートリカー文字(いわゆる梵字)が発展した。ナーガリー文字はシッダマートリカー文字の文字の上部の横線が伸び、全体に角張った形に変形したものである。

ナーガリー[2]ナガラ[3](都市)の文字という意味である。それがのちに神聖化されデーヴァ[4](神)を加え、デーヴァナーガリー(神聖なる都市文字)と呼ばれるようになった。

ナーガリー文字の出現時期を7世紀あるいは8世紀とする説もあるが[5]、年代が確実にわかるものは9世紀後半のものがもっとも古い[6]。11世紀になると字体がほぼ現在のものと同じになり、シッダマートリカー文字にとってかわった。ほかの文字が地方ごと・言語ごとに異なっていたのに対し、デーヴァナーガリーはサンスクリットを書くための地域をこえた文字として発達し[7]、北部インドだけでなく、デカン地方南インドでも使用された。

特徴[編集]

一目で分かるデーヴァナーガリーの特徴としては、各文字がシローレーカー(頭線)と呼ばれる上部の横線画で繋がっている点が挙げられる(例外的に頭線を含まない文字や途切れている文字もある)。この横棒は、書き順から言えば、最後に「仕上げ」として書かれる。複数文字が連なる単語・文の場合は、先に横棒以外を(「単語・分かち書き」単位を目安に)まとめて書き、最後にそれらをつなげる形で、横棒を引く。現代語では、この線が単語毎に一繋がりになっているが、一文を区切らずに書くサンスクリットの伝統的書法では、文全体が長く連なって書かれる(ただし、母音・アヌスヴァーラヴィサルガで終わる語の次に子音で始まる語が続くときは、そこで切れる)。この最後に書き加えられるシローレーカーを省くと、グジャラーティー文字に近い字形になる。

デーヴァナーガリーは、子音字が随伴母音aを伴った音節として読まれるアブギダであり、子音字に母音符号を付加することで、随伴母音以外の母音を伴う音節を表すことができる。左から右へ書かれる。

古典サンスクリットを表すためには、33種の子音字と10種の母音字、加えて9種の母音符号や鼻音、無声気音や省略などを表す幾つかの記号、それに10種の数字を使用する。言語によって使用する文字の種類に多少の出入りがある。ヒンディー語の表記では、外来語音や新たに発達した音を表すために、ヌクターと呼ばれる点()を付加した7種の子音字が加えられている。

母音が続かない単一の子音を表すには、ヴィラーマ[8](ヒンディー語ではハラントと呼ぶ)という脱母音記号( )を使う。子音連結のために複雑な結合文字が作られるが、現代では簡略化される傾向にある。

文字[編集]

母音[編集]

デーヴァナーガリー(及び、近親の類似文字)での母音表現は、子音が付かない場合に独立した「母音字」で書かれる場合と、子音が付く場合に子音字に「母音記号」(半体)を付加して表現される場合の2通りがある。

サンスクリットでは、短母音は a i u の 3種類のみであり、e o は常に長い。

音節主音化した接近音 など)は、伝統的に母音として扱われる。これらはサンスクリットにある音で、現在は ri と同様に発音する。

以下の表に示す「発音」は、サンスクリットの古代音の推定音価であり、ヒンディー語の発音はこれとは異なることに注意。

文字(記号) 転写
(IAST)
発音
(IPA)
  文字(記号) 転写
(IAST)
発音
(IPA)
母音字
(子音なし)
母音記号
(子音あり)
母音字
(子音なし)
母音記号
(子音あり)
a [ɐ] or [ə] ā [ɑː]
ि i [i] ī [iː]
u [u] ū [uː]
[ɹ̩] [ɹ̩ː]
[l̩] [l̩ː]
e [eː] ai [əi]
o [oː] au [əu]

(※「」は子音字を表す。)

(※なお、子音字「र」(r)と、母音記号の「ु」(u)や「ू」(ū)が組み合わされる場合、これらの記号は、視認性を高めるために、「रु」「रू」のように、下ではなく右に付される点に、注意が必要。)


サンスクリット以外の言語のために、以下の母音字も用いられる。

文字(記号) 転写 発音
(IPA)
  文字(記号) 転写 発音
(IPA)
母音字
(子音なし)
母音記号
(子音あり)
母音字
(子音なし)
母音記号
(子音あり)
ĕ [ĕ] ê [ɛ]
ŏ [ŏ] ô [ɔ]

音節末子音[編集]

記号 名称 転写
(IAST)
発音
(IPA)
意味
アヌスヴァーラ、ビンドゥ - 同器官的鼻音の記号
アヌナーシカ、チャンドラビンドゥ [˜] 本来はアヌスヴァーラに同じ(※)。現代では鼻母音を表すのに用いられる。
ヴィサルガ [h] 母音に後続する[h]

(※ちなみに、インド系宗教における聖音「オーム(オン)」を表す特殊文字「」は、「」(o) と「」が癒着したものである。)

子音[編集]

無声音 有声音 鼻音
無気音 有気音 無気音 有気音
軟口蓋音 k(a) [k(ə)] kh(a) [kʰ(ə)] g(a) [ɡ(ə)] gh(a) [ɡʱ(ə)] (a) [ŋ(ə)]
硬口蓋音 c(a) [c(ə)] ch(a) [cʰ(ə)] j(a) [ɟ(ə)] jh(a) [ɟʱ(ə)] ñ(a) [ɲ(ə)]
そり舌音 (a) [ʈ(ə)] h(a) [ʈʰ(ə)] (a) [ɖ(ə)] h(a) [ɖʱ(ə)] (a) [ɳ(ə)]
歯音 t(a) [t̪(ə)] th(a) [t̪ʰ(ə)] d(a) [d̪(ə)] dh(a) [d̪ʱ(ə)] n(a) [n(ə)]
唇音 p(a) [p(ə)] ph(a) [pʰ(ə)] b(a) [b(ə)] bh(a) [bʱ(ə)] m(a) [m(ə)]
接近音 y(a) [j(ə)] r(a) [r(ə)] l(a) [l(ə)] v(a) [ʋ(ə)]
歯擦音摩擦音 ś(a) [ɕ(ə)] (a) [ʂ(ə)] s(a) [s(ə)] h(a) [ɦ(ə)]

更に、「」((a) [ɭ(ə)])も、これらの後に追加される。

結合文字(合字)[編集]

デーヴァナーガリー文字の合字の例
द् + ध् + र् + य = द्ध्र्य
ラテン文字では ddhrya

子音連結は、結合文字(合字)によって表されることが多い。

  • 基本的には、先行する子音字の右側が削られ、後続の子音字と結合した字形になる。
  • 右側を削れるだけの幅・特徴の無い「」(ng)、「」()、「」(h)、「」()、「」(h)、「」(d) などが先行する場合は、文字を縦に並べるが、現代では結合文字にならず、ヴィラーマ」を用いて表現されることが多い。
  • 」(r) は、ほかの子音に前置する場合・後置する場合の専用の字形を持つ。
  • क्ष」(k)、「ज्ञ」() などは特別な形を持つ。


2文字の結合において、先行子音字を縦、後続子音字を横に並べて表にすると、以下の表のようになる。ただしこのほとんどは現実には用いられない(※特殊な字形は背景をオレンジ、ヴィラーマ「 」を用いるものは背景を灰色で表示する)。

記号類[編集]

記号 名称 意味
ヴィラーマ 脱母音記号、母音除去記号。母音の脱落・除去を意味し、子音のみを表記・表現する際に用いられる。
アヴァグラハ サンスクリットでは連音サンディ)によって語頭の母音 a が消えたことを意味する。現代では母音を引き伸ばして発音することを表わす(日本語の長音符に類似)。
◌॔ ウダーッタ ヴェーダ語のためのアクセント記号。
(参照:en:Vedic accent
◌॒ アヌダーッタ
◌॓
◌॑
スヴァリタ
ヌクター サンスクリットにない子音を表現するのに使用する。ヒンディー語では以下の文字を使用する。
क़ q(a) [q(ə)]ख़ (a) [x(ə)]ग़ ġ(a) [ɣ(ə)]ज़ z(a) [z(ə)]फ़ f(a) [f(ə)]
ड़ (a) [ɽ(ə)]ढ़ h(a) [ɽʱ(ə)]

ダンダ
二重ダンダ
韻文では、「」が半詩節の終わり(パダ)、「」がスタンザの終わりを表す。
散文では、「」が文の終わり(句点)、「」が段落の終わりを表す。
省略記号 語が短縮されたことを表す。

数字[編集]

1 2 3 4 5 6 7 8 9 0

デーヴァナーガリーと言語[編集]

デーヴァナーガリーは、サンスクリットを表記するためにはおおむね表音的と言えるが、それ以外の言語を表す場合には、かならずしも音とつづりが一致しない。

ヒンディー語をはじめとして、現代インドの多くの言語では、第一音節を除く開音節で母音aが省略される。したがって、देवनागरी は「デーヴァナーガリー」ではなく「デーヴナーグリー」のように呼ぶ。これにともなって、語末のヴィラーマはあってもなくても同音になり、また子音連結は結合文字を使わなくても書けることが多くなった。

ヒンディー語を含む多くの言語では (ś) と () を区別しない。さらに (s) も区別しないことがある。

ヒンディー語では ai au は長母音 [æː ɔː] を表す[9]

ヒンディー語では ह ha は [hɛ]、語中の हु hu は [ho] のように発音される。また Cah の a も [ɛ] になる。語末の ह はほとんど発音されない。したがって「これ」を意味する यह は「イェ」のように発音する[10]

マラータ語ネパール語では母音 i u の長短を区別しないため、どちらの字を用いるかは正書法的な約束ごとになる[9]

ज्ञ (jña)の発音は言語によって大きく異なる。ヒンディー語では [ɡj]、マラータ語では [ɟɲ] になる[9]

ほかに、デーヴァナーガリーには以下のような文字が用意されている。

コンピュータ[編集]

キーボード[編集]

Windowsの「デバナガリ - INSCRIPT」キーボードの配列は、以下の通り。

  • 左側中段に「o、e、a、i、u」の順で母音が、更にその上の左側上段にそれと対になる長母音などが集中的に配置されている。
  • 右側中段は「p、(r)、k、t、c、ṭ」が、更にその上の右側上段にはそれと対になる有声音「b、(h)、g、d、j、ḍ」が集中的に配置されている。
  • 下段は「m、n、v、l、s、y」など。

この配列は、「InScript」(インスクリプト、Indian Script の略)として、インド政府によって標準化された配列であり、他のインド系文字のキーボードでも採用されている。

赤字は右Altを使って入力。結合文字(のほとんど)は、水色で示したヴィラーマ「」を使って入力。
機械式タイプライタ。配列は上と異なり、シフトで結合文字が入力できる


Unicode[編集]

Unicodeでは以下の文字が下記の領域に収録されている。

0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 A B C D E F
U+090x
U+091x
U+092x
U+093x ि
U+094x
U+095x
U+096x
U+097x ॿ
U+A8Ex
U+A8Fx

脚注・出典[編集]

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  1. ^ THE CONSTITUTION OF INDIA: PART XVII OFFICIAL LANGUAGE: CHAPTER I: Language of the Union”. India Code. 2015年9月3日閲覧。 (英語)
  2. ^ サンスクリット語: नागरी
  3. ^ サンスクリット語: नगर
  4. ^ サンスクリット語: देव
  5. ^ Masica (1993) p.144 と田中 (1981) p.199 はいずれもラーシュトラクータ朝のダンティドゥルガ王の銅板文書(754年)を最古とする
  6. ^ Salomon (1998) p.40
  7. ^ Salomon (1998) p.41
  8. ^ サンスクリット語ラテン翻字: virāma
  9. ^ a b c Bright (1996) p.388
  10. ^ 町田 (1999) p.105
  11. ^ Unicode 6.0 Versioned Charts: Devanagari”. The Unicode Consortium (2010年10月11日). 2015年9月9日閲覧。

参考文献[編集]

  • 田中敏雄 「インド系文字の発展」『世界の文字』 西田龍雄大修館書店1981年
  • 町田和彦 『書いて覚えるヒンディー語の文字』 白水社1999年ISBN 4560005419
  • Bright, William (1996). “The Devanagari Script”. In Peter T. Daniels; William Bright. The World's Writing Systems. Oxford University Press. pp. 384-390. ISBN 0195079930. 
  • Masica, Colin P (1993) [1991]. The Indo-Aryan languages (paperback ed.). Cambridge University Press. ISBN 0521299446. 
  • Salomon, Richard (1998). Indian Epigraphy. Oxford University Press. ISBN 0195099842. 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]