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六書

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六書(りくしょ)とは、代の学者による、漢字の構造原理を6種類に整理した理論。象形指事形声会意転注仮借からなる。

いくつかの文献に見られるが(#歴史参照)、内容を詳しく解説しているのは『説文解字』のみであり、整理すると下記の6つからなる[1][2]。そのうち象形・指事・会意・形声は「作り方」(造字)の原理を、転注・仮借は「使い方」(運用)の原理を述べると理解される。それぞれの詳細は各項目を参照。

  1. 象形 : 「画成其物,随体詰詘」と説明され「日」「月」が例字として挙げられている。物の形を写す方法と解釈される。
  2. 指事 : 「視而可識,察而見意」と説明され「上」「下」が例字として挙げられている。抽象的記号で字義を示す方法と解釈される。
  3. 会意 : 「比類合誼,以見指撝」と説明され「武」「信」が例字として挙げられている。複数要素の関係から新しい意味を示す方法と解釈される。
  4. 形声 : 「以事為名,取譬相成」と説明され「江」「河」が例字として挙げられている。意味を示す要素と読みを示す要素を組み合わせる方法と解釈される。
  5. 転注 : 「建類一首,同意相受」と説明され「考」「老」が例字として挙げられている。その定義は明らかではない。
  6. 仮借 : 「本無其字,依声託事」と説明され「令」「長」が例字として挙げられている。同音・近音の既存字を借りて、本来文字のない語を記す用法と解釈される。

歴史

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『周礼』の六書

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「六書」という言葉は、周代の官制について書かれた書物『周礼』の地官・保氏篇に「保氏掌諌王悪,而養国子以道,乃教之六芸:一曰五礼,二曰六楽,三曰五射,四曰五馭,五曰六書,六曰九数」とあるのが初出である。ここでは、周代において貴族の子弟を教育するための「六芸」が列挙されており、その第五項として六書が挙げられているが、その六書が具体的に何を指すかは説明されていない。[1][3][4][5]

王莽・甄豊の六書

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説文解字・叙』によれば、王莽甄豊らに古文書の整理と校訂を命じ、その過程で「六書」を定めたという。その内容は下記の通りで、6種類の書体からなるが、これは「秦書八体」を改めたものに過ぎない。[6]

  1. 古文(孔子壁中書)
  2. 奇字(古文の異なるもの)
  3. 篆書(秦の小篆)
  4. 左書(隷書)
  5. 繆篆(印章に用いる書体)
  6. 鳥蟲書(旗や信書に用いる装飾体)

古文学派の六書

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今日に続く六書の概念は後漢の古文学派の学者によるもので、彼らは「六書」を漢字構造の6種類の類型であるとした。現存する説明には大別して班固漢書・芸文志』による説明、鄭玄『周礼注』に引用されている鄭衆による説明、許慎『説文解字・叙』[注釈 1]による説明があり、この三名の六書説はいずれも当時の古文学派の大家である劉歆に由来するが、名称や配列の順序に多少の差異がある。現在では、名称は許慎のもの、順序は班固のものを採用するのが普通である。[1][7][8][4][5]

六書の名称(数字は配列順)
班固 1. 象形2. 象事3. 象意4. 象声5. 転注6. 仮借
鄭衆 1. 象形4. 処事2. 会意6. 諧声3. 転注5. 仮借
許慎 2. 象形1. 指事4. 会意3. 形声5. 転注6. 仮借

『周礼』に記載された「六書」がこのようなものであったというのは疑わしく、張政烺 (1948)干支を用いた書写教材であったとする説を示している。『周礼』の六書がどのようなものであったにせよ、漢代に言われるような六書の概念はそれ以前には全く痕跡が無く、漢の古文学派が自身の思想を古書の用語に当てはめたものである可能性がある。[9][10][11][5][12]

その後、六書は独立した研究領域として発展した。五代徐鍇は六書を三組に配して機能面の対応を整理した「六書三耦説」を展開し、宋の鄭樵六書略』は、単一字に複数類型の特徴が併存しうると主張した。戴侗六書故』は『説文解字』の「仮借」の例を精査し、音の派生や語法差を含む説明を試みた。段玉裁は『六書音韻表』等で形声を中心に音韻的含意を重視し、仮借と転注の相互関係の理論化を試みた。[4]

20世紀以降の現代の漢字学では、六書やその名称を用語として使い続けているものの、いくつもの問題点や限界が指摘され、もはや漢字構造の根底理念としては捉えられていない。六書を考案した漢代の学者は文字学の発展史上ではまだ初期の段階に属しており、研究も初歩的なものであった。また甲骨文など最古層の資料にアクセスできず、当時観察可能な字形に基づく推論が多かった。さらに「6」という数にそろえるために、実態から離れた分類がなされた。したがって六書は、歴史的実態の記述というより、漢代に有効だった分析モデルとして理解すべきである[1][4][5][12]。実態から帰納されたより広範かつ階層的な「三書」や「二書」などと命名された漢字構造の分類を提案する学者もいる[13][14][15]

脚注

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注釈

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  1. 『説文解字・叙』の該当箇所が必ずしも許慎本人によるものと断じがたい点には注意が必要である。

出典

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  1. 1 2 3 4 唐作藩 2007, p. 390.
  2. 沙宗元 2008, pp. 222–227.
  3. 沙宗元 2008, pp. 220–221.
  4. 1 2 3 4 Boltz 2015.
  5. 1 2 3 4 白石將人 2022.
  6. 張政烺 1948, p. 22.
  7. 沙宗元 2008, p. 223.
  8. 裘錫圭 2007, pp. 102–103.
  9. 張政烺 1948.
  10. 阿辻哲次 1981.
  11. 裘錫圭 2007, p. 103.
  12. 1 2 劉釗 2024, p. 11.
  13. 裘錫圭 2007, pp. 108–111.
  14. 黄天樹 2014.
  15. 劉釗 2024, pp. 11–12.

参考文献

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  • Boltz, William G. (2015). “Liù shū 六書 (Six Scripts)”. In Sybesma, Rint; Behr, Wolfgang; Gu, Yueguo et al.. Encyclopedia of Chinese Language and Linguistics. Brill. doi:10.1163/2210-7363_ecll_COM_000053 
  • 裘錫圭 (2013). 文字學概要(修訂本). 北京: 商務印書館. ISBN 978-7-100-09370-5 
  • 黄天樹 (2014). “商代文字的構造與“二書”説”. 黄天樹甲骨金文論集. 北京: 學苑出版社. pp. 34–53. ISBN 978-7-5077-4593-1 
  • 沙宗元 (2008). 文字學術語規範研究. 合肥: 安徽大學出版社. ISBN 978-7-81110-393-9 
  • 唐作藩 (2007). 中國語言文字學大辭典. 北京: 中國大百科全書出版社. ISBN 978-7-5000-7680-3 
  • 張政烺 (1948). “六書古義”. 中央研究院歷史語言研究所集刊 10: 1–22. 
  • 劉釗 (2024). “導言”. 出土文獻與古文字教程. 上海: 中西書局. pp. 1–22. ISBN 978-7-5475-2134-2 
  • 阿辻哲次「六書についての一考察」『中国語学』第228巻、1981年、1–10頁、doi:10.7131/chuugokugogaku.1981.12 
  • 白石將人「六書」『中国語学辞典』岩波書店、東京、2022年、631–633頁。ISBN 978-4-00-080322-9