ワディ・エル・ホル文字と原シナイ文字

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青銅器時代中期 前19–15世紀

メロエ 前3世紀
カナダ先住民 1840年
注音 1913年
完全な系図

ワディ・エル・ホル文字と原シナイ文字(ワディ・エル・ホルもじとげんシナイもじ)では、似通ったふたつの未解読文字について解説する。これらは青銅器時代中期 (紀元前2000年-紀元前1500年) の年代と推定され、今日のほとんどすべての音素文字の祖であると考えられている。

原シナイ文字[編集]

原シナイ文字は、カナンパレスチナ)とシナイ半島で見つかった掻き文字の落書きで知られる。なかでも有名なのがシナイのサラービート・ル・ハーディム英語版 (アラビア語: سرابت الخادم Sarābīṭ l-ḫādim) という名のトルコ石採掘坑区域で見つかったものである。こういった採掘坑では、西南アジアから連れてこられた捕虜が作業に従事していた。彼らはフェニキア語ヘブライ語の祖にあたる西セム語 (カナン語英語版など) を話していたと推定されている。サラービート・ル・ハーディムの碑文はハトホル (Ḥatḥor) の神殿から見つかっているため、奉納文と見られる。

原シナイ文字の例。「バアラト (女神) へ」という意味の語が見える。左上から右下へ読み、mt l bʿltと翻字できる (写真)

一世紀にわたる研究にもかかわらず、研究者の間で異論のない解読結果はたった一節だけである。1916年にガーディナー英語版が解読したもので、 לבעלת l bʿlt (女神へ。baʿalat〔バアラト。女神〕はハトホルの称号で、セム系の神の称号であるbaʿal〔バアル。主、神〕の女性形) である。なお、ときに m’hb (崇め奉る) がもうひとつの解読例として引用される。

この文字体系は、字形がエジプト語のヒエラティック (エジプトヒエログリフの簡略体) に似通っている。1950年代から60年代にかけては、オルブライトによる原シナイ文字の解釈を論拠に、カナンの文字体系がヒエラティックから派生したことを示しているとする説が一般的だった。碑文の言語はセム語であり、その文字体系は原型をヒエラティックに持ちセム系文字の祖となったもので、文字体系自体は頭音法による表音文字 (より厳密に言うと、単子音文字あるいはアブジャドと呼ばれるもの) である、という見解が、広く受け容れられた。「バアラト」(baʿalat。女神) という語からも、言語がセム系であることは確からしく思われた。しかしこの推定には、解読にそれ以上の進展が見られていないことから疑問が投げかけられている。また、ヒエラティックが原型であるとする主張は、いまのところ単なる推論でしかない。

ワディ・エル・ホル文字[編集]

ワディ・エル・ホル (wadi el-ħôl) 文字の碑文はやはり石に掻かれたもので、高地砂漠を通じてテーベアビドスを結ぶ古代の軍用・商用路ぞいの、ナイル河のキナー河曲にあるワジ (涸れ谷) で見つかった (北緯25度57分 東経32度25分 / 北緯25.950度 東経32.417度 / 25.950; 32.417付近)。2つの碑文が知られている。この文字体系の字形は原シナイ文字に極めて似通っているが、より古く、また文字が使用されていたエジプトの中心部のはるかに南である。字形やその向きは、紀元前2000年、第1中間期の頃のヒエラティックの落書きにたいへんよく一致する。ハーバード大学のen:Frank M. Crossは、この碑文を「明らかに最古の音素文字」であり、後のセム系文字とも十分に似通っている、と考え、「これは音素文字の単源的な発展のうちに位置付けられる」と結論づけている。

en:Brian Collessは、ワディ・エル・ホル文字はその起源となったヒエラティックの表語的性質をいくらか保持した「原始音素文字」であったと考える。たとえば、(オルブライトに倣って) ある字形 נ は現代ラテン文字の N の祖であり、エジプト語の「蛇」の字形を借用したと考える (実際には、ヒエログリフの「蛇」の文字から借用したいくつかの変種があったと考える)。すると、字の呼び名はカナン語の「蛇」、すなわち naħaš となる。これは頭音法によって音素 /n/ に用いることができたばかりか、naħaš (蛇) という語の表語文字にも用いることができ、さらには、複数子音の判じ絵にも用いることができたという。たとえば、 ת T taw という字を付けて נת NT のようにし、nħšt (銅) を表す。

一部の子音は、複数の字形を持っていたようである。これはひとつには、複数の字形が同じ呼び名の字を表し得た (「蛇」、「毒蛇」その他の蛇の字形が N「蛇」になるというように) ためで、またひとつには、カナン語で同音異義語やそれに近いもの同士であった (「魚」と「背骨/支える」がともにカナン語では samk で S になるというように) ためである。現存するレバンテ順の文字資料以前に失われてしまった字もあることだろう。

碑文1 (写真模写) は16文字、碑文2 (写真模写) は12文字から成る。2つの碑文の読みを、en:Stefan Wimmeren:Samaher Wimmerによる翻字で示す。角括弧内にCollessによる別の翻字を示し、見解の相違があるものは太字とする。

 r ħ m ʿ [ʔ] h2 m p w h1 w m w q b r ← [右から左へ読む]
[r x m p [ʔ] h2 θ g n h1 n m n w b r]
 l [ʔ] š p t w ʿ h2 r t š m ← [右上から左下へ読む]
[l [ʔ] š g t n ʿ h2 r t š m]

H1 は「祝賀」[ガーディナー分類で A28] の形に作り、一方 h2 は「小児」 [同 A17] もしくは「舞踊」 [同 A32] の形に作る。後者であるとすれば、h1h2 は字形上の異体である。

A28 A17 A32
「祝賀」、「小児」、「舞踊」を表すヒエログリフ

若干の研究者は、碑文1の最初の רב rbrebbe (長。ラビと同語源) であろうとの見解で一致している。また、碑文2の最後の אל ’lエール「神」であろうとの見解で一致している。

アルファベットの起源か[編集]

エジプト語のヒエラティックは基本的に表語的な文字体系であったが、加えて判じ絵頭音法の原理を用いた。遅くとも紀元前2700年には、一子音文字の完全なセットをそなえていた。つまり、ヒエログリフ系の文字体系はその中に表音的なサブセットを持っていた。しかし、エジプト語や古シュメール語などの表語的な文字体系は、たとえ習得においては多大な時間を要したにしても、読解においては表音文字体系より優れていることは明らかだった。教養あるエジプト人が、自身の文字体系を捨てて純粋な表音文字体系に乗り換えるはずもなかった。音素的な (アルファベットのような) 文字体系を用いるのは、ほとんど異邦人の名を音写するときだけだった。

ところが、紀元前22世紀から20世紀の間に、中央集権体制が崩れた。John Darnellが発見したベビという名のエジプト人 (アジア人部隊の将軍) による当時の資料からは、次のことが読み取れる。

分断された領土を再統合するにあたり、ファラオは、エジプト外から参じて内戦を戦っていた流浪の傭兵隊を平らげて配下におさめようと企てた。エジプトは典型的な官僚制社会であったから、ベビの司令部の下にかような「アジア人」を監督する軍人書記官の小部隊を置くこととなるのは、自然の成り行きであった。発明の才ある書記官たちは、捕虜たちが名前や基本情報を綴れるようにするため、習得容易なある種のエジプト風速記法を考案したのであろう。

要するに、それは兵士や商人による、間に合わせの発明品であった。彼らは、エジプト語の語の字形とそれに対するセム語の語の頭音を関連づけるという頭音法により、セム語の文字体系を発達させたのだと推定される。ちょうど、数字の1、2、3…が、インド世界からアラブ世界を経てヨーロッパ世界へと伝わる際に、字形は保たれながら文字の呼び名が変わったように、文字体系がエジプト人からセム人へと伝わる際に、字の呼び名が翻訳された。「家」を表すヒエラティックの字形はエジプト語では pr と呼ばれたが、カナン語では bayt と呼ばれたので、この字形は /pr/ ではなく /b/ を表すことになった。「家」だけでなく多くの字は、エジプト語の一子音文字ではなかった。セム語表音文字はエジプト語の一子音文字体系の借用ではなく、ヒエラティック全体からの借用なのである。実際、一部の文字 (たとえば ה H) はヒエラティックの限定符 (義符) であったと思われ、だとすればエジプト語では音価を持たなかった。

エジプト語の原型[編集]

ここではCollessによる再建のみを示す。オルブライトによるエジプト語の原型の同定については原カナン文字を参照。さらに、フェニキア文字の項目にも翻訳がある。

これらの文字体系での文字の順序はわかっていない。便宜的に、ラテン文字と同様の古代レバンテ順で配列してある。だが、青銅器時代後期には南セム文字の順序 h l ħ m q w š r t s k n x b ... も見られ、これはレバンテ順と同じくらい古いものかもしれない (ウガリト文字参照)。エジプト語で文字の順序が決まっていたかどうかはわからないが、少なくともあるエジプト語の辞書では南セム文字の順序と同様 h から始まっている。というのは、最初の語が鴇(トキ) (文字を司るトート (dħwty) の化身) で、これはエジプト語では h で始まる (ギリシア語形では hībis となる) からである。

後のレバント順では区別がなくなったり混同されたりしたものもある。たとえば、ギリシア文字 Η は ħasir の字の形を引き継いでいるが、その呼び名「イータ」はよく似た摩擦音 xayt から借用したと思われる。どうやら、このふたつの字はレバント文字の時代までに混同されてしまったようである。同様に、θad は後の文字体系で šimš に置き換わったようである。Collessはまた、一部の音素について複数の字を再建している。たとえば samek Ξ である。「魚」の字と「支える/背骨」の字のどちらにでも使えるが、ひとつの文字資料に同時に現れることはない。字形上の異体が明瞭に認められる場合もある。šimš (太陽) はウラエウスで表すが、太陽円盤があるとは限らない。また、naħaš (蛇) は、ここに挙げたもののほかにもいろいろな蛇のヒエログリフで表すことがある。古代エジプトにおいて蛇は王権の象徴であり、神聖視されていた為であろう。

音素文字に対するエジプト語の原型の提案にはすべて、議論の余地があることに注意。たとえば、ヒエログリフの djet (蛇) に似た原シナイ文字の字形をここでは נ Ν の字と同定しており、これはガーディナー以来ずっとそうなのだが、エチオピア文字 (ゲエズ語などの文字体系) による呼び名が naħaš (ヘブライ語の「蛇」に一致) となることによる。ゲエズ語ではこの呼び名は「真鍮」を意味し、「蛇」にはならない。なお、en:Peter T. Danielsは「現代エチオピア文字の呼び名の年代は決して16世紀より遡ることはなく、原シナイ文字の検証に利用するには不適切である」と指摘している。

呼び名 (意味) ヒエログリフ 翻字 フェニキア文字 ヘブライ文字 ギリシア文字
 ’alp (牡牛)
F1
(ỉħ)
[ʔ] Aleph א Α
 bayt (家)
O1
(pr)
b Beth ב Β
 gaml (ブーメラン)
T14
(qm’)
g Gimel ג Γ
 xayt (糸かせ)
V28
(ħ)
x → ħ
 dalt (扉)
O31
(ʿ’)
d Daleth ד Δ
 hillul (歓喜)
A28
;
A17
(q’; xrd)
h He ה Ε
 waw (鈎) w Waw ו Ϝ
 ziqq (手枷) z Zayin ז Ζ
 ħasir (庭)
O6
ħ Heth ח Η
 ţab (良い)
F35
(nfr)
ţ Teth ט Θ
 yad (腕/手)
D36
(ʿ)
y Yodh י Ι
 kapp (掌)
 kipp (椰子の枝)
D46
(d, drt)
k Kaph כ,ך Κ
 šimš (太陽 [ウラエウス])
N6
(raʿ)
š Sin ש Σ
 lamd (鈎/突き棒)
S39
(ʿwt)
l Lamedh ל Λ
 mu (水)
N35
(nt)
m Mem מ,ם Μ
 ðayp (眉)
D13
ð → z
 naħaš (蛇)
I10
(j)
n Nun נ,ן Ν
 samk (支える [vine tutor])
 samk (魚)
R11
(jd, dd)
K1
(ỉn)
s Samekh ס Ξ
 ʿayn (眼)
D4
(ỉr)
ʿ [ʕ] Ayin ע Ο
 pu (口)
D21
(r, r’)
p Pe פ,ף Π
 ṣirar (閉じた袋)
V33
(sšr)
Sade צ,ץ Ϡ
 qaw (綱 [刻み目のある棒])
V24
(wj)
q Qoph ק Ϟ
 ra’iš (頭)
D1
(tp)
r Res ר Ρ
 θad (胸) θ → š
 γinab? (葡萄?) γ [ɣ]
 taw (しるし) t Taw ת Τ

文献[編集]

  • Sacks, David (2004). Letter Perfect: The Marvelous History of Our Alphabet from A to Z. Broadway Books. ISBN 0-7679-1173-3. 
  • Albright, Wm. F. (1966) The Proto-Sinaitic Inscriptions and their Decipherment
  • J. Darnell and C. Dobbs-Allsopp, et al., Two Early Alphabetic Inscriptions from the Wadi el-Hol: New Evidence for the Origin of the Alphabet from the Western Desert of Egypt, Annual of the American Schools of Oriental Research 2005.

日本語での用語や固有名詞の表記については、以下の資料を参照した。

  • ナヴェーヨセフ 『初期アルファベットの歴史』 津村俊男・竹内茂夫・稲垣緋紗子訳、法政大学出版局〈りぶらりあ選書〉、2000年7月、pp.230-234。ISBN 4-588-02203-2訳者によるあとがきと追記でのワディ・エル・ホル文字発見の報告。原著にはない。
  • 松田伊作 「原カナン文字」『言語学大辞典 別巻 世界文字辞典』 河野六郎・千野栄一・西田龍雄編著、三省堂、2001年7月、pp.397-401。ISBN 4-385-15177-6なお、本書発刊の時点ではワディ・エル・ホル文字は発見から間もないことから「初期原カナン文字の、現在知られている最古の資料ということになろう」と慎重である。
  • 松田伊作 「原シナイ文字」前掲書、pp.401-405。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

ニュース記事[編集]