スクランブル
スクランブル(英語: Scrambling,Scramble)は主に軍事、日本においては自衛隊で使われる軍事用語である。その他、英語圏ではQuick Reaction Alert、ドイツ語ではAlarmstartなどの表記が散見される。以下においては主に自衛隊でのスクランブルについて記述する。
概要
現代の航空戦においては航空機の速度が速く、そのため戦闘における初動の対応如何で戦闘、戦争の帰趨を制する面が大きい。そのため、スクランブルは、それぞれの戦闘状況等に応じた待機航空機に対して迅速かつ一元的に指令を出す手段として使われている。スクランブルは、通常指揮系統等の手続きを極力簡素化し、めまぐるしく移り変わる戦闘の状況等に応じた戦術判断を素早く実行させるために用いられている。
スクランブルとして戦闘機の緊急発進はよく知られているが、他の機種でも緊急発進に備えて随時待機している。最前線でのスクランブルとしては、海上自衛隊の哨戒ヘリコプターや哨戒機にもアラート任務がある。
後方支援部隊にも緊急発進待機があり、海上自衛隊の救難飛行艇、航空自衛隊小牧基地のC-130輸送機などがアラート任務を持っている。南西諸島などでは、離島の急病人搬送などに陸上自衛隊の連絡偵察機やヘリコプターが待機している。その他陸海空の救難ヘリ、陸上自衛隊の一部の部隊、軍事組織ではないが警察、消防、海上保安庁の航空機、電力会社の電線点検ヘリ、マスコミ等の取材用航空機など、多くの航空機等が24時間態勢で即時発進に備えて待機している。
航空自衛隊におけるスクランブル
航空自衛隊におけるスクランブルとは、緊急発進指令のことを指す。この緊急発進指令(以下「スクランブル」という)のために、航空自衛隊では、要撃機(F-15、F-2、F-4EJ改)を24時間の警戒待機(アラート)任務に就けている。操縦士・航空士の担当は当番制で、要員不足の場合は非番の者に“外出中なら戻れ”と呼び出しがかかることもある。また、スクランブルは、全国4つの担任防衛区域ごとにある防空指令所の指令により発出される。航空自衛隊は、現行の態勢として、各要撃機とも受令から5分以内に離陸できる態勢(5分待機)を維持している。スクランブルに対して実行される手順は、
- 国籍不明機(以下「不明機」という)が防空識別圏に侵入する様子を見せた時点でパイロットが“発進待機”任務(操縦席に着座、シートベルトを締めたり、外部電源のコードは繋いだ状態でエンジンをかけたり、いつでも発進出来るように態勢を整える任務)につき、
- 不明機が防空識別圏に侵入した時点で当該要撃機が“発進”する、
というものである。
なお、一般に「スクランブル発進=領空侵犯」と考えられがちではあるが、むしろ、領空侵犯に至らないスクランブル発進が圧倒的に多い。というのも、防空識別圏は領空から余裕を持って設定されているため、不明機が領空に到達しない段階でスクランブル発進が行われるからである。また、不明機の側にとっても、領空侵犯は外交問題に発展するリスクがある以上、積極的に領空を侵犯すること自体が極めて稀なためでもある。もっとも、不明機の正体は必ずしも仮想敵国の航空機などとは限らず、フライト・プラン(飛行計画)未提出の民間機やアメリカ軍機であったりすることもある。スクランブルの実績をみると、防衛省・統合幕僚監部発表の資料によれば、昭和42年度から平成21年度までに発生した領空侵犯事例は34件となっており、平均しても年間一件に満たない。これに対してスクランブルの回数は年間数百回あり、冷戦真っ只中の昭和59年度には944回を数えた。計算上、昭和59年度には一日平均約2.6回スクランブルが発令されたことになる。
スクランブルの目的は、平時においては主に日本の領空に接近する不明機に対して自衛隊法84条に基づく対領空侵犯措置を行うためである。それ以外にも、緊急状態や遭難状態にある航空機に対するエスコート(緊急受け入れ態勢を取っている飛行場への誘導)、地震や災害時の航空偵察などの際もスクランブル指令によって発進した要撃機が行う場合もある。実例では、1985年(昭和60年)8月12日に発生した日本航空123便墜落事故の際には、茨城県百里基地から2機のF-4EJがスクランブル発進して遭難機の捜索を実施した。また別の例では、1989年(平成元年)12月16日に発生した中国民航機ハイジャック事件の時には、福岡県築城基地からF-1支援戦闘機が発進してハイジャック機を福岡空港までエスコートした。ちなみに百里基地には、航空偵察を専門とした偵察航空隊が配備されており、同隊は、災害地の航空写真を迅速に撮影するといった情報収集を行なっている。
スクランブル発進のために警戒待機している機体にはあらかじめ武装が施されており、固定武装の20ミリ機関砲のほか、短射程空対空ミサイルが2発搭載されている。これは対領空侵犯措置を行った際に、そのまま交戦に発展する可能性を考慮したものである。なお、中射程空対空ミサイルを搭載しない理由は対領空侵犯措置は基本的に視認(相手の機体が自分に見える)距離で行うことを前提としているためである。ただし近年では基地司令などの指令により中射程空対空ミサイルを搭載する場合もある。
現在までのところ武器の実際の使用事例が一件存在する。1987年(昭和62年)12月9日、ソ連のTu-16爆撃機1機が沖縄本島上空を通過するという領空侵犯事件が発生。那覇基地から2機のF-4EJがスクランブル発進し、再三に渡り警告を実施したがTu-16はこれを無視。そのためF-4EJは20ミリ機関砲による警告射撃を実施した(詳細は対ソ連軍領空侵犯機警告射撃事件を参照されたし)。
アラート任務に就いている戦闘機の待機場所は、一般的には基地内でも誘導路あるいは滑走路に移動しやすいアラートハンガーである。アラートハンガーは滑走路端の直近に配置されており、スクランブルが発令された場合にスクランブル機が眼前の滑走路から直ちに離陸することが可能である。この際、たとえ追い風であっても強引に離陸が行われ、向かい風となるように離陸滑走方向を切り替えたりはされない。
戦闘機以外にも航空救難団所属のUH-60J救難ヘリコプターとU-125A捜索機が、全国各基地で24時間体制の救難待機状態を維持している。
海上自衛隊におけるスクランブル
海上自衛隊の主任務は対潜水艦戦であり、潜水艦の探知情報を入手したならばただちに哨戒機を緊急発進させる。護衛艦の艦上では、SH-60J、SH-60K哨戒ヘリコプターが、また各航空基地では、P-3C哨戒機が、24時間体制で哨戒待機(アラート)任務に就いている。アラート任務は、状況に応じて、即時待機から2時間待機まで所要の待機時間を設定している。状況に応じて待機状態(アラートコンディション)が選択され、規定の時間以内に発進できる初動体制を整えている。通常、航空機は、電源を投入してから、エンジンを起動して、操縦系統や電子機器などの各種点検を終えるまでに約15分程度が必要である。
海上自衛隊では、哨戒機、護衛艦、潜水艦を駆使して、年間24時間体制で、日本周辺海域の哨戒任務を実施している。哨戒任務の対象目標は、国籍不明潜水艦、国籍不明艦艇、弾道ミサイル等の捜索追尾である。不審な目標物の探知情報が得られたならば、哨戒機を緊急発進させ、また、艦艇を緊急出港し、継続的な監視体制に移行する。哨戒任務で探知した情報は、世界の艦船、朝雲新聞社などで公表されるが、潜航中の潜水艦探知情報は、国家機密に該当するため、具体的に公表することは例外であろう。
日本周辺海域で行われる近隣諸国の軍事訓練に対しては、海上自衛隊に継続的な監視任務が指令される。この場合、航空会社に対しては、「NOTAM」が出され、船舶に対しては、海上保安庁から「航行警報」が出される。
2次的な対象目標として、不審船や遭難船舶の捜索を海上保安庁と協力して行う。軍事目標ではない不審船舶であれば、一義的には海上保安庁の担当となる。しかし、海上保安庁の対処能力を超える場合は、海上警備行動が発令され、海上自衛隊が対処することとなる。
震度5弱以上の地震や大規模災害が発生したならば、哨戒機が緊急発進する。津波に対する長大な海岸線の警戒監視任務では、日本国内でもっとも有効なユニットであろう。
- 陸海空の自衛隊を問わず、震度3以上の地震があった場合は、観察のため緊急発進を行う。このときの航空機は戦闘機、攻撃ヘリコプター、救難ヘリコプター…その他機種はさまざまで、状況に応じた適当な機が発進する。(雑誌「ラジオライフ」より)
哨戒機以外にも海上自衛隊救難飛行隊が、24時間体制の救難待機状態を維持している。
スクランブルという用語にまつわる余談として、航空基地の隊員食堂では、手早く作る卵料理をスクランブル(スクランブルエッグの略)と呼称する。また、鳥のモモ肉は、ランディングギア(着陸装置)と呼称する。
アメリカ海軍におけるスクランブル
アメリカ海軍の空母航空団においては、常時4機の戦闘機がFAD(艦隊防空)のアラート任務に就く。うち2機はスクランブル発令後5分以内に出撃出来る「コンディションレッド」の状態にあり、カタパルトから近い位置にスポッティングされて搭乗員が機内で待機し、プリフライトチェックも済ませている。残りの2機は「コンディションイエロー」であり、搭乗員は艦内の待機室にて待機、スクランブル発令後に搭乗し、発令から30分で出撃可能となる。搭乗員の体力、集中力からコンデシションレッドの機内待機は1時間が限度と云われ、乗員は1時間おきに機外で待機するコンデシションイエロー要員と交代し、コンディションイエローに移行する。
母艦ないしは護衛の水上艦艇の艦載レーダー、あるいはE-2等の早期警戒機が所属不明機の空母打撃群への接近を感知するとスクランブルが発令され、コンディションレッドの2機は直ちにエンジンを始動、カタパルトに就き射出される。同時にコンディションイエローで待機中の機体にも機外待機中の乗員が搭乗、状況に応じて射出される。出撃を察知させないために発令から発艦後暫くの間、早期警戒機ないし母艦のCDC(戦闘指揮センター)との交信が始まるまでは電波封止下に置かれる。
空母打撃群は主に領海外で活動するため、平時においては艦隊防空機の主務は所属不明機或いは敵性航空機への監視となるが、敵機の行動如何によっては交戦も有り得る。また戦時にあっては無論迎撃が行われる事になる。
対地攻撃機のスクランブル
戦時にはCAS(近接航空支援)任務についてもアラートが行われる。機体は爆装した状態で格納庫、リベットメントないしは航空母艦艦上で待機する。