進歩新党
| 進歩新党 진보신당(ジンポシンダン) |
|
|---|---|
| 代表 | 洪世和 |
| 成立年月日 | 2008年3月16日 |
| 本部所在地 | ソウル特別市永登浦区汝矣島洞14-11 |
| 国会議席数 |
0 / 298
(0%)
|
| 党員・党友数 |
16,213名
(2009年12月31日[1]) |
| 政治的思想・立場 | 中道左派 社会民主主義 |
| 公式サイト | newjinbo.org |
| シンボル | |
| 進歩新党 | |
|---|---|
| 各種表記 | |
| ハングル: | 진보신당 |
| 漢字: | 進步新黨 |
| : | New Progressive Party |
進歩新党(しんぽしんとう)は、韓国の進歩主義政党である民主労働党(以下、「民労党」という)の親北朝鮮路線(以下、「親北路線」という)に批判的な人達が離党して2008年3月に結成した進歩主義政党である。党是は「平等」・「生態」・「平和」・「連帯」。
目次 |
[編集] 沿革
民労党内には大きく分けて、親北路線を採る「自主派」と親北路線に異議を唱える「平等派」の2つのグループが存在していたが、2007年12月の大統領選挙で権永吉候補が、創造韓国党の文国現候補を下回る3%の得票に留まり、敗北[2]を喫したことで、「自主派」と「平等派」の対立が表面化した。
[編集] 民労党からの離党、新党結成
2008年1月に結成された非常対策委員会(委員長:沈相奵)が組織労働運動を中心にした路線、親北路線の清算と2006年10月の「一心会事件」で逮捕された党幹部の除名を骨子とした改革案が、2008年2月3日の臨時党大会で否決されたことを受け、非常対策委員会が総辞職した。改革案が否決されたことを受け、民労党平等派の党員や幹部の離党が相次ぎ、2月15日には金恵敬(キム・ヘギョン)元代表や元党最高委員、党地域委員会の委員長や幹部らが離党[3]するなど分裂が拡大した。
民労党を離党する意思を表明した平等派の魯会燦と沈相奵(シム・サンジョン)両議員は、新しい進歩政党を立ち上げることを表明[4]、2月24日の「進歩新党推進討論会[5]」を経て、3月2日に発起人大会・準備委員会結成大会[6]、3月16日に創党大会[7]を開催、魯会燦と沈相奵等5人を共同代表として「進歩新党」を旗揚げしたが、準備期間が短かったこともあり、2008年4月9日の総選挙では地域区と比例代表区、共に議席を獲得出来なかった(比例代表得票率2.94%[8])。
[編集] 国会議員再選挙での勝利
その後、2009年3月の党大会で、魯会燦が全党員を対象とした直接投票で新代表に選出され、これまでの5人代表制から、単独代表制に変更された。魯代表は、就任演説で「庶民のためだと宣言をするだけの集団ではなく、庶民から本当の友と認められる党として出直す」と宣言し、4月に予定されている再補欠選挙を筆頭に院内議席を確保することと、2010年の地方選挙で勝利することを訴えた[9]
4月29日に行われた国会議員再選挙で元民労党議員の趙承洙(チョ・スンス)候補がハンナラ党の候補を下して当選し、国会内における議席を得た(得票率49.20%)[10][11]。
[編集] 2010年地方選挙を巡って
2010年6月に行われる地方選挙を前に、民主党を中心とした野党は市民運動団体と協力してハンナラ党に勝利するため選挙連合を結成し、6月の選挙戦を戦った。進歩新党も当初は選挙連合に加わっていたが、首都圏における候補者調整を巡る対立[12]で連合を離脱し、独自に選挙戦を戦うこととなった。広域自治団長選挙では党代表の魯会燦(ソウル市長候補)やシム・サンジョン(京畿道知事候補)など9名[13]が立候補したが、シム京畿道知事候補は野党圏の候補者一本化を目的として立候補を辞退した[14]。選挙の結果、広域議会選挙で3名、基礎議会選挙で22名が当選したが、野党勢力の選挙連合への対応などで一貫性を欠いた選挙運動を展開するなど混乱し、党員の間では指導部に対する反発が強まった[15]。そして10月15日に行われた臨時党大会で、新たな党代表に趙承洙が選出され同時に選出された副代表4名と共に第三期代表団を発足させた[16]。
[編集] 民労党との再統合議論と分裂
来るべき次期大統領選に向けて、民労党と進歩新党で分かれている進歩主義勢力を再結集するための「進歩政治大統合と進歩政党建設のための進歩陣営代表者連席会議」(以下「連席会議」)の第1次代表者会議が2011年1月20日に開かれたのを皮切りに、話し合いが進められ、5月31日~6月1日の第6次連席会議において9月末に統合して新しい進歩政党を結成する事で最終合意に達した。
しかし、核開発や3世代権力世襲など北朝鮮問題において厳しい立場を採る進歩新党と親北的立場の民労党との間では最後まで対立が続き、最終的に進歩新党が民労党側に譲歩する形となった[17][18]。そのため進歩新党の副代表3名は最終合意案に反対を表明、党員の間でも強い反発が上がった[19]。同月27日に行われた臨時党大会では「進歩新党組織進路に関する特別決議文」を採択し、民労党などとの新設統合の決定が8月に延期された。この背景には、連席会議における最終合意をめぐって党内対立が深刻化する中で決定を先送りし、党分裂を避ける狙いがある[20]。その後9月25日に統合進歩政党の創党大会を開催することで合意[21]したものの、9月4日に行われた党大会において民労党との合党案への賛成票が成立に必要な3分の2に満たず否決されたことで、民労党との合党議論は解消されることとなった[22]。
党大会の翌9月5日、統合が解消されたことを責任をとって趙承洙代表は党代表を辞任することを表明した[23]。また翌6日には党の看板政治家である沈相奵と魯会燦とともに統合進歩政党建設のための新組織立ち上げを明らかにし、8日に「新しい進歩政党建設のための統合連帯」(以下、統合連帯)を旗揚げした。これは統合賛成派の党員と共に集団離党することも視野に入れているものとみられる[24]。こうした動きに対し、キム・ウンジュ権限代行は統合連帯の解体を要求、指導部の辞任による非常対策委員会の設置基準も明らかにした。同時に群小政党である社会党との新党結成提案も行った[25]。9月14日には社会党のアン・ヒョサン代表と会談し、進歩新党と社会党の両党による広範な進歩・革新勢力の結集を目指していくことで合意したことを発表した[26]。
9月23日、進歩新党創党の立役者である魯会燦と沈相奵が「大衆的な統合進歩政党を建設するため」として、離党を表明した。この離党の背景には25日に行われる予定の民労党党大会を前に、進歩統合の主役として自分たちの存在と立場を示す必要があったと見られている[27]。そして10月6日には趙承洙議員と元市道党委員長12名が離党を宣言した。趙承洙議員の離党によって進歩新党は再び院外政党となった[28]。
[編集] 新たな左派政党建設
11月25日、新たな党代表にベストセラー『コレアン・ドライバーは、パリで眠らない』の著者で「南朝鮮民族解放戦線委員会」(南民戦事件)関係者の洪世和が選出された(代表就任は28日)[29]。12月1日、洪代表は社会党のアン代表を訪問し、その席で両党が「進歩左派勢力が一つの政党を建設できるように努力する」ことで合意した[30]。
その後、進歩新党と社会党は統合に向けた協議を進め、2月7日に社会党が進歩新党に吸収される方式での合党に暫定合意した[31]。そして進歩新党と社会党は2月19日にそれぞれ党大会を開催し、両党の統合を推進する担当機構を設置する案件を賛成多数で可決した。合党後の新党名は「進歩新党」で合党推進の担当機関での実務協議を経て3月4日に合党大会を開催する予定となっている[32]。
[編集] 綱領・政策
進歩新党は政綱・政策として以下に列挙した29の項目を挙げている[33]。
[編集] 政策
- 1.究極目標
- 2.政治民主化の持続と下からの民主主義
- 3.社会連帯・平和・緑色国家の志向と国家機構の民主化
- 4.地域政治を大衆参与と自治の場に
- 5.韓半島平和実現と進歩的統一
- 6.東アジア共同体に向けて
- 7.新自由主義を乗り越える経済の民主化
- 8.財閥支配構造の解体
- 9.大企業に対する中小企業保護と育成
- 10.公共部門私有化阻止と経営民主化
- 11.金融の社会統制で社会の金融統制を
- 12.産業政策の復元と未来産業育成
- 13.所得再分配に寄与する租税-財政政策
- 14.すべての政策と実践に緑色の観点を
- 15.土建国家の開発狂風を乗り越えて地域自立型社会を
- 16.反核原則とエネルギー転換
- 17.非正規職問題解決と働き口拡大のための連帯
- 18.労動者を生産活動の主人に
- 19.代案農業で農村を復旧
- 20.すべての政策と実践に女性の観点を
- 21.都市貧民と零細自営業者の生存権保障
- 22.障害者、性少数者などの差別撤廃
- 23.1家口すべて住宅所有解体と共同住宅拡大
- 24.入試と学歴地獄を越えて人間と市民のための教育に
- 25.無償・共同・予防医療
- 26.21世紀の韓国の現実にふさわしい普遍的福祉の実現
- 27.文化社会建設
- 28.情報通信が開いておいた 民主主義の新しい可能性実現
- 29.科学技術開発に対する大衆の参与管理
[編集] 年表
| 年 | 月日 | 出来事 |
|---|---|---|
| 2008年 | 3月2日 | 創党発起人大会、準備委員会結成大会を開催。 |
| 3月16日 | 中央創党大会開催。進歩新党が正式発足。 | |
| 4月9日 | 第18代総選挙、議席を確保できず。 | |
| 7月1日 | 保守系団体が党本部に乱入、党員などを暴行し、一人が負傷して入院[34]。 | |
| 2009年 | 3月29日 | 第2次党大会開催。魯会燦が新代表に選出され、これまでの5人代表制から単独代表制に変更 |
| 4月29日 | 国会議員再選挙。蔚山広域市北区で趙承洙候補が当選し、院内での議席を得る。 | |
| 2010年 | 6月2日 | 第5回全国同時地方選挙。広域議会選挙で3名、基礎議会選挙で22名が当選(いずれも地域区)。 |
| 10月15日 | 臨時党大会。趙承洙を新たな党代表とする第三期党代表団が発足 | |
| 2011年 | 1月20日 | 「進歩大統合と進歩政党建設のための進歩陣営代表者連席会議」(連席会議)の第一次代表者会議 |
| 5月6日 | 連席会議第3次会議、1次合意文発表 | |
| 6月1日 | 前日5月31日から続いていた連席会議第6次会議で9月に新しい進歩政党を結成することで最終合意に達した。 | |
| 6月27日 | 臨時党大会。民労党との新設党統合の決定を8月に延期する決議を採択。 | |
| 8月28日 | 統合進歩政党の創党大会を9月25日に開催することで民労党と合意 | |
| 9月4日 | 党大会、民労党との合党案が成立に必要な3分の2に満たず最終的に否決 | |
| 9月5日 | 趙承洙代表、党代表を辞任する意向を表明 | |
| 9月8日 | 魯会燦・沈相奵・趙承洙前代表を中心とした民労党との統合を推進する「新しい進歩政党建設のための統合連帯」が発足 | |
| 9月14日 | キム・ウンジュ権限代行、社会党アンヒョサン代表と会談。広範な進歩革新勢力結集のために努力することで合意 | |
| 9月23日 | 進歩新党創党の立役者、魯会燦・沈相奵が離党 | |
| 10月6日 | 趙承洙議員と元市道党委員長12名が離党。院内における議席を失う。 | |
| 11月25日 | 代表選挙に単独出馬した洪世和が新代表に選出 | |
| 2012 | 2月7日 | 進歩新党と社会党が合党に合意 |
| 2月19日 | 進歩新党と社会党の党大会で合党のための |
[編集] 党勢推移
| 年月日 | 代 | 議席数 | 得票率 (比例代表) |
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|---|---|---|---|---|---|
| 合計 | 地域区 | 比例 代表 |
|||
| 2008年4月9日 | 第18代総選挙 | 0 | 0 | 0 | 2.94% |
[編集] 脚注
- ^ 中央選挙管理委員会編『2009년도 정당의 활동개황 및 회계보고(2009年度政党の活動概況および会計報告)』.11頁
- ^ 惨敗の権永吉候補「国民の判断謙虚に受け入れる」聯合ニュース 2007年12月19日.
- ^ 民主労働党の分裂が加速、金恵敬元代表らが離党 聯合ニュース 2008年2月15日.
- ^ 民主労働党離党予定の2議員、進歩政党旗揚げへ 聯合ニュース 2月21日.
- ^ シム・サンジョン-ノ・フェチャン、進歩新党推進討論会を開催 レイバーネット 2月24日.
- ^ 進歩新党結成へ発起人大会・準備委結成大会を開催 聯合ニュース 3月3日.
- ^ 進歩新党公式に創党 レイバーネット 3月22日
- ^ 韓国の選挙法では、比例代表で議席配分を受けるには①最低で有効得票数の3%以上を獲得、②地域区で5名以上の当選者があった。いずれかの要件を満たすことが必要だが、進歩新党はどちらの要件も満たしていなかったので、議席配分されなかった。
- ^ "進歩新党ノ・フェチャン単独代表で新出発"から引用(2009年3月29日付レイバーネット)。
- ^ 再選・補欠選挙に「無所属」突風、与党は完敗。聯合ニュース 2009年4月30日
- ^ 得票率は“再・補欠選挙 選挙管理システム”より引用した物である。
- ^ 야4당 수도권 경쟁방식 합의 진보신당 ‘논의 불가’ 반발(野4党 首都圏 競争方式 合意 進歩新党‘議論不可’反発)2010年3月15日付ハンギョレ
- ^ 시·도지사선거 정당별 후보자수(市・道知事選挙 政党別候補者数)中央選挙管理委員会歴代選挙情報システム
- ^ 〔경기지사〕‘심상정 사퇴 결단’ 막판 표심 흔들까 촉각([京畿知事]‘シム・サンジョン辞退決断’終盤 票心 揺さぶるか 触覚)2010年5月30日ハンギョレ
- ^ 民主労働党、進歩新党...荒波の中に。レイバーネット。原文「민주노동당, 진보신당...격랑 속으로」2010年6月3日付民衆言論チャムセサン
- ^ 제3기 당대표단 선거 당선자 공고.(第三期党代表団選挙當選者公告)-進歩新党ホームページ
- ^ ‘북 문제’ 진보신당 양보(‘北問題’進歩新党譲歩).ハンギョレ2011年6月1日付
- ^ 진보대통합 사회당 빼고 합의, 직권조인 내홍 예고(進歩大統合、社会党除き合意、職権調印内紛呼ぶか).참세상(チャムセサン)2011年6月1日付
- ^ 북한 문제에 발목 잡힌 협상, 패권극복은 어디로(北朝鮮問題で膠着した交渉、覇権克服はどこに).참세상(チャムセサン)2011年6月2日付
- ^ 진보신당, 민노당과 신설합당 결정 8월로 미뤄(進歩新党、民労党と新設合党決定8月まで延期).참세상(チャムセサン)2011年6月27日。日本語訳。
- ^ 민노-진보, 새달 25일 ‘통합정당 창당’ 합의(民労-進歩、来月25日‘統合政党創党’合意)。ハンギョレ2011年8月28日(2011年9月8日閲覧)
- ^ 민노당-진보신당 통합 끝내 무산(民労党-進歩新党統合ついに霧散)。ハンギョレ2011年9月4日22時57分登録(2011年9月8日閲覧)
- ^ 진보신당 조승수 대표직 사퇴, “진보대통합 무산 책임”(進歩新党趙承洙代表職辞退、“進歩大統合霧散責任”)。チャムセサン2011年9月5日12時45分
- ^ ノ・フェチャン・シム・サンジョン・チョ・スンス、新しい組織を作り、3グループで。レイバーネット2011年9月7日。原文:노회찬·심상정·조승수 새 조직 만들어 3지대로。チャムセサン2011年9月6日
- ^ 韓国:進歩新党権限代行、盧沈趙に統合連帯の解体を要求.レイバーネット9月15日付。原文:김은주 진보신당 권한대행, 노·심·조에 통합연대 해체 촉구(キム・ウンジュ進歩新党権限代行、盧沈趙に統合連帯解体促す).民衆言論チャムセサン2011年9月14日
- ^ [브리핑] 진보신당 김은주 대표 권한대행-사회당 안효상 대표 회담 결과([ブリーフィング]進歩新党キム・ウンジュ代表権限代行-社会党アンヒョサン代表会談結果).進歩新党ホームページ9月14日(2011年9月22日閲覧)
- ^ 노회찬·심상정, 진보신당 탈당 “진보대통합 불씨 되살리겠다”(魯会燦・沈相奵、進歩新党脱党“進歩大統合の火種蘇らせる”).ハンギョレ2011年9月23日
- ^ 조승수 탈당, “진보신당서 할 수 있는 일 없다”(趙承洙脱党“進歩新党では何もできない”).民衆言論チャムセサン2011年10月6日
- ^ “진보신당 신임대표에 홍세화(進歩新党新任代表に洪世和)”. 聯合ニュース. (2011年11月25日) 2011年11月26日閲覧。
- ^ “社会党、進歩新党と先合党に重心を置き足早な動き”. レイバーネット(原文:チャムセサン). (2011年12月14日) 2012年1月8日閲覧。
- ^ “社会党と進歩新党、吸収党統合の形式での統合に合意”. レイバーネット(原文チャムセサン). (2012年2月15日) 2012年2月22日閲覧。
- ^ “進歩新党-社会党が3月4日に合党大会”. レイバーネット(原文チャムセサン). (2012年2月20日) 2012年2月22日閲覧。
- ^ 進歩新党公式ホームページの「進歩新党紹介」より
- ^ “保守団体の会員が進歩新党党舎に乱入..チン・ジュングォン教授に暴行”2008年7月2日付レイバーネット
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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