川田亜子

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かわだ あこ
川田 亜子
プロフィール
愛称 亜子ちゃん
出身地 日本 石川県金沢市
生年月日 1979年1月17日
没年月日 2008年5月25日(満29歳没)
最終学歴 白百合女子大学文学部
職歴 TBSアナウンサー
活動期間 2002年 - 2008年
出演番組・活動
過去 Goro's Bar
サタデースクランブル』など
  

川田 亜子(かわだ あこ、1979年1月17日 - 2008年5月25日)は、日本のアナウンサー石川県出身。身長163cm。

目次

[編集] TBSアナウンサー時代まで

[編集] 生誕から大学卒業まで

[編集] 2002年

[編集] 2003年

  • 3月28日 「いちばん!」、放送終了。
  • 10月11日爆笑問題のバク天!」、放送開始。アシスタントとして出演。
  • 12月30日 「爆笑問題のバク天!」収録中に、急性胃腸炎で倒れ、都内の病院に数日間緊急入院した。

[編集] 2004年

  • 1月8日青木さやか・美人の素」、放送開始。アシスタントとして出演。
  • 4月2日ウォッチ!」の毎週金曜のレギュラーとなる。芸能コーナーとCM前のお知らせなどを担当した。
  • 4月4日儲かりマンデー!!」、放送開始。自称「経済予報士見習い」という肩書きのリポーターで出演。眼鏡に黒のスーツ姿が印象的だった。
  • 10月7日Goro's Bar」、放送開始。フロアレディあこちゃんとして出演。独自のキャラクターを遺憾なく発揮することが多く、稲垣吾郎に「本当にアナウンサーなの?」と尋ねられたり、青木さやかに「他の芸人から『川田さんってどこの事務所の芸人?』と聞かれた」と言われたりしていた。また、もともと太れない体質で、油断するとすぐに痩せてしまうのが悩みであることを、同番組で告白していた。

[編集] 2005年

[編集] 2006年

[編集] 2007年

  • 1月2日 「新春SP!押切もえ&えびちゃん最初で最後 恋と友情二人旅!」で、トップモデル2人とハワイロケを敢行。モデル顔負けのスレンダーな体型で、主役の2人に引けをとらない姿で闊歩していた。
  • 2月10日 「人間!これでいいのだ」の番組終了時に、前週放送の内容による問題について謝罪した。
  • 2月24日 「人間!これでいいのだ」、放送終了。
  • 3月22日 「Goro's Bar」の「川田亜子卒業スペシャル」をもって同番組を卒業し、最も親しかった後輩の青木裕子アナに自分の役を譲った。
  • 3月29日 「E娘!」、放送終了。TBSテレビでのアナウンサーとして最後の出演番組となった。
  • 4月1日 「もえたび」、放送終了。

[編集] その他の出演番組他

テレビ

ラジオ

[編集] フリーアナウンサー転身後

[編集] 2007年

  • 3月23日 TBSを退社。入社以来報道志望で、「NEWS23」のキャスターになることを夢見ていたが、バラエティ番組でのイメージが強くなっていたため、「いちばん!」と「JNNフラッシュニュース」以外の報道番組を担当することはなかった。そのため報道キャスターの夢を実現するため、大手芸能事務所所属のフリーアナウンサーとなった。傘下の芸能事務所には、退社前から番組でよく共演していた押切もえ蛯原友里が所属している。
  • 3月25日 能登半島地震発生。ふるさとの金沢市に帰省中で、同地震に遭遇した。
  • 4月2日 「ラ・パルレ」の新CM発表会で、MCを務めた。フリーアナ転身後の初仕事だった。
  • 4月7日 テレビ朝日「サタデースクランブル」で、念願の報道キャスターとなる。
  • 4月10日 映画「クイーン」公開記念イベントで、MCを務めた。
  • 4月11日 テレビ朝日「オモ☆さん」、放送開始。アシスタントとして出演。
  • 7月4日 「Ameba Thanks Party」開催。他の著名人ブロガーとともに参加。
  • 8月13日 「金沢コレクション2007」で、MCを務めた。ふるさとの金沢城公園でのイベントだった。
  • 9月25日 TBS「ネプ理科」、放送終了。
  • 9月26日 テレビ朝日「オモ☆さん」、放送終了。
  • 11月1日 ytv製作・日本テレビ系列全国ネット「嗚呼!花の料理人」にゲスト出演。

[編集] 2008年

[編集] その他の出演番組他

TBS・MBS系列

テレビ朝日・ABC系列

フジテレビ・関西テレビ系列

ラジオ

その他のエピソード

[編集] 2008年5月以後

  • 5月7日~ オフィシャルブログで悩みを書き続けるようになり、閲覧していたファンや関係者の間から心配する声があがった。5月12日には「私は悪魔になった」といった内容が書かれたが、この日の日記は数日後に削除された。日記の内容の問題は、週刊誌などの誌面でも度々取り上げられた。
  • 5月18日 「がっちりマンデー!!」ではいつもどおりリポートしていたが、フリーアナ転身後は不定期出演となっていた。そしてこの日のリポートが同番組での最後の出演となってしまった。
  • 5月24日 「サタデースクランブル」とその後にMCを務めたトークショーでは、元気がなかったものの問題なく進行した。しかし、このときが最後の公の姿となってしまった。同日放送の「医療の現場」と日本テレビ系列「世界一受けたい授業」にも出演していたが、川田の氏名が正式な番組出演者として放送されたのは、この日が最後となってしまった。
  • 5月25日 逝去。没年齢29歳4ヶ月。翌5月26日午前6時15分頃、東京都港区海岸の路上に駐車してあった車内で、倒れていたところを発見された。警視庁三田警察署により死亡が確認され、練炭による自殺と見られている[3]
  • 5月28日 川田亜子オフィシャルブログ「Ako's Style」(Pure Style)に、所属事務所がファンと関係者に向けた謝罪文を掲載し、当日付での同ブログ閉鎖を発表した。
  • 5月31日 「サタデースクランブル」の冒頭で、追悼コーナーが設けられた。一緒にMCを務めてきた松井康真アナウンサーによる訃報の報告とともに、生前の川田の笑顔の写真がスタジオに置かれ、出演者一同が故人の冥福を祈った。写真は番組のエンディングにも置かれていた。「医療の現場」の冒頭でも、一緒にMCを務めてきた鳥越俊太郎による訃報の報告が行われ、故人の冥福を祈った。
  • 6月1日 「がっちりマンデー!!」の番組終了後に、生前の同番組出演時の静止画像とともに、追悼メッセージを放送した。TBS時代に時々出演していた「安住紳一郎の日曜天国」では、先輩の安住紳一郎アナウンサーが涙ながらに川田との思い出を語った。川田と縁があった爆笑問題青木裕子アナが、レギュラー出演している「サンデージャポン」では、追悼を兼ねた訃報を番組最後に放送した。そのあとに放送の「アッコにおまかせ!」では、生前の同番組アシスタント出演時の静止画像とともに、追悼を兼ねた訃報を放送した。「爆笑問題の日曜サンデー」のニュースコーナー「ラジオサンデージャポン」では事件について太田光が語った。
  • 6月6日 川田亜子オフィシャルブログ「Ako's Style」(Pure Style)、閉鎖発表後の一定期間を経て削除された[4]。ライブドアブログ時代の方は残存。
  • 6月12日 「秘密のケンミンSHOW」に石川県民として、同年4月10日のSP以来2度目の出演をしていたが、川田の出演シーンが大幅にカットされた上に、氏名や追悼のテロップは一切表示されなかった。
  • 12月26日 TBSテレビ系列全国ネット「平成ニッポン20年史!」の中で、「爆笑問題のバク天!」のオープニングが放送されたが、川田の姿はぼかし処理されていた。これ以降テレビ放送において、川田の出演シーンが放送されたことはない。
  • 2008年6月以降の川田に関する報道は、一部報道番組での故人追悼を除き一切行われていない。
  • 2009年5月25日 TBSラジオ小島慶子 キラ☆キラ」のオープニングで、TBS時代の先輩であるMCの小島慶子アナウンサーが、涙ながらに川田との思い出を語った。

[編集] 脚注

  1. ^ 「webザテレビジョン」でのバックナンバー及び「web KADOKAWA」でのバックナンバー
  2. ^ サンケイスポーツインタビュー サンケイスポーツ2007年5月20日閲覧
  3. ^ 読売新聞 2008年5月26日-アナウンサーの川田亜子さんが自殺、車内に練炭と遺書
  4. ^ アメーバ利用規約第7条第2項6により、会員死亡の場合は退会・削除となるため

[編集] その他関連項目

[編集] 外部リンク