岡田美里
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| おかだ みり 岡田 美里 |
|
| 本名 | 同じ 柳沼 美里 栗原 美里(いずれも旧姓) |
|---|---|
| 生年月日 | 1961年8月24日(50歳) |
| 出生地 | |
| 血液型 | A型 |
| 職業 | タレント エッセイスト |
| 活動期間 | 1984年 - |
岡田 美里(おかだ みり、1961年(昭和36年)8月24日 - )は、東京都港区出身のタレント、エッセイスト。E・H・エリックの次女。本名同じ。旧姓・栗原(くりはら)、柳沼。身長162cm
目次 |
[編集] 来歴・人物
- 東京都世田谷区にある聖ドミニコ学園高等学校在学中から雑誌「ポパイ」やCMなどのモデルをつとめる。
- 1984年(昭和59年)、聖心女子大学文学部教育学科を卒業後は、F1を扱うスポーツ番組のスポーツキャスターを皮切りに本格的なタレント活動を開始。
- 1989年、幼少の頃から知る15歳年上のタレント・堺正章と結婚、2女をもうける。
- 1995年(平成7年)}に叔父眞澄が日本航空の客室乗務員だった26歳下で美里と同年の女性と再婚し、1998年(平成10年)に37歳下の従妹が誕生。夫と共にエイズ撲滅運動に取り組む。
- 1998年(平成10年)ライフスタイルを提案するスクール「Atelier Millie Millie(アトリエミリーミリー)」を開講。タレント業の他に、パン教室の講師や、テーブルウエアをはじめとする生活用品のデザイナーとしても活躍し始め、多くのファッション誌、ミセス誌で取り上げられ、カリスマ主婦の地位を確立する。2000年(平成12年)、父エリックが死去。
- 2001年(平成13年)に堺と離婚。単独で開いた離婚会見で、夫の仕事上の成功を望まなかった心中を吐露、週に2~3回夫婦でゴルフをするのが理想だったことや、夫あてに送られてくる膨大な中元・歳暮などの贈答品の対応に追われてつらかったことを離婚理由に挙げた。また、幼少期に父親のE・H・エリックから受けた家庭内暴力に起因するPTSDに悩み、夫が何気なく机にハガキを投げやる物音だけでおびえていたと告白した。
- 2003年(平成15年)にスポーツインストラクターの柳沼則夫と再婚。
- 2005年(平成17年)6月27日に関西テレビで放映された「快傑えみちゃんねる」に出演した際「夫が女性から『ちょっと遊びません』と誘われた」「興信所を使ったのか」などと発言。イニシャルと共に「あの大物姉妹」のナレーションが流れたため、人物が特定される。この当該タレントが「発言は真実ではない」とし、名誉毀損と計約1100万円の損害賠償を求めて東京地方裁判所に訴訟。2006年(平成18年)7月28日、東京地裁は「社会的評価に影響を与えた」と認定、岡田に計約66万円の支払いを命じる判決を下した。
- 2008年(平成20年)3月、スポーツインストラクター柳沼則夫と離婚。
[編集] 親族
- 祖父は、画家の岡田稔、叔父は俳優の岡田眞澄、従弟はその長男でラジオDJの岡田眞善という芸能人一家。また、パントマイマー・ヨネヤマママコと女優・藤田みどりはかつて義叔母であった。
- 堺正章との長女・栗原菊乃は、ミュージカル『アニー』に2回出演、次女の栗原小春も2001年(平成13年)当時の姉と同じ役を獲得、アニーに出演(2004年(平成16年))。
[編集] 長女
東京都生まれ。実父は堺正章、母は岡田であり、芸能一家の長女として誕生した。父方祖父にタレントの堺駿二がいる。
- 2001年(平成13年)
- ミュージカル『アニー』にストリートチャイルド役で出演、芸能界にデビュー。
- 2004年(平成16年)
- タップキッズ役として、再び『アニー』に出演。
- 2007年(平成19年)
- 木曜時代劇『夏雲あがれ』第5話「明日に飛べ! 」(NHK)
[編集] 次女
[編集] テレビ出演
- 徹子の部屋(テレビ朝日)
- 森田一義アワー 笑っていいとも! テレフォンショッキング(フジテレビ)
- 1987年F1日本グランプリ(フジテレビ) - 観客席リポーター
- 一枚の写真(フジテレビ)
- 快傑えみちゃんねる(2005年6月27日、関西テレビ)
- 愛のエプロン(2006年、テレビ朝日)
- 土曜スペシャル 秋の絶景を訪ねて…紅葉・名湯自慢の宿 (2007年11月24日、テレビ東京) 石川セリと奥飛騨を訪問
- 踊る!さんま御殿!!(2009年、日本テレビ)
[編集] 脚注
- ^ 出生姓:栗原(くりはら)、旧姓:柳沼