ロイヤル・サブリン (戦艦・2代)

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Arkhangelsk-RoyalSovereign1944.jpg
写真は「アルハンゲリスク」時代のロイアル・サブリン。
艦歴
起工 1914年1月15日
進水 1915年4月29日
就役 1916年4月18日
除籍 1949年4月5日売却後解体。
性能諸元
排水量 基準:29,150トン
満載:33,500トン
全長 189.3 m
全幅 31.0 m
吃水 基準:8.7 m
満載:9.8m
機関 バブコックス&ウィルコックス式重油専焼水管缶18基
+パーソンズ直結タービン(高速・低速)2組4軸推進
最大出力 40,000hp
最大速力 21.5~21.9ノット
航続性能 10ノット/4,200海里
燃料 重油:3,110トン
乗員 1,009名
兵装 竣工時:
Mark1 38.1cm(42口径)連装砲4基
MarkXII 15.2cm(45口径)単装速射砲14基
Mark II 7.62cm(40口径)単装高角砲2基
オチキス 4.7cm(43口径)単装機砲4基
53.3cm水中魚雷発射管単装4門

1938年:
Mark1 38.1cm(42口径)連装砲4基
MarkXII 15.2cm(45口径)単装速射砲12基
MarkXVI 10.2cm(45口径)連装高角砲4基
4cm(39口径)八連装ポンポン砲2基
12.7mm四連装機銃四連装2基

1944年:
Mark1 38.1cm(42口径)連装砲4基
MarkXII 15.2cm(45口径)単装速射砲10基
MarkXVI 10.2cm(45口径)連装高角砲4基
4cm(39口径)八連装ポンポン砲2基、同四連装ポンポン砲2基
エリコン 20mm(76口径)連装機銃6基&同単装機銃24基
装甲 舷側:
330mm
主甲板:
51mm(竣工時)
102mm(1944年)
主砲塔:
330mm(前盾)
174mm(側盾)
mm(後盾)
152.4~174mm(天蓋)
バーベット部:
254mm
司令塔:
279mm(側盾)
レーダー 竣工時:
無し

~1944年:
273型 1基
279型 2基
282型 2基
284型 1基
285型 2基

ロイヤル・サブリン (HMS Royal Sovereign, 05) は、イギリス海軍戦艦リヴェンジ級の1隻。

艦歴[編集]

1936年当時の「ロイヤル・サブリン」の武装・装甲配置を示した図。

本艦は1913年度海軍整備計画でポールマス海軍工廠で1914年1月15日起工。1915年4月29日進水。1916年4月18日竣工、同年5月に就役し本国艦隊(グランド・フリート)に所属したが、ユトランド沖海戦時には機関故障で参加する事が出来なかった。

1930年代初頭に近代化改装が行われたが、主砲の最大仰角を15度から倍の30度に引き上げて射程距離の延伸を行い、1936年に後部甲板に装備していた水上機射出用カタパルトを撤去し、1938年に対空攻撃力強化のため10.2cm単装高射砲を10.2cm連装高射砲に換装した。

1939年9月に第二次世界大戦が開始された時に本艦は依然として本国艦隊の艦隊司令長官フォーブス司令の貴下第二戦隊に所属していたが、本国艦隊から高速なフッドレパルスが引き抜かれてドイツ海軍通商破壊艦の捜索に就いている時も、低速な本艦は主だった活動はなかった。

1940年中頃に本艦は地中海艦隊に編入された。1940年5月4日にアレクサンドリア到着。6月22日、戦艦ラミリーズ、空母イーグル、第2駆逐群と共にアレクサンドリアから出撃(BQ作戦)。これは船団護衛を目的としたものであったが、作戦は延期され6月23日にアレクサンドリアに戻った。6月28日に再出撃(MA3作戦)。7月2日帰投。7月7日からMA5作戦に参加。作戦中の7月9日にカラブリア沖海戦に参加したが、本艦の低速は決定的な戦いに間に合わないばかりか僚艦マレーヤの優速も殺し、イタリア海軍の戦艦コンテ・ディ・カブールジュリオ・チェザーレとの戦いに参加できなかった。8月11日、アレクサンドリア出港。8月12日にスエズ運河を通って紅海に入った。これ以降ロイヤル・サブリンは1941年までの間に大西洋などでの輸送船団護衛任務に従事し、無事に果たした。

1942年10月に本艦は、日本海軍の攻撃により壊滅した東洋艦隊を再編成するため短期であるが東洋に所属した。最初にセイロン島トリンコマリーで艦隊編成が成されたが、日本海軍の破竹の猛攻に東洋艦隊は積極的な行動を取るが出来ず、一部は地中海に撤退し、本艦を含む残りはケニア沖まで撤退する事となり、僚艦ラミリーズ、レゾリューションリヴェンジらとアフリカ沖で船団護衛に従事した。

第一次世界大戦時には有力な艦であった本艦も大規模な近代化改装を受けられなかったために日本海軍の擁する空母機動部隊に対して対抗できない時代遅れな戦力となってしまった。その後、本艦は1942年から1943年の間にアメリカで整備を受けた以外はこれといった活動はしていない。

ソ連海軍への供与[編集]

1944年当時の「アルハンゲリスク」時代の本艦。

本艦に転機が訪れたのは1944年の事であった。イタリア連合国軍に対し降伏した頃、ソビエト連邦から連合国に対しイタリアから賠償艦として超弩級戦艦の引渡しを強く求めていたが、連合軍はイタリア戦艦の代わりに本艦を貸与艦としてソ連へ引き渡す事とし、ソ連政府がそれに合意したために5月30日付けでソ連海軍へ移籍され戦艦「アルハンゲリスク」として就役した。6月以後には全ての人員がソ連海軍人員に交代され運用された。そして、同年8月24日に輸送船団 JW.59をムルマンスクまで護衛するために回航された。しかし、アルハンゲリスクは大戦終了まで不活発なままであった。

ソ連が戦艦「ノヴォロシースク(旧:ジュリオ・チェザーレ)」の取得によりロイヤル・サブリンはイギリスに返還された。

そして、大戦が終了してからもソ連はアルハンゲリスクを手放なかったが、1949年2月4日にようやくイタリアから戦時賠償として引き渡されたコンテ・ディ・カヴール級戦艦ジュリオ・チェザーレ」をソ連海軍が取得し「ノヴォロシースク」として就役したおかげで本艦はイギリス海軍に返還された。しかし、イギリス海軍では本艦のような旧式艦は既に必要としておらず、本艦は1949年5月18日に解体業者に引き渡された。

関連項目[編集]

参考図書[編集]

  • 「世界の艦船増刊第22集 近代戦艦史」(海人社)
  • 「世界の艦船増刊第83集 近代戦艦史」(海人社)
  • 「世界の艦船増刊第30集 イギリス戦艦史」(海人社)
  • 「世界の艦船増刊第67集 第2次大戦時のイギリス戦艦」(海人社)
  • 「世界の艦船増刊第35集 ロシア/ソビエト戦艦史」(海人社)

外部リンク[編集]