ラッセルのパラドックス

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ラッセルのパラドックス(Russell's paradox)とは、述語論理における「述語」と「述語の述語」の混同により発生する論理的パラドックスのことである[1]バートランド・ラッセルによって発見された[2]。 ラッセルとホワイトヘッドの共著『プリンキピア・マテマティカ』における分岐階型理論が作られた目的の一つは、この種のパラドックスを解消することであった[3]

なお、一般に述語は集合とみなすこともできることから、素朴な集合論における論理的パラドックスとして紹介されることもある。

概要[編集]

一階や二階の区分がなかった初期の素朴な述語論理においては、個体の性質について述べる述語と述語の性質について述べる述語の述語が区別されなかった。そのため、無矛盾だと思われた論理体系における以下のパラドックスから出てくる矛盾が問題となった。

ラッセルのパラドックス[4]
Pd(P) を「P は自分自身について述語づける事ができる述語である」を意味する述語とする。
すなわち、P(P) なる表現が真となるとき、Pd(P) は真となり、逆に P(P) なる表現が偽となるとき、¬Pd(P) は真となるものとする。
Pd , ¬Pdもまた述語であることから Pd(¬Pd) , ¬Pd(¬Pd) もまた意味を持つ。
¬Pd(¬Pd) が真であるとするとき、Pd の定義から Pd(¬Pd) は真となる。
一方、¬Pd(¬Pd) が偽であるとするとき、¬Pd は自分自身について述語づけることができない述語であるため、定義から ¬Pd(¬Pd) は真となる。
したがって、
Pd(¬Pd) = ¬Pd(¬Pd)
が得られる。しかしながら、素朴な述語論理の体系が無矛盾な公理系からなるものであれば、一つの論理式とその否定論理式が等値となることはないにも関わらず矛盾が導かれてしまう。

このパラドックスは、述語を集合と読み替えることで素朴な集合論のパラドックスとしても表現可能である。

発見者であるバートランド・ラッセルは、アルフレッド・ノース・ホワイトヘッドと共に『数学原理(プリンキピア・マテマティカ)』を著し、当時一緒くたにされていた論理的パラドックスである「ラッセルのパラドックス」と意味論的パラドックスである「ベリーのパラドックス」などいわゆる自己言及のパラドックスを解決する論理体系として分岐型理論(ramified theory of types)を導入した。分岐型理論においてラッセルのパラドックスを避ける主たる手段は型(type)付けによる述語と述語の述語の区別であり、この区別を導入する事で構文的にラッセルのパラドックスが発生しない述語論理の存在が示唆された。

ところで、命題論理の公理系が無矛盾かつ完全であったことからダフィット・ヒルベルトは、概ね現代から見れば、述語論理についても同様の完全な公理系があるのではないかという趣旨のことを主張していた。

まず、ラッセルのパラドックスが構文的に避けられた論理体系であり、述語の述語に対する量化子による束縛が許されていない第一階述語論理についてクルト・ゲーデルがその完全性(第一階述語論理のすべての普遍妥当な論理式を導出することができる公理系が存在すること)を示した(ゲーデルの完全性定理)。

第二階述語論理及びそれ以上の高階の述語論理についても同様に完全な公理系が存在することが予想されたが、分岐型理論を単純化した単純型理論(simple theory of types)に建て増しした第二階述語論理の体系[5]において、どのように公理系をとっても導出することができない普遍妥当な論理式が存在する事が同じくクルト・ゲーデルによって示された(ゲーデルの不完全性定理)。

その反例から第二階以上の述語論理については完全な公理系が無いことが判明し[6]、これは後にヒルベルト・プログラムと呼ばれるヒルベルトが夢想していたと評される計画は頓挫したと言われる。

矛盾の解消[編集]

ラッセルの時代には何をもって集合と呼ぶかがはっきりしていなかったので、上記の議論は集合論の矛盾を指摘するかに見えた。しかし公理的集合論によって何をもって集合とするかについての形式的な整備が進むとともに、素朴(だが超越的)な自分自身を要素として含まない集合全体の集合 R=\{x \mid x\notin x\} の構成法は集合についての定義としては許容されないような体系が構築された。

結論からいうと、ラッセル自身の指摘は「前述のようなRを考えると矛盾が起こり、集合論は矛盾を含む」というものであったが、公理的集合論ではこれを「前述のようなRを考えると矛盾が起こる。従ってRは集合ではない」と解釈する。

集合論の代表的な公理系である ZFC では、R のような「集合もどき」ではない「まっとうな集合」を作成するために構成的な手法を与えている。すなわち基礎となる集合(空集合)に、「与えられた2つの集合を元とする集合」操作や合併・共通分操作、冪集合といった構成を有限回施してできるものはまっとうな集合として認められる。

しかしここで、「これらの構成的集合以外は集合ではない」とまでは集合の範疇がされていないことに注意しなければならない。このような構成可能性に関する要請のもとでは一般連続体仮説が導かれることがクルト・ゲーデルによって示された。

内包公理\phi(x) が成り立つ x 全体の集合が存在する」を、どんな条件 \phi(x) に対しても無制限に認めると、上記の集合 R の存在も証明され矛盾する。そのため、公理的集合論では、無制限な内包公理よりも弱い形の集合の存在公理が採用されている。

ZFC では、上記の集合 R が存在しないことから、全ての集合の集合が存在しないことを導くことができる。なぜならば、仮に全ての集合の集合が存在すれば、分出公理を適用することで、上記の集合 R の存在が導かれるからである。

単純型理論では、項に型と呼ばれる自然数 0,1,2,… を割り当て、述語記号 ∈ を (n階の項)∈(n+1階の項) の形でのみ許容する(すなわち論理式の文法を制限する)ことで矛盾を回避する。単純型理論は無制限の内包公理を持つが、無矛盾である。

直観論理から縮約規則を取り除いたBCK論理のような弱い論理の上では、無制限な内包公理を認めた(ただし外延性公理を排除した)素朴集合論が矛盾無く展開できることが知られている。

ウカシェヴィッチの3値論理上の素朴集合論では、 R\in R の真理値を 0.5 (真でも偽でもない)と解釈すればラッセルのパラドックスは生じない。ところが莫少揆のパラドックスと呼ばれる別のパラドックスが生じる。詳細は該当記事を参照。

歴史[編集]

起源[編集]

通説では1902年6月16日のラッセルのフレーゲ宛て書簡が「ラッセルのパラドックス」の起源とされている。しかし、1899年から1900年頃にエルンスト・ツェルメロが独立に同じパラドックスを発見し、ダフィット・ヒルベルトエドムント・フッサールに知らせていた。そのため、厳密には「ツェルメロ=ラッセルのパラドックス」と呼ぶべきである[7]

年表[編集]

  • 1879年:フレーゲ『概念記法』出版。
  • 1884年:フレーゲ『算術の基礎』出版。
  • 1888年:デーデキント『数とは何か、何であるべきか』出版。自然数論の始まり。
  • 1893年:フレーゲ『算術の基本法則』出版。
  • 1902年6月16日:ラッセルからフレーゲ宛てにパラドックスを知らせる書簡が投函。
  • 1902年6月22日:フレーゲからラッセル宛てに返信が投函。
  • 1903年:フレーゲ『算術の基本法則』第II巻出版。後書きでラッセルのパラドックスを公開。
  • 1903年:ラッセル The Principles of Mathematics 出版。型理論の始まり。
  • 1903年11月7日:ヒルベルトからフレーゲ宛に返信が投函。ラッセルのパラドックスが3~4年前にツェルメロによって発見されていたことを記載。
  • 1908年:ツェルメロ「集合論の基礎に関する研究」発表。公理的集合論の始まり。

脚注[編集]

  1. ^ ヒルベルト、アッケルマン(1954) pp.160-162
  2. ^ ラッセルからフレーゲへの最初の手紙(1902)
  3. ^ Russel [1903] Appendix B: The Doctrine of Types
  4. ^ ヒルベルト、アッケルマン(1954) p.161
  5. ^ ペアノの公理系は数学的帰納法を表現するにあたって述語変項を必要とすることから、第二階の公理系であるとされる。ヒルベルト、アッケルマン(1954) p.119
  6. ^ ヒルベルト、アッケルマン(1954) p.144
  7. ^ フレーゲ[2002]pp.90-91

参考文献[編集]

  • D.ヒルベルト、W.アッケルマン 『記号論理学の基礎(第三版)』 伊藤誠(訳)、大阪教育図書社、1954年
  • D.ヒルベルト、W.アッケルマン 『記号論理学の基礎(第六版)』 石本新、竹尾治一郎(訳)、大阪教育図書社、1974年、改訂最新版。
  • B.ラッセル , G.フレーゲ (1902), ラッセルからフレーゲへの最初の手紙, http://russell-j.com/BRtoFREGE01.HTM 
  • ゴットロープ・フレーゲ 『フレーゲ著作集3 算術の基本法則』 野本和幸編、勁草書房、2000年9月。ISBN 4-326-14822-5
  • ゴットロープ・フレーゲ 『フレーゲ著作集6 書簡集 付「日記」』 野本和幸編、勁草書房、2002年5月。ISBN 4-326-14825-X
  • 三浦俊彦 『ラッセルのパラドクス ――世界を読み換える哲学――』 岩波書店〈岩波新書〉、2005年10月。ISBN 4-00-430975-1
  • Russell, B. (1903). The Principles of Mathematics. Cambridge: Cambridge University Press. 


関連項目[編集]

関連人物[編集]

外部リンク[編集]