選択公理
選択公理(せんたくこうり、英: axiom of choice、選出公理ともいう)とは公理的集合論における公理のひとつで、どれも空でないような集合を元とする集合(すなわち、集合の集合)があったときに、それぞれの集合から一つずつ元を選び出して新しい集合を作ることができるというものである。1904年にツェルメロによって初めて正確な形で述べられた[1]。
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定義 [編集]
任意の集合族 Aについて、Aの元 a が空でない集合ならば、それぞれのAの元の集合 aから一つずつ元 b∈a をとってきて(正確には f(a) = b という関数 f が存在して)新しい集合Bを作ることができる。これは次の命題と同値である:
- {Aλ}λ∈Λ をどれも空集合でないような集合族とすると、それらの直積
- も空集合ではない。
選択公理を用いて証明する(かつ、用いなければ証明できないだろう)命題の例 [編集]
等々。
選択公理と等価な命題 [編集]
以下のものは全て、特に選択公理と同値である。つまり、以下のもののいずれかを仮定すると選択公理を証明することができるし、選択公理を仮定すると以下のものが全て証明できる。
- 整列可能定理
- 任意の集合は整列可能である。
- ツォルンの補題
- 順序集合において、任意の全順序部分集合が有界ならば、極大元が存在する。(実際の数学では、この形で選択公理が使われることも多い。)
- 比較可能定理
- 任意の集合の濃度は比較可能である。
- 直積定理
- 無限個の空集合でない集合の直積は空集合ではない。
- 右逆元の存在
- 上への写像は右逆元を有する。
- ケーニッヒ(Julius König )の定理
- 濃度の小さい集合の直和より、濃度の大きい集合の直積のほうが濃度が大きい。
- ベクトル空間における基底の存在
- 全てのベクトル空間は基底を持つ(1984年にAndreas Blassによって選択公理と同値であることが証明された。ただし、正則性の公理が必要になる)。
- チコノフの定理
- コンパクト空間の任意個の積空間はコンパクトになる。
応用 [編集]
選択公理もしくはそれと同値な命題を適用することで、以下を示すことができる。
- ハーン・バナッハの定理
- 極大イデアルの存在
- ベクトル空間の基底の存在
- バナッハ=タルスキーの定理
- 可算集合の可算個の和は可算である
- 任意の無限集合は可算集合を含む
- ルベーグ非可測集合の存在
- 任意のフィルターは極大フィルターに拡大できる
歴史 [編集]
集合論の創始者ゲオルグ・カントールは、選択公理を自明なものとみなしていた。 実際、有限個の集合からなる集合族であれば、そのそれぞれの集合の中から順に1つずつ元を選び出し、それらを併せて集合とすればよいのであるから、このような操作ができることは自明である。
しかし、ツェルメロによる整列可能定理の証明に反論する過程で、ボレル、ベイル、ルベーグ、ラッセルなどが選択公理の存在に気付き、新たな公理であることが認識されるようになった。確かに、無限個の集合からなる集合族の場合、上のような操作を想定しても「順に選び出す」操作は有限回で終了することはないのだから、このような操作を行えるかどうかは必ずしも明らかではない。
選択公理は、それ自身もまたその否定もほかの公理からは証明できないものであること、すなわち独立であることが示された(クルト・ゲーデル、ポール・コーエン)が、これは公理的集合論における大きな成果であろう。但し、ZF(ツェルメロ=フレンケルの公理系)に一般連続体仮説を加えると選択公理を証明できる[2]。従って、一般連続体仮説と選択公理は何れもZFとは独立だが、前者の方がより強い主張であると言える。ZFに選択公理を加えた公理系をZFCと呼ぶ。
バナッハ=タルスキーのパラドックスと選択公理 [編集]
選択公理は一見非常に当たり前のことを言っているように見えるし、対象が無限集合であっても「どれかひとつを選んで取り出すことができる」という主張は直感にも反さない。しかし、無限集合の場合は自明ではないのではないかという主張もある。
特に、バナッハ=タルスキーのパラドックスが、日常の言葉を使って「有限個の部分に分割し、それらを回転・平行移動操作のみを使ってうまく組み替えることで、元の球と同じ半径の球を2つ作ることができる」と説明されたり(この「部分」が、実際には「明確な境界や通常の意味での体積を持たない」ものである、といったことが、日常の言葉では消えてしまう)、最初に定理を述べたときに意図していたのが、選択公理が正しくないと示すことだったという歴史的事情などから(そして、確かにオーソドックスな証明では一ヶ所、選択公理を使う)、バナッハ=タルスキーのパラドックスのために、選択公理は奇怪で非直観的な結果を与えるものだと、数学を専門としない者には解釈されることが多い。
代わりとなる公理 [編集]
選択公理とは矛盾するが、ZFCから選択公理を除いたZFとは矛盾しないような命題は数多く発見されている。たとえばソロヴェイは強制法を用いて実数の集合が全てルベーグ可測であるようなZFのモデルを構成した。
1964年にミシェルスキが導入した決定性公理もその一つである。これはその後、整合性証明のために頻繁に用いられている。ZFに決定性公理を付け加えた公理系の整合性と、ZFに選択公理と巨大基数の一種であるウッディン基数の存在を公理として付け加えた公理系の整合性が同値となるというウッディンの定理は、互いに矛盾する公理を関係づける非常に重要なものである。
可算選択公理 [編集]
選択公理よりも弱い公理として、可算選択公理(英: countable axiom of choice)というものも考えられている[3]。これは選択公理の成立する集合を可算濃度以下に限定したものである[3]。この公理を採用すると、「選択公理がないと証明ができない」とされる重要な定理のほとんどは証明される。さらに「選択公理を用いると証明できるが、感覚的に奇妙である」とされるパラドキシカル(英: paradoxical)な定理の多数(全てではない)は、可算選択公理では証明されない。結局、選択公理のかわりに可算選択公理を採用すると、非常に自然な(納得の行く)数学体系ができる。ただし、どこから可算選択公理が出てくるか(範囲を可算に限定する原理は何であるか)という疑問に答えるのは、容易ではない。[要出典]
脚注 [編集]
参考文献 [編集]
- 田中尚夫 『選択公理と数学――発生と論争、そして確立への道』 遊星社(出版) 星雲社(発売)、1987年5月。ISBN 4-7952-6857-6。
- 田中尚夫 『選択公理と数学――発生と論争、そして確立への道』 遊星社(出版) 星雲社(発売)、1999年9月、増補版。ISBN 4-7952-6890-8。
- 田中尚夫 『選択公理と数学――発生と論争、そして確立への道』 遊星社(出版) 星雲社(発売)、2005年10月、増訂版。ISBN 4-434-06805-9。
- 『岩波数学辞典』 日本数学会 編、岩波書店、2007年3月15日、第4版。ISBN 978-4-00-080309-0。
関連文献 [編集]
- Bell, John L. (2009-11-23), The Axiom of Choice, Studies in Logic Series (Paperback ed.), United Kingdom: College Publications, ISBN 978-1-904987-54-3
- Jech, Thomas J. (2008-07-24), The Axiom of Choice, Dover Books on Mathematics (Paperback ed.), United States: Dover Publications Inc., ISBN 978-0-486-46624-8
- Moore, Gregory H. (2013-03-21), Zermelo's Axiom of Choice: Its Origins, Development, and Influence, Dover Books on Mathematics (Paperback ed.), United States: Dover Publications Inc., ISBN 978-0-486-48841-7
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
- Weisstein, Eric W., "Axiom of Choice" - MathWorld.(英語)
- 「The Axiom of Choice」 - スタンフォード哲学百科事典にある「選択公理」についての項目。(英語)
- 選択公理 特に選択公理と同値な命題とその証明について詳しい
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